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問答無用の提案者

「勿論、悠樹さんたちと協力して、『堕落者』を討伐していただきます」

 予想していた答えだったけれど、いざ突きつけられると、やっぱり躊躇してしまう。

 あたしが、あの、得体のしれない存在と戦う?

 どうやって? 先輩みたいな武器もないのに。

 それに……。

「ちょっと待ってください、雛菊さん」

 話を自分なりに整理して、気がついたことがある。

「どうして、『繁栄者』であるあたし達が、そんなことをしなければならないんですか?」

 ここはきちんと彼女たちの言葉を使って話を進めよう。

「さっき、雛菊さんが言ってましたよね。世界にいる『堕落者』を消すのが『監督者』だって。おかしいじゃないですか。どうして雛菊さんではなく、あたし達が『堕落者』と戦わなくちゃいけないんですか?」

 少し語気を強めて聞いてみた。

 だけど……雛菊さんの笑顔は全く崩れない。

 予想通り、そう言いたげな表情だ。

「それは、ですね、香澄さん」

「……」

「この土地のせいなんです」

 ……。

 ……えっと?

「……土地?」

 いきなり土地とか言い出したよこの人。

 あたしからの怪訝な目線をシャットダウンして、雛菊さんが続ける。

「香澄さんのおっしゃるように、通常ならば私たち『監督者』が責任を持って対応する事態です。しかし、この久那市という場所が、位置としては世界の『鬼門』にあたってしまっています。要するにそりゃーもう非常に不吉な場所なんですよ」

「……それで?」

「この場所には、そりゃーもう大量の『堕落者』がどこからともなく出没するので、担当の私一人では対処できないんです」

「……だから?」

 何となく結論は分かってた。

 でも聞こう、あえて聞こう。

 案の定、雛菊さんは満面の笑みで堂々と言い放つ。

「なので、皆さんに助けていただこうと思いまして。助け合いって言葉、お好きでしょう?」

「そんなに好きじゃないです! っていうか何ですかその理由は!!」

 人手不足を補うため、って……夏休みの短期バイトじゃないんだから!

 我慢できずに大声をあげるあたしに、雛菊さんが怪訝そうな表情で問いかける。

「あら、どうしてそんなに怒っていらっしゃるのですか? 困った時はお互い様でしょう?」

「いえ、あの……だったら、この土地の『監督者』の数を増やせばいいじゃないですか!」

「それは無理です。1ヶ所に1体って原則を破れば、世界のバランスが崩れますからね」

「じゃ、じゃあ、他の『監督者』に応援を頼むとか……」

「それも無理です。私達、受け持っている土地からは原則離れられませんから」

「融通きかねぇぇぇ!!」

 頭を抱えた。

 どうして……どうして元々力のある『監督者』を使ってこの状況をどうにかしようとしないんだ! 非力な『繁栄者』に頼むよりずっと効率的だろうによぉ!!

「とにかく、ですね。香澄さん」

 雛菊さんは優雅に手元のお茶をすすって、

「どうぞ、よろしくお願いします」

「……あのすいません、拒否権はないんですか?」

「拒否ですか? この久那市から世界が破滅しても良いというなら、どうぞご自由に」

 涼しげな顔でそう言うが……違うだろう、何か違うんじゃないかい雛菊さんよぉ!

「だーかーら、その事態を何とかするのが『監督者』でしょう!?」

「それは勿論おっしゃる通りです。でも、言い忘れましたが……私たち『監督者』がこの世界に干渉出来るのは、『堕落者』が無機物に入り込む前まで、なんです。奴らが無機物に入り込んでしまえば、私たち『監視者』は容易に手を出すことが出来ません。通常の土地ならば、『堕落者』の数が少ないし、力も弱いので、入り込む前に片づけることが出来ます。でも、この土地の場合は……土地の影響を受けてなのか、先ほどのように無機物に入り込む『堕落者』が非常に多いんです」

「……」

 要するに、さっきみたいな人体模型は、もう、雛菊さんが手を出せない状態ってわけなのか。

 そういうことは先に言ってくれれば、あんなに声を上げる必要もないのに……。

 気がつけば……雛菊さんはうつむいて、両手で缶を握りしめていた。

「こちら側の融通が利かないことも、身勝手なお願いだということは十分承知しています。でも、皆さんに頼るしかない私たちの心情も……お察しいただければ幸いです」

 言葉の端に、彼女の悔しさを初めて感じる。

 何だか、あたしが彼女を責めている悪者みたいじゃないか……。

 そこに、今まで黙っていた奥村先輩が口を開く。

「樋口は、今の話で納得できたか?」

「え……?」

 納得できたかどうか、なんて……。

 意外な質問に目を丸くするあたしに、先輩は苦笑いを浮かべて続ける。

「俺には正直、途方もない話だよ。『監督者』に『繁栄者』……最初は三流ゲームの設定用語かって思ったくらいだ」

 思わず頷いてしまった。あたしも同じ気持ちだから。

 だけど、先輩がこんなに自分のことを喋ってくれるのは、あたしにとって初めてのことだ。むしろそっちに戸惑ってしまいそうになる。

 そんなあたしの気持を知ってか知らずか、先輩は言葉を紡ぐ。

「でも、何の因果なのか……俺は、あの剣に選ばれてしまったらしい。そして、『堕落者』に対抗する手段を得た」

 剣に選ばれる、その剣とは、先ほど先輩が持っていた日本刀のことだろうか。

「どうやら、俺の代理は誰にも務まらないらしいんだ。今は納得できなくても、今の世界を守るために俺に何か出来るなら、やれるだけのことをやろうと思って……今に至ってる」

 先輩がどれくらい前からこんなことをやっているのか知らないけれど、自分の世界が一変した後も、先輩は何食わぬ顔であたし達に接していたんだよね。

 それは、どれだけの覚悟が必要なんだろう。

 あたしにも、そんなことが出来るんだろうか。

 そんな不安を見透かすように、先輩は言葉を続ける。

「勿論、樋口は一人じゃない。俺も含めて全員でフォロー出来るから……自分が納得できなくなるまで、協力してくれないか?」

 それは、奥村先輩があたしに逃げ道を残してくれた優しさであり、言いようのない不条理のようにも感じる。

 納得できなければ止めていい、でも、そんな明確な理由がないならば、理由を見つけるまで協力してほしい。

 そんなにあたしが求められていることは嬉しいのだけど……漫画のヒロインのように二つ返事で頷けないあたしは、この世界に生きる人間なんだな、と、自分で少し寂しくなった。

 それに、気になることがもう一つ。

「全員って……先輩と雛菊さん以外に、誰がいるんですか?」

 先ほどから話の中に登場している「仲間」とは、一体誰のことなのだろうか。

 あたしの質問には、雛菊さんが答えをくれた。

「そうですねぇ……てっとり早くお会いしてみてはいかがでしょうか」


 そして、わずか5分後。

 雛菊さんに誘導されるまま、あたしと奥村先輩は高校のグランドにいた。

 時刻は6時半過ぎ、空が茜色から紺色へ急激に変化していく時間帯。冷たい微風が髪の毛を揺らした。

 夜間練習用のライトが、グランド全体をぼんやりと照らしている。

 まだ生徒が残っていそうなものだけれど……静寂に包まれた空間、その中央に、女性と男性が各1名。

 女性は長い黒髪をなびかせ、我が高校のブレザーとはある意味対照的なセーラー服姿。あの制服は、お嬢様学校で有名な女子校のものだったような気がする。

 細いフレームのメガネが似合うクールビューティー。こちらを見つめる眼差しが本当に冷たくて、初対面なのにとびっくりするくらいだ。

 そんな彼女の隣には、学ランを着崩した金髪の男性。短髪をワックスで固めているのか、重力に逆らっている部分も見受けられる。

 右耳にはリングタイプのシルバーピアス、ズボンのポケットに両手を入れた姿勢で、こちら――というか、あたし?――を、猫のような目で値踏みするように見つめているのだ。

 普通に考えれば絶対に横並びをしない、そんな二人。

 二人の姿を確認した奥村先輩が、数歩前にいる雛菊さんに向って問いかける。

「どうして二人を呼んだんですか?」

「この方が手っ取り早いと思いましたので。お二人も、香澄さんには興味がおありのようですから」

「いつの間に連絡を?」

「お二人が『境界』から先ほどの部屋へ戻る間です。悠樹さんは予想していらっしゃったかと思いました」

「……」

 それ以上は口をつぐむ先輩。

 ちらりと見やったその表情は……何だかすごく困った様子に見えた。

 そんな先輩に気づいているのかいないのか、雛菊さんが目の前の二人に向って呼びかける。

「お待たせしました。この場所には『境界』を設定しておりますので……お好きにどうぞー★」


 その言葉が、彼らにとって戦闘開始の合図だったらしい。


 風が、頬をかすめる。


 刹那、いきなり日本刀を握って襲いかかってきた彼女の一撃を、勘だけで避けたあたしは凄いと思う。


 間一髪、まさにその言葉通りの状況。

 あたしに向けて全力で日本刀を振り下ろした大和撫子は、咄嗟に避けてバランスを崩すあたしに、つまらなそうな視線を向けた。

 風が、彼女の長い髪をなびかせて……迫力を追加する。

「まだ、剣は持っていらっしゃいませんわね?」

 鈴が鳴っているように涼しくて耳触りのいい声も、今のあたしには死神が発しているようにしか思えない。

 いや、だって……あの、何といいますか、

「ちょ、ちょおっと……いきなり何するのよ!?」

 混乱しながら大声を出すのが精一杯だ。

 心臓が頭に響くくらいバクバクしている。冷汗が全身の毛穴から噴き出していた。

 取り乱すあたしとはどこまでの正反対に冷静な彼女は、再びあたしを真っすぐ見据え、刀を正面に構える。

 一寸の狂いもない美しい構え。熟練者なのだろうか……研ぎ澄まされた空気が伝わってきて、痛みさえ感じる。

 もう一人の男性はその場から動かず、ただ、あたしの動きは目で追っている気配だ。

 と、

「おい、東原!!」

 先輩が読んだ名前に、大和撫子が反応する。

 しかし、先輩らしからぬ大声だ。今日一日で先輩のイメージがどんどん上書き更新されていくなぁ……。

 彼女はその場で剣を下ろし、先輩の方を向いた。

「何でしょうか、奥村さん」

「もうちょっと手段を選べないのか!? 樋口はまだ、その素質が見つかったばかりで……」

「だから、私がこうやって引き出そうとしているんですわ」

 彼女――東原さんはにべもなく言い放つ。

 全く臆する気配がない彼女は、殺気と間違うくらいの気迫で周囲を圧倒する。

「奥村さんもご存知でしょう? 本気がなければ――彼らは応えません、決して」

 鋭い言葉に、あの先輩も口を噤んだ……が、

「やり過ぎるな。俺は俺の判断で動くからな」

 そう言った直後、二人の視線が交錯した。

 本当に一瞬、だけど、彼らにはそれで充分だったようだ。

 東原さんは一言、でも、少しだけ声に愛嬌を込める。

「――どうぞ、ご自由に」


 ……んでもって。

 あたしはこの状況で、一体どうしろというのか。

 武器もないければ経験もない。相手が誰なのかも分からない。

 奥村先輩や雛菊さんの様子を見る限りでは、先ほどの人体模型側の『堕落者』ではない様子だけど。

 ただ、圧倒的に情報が少ない。

 あたしがやりたいのは喧嘩じゃないんだから。

 だからこそ、あたしはあたしのやり方で動こう。

「あのー、ちょっといいですかー?」

 こちらに向き直った彼女とは自分の保身のために数メートル距離をとりつつ、話しかけてみる。

「あたしは樋口香澄っていいます。貴女も、せめて名前くらいは教えてくれてもいいんじゃない?」

 質問に、彼女は少し目を細めて答えた。

「……東原絢芽と申します」

「とうばら、さん……ね。じゃあ、そっちの金髪君は?」

 今まで黙っていた彼に視線を向けた。

 彼は口元ににやりと笑みを浮かべて、

「俺は有坂椎葉。香澄ちゃんだな、よろしくー」

 片手をひょいっと上げて、非常にフランクな自己紹介をしてくれた。声も思っていたより高い、先輩が低いから余計にそう感じるのかもしれないけど。

「二人に聞くけど、二人は『繁栄者』? それとも『堕落者』?」

 『監督者』という選択肢はあえて外した。

 立場をはっきりさせたくて問いかけた質問に、なぜか二人は怪訝そうな表情を見せる。

「香澄ちゃん、残念だけど両方外れだよ」

「え?」

 有坂君の言葉に、あたしは頭が真っ白になって……慌てて頭をフル回転させる。

 だって、『繁栄者』でも『堕落者』でもないってことは……まさか、除外したあの選択肢なのか!?

「言っとくけど、雛ちゃんと同じ『監督者』でもねーぜ」

「えぇっ!?」

 最後の選択肢も潰された。

 と、いうか、雛ちゃんて……雛菊さんのことだよね、多分きっと。「ちゃん」付けされるような年齢には思えないけど……そんなこと恐ろしくて口に出せないけど。

 混乱するあたしを笑いながら、「ほとんど聞いてないみたいだな、可哀そうになってきた」と、失礼な一言を付け加えて、

「俺たちは……『干渉者』って言うんだってさ。そうだろ、絢芽ちゃん?」

「……ええ。そうですね」

 少し不機嫌そうな口調で、東原さんか首を縦に振った。

「かんしょう、しゃ?」

 再び登場する聞きなれない言葉。噛みそうになる自分頑張れ。

 目を丸くするあたしを尻目に、東原さんが雛菊さんに問いかける。

「雛菊さん、樋口さんにどこまで説明されたのですか?」

「そうですねぇ……『監督者』と『繁栄者』、あとは『堕落者』のことを基本ラインで。『干渉者』までお話するよりも、後は実地訓練をしていただこうと思いましたので」

 雛菊さんは最後まで笑顔だ。

 対する東原さんは……一度だけ、深くため息をつき、

「何だか樋口さんにも同情しますけれど……それとこれとは別問題ですわね」

 一人で納得した彼女は、まだ話を整理できないあたしへ刀の切っ先を向ける。

 個人的には別問題で片づけないでほしいのだけど、彼女がそんな要望を聞き入れてくれるとは思えなかった。

 ライトに反射した刀身が鈍く光って、覚悟を問いかける。

「樋口さん、申し訳ありませんが、手加減なく、私は貴女を倒すつもりですわ。嫌ならば全力で迎え撃ってくださいませ」

「えぇっ!?」

 一切の説明もなく、そのまま喉元に噛みつきそうな眼光の鋭さ……何とかしてくれないだろうか。

「ちょっと待ってよ! 唐突すぎるでしょう! 倒すってそんな物騒なこと……第一あたし武器持ってないしって話を聞けぇぇっ!!」

 やっぱりあたしの反論など聞き届けてくれるはずもなく、真っすぐにこちらへ向かってくる東原さん。

 最低限度の歩数で迫ってくる彼女の目が、本気であることを嫌というほど悟らせた。


 どうする?

 必死に考える。

 どうすればいい?

 何も浮かばない。

 どうすれば、彼女に対抗できる?

 何も浮かばない。


 彼女は躊躇なく迫ってくる。

 風圧か、近づく。


 ……対抗?

 対抗できる?

 このまま……倒される?


 射程距離まで間合いを詰められた。

 遠くにいたはずの彼女が、近い。

 その眼に……迷いは、ない。


 負ける。

 殺されるわけではないだろうけど……痛いだろうな。


 ……痛い?

 どうして?


 どうしてあたしが訳も分からずに痛い思いをしなければならないんだろう。

 今日、既に何か所も傷を負ったというのに(まぁ、完治してるけど)……どうして?



 ――冗談じゃない。


 それは、嫌だ。

 


「冗談じゃないわよ! そう簡単に……訳も分からないのに倒されてたまるもんですか!!」


 心の底から叫んだ。

 次の瞬間――風の渦が、あたしの右腕に集まる。

 力強いのに、優しい。そんな渦の中で……何かを握った。

 初めてのはずなのに、手にしっくり馴染む。何年も苦楽を共にしたような、そんな錯覚。


 知ってる。

 あたしは、これをよく知っている。

 呼び戻すための呪文だって――知っている!


 風の渦が晴れる。

 あたしは右手に日本刀を握りしめ、力任せに下から上へ振り上げた。

 魔法の呪文と一緒に。


「――踊れ、はやて!!」


 刹那、日本刀――颯を軸に巻き起こった竜巻が、勢いを増して接近していた東原さんの体を豪快に吹っ飛ばした。

 どうやら……手加減が出来なかったのは、色々初心者のあたしだったようだ。

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