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【外伝】女子高生の正しい放課後の過ごし方【香澄×絢芽】

本編で拾いきれなかったエピソードをこっそり書き連ねた外伝です。

出てくるのはタイトルに名前がある人物のみ。

多分戦いません、多分甘酸っぱいです……それでもよければ、どうぞ。


※今回の時間軸は、悠樹が亜澄側から戻ってきた後となっております。

「樋口さん……私、もう疲れましたの」

 以前と同じドーナツショップへあたしを呼びつけた絢芽が、開口一番……心底疲れた表情で呟いた。


「ど、どうしたの絢芽ってば……」

 彼女らしくない態度と表情に、あたしが動揺してしまう。

 放課後のドーナツショップは、あたし達と同じ学生が関を陣取って声高に楽しそうな話をしているけれど……2人掛けの席で目の前にいる絢芽は、アイスコーヒーにささったストローで中身をぐるぐるとかき混ぜながら、どこか遠くを見つめていた。

 あたしは毎度おなじみのカフェオレをすすりつつ、手元のチョコレートドーナツを口元へ運び、

「何か……んぐ、あっふぁの?」

「樋口さん、食べながら話すなんてはしたないですわよ」

 絢芽があたしへジト目を向ける。うん、これだよ、こうじゃなきゃ落ち着かないよね!

 ……って違う!!

 あたしが口の中のドーナツを飲み込むと、今日は小さなドーナツの詰め合わせを注文していた絢芽が、そのうちの一つ、ピンクのソースがかかったものをフォークで突き刺しつつ、

「綾小路先輩ですわ」

「あ、やっぱり」

 絢芽があたしに愚痴を言うなんて、彼女の話くらいしか考えられない。

 でも、最近は落ち着いたと思っていたのに……何があったんだろうか。

「何かあったの?」

 あたしの問いかけに、絢芽は再度ため息をついて、

「そろそろ、次の『総会』という会合が近づいているらしいですわね」

「へっ? あ、そういえば……でも、まだ1週間以上先だったと思うけど……」

 確か、次の会場は星霜学園。でも、決して近々に迫った話ではない。来週の週末だったはずだし。

 首を傾げるあたしに、絢芽は手元のコーヒーをすすりながら、

「綾小路先輩のカウントダウンに付き合うのも、疲れてきましたわ……」

「カウントダウン?」

「ええ。私が所用で生徒会室へ顔を出すと、すぐに私を引っ張り込んで延々と同じ話を繰り返しますの。奥村さんの知り合いなので、どうしても、話相手は私だけになってしまいますわ……」

「あれ? 副会長の……えぇっと、御崎さんだっけ。彼女や他の役員は?」

「他の方は見て見ぬふり。私に会長の相手を押しつけて粛々と仕事をこなしていらっしゃいます」

 確かに、男嫌いの御崎さんとは出来ない話だろうし、他の皆さんは先輩に会ったこともないから……話が通じて、しかも先輩と接点のある絢芽がターゲットにされてしまうのか。

「全く、理解に苦しみますわ。そんなことを考えるよりも先に、やるべきことはいくらでもありますのに……」

「まぁまぁ。そんなこと言わなくてもいいじゃない。綾小路さんだって、人生に張りが出来たというか……楽しそうなんだからさ」

 あたしが彼女をかばうと、案の定、絢芽が冷たい視線でこちらを見つめる。

「随分と分かったようなことを仰いますのね。もしかして、樋口さんも奥村さんに興味がおありですの?」

「へっ!? あ、あたしは別に……!」

 思わぬ切り返しに動揺したあたしへ、絢芽が意地悪な視線に変えて話を続ける。

「樋口さんが誰を好きであっても私が口を出すことではありませんが……戦いに支障が出ないよう、気をつけてくださいませ」

「違うって! そういうわけじゃ……!」

「あら、違うのですか? 私はてっきり、協力すると見せかけて綾小路先輩を出し抜こうという作戦なのかと……」

「そんなに性格悪くないわっ!!」

 心の底から叫ぶあたしに、絢芽が「はしたないですわよ、樋口さん」と冷静に突っ込みつつ、

「でも……私は、そんな綾小路先輩が羨ましいのかもしれませんわね」

「絢芽?」

 自嘲気味に呟いた彼女の言葉は、珍しい彼女の本音。

「私は……幼い頃から道が決められています。そしてそれは、『雫』を手にしてから決定的になった。誰が好きとか嫌いとか……そういう、年相応の事に憧れて、誰かにそういう話が出来る、そんな綾小路先輩が、羨ましいのかもしれません」

 絢芽の家は、代々、『雫』を受け継いできた家系だと聞いた。

 幼い頃から、「もしも」の可能性にかけて訓練を繰り返す……それが当たり前だった彼女にとっては、あたし達が送る「日常」が、自分の経験できない「非日常」に見えているのかもしれない。

 でもね、絢芽……それは違うと思うんだ。

「絢芽だって……誰かを好きになればいいじゃない」

 ぽつりと呟いたあたしの言葉に、一瞬、ドーナツを運ぶ手を止めた絢芽。

 少し驚いた表情の絢芽へ、あたしは言葉を続ける。

「羨ましがらなくていいじゃない。絢芽だって……絢芽だって、あたしと同じ高校生なんだよ。あたしと絢芽の背負ってるものが違うことくらい分かってるけど……でも、それが、絢芽が我慢する理由になるとは思えない」

「……」

 随分と分かったようなことを仰るのですね――そんな言葉が飛んでくることを覚悟していたのだが、絢芽は無言で、あたしの話に耳を傾けた。

 だから、あたしは正直な思いをぶつける。

「あたしだって、これからも『颯』を使って戦うけど……でも、高校生活だって楽しくするつもりだよ! まだ入学したばっかりなんだから」

 絢芽に届くかな、あたしの思い。

 自分1人が違うだなんて思わないでほしい……そんな、気持ちが。

「だから、絢芽も我慢しない方がいいと思うんだ。そりゃあ、星霜学園は厳しいかもしれないけど……でも、あたしはいつか、絢芽と恋バナしたいって思ってるんだから!」

「恋バナ……?」

 聞きなれない言葉に首を傾げる彼女へ慌てて解説しつつ、あたしは残ったカフェオレを飲み干して、

「だから、何かあったら話くらい聞かせてよね。一応、絢芽とは友達のつもりなんだから!」

「あら、そうだったんですか?」

「あやめぇ……」

 笑顔で断言したあたしを、笑顔で受け流す絢芽。

 思わず涙目になるあたしへ、彼女は空になったあたしのカップを指さして、

「ほら、中身がありませんわよ。私の話はまだ終わっていませんわ」

 その時の笑顔は、これまでよりもずっと……年相応の表情に見えた。

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