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逆転のミッション

 二人の話が終わり、あたしは残りのおせんべいを口の中で噛み砕きながら……。

「ふぉんなことがあったんだ……お疲れふぁま」

「樋口さん、口の中のものを残したままお話なさならいでください……」

 絢芽のジト目に苦笑しつつ、お茶で残りを流し込んで、

「でも、本当に助かったよ。あのままだったら、あたし、この世界から消されてたもん」

「消されていた、ですか……」

 あたしの言葉に、絢芽はこちらを見る目を少し細めて、

「デリケートな問題だということは承知していますけれど……樋口さんと妹さんの関係を伺ってもよろしいですか?」

 自分から話を切り出してくれる絢芽に、あたしは感謝するしかなかった。

 これは、あたしにしか出来ない話だけど……自分から切り出すには、勇気と決意が足りなかったから。

「あー……うん、そうだよね、うん……」

 椎葉と雛菊も、じっと、あたしを待ってくれている。

 自分の中で整理をつけながら……あたしは、自分の過去と改めて対峙した。


 ――そして、数十分後。既に時刻は午後9時を回っている。

 話し終えたあたしは……無意識のうちに浮かんでいた涙を袖で拭った。

「ごめん……でも、これがあたしと亜澄の根底にあるものだから……」

 全てをただ、黙って聞いてくれた3人は……あたしが落ち着くまで待ってくれている。

 だから、あたしは強く立っていなければならない。

 それが……あの時に誓ったこと。あたし自身が強く願ったことだから。

「色々な原因はあたしかもしれないけど……それでも、あたしは亜澄と戦うことに躊躇出来ない。今の亜澄がやっていることはダメだと思うから」

「少し……違うと思いますわ」

 不意に、絢芽が湯呑を両手に抱えて呟いた。

 あたしは少し驚いて彼女を見つめる。

 絢芽は湯のみの水面を見下ろしながら、淡々と言葉を続けた。

「確かに原因を作ったのは樋口さんかもしれませんけれど……その事実に甘え続けているのは妹さんですわ。樋口さんは変わろうと努力していらっしゃるようですが、妹さんは現状を維持することに必死でいらっしゃるように見えてしまいましたの」

「絢芽……」

「妹さんのことは、既に樋口さんお1人の問題ではなくなりました。今後もなにか気づいた点があれば、教えてくださいませ」

「……分かった」

 絢芽の言葉に静かに頷くあたし。

 今のはきっと、彼女の正直な感想であり、あたしを気遣っての発言……だと、思いたい。

 あたしが目を丸くして彼女を見つめると……気恥かしかったのか、絢芽がちらりとこちらを見てすぐにそっぽを向いてしまう。

 そんな絢芽をニヤニヤした表情で見つめる椎葉に、本人は氷のような視線を向ける。

「……何か言いたそうですね、有坂さん」

「いやー、何だか2人の間に爽やかな友情が溢れているなーと思ってさ」

「私、嘘がつけないだけなんです。気にしないでください」

 最後は椎葉の方も見ずに、手元のお茶をすすっていた。

 そんなことでくじける椎葉でもないので、「ふむ」と、一呼吸置いてから、

「でさ、これからどうするよ?」

「ひとまずお2人の事情は分かりましたわ。ただ今は……奥村さんの奪還に力を入れた方がいいと思います」

 そう、それは分かっているが……どうやって先輩をこちら側に取り戻せばいいのか。

 座りなおして思案するあたしに、絢芽が確認するように問いかける。

「樋口さん、奥村さんには『堕落者』が入り込んでいるんですわよね」

「うん、そのはず。だから、亜澄の言うことにどこまでも忠実になっちゃった……」

「と、いうことは……この中の誰かが奥村さんを斬ればいいんですわよね、雛菊さん?」

 絢芽が隣に座っている雛菊に尋ねると、今まで黙っていた雛菊が「はい」と頷いて、

「ただし、申し訳ありませんが……私自身も消耗していますので、3日ほどは猶予をいただければと思います。その後に私が場所と時間をセッティングしますので、それまでに誰がどうするのか、役割分担をお願いいたします」

 いつもより疲れた様子の雛菊に、普段にはない弱さを感じて……今日のことが彼女にとっても相当な負担だったことを感じてしまう。

 改めて、あたしが助かったのは……みんなの決死の助けがあったからだと実感してしまった。

 すると、絢芽がポケットから携帯電話を取り出してディスプレイを確認し、

「ここからさらにお話を進めたいところではありますけれど……今日はもう遅いので、明日以降に改めませんこと?」

 彼女の提案に、全員が同意した。


 絢芽の好意で、家の近くまで送ってもらったあたしは……近くのコンビニで降ろしてもらい、そこからの道を歩いていた。

 いや、何というか黒いセダンタイプの高級車(多分)ですよ。革張りのシートに後部座席にもテレビが見れるモニター付き……運転してくれた紳士は、東原家に仕える方ということで、あたし達の事情もちゃんと知っている気配だった。(助手席に座っていた椎葉と、色々話をしていたから……それを聞いて何となくそう思ったんだ)

 雛菊は、少し調べたいとことがあるということで別行動。ルートとしてはあたし→椎葉だったので、助手席から手を振る椎葉に手を振り返して、あたしは家路についた。

 住宅街の間にある細道を歩きながら、今日のことを振り返る。

 いろんな事があった。


 亜澄のこと、『灰猫』のこと、そして……奥村先輩のこと。

 あの後先輩はどうなったのだろうか。ちゃんと蓮華が治療してくれた? っていうか家にちゃんと帰った? 分からないことが多すぎて不安ばかりが募る。

 鞄の奥にある携帯電話を使えば、連絡くらい取れるかもしれないけれど……あたしからの着信やメールに反応してくれる保証もないし、そもそも携帯電話そのものが亜澄にとられているかもしれないのだ。変にこちらから連絡して、逆に動揺を悟られたくない。

 ……動揺、してるんんだ。あたしは。

 少なくとも負けないって自信があった。今までだってそうだったから、今後も、今の4人+雛菊で戦っていくんだって……根拠のない自信。

 あの蓮華にだって、あたし達がそれぞれの力をちゃんと引き出せれば勝てる、そう思っていたのに。

 蓮華よりも厄介な存在を前にして、あたしはこれから、どうやって戦えばいい?

 全員の前では強がったけど……正直、どうすればいいのか一番教えてほしいのはあたしなんだ。

 こんな迷いのままじゃ戦えないから、次はちゃんと、絢芽や椎葉に相談しないとなぁ……。


 立ち止まって空を見上げる。

 街灯の眩しさと、薄雲のかかった暗い空。星も月も見えない。

 風もない、空気のこもった夜。人影もなく、あたしだけがこの世界に取り残されたような気がした。


 守れなかった。

 いつも側で助けてくれた人を、守れなかった。


「……あーもうっ! 後悔終わりっ!!」


 あたしは自分に言い聞かせるように大声を出すと(近所迷惑)、一度、呼吸を整える。

 切り替えるんだ。

 今のあたしがやることは、先輩を守れなかった自分の無力さを悔やむことじゃないだろう?

 そんなこと……誰よりも先輩が望まないはずだ。そうに違いない!

 あたしは視線を前方に戻し、帰宅を再開する。

 前を向いた瞬間に、水滴が頬を伝ったけれど……そのままにしておいた。


 翌日、何だかすっきりしない空のもと、あたしは普段通り学校へ行く。

 どうやら雛菊は、別行動をして先輩の様子を探ってくれていた様子で……先輩は自宅に戻っていること、体の怪我はきちんと治療されていたことを教えてくれた。

 ただし、先輩の自宅周辺には、亜澄の病室と同様に蓮華が『境界』を設定していて、こちらから奇襲を仕掛けることはできないとのこと。

 それでも、先輩がひと先ず無事であることに安堵したあたしは、今日の生徒会活動で会えればいいと思っていたんだけど……。

「あのー、奥村先輩、この資料なんですけど……」

 放課後、いつもの生徒会室で次回会議の資料を作成していたあたしは、分からないことがあったので、テーブルを挟んで向こう側でパソコンを使っている奥村先輩に近づいた。

 ちなみに、奥村先輩は普段通りに登校して、授業を受けた様子。怪我をしている様子はないけれど……何というか、表情にあまり生気がなく、まるで人形みたいに表情がなかった。

 その違和感を抱いているのはあたしだけでもなく、稲月先輩と皆瀬君もまた、突然の変貌に困惑し、今は少し離れた所に机と椅子を持ち込んで作業中。要するに、あたしは実験隊なのである。

 あたしの声に、奥村先輩が画面から顔をあげた。見つめられる瞳に光がなく、反射的にぞっとしてしまう。

 うぅ……でも、負けない!!

「奥村先輩、この資料の印刷なんですけど、職員会議用も含めますか? それとも、生徒会と各部活動だけにしておきますか?」

 あたしが手渡した資料に目を落とした奥村先輩は……数秒の沈黙の後、無言でそれをあたしへ押しつけて、

「……職員用は必要ない。それくらい自分で考えろ」

 感情のない低い声で、淡々と言葉を紡ぐ。

 普段ならば同じ言葉にも奥村先輩の苦笑や呆れが混じっているので、まだ救われたような気分になるのだが……今日の言葉には、一切の逃げ場がなかった。

 あたしは手元の資料を握りしめ、泣きそうになる自分を必死に自制する。

「あー……はい、スイマセン……」

 そのまますごすごと自分の席に戻り、先輩の方を見つめてため息をついた。

 ……うぅ、さっきから誰に対してもこんな感じなんです……もう、空気がギスギスしてるったらありゃしない……。

 『堕落者』が入ってるってことで、奥村先輩も好戦的になったりするのかと思ったけれど、むしろ前より冷たくなってます、ハイ。

 色々残念でがくりと肩を落とすあたしへ、皆瀬君が部屋の反対側からこっそり近づいてきて、ひそひそと耳打ちする。

「ねぇ樋口さん……今日の奥村会長、どうしたの? 虫の居所でも悪いのかな……」

 あたしの前に先輩へ話しかけて撃沈した姿に、あたしと稲月先輩が哀愁漂う視線を向けたことは数十分前のこと。

 稲月先輩が必死にフォローしていたけれど、奥村先輩は聞く耳ももたず、自分の仕事に没頭していた。

「さ、さあ……理由はどうあれ、勘弁してほしいけどね……」

 他の資料のコピー枚数を手元のルーズリーフにまとめつつ……一度、ため息をついてしまう。

 こんな奥村先輩を、他の人に見せたくなかった。先輩が戻った時は、このときの記憶も操作してもらうよう、雛菊に頼んでみようかな。

 あたしのそんな思いなど知るはずもなく、奥村先輩は無言でキーボードを叩くのだった。


 今までで最も重苦しい生徒会活動の時間が終わり……さっさと帰宅した奥村先輩を見送った残り3人は、とぼとぼと校門へ向かって歩いていた。

 夕日の見えない曇り空、今にも泣きだしそうな空の下で、

「今日の奥村君、どうしたのかしらね……」

 3人の真ん中を歩く稲月先輩が、本当に困った顔でため息をつく。

「具合が悪いわけでもなさそうなんだけど……正直、怖かったわね」

 稲月先輩の右隣を歩く皆瀬君も、賛同するようにうんうんと頷き、

「会長、これからずっとあんな感じなんですかね……僕、やり辛いっす。樋口さんもそう思いませんか?」

「へっ!?」

 唐突に話を振られた左端のあたしは、2人の同意を求める視線に苦笑いを向けて、

「いやーもう困っちゃいますよね。本当、ぶった斬って改心させてやりたいです……」

 最後に本音を混ぜながら、明日もこの調子なんだろうなぁという予想にため息がとめどなく溢れてくる。

 あたしの発言に稲月先輩が「まぁまぁ」となだめながら、3人仲良く校門をくぐって……。


 ……あれ?

 門の所に人影が2つ。

 そもそも普通ならば絶対に一緒にいない学校の組み合わせなのだ。周囲も明らかに訝しげな眼で彼らを見過ごしているが……あたしは黙って通り過ぎるわけにもいかない。

 だって、よく見知った人物だったから。


「絢芽? それに椎葉まで……どうしたの?」

 あたしの姿に気づいた椎葉が、普段通りの気さくな空気で近づいてくる。

 その後ろから、営業スマイルの絢芽が続き……あたしよりも隣にいる稲月先輩と皆瀬君の方が驚いていた。

「よっす香澄ちゃん。生徒会、お疲れ様。っと……こちらの美人さんが久那の生徒会長さん?」

 稲月先輩を見上げると、突然話を振られた稲月先輩が、顔を真っ赤にして否定した。

「い、いいえ、私なんてとんでもない……香澄ちゃんのお友達?」

「お友達の有坂椎葉です。香澄ちゃんがお世話になってます」

 にかっと笑みを浮かべて握手とばかりに右手を差し出す椎葉。

 そんな彼の手を、後ろからやってきた絢芽がハンカチで叩き落として、

「有坂さん、馴れ馴れし過ぎですわよ」

 ほほほ、と、満点の営業スマイルで椎葉の隣りに並ぶ。

 椎葉は……地味に痛かったのだろう。右手を左手で押さえながら、涙目で絢芽を見やり、

「い、いや、ハンカチを鋭利にして攻撃しなくたって……地味に痛いんですけど……」

「有坂さんがみっともないところをお見せして申し訳ございません」

「ひ、ひどい……」

 完璧な夫婦漫才(口には出しません、絢芽が怒りそうだし)にあたし達が呆気にとられていると、絢芽が引き続きの営業スマイルであたしを見つめて、

「樋口さん、少しお話があるのですけれど……これから付き合っていただけますか?」

「へっ!? あ、うん、いいけど……」

 恐らく昨日の話の続きだろう。あたしが頷くのを確認すると、絢芽はその場でぺこりとお辞儀をして、

「ありがとうございます。では、参りましょうか」

 そのままくるりと踵を返して、すたすたと国道へ向けて歩き始める。

 右手を抑えていた椎葉もまた、急いで絢芽の後を追った。

 残されたのは……あたし!?

「あぁちょっと!? 皆瀬君、稲月先輩、また明日っ!!」

 2人の行き先が分からないので、あたしは急いで追いかけるしかない。

 呆気にとられている皆瀬君と稲月先輩に頭を下げて、あたしは小走りで後を追った。


 数分後、あたし達が校門から数メートル先にある国道とのT字路を曲がるまで、皆瀬君と稲月先輩はその場に立ち尽くしたままで。

「……稲月先輩、樋口さんのご友人って、個性的で共通点が一切ありませんでしたね……」

「え、ええ……でも、誰とでも仲良くなれる香澄ちゃんはすごいわね」

 こんな状況でも優しくフォローしてくれる稲月先輩の言葉が、曇った空の下、どこか虚しく溶けたのだった。


 絢芽と椎葉に連れてこられたのは……意外や意外、久那センの近くにあるカラオケボックスだった。

 2人は既に来たことがあるらしく、地下へ続く階段の先、受付カウンターでリモコンとマイクを渡され、廊下の突き当たりにある部屋へ通されるあたし。

 3人で使うには少し広く、少し薄暗い空間。長方形のテーブルの周囲をコの字型にソファが取り囲んでいて、液晶画面には、今月の新曲やらアーティストメッセージやら、情報が大音量で絶え間なく流れている。

「あ、絢芽もカラオケってするんだね……」

 ミラーボールを見上げながらあたしが呟くと、先に入ってソファに座っていた彼女が、「違いますわ」と首を振り、リモコンで少し音量を下げた。

「この場所は、『灰猫』さん達が話し合いを行うときに使う場所なんですの。有坂さんにお願いして、今日は私達が使えるようにしてもらいましたわ」

 絢芽の正面に座った椎葉が、無言でピースサインを向ける。

 あたしはひとまず、入口の近く、絢芽の隣りに座り、

「確かにここなら、防音も大丈夫だと思うけど……何時間使えるの?」

「2時間ってところかな。でも、それで充分っしょ? 時間が余ったらカラオケ大会ってことで♪」

「有坂さん、私たちは遊びに来ているわけではありませんわ」

 絢芽の冷たい言葉に、がくりと項垂れる椎葉。

 ちょっとだけ……絢芽が何を歌うのか気になったのは、ココだけの話だ。口に出すと「浮かれないでください」って怒られそうだし。

 絢芽は何やら見開きのメニューを広げつつ、あたしをちらりと見やり、

「私の家で行っても良かったのですが、ここならば、全員が帰宅しやすいでしょうから」

「ん、そうだね……ありがとう。正直助かるよ」

 素直に彼女を見て頷くと、ぱっと視線をそらされた。

 ……まぁ、いいか。

 しかし、絢芽はどうして熱心にメニューを見ているんだろう。珍しいのかな。

 そんなあたしの疑問に椎葉が答えてくれる。

「香澄ちゃん、ここではワンドリンクオッケーだから。何にする?」

「あ、そうなの? じゃあ……コーラで」

「コーラね……絢芽ちゃんは?」

 電話に近い椎葉が立ち上がり、メニューとにらめっこしている絢芽に問いかけた。

「絢芽、さっきからどうしたの?」

 絢芽はごにょごにょと何か言いたそうにしていたが……意を決して、そのメニューを机上に広げて、

「樋口さん……その……これは、どういう飲み物ですの?」

「へ? どれ?」

 絢芽が指さす先には、確かに名前だけでは味を想像出来ないドリンク名があった。


 ドクターペッパー。


「うーん……あたしも名前は聞いたことがあるんだけど、飲んだことはないんだよね……」

「胡椒の味なんですの? それとも、お医者さんの味なんですの?」

「いや、医者の味ってどんな味なの……?」

 写真がないので、何色の液体なのかも分からない。目をキラキラさせて何だか意味の分からない質問する絢芽に、あたしは分からないことを強調するために何度も首を振った。

 すると、そのやり取りを見ていた椎葉が、口元に意地悪な笑みを浮かべて、

「そんなに気になるなら、挑戦してみなよ。新しい世界が広がるかもしれないぜ」

「ですが……得体の知れない飲み物ですし、体に悪そうですわね」

「おぉっと絢芽ちゃん、もしかして怖いの?」

 刹那、彼女の目が椎葉を睨んだ。完全に挑発に乗ってますよ、絢芽さん!

 椎葉のあの表情と口調は、きっと、この飲み物の味を知っていて言っているんだと思うけど……絢芽を煽るってことは、実はこれ、罰ゲームジュースだったりする?

 そんな不安がよぎったあたしとは対照的に、絢芽は隣で「分かりました」と決意を固めて、

「この、ドクターペッパーとやらをお願いしますわ!」

「さすが絢芽ちゃん! そこに痺れる憧れるぜ!!」

 椎葉が親指をぐっと突き立てて、早速電話越しに注文。

 数分後……アルバイトらしき女性が、カラスコップに入った飲み物を3つ運んできた。

 黒い炭酸が2つに、椎葉が頼んだジンジャーエールの黄色い炭酸が1つ。

 うぅむ、どちらがあたしの頼んだコーラなんだろうか……部屋の照明が暗いので、余計に分かり辛いんですけど……。

 両方のグラスを見比べてため息をつくあたしに、横から椎葉が片方を掴んで、自分の顔に近づけた。

「うん……この色、こっちがドクペだな。絢芽ちゃんのだよ」

 どうやら彼は色で判断できるらしい。残った方があたしのコーラということになるので、ひとまず自分の方に引き寄せてストローをさした。

 絢芽は、椎葉に渡されたコップをしげしげと見つめていたが……意を決してストローの包装を破り、コップの中にそれを突き立てる。

 椎葉が完全にワクワクした表情で見つめる中、そのストローに口をつけて……液体を、一口。

「んっ……!」

 刹那、絢芽の目が大きく見開かれる。

「絢芽ちゃん、どう? どう?」

 急かす椎葉は放っておいて、彼女は更に二口ほど液体を飲むと……ストローから口を離し、コップを机の上に置いた。

 そして、ぽつりと一言。

「美味しい……」

「へー、そうなんだ」

「嘘ぉぉ!!」

 味を知らないあたしは素直に首肯して、味を知っている椎葉が驚いた声を上げる。

「あ、絢芽ちゃん、本当にそれ美味しいの? 心からそう思ってる!?」

「失礼なこと言わないでください。私、嘘は付かないようにしていますのよ」

 涼しい表情で椎葉を一瞥する絢芽に、彼はうろたえながらあたしを見て、

「いやいやいやいや、社交辞令でしょ社交辞令! ちょっと香澄ちゃんも飲んでみてよ!!」

「あたしも?」

 椎葉の剣幕に気圧され、あたしは困った顔で絢芽を見た。

 彼女は無言で、先ほど飲んだコップをあたしの方へ置いてくれる。

 どうやら絢芽も、自分の意見を後押ししてほしいらしい。

「じゃあ、いただきます……」

 あたしはストローからではなく、コップを持ち上げて、その淵から一口いただいた。

 次の瞬間、

「げふっ……!」

 口と鼻を通りぬける違和感に、思いっきりむせてしまう。

 慌ててそのコップから口を離し、自分のコーラで口のなかを満たすことに集中した。

 そうやって自分を落ち着かせること数十秒、コーラからのゲップをこらえつつ、あたしは問題の飲み物を見下ろし、

「な、なにこのジュース……薬品?」

「薬品だなんて失礼ですわ! きっと、この癖になる味が人気の秘密なんですのよ!」

「うぅ、ごめん……絢芽、あたしにはこの味の良さが分からない……」

「な、何て愚かな……!」

 愚かって……そこまで言われなきゃダメですか、あたし。

 がくりと項垂れる絢芽を、勝ち誇った表情の椎葉がびしっと指さして、

「ほらほら! 絢芽ちゃんが少数派なんだよ!」

「解せませんわ……!」

 眉をひそめて首を振る絢芽に、胸を張って高笑いを続ける椎葉。

 ……この2人って、こんなに砕けたキャラクターだったっけ……?

 自分の中の情報を書き換えながら、先ほどの味を口から消すために、コーラをがぶ飲みするあたしなのだった。


 それぞれに一息ついたところで、既にコップの半分を空にしている絢芽から話を切り出す。

「雛菊さんの回復具合を考えて、再戦は今週末、早くて日曜日を考えていますの。実は先ほど、樋口さんを待っている間に、校内から出てきた奥村さんとお会いしたのですけれど……」

 言葉を濁しつつ、椎葉をちらりと見やる。椎葉がため息交じりに話を続けた。

「俺達が声かけても、ガン無視されたんだよ。俺達のことなんか眼中にないって感じだったけど……あれは何も知らない人にしてみたら違和感ありまくるから、早めに対処しようぜ」

 その言葉に全力で同意するあたし。あのままの奥村先輩があと数日続くと思っただけで胃が痛くなるんですけど!

「でも……絢芽、何か作戦でもあるの?」

「勿論、ここにいる3人で奥村さんに斬りかかる、ということも出来ます。ただし、それだと相手方が人数の違いを理由に敵が増えることになりかねません。そこで……1対1の決闘を申し込む、というのはいかがでしょうか」

「決闘!?」

 絢芽の提案に、あたしは反射的に大きな声を出してしまった。

 まぁ確かに、3対1っていうのは卑怯だと思うけれど……でも、あたし達と戦うことに躊躇いなど無い先輩を、一体誰が?

 そんなあたしの疑問に、絢芽は一言で答える。

 眼鏡の奥の瞳に、静かな決意を秘めて。

「皆さんさえよろしければ……私が、参りますわ」


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「……ふーん、そうなんだ」

 窓が開け放たれた病室で、ベッドの上に上体を起こして本を読んでいた亜澄は……手元の雑誌から視線をそらし、あまり興味がなさそうな口調でぽつりと呟いた。

 彼女以外の人影は、今ところ1つ。

「ふむ……あまり乗り気ではないようじゃな」

 窓枠に足を組んで腰かけた蓮華が、亜澄を見つめながら言葉を返す。

 先ほど、蓮華より……再戦が今週末になりそうだという話をきいたところだった。

「ねぇ蓮華、あと何人こっちに引っ張りこめばいいの?」

 自分の毛先を指先で遊ばせながら、蓮華に問いかける亜澄。

 蓮華は足を組み替えて、「ふむ……」としばし考えた後、

「そうじゃな……最低でもあと1人。人数は勿論多い方がいい」

「ふーん……ひとまず、香澄ちゃん以外の2人に来てもらいたいかな。向こうがどんなやり方で来るのか分からないけど……」

 刹那、扉をノックする音が聞こえる。

「どぞー、空いてますよ」

 彼女の明るい声に導かれるように扉が開き――その人物を確認した亜澄が、満面の笑みを浮かべる。

「……でも、悠樹君なら楽勝だよね。亜澄のために頑張ってもらわなきゃ!」

 光のない瞳で自分を見つめる彼――悠樹は、彼女の手招きに応じて病室へ入り、後ろ手で扉を閉めた。



■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 ひと通りの打ち合わせが終わった後、いつの間にかドクターペッパー2杯目に突入した絢芽が、テーブルの上にあるリモコンをしげしげと見つめ、

「前々から思っていたのですけれど……あのリモコンは何に使うんですの? テレビのチャンネルを変えるんですか?」

 純粋にきょとんと首を傾げる彼女に、椎葉が我先にと手をあげて解説を始める。

「いやいや違うよ絢芽ちゃん。このリモコンは、カラオケの曲番号を入れるために使うんだよ!」

「カラオケの、曲……?」

 あたしには一発で分かる解説だったのだが、絢芽の顔から疑問符は消えない。

「ものは試しだ! 俺の歌を聞けぇっ!」

 刹那、机上からリモコンと楽曲が掲載されているカタログを奪い取った椎葉が、何やら目当ての曲番号を入力して……送信!

 次の瞬間……部屋が一段暗くなって、天井のミラーボールが回り始める!

 唐突な変化に、絢芽が珍しく挙動不審になって周囲を見渡した。

「な、何事ですの!?」

 動揺する絢芽の肩を、あたしが一度「ぽむ」と叩いて、

「まー……いいから聞いてみようよ。よっ、椎葉、カッコいー!」

 少し間を置いてから画面に楽曲タイトルが表示、爆音で前奏が始まる。

 数か月前に流行った某アイドルの曲だった。間違いなく絢芽は知らないと思うけど……。

「騒がしいですわね……」

 苦々しい表情で呟く絢芽。何とか彼女をなだめながら……いざ、椎葉のステージが始まる!


 結論:椎葉の歌唱力は普通。ただ、ラップまで完璧にこなしていたのは凄い。よく頑張った!

 ドヤ顔の椎葉に対して、絢芽が机上のリモコンを自分の隣に置き、次の曲を入れさせないようにしていたのは言うまでもない。

 何だかんだで仲良しだな、あたし達。

 そんな感想を口にしたら……隣の絢芽に怒られるだろうか?


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