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会いにきたのは離反者

 あたしの目の前に突然現れた蓮華は、不敵な態度を崩さない。

 むしろ……あたしの方が焦っているのが自分でも分かっていた。

 彼女がベッドに腰かけているので見えないけれど……そのベッドで寝ているはずの奥村先輩は、先ほどから一言も発していないのだから。

 寝ていても起きるだろう、物音立てたし。

 ただもしも、既に何か仕込まれているのであれば――!?

 あたしは出来るだけ彼女を睨みつけ、問いかける。

「先輩に何かしたの?」

 蓮華はゆっくり首を振った。

「いいや、何もしていないぞ。反対側からわしを睨みつけておる。確認してもいいぞ」

 自信満々でそう言った刹那、

「……樋口、俺は大丈夫だ。お前こそ早まった真似はよせよ」

 反対側から先輩の声が聞こえた。少し辛そうなのは熱が下がらないからだろうか……でも、とりあえず自由を奪われているわけではなさそうなので、ひと安心。

 でも、早まった真似はよせって……まぁ、気をつけますけどね。

 今回は先輩のフォローを期待しちゃいけない、あたしは改めて気合いを入れる。

 そんなあたしとは対照的に、蓮華は果てしなくフランクな態度。

「まさか……わしが『焔』を斬ったかと思ったか? 安心しろ、そんな無粋な真似をするつもりはない」

「どうだか。信用できるわけないじゃない」

「ふむ……賢明な判断だとは思うが、今日はお主らと剣を交えるつもりはないんじゃよ。ただ、わしが会ってみたかっただけなんじゃ」

「会ってみたかった……?」

 何を言っているんだろう。

 あたしが眉をひそめると、蓮華は「そうじゃ」と含み笑いを交えながら続ける。

「こんな守る価値のない世界に命をかける、滑稽な『干渉者』に……な」


 守る価値のない世界。

 蓮華は平然と言い放つと、再度足を組み替えた。


「心配するな。既にわしの『境界』は設定してあるから、何を喋っても外部には漏れ聞こえないぞ。勿論……雛菊にも」

「それはどうも」

 あたしが倒したパーテーションはそのままになっている。あの音を聞いて誰も様子を見に来ない現状から、蓮華が『境界』を設定していることは間違いなさそうだ。

 それはそれとして、

「守る価値がない、って言われても……それはあんたの価値観でしょう? あたしはあたしで、価値があると思ってるから『颯』を持ってるの。自分の考えをおしつけないで」

「そうか……では『颯』、お前は、理不尽に暴力をふるったり、自分を守るために他人を氷づけにして高笑う『繁栄者』を認め、誰かがそのための犠牲になるのはしょうがないというのだな」

「いや、そこまで話を飛躍させなくても……っていうか、そうさせたのは『堕落者』のせいよ」

「少し違うぞ。『堕落者』はあくまでもキッカケにすぎぬ。彼らはもともと歪んだ欲望を持っていた、それが『堕落者』というキッカケが入り込んだことで、理性が消えた弱い『繁栄者』になり下がっただけじゃ。まぁ、理性が消えた代償として、別の潜在能力が引き出されて、『繁栄者』でもまるで『干渉者』のような力を得ているのだがな」

「だーかーら、それが『堕落者』のせいなのよ。そもそも『堕落者』が入り込まなければ、そんなことには……」

「ふむ……『颯』、お主は『堕落者』がどのような生まれか知っているのか?」

「え?」

 蓮華の質問に、間の抜けた声を返してしまうあたし。

 それだけで、彼女には十分な答えになっていた。

「知らないならば教えてやろう。奴らは……そうじゃな、『監督者』と反対の存在がこの世に残ったものじゃ」

「反対の存在……?」

 あたしは必死に、先日の雛菊の言葉を思い出す。

 確か彼女は、『監督者』の生い立ち(?)を話してくれたような気がするんだけど……。


「『監督者』は、この世界で徳をなした者――世界の繁栄に繋がる功績を出した存在に与えられる役職です。普通は肉体の死後、皆さんが魂と呼んでいる存在は拠り所をなくして消滅します。ただし、『監督者』になれば残り、次の転生の際も少しだけ自分の意思を刷り込ませることが出来る……まぁ、平たく言えば、『繁栄者』として善人だった人を、死んでしまった後も生前の記憶を残してこき使おうってことです」


 『監督者』は、世界を繁栄に繋がる功績を出した存在。

 じゃあ、その反対だっていう『堕落者』は……。


「……悪人ってこと?」


「平たく言えばそういうことじゃな。『繁栄者』だった頃に徳をなさなかった、世界の繁栄を阻害した存在のことじゃ。多くは自己満足がいきすぎた者や、反省しない犯罪者、他人を利用して何の恩返しもしなかった者……ろくでもない連中じゃが、近年、この『堕落者』が増加傾向にある。理由は、何となく察するところはあるんじゃないのか?」

 まぁ確かに……最近は、耳を疑うような凄惨な事件を、一日に一度はニュースで耳にするけれど……。

 あたしが言い返さないのをみて、蓮華は饒舌に話を続ける。

「そういった『堕落者』が増えたことで、正直、わしや雛菊のような『監督者』は疲れ切っているんじゃ。わしらの力も、使えばその分消耗して、回復が必要になる。でなければわざわざ、『干渉者』という補助を作ったりはしないさ」

 正直、彼女がここまで雛菊よりも喋るキャラだとは思わなかったけれど……でも、どうしてあたし達にそんなことを? その狙いが全く分からない。

 と、

「……お前の狙いは、何だ?」

 今まで黙って聞いていた先輩が、上半身を起こして蓮華を見据えた。

 額には熱さましのシート、まだ顔が赤く、呼吸も荒いけれど……眉を吊り上げて彼女と対峙している。

 蓮華はベッドの上に座っているので、おのずと距離が近い。

 しばしの沈黙の後、先に視線をそらしたのは蓮華だった。

 あたしの方でもなく、天井を見つめて……呟く。

「狙い、か……そうじゃな、わしは、それをお主らに伝えにきたのじゃ」

「どういうことだ」

「何、簡単なことじゃよ。わしの目的を伝え、それに賛同するならば協力してほしい……『暦』に選ばれた彼女のように、な」

「協力、だと?」

 先輩の言葉に蓮華はうなづき、あたしと先輩を交互に見つめてから、

「お主らは、雛菊からの情報しか知らぬからな。わし側の事情を知れば、考えも変わるかもしれぬじゃろう? だからわしも、今まで本気になってお主らを潰そうとはしなかったんじゃ」

 どうやら本気で言っているらしい。既に一人、蓮華側についている『干渉者』――彼女ってことは女性なのか――もいるのだから、あたし達も抱き込めるという勝算があるのかもしれないけれど……。

 あたしが真っ向否定するより早く、先輩が尋ねる。

「一応聞こう。そちらの目的を教えてほしい」

 熱があるのにどこまでも冷静な先輩に、蓮華は少しだけ間を置くと、表情から笑みを消した。

 空気がぴんと張り詰めたような錯覚。あたしと先輩は二人して息をのみ、彼女の発言を待つ。


「わしは……この世界の時間を戻して、この世界の歴史をやり直そうと思っているんじゃ。この世界は、どこか歪み過ぎてしまった……それを修正したいと思っている」


 開け放たれた窓から、風が吹き抜けた。


 それは……何となく、予想していた提案でもあった。

 蓮華だって、自分側の戦力は多い方がいいに決まっている。


「本気で言ってるの?」

 あたしの問いかけに、彼女はゆっくりと首を縦に振り、

「お主も、時間を戻したくなることはあるだろう? わしと一緒に動いてくれれば、その願いなど……簡単に叶えてやるぞ?」


 その、蓮華の言葉が、とても魅力的に思えた。

 時間を戻せるなら。

 何度、願ったか分からない。


 蓮華はやはり、あたしのアキレスけんを知っている。よりによってなにも知らない先輩の前で痛いところを突かれたので、一瞬口ごもってしまうけれど……あたしはすぐに頭を振った。


 だって、それは……今のあたしの願いではないから。


「いらない、そんなの……いらない」

「『暦』を使えば、今のお主の意思のままで時間を戻すことができる」

「いらない」

「それでいいのか?」

 確かめるように問いかける蓮華。

 まとわりつく甘い誘惑を否定したくて、あたしは自分でも驚くような大声で否定した。

「いらないって言ってるでしょう!? あたしは……あたしは、そんなことで自分が許されるなんて思ってないもの!!」

 過敏とも思えるあたしの反応に、先輩が驚いていることも気づいていた。

 でも、それでも……あたしは、こう言わなければならない。

 険しい道を選ぼうとしている自分を、後押ししてあげなきゃ……あたしはすぐに甘えてしまうから。

「あたしは、あたしは……今の自分で生きていくことを決めてから、後悔なんてしてこなかったの!! だから、だから……そんな便利な力に頼らなくったって、何とかしてみせるわよ!!」

 それが、あたしなりの決意であり、贖罪。

 ただ、自己満足だって言われるかな……。

「そうか……」

 あたしの返事に、蓮華は足を組み替えて呟く。

「お主は……変わらないのじゃな」

「え?」

「いや、独り言じゃ。さて『焔』、お主はどうする?」

 あたしがダメなことを悟った蓮華が、今度は視線を先輩に移した。

「お主にもあるじゃろう? やり直したいことが」

「ああ……あるな」

 思いのほか素直に首肯した先輩だが、すぐに蓮華を真っすぐ見据えて続けた。

「だが、残念ながら俺もお断りだ。俺は今と未来を守りたくて戦っている。過去をやり直して今の自分を否定するつもりはない」

「否定、か……再構築だとは思わないか?」

「思わないさ。一度しかないからこそ、一生懸命になれるんだ」

 時折、少しだけ体がふらついていたけど……蓮華を跳ね返すように強い眼差しで見つめる先輩には、圧倒されてしまうような迫力があった。

 一度しかないからこそ、一生懸命になれる。

 ……先輩、カッコよすぎでしょうその言葉。あたしもそれくらい堂々と言ってみたいものです。説得力が半減しそうだけど。

 そんなあたし達の反応も、恐らく予想していたのだろう。蓮華はそれ以上しつこく詰め寄ることもなく、ただ、どこか寂しそうな眼差しでうつむいた。

「そうか……やはり、『干渉者』とは面白い存在だな」

 呟いた口元が笑っているのが、本気なのかわざとなのか。

「これだけの事実を聞いても、この世界を守ると言うのじゃな」

「そうよ」

「そうだ」

 二人で首肯するタイミングが全く同じだった。

 それが、揺るぎないあたし達の考え。

 蓮華ヘの完全な決別を意味していた。

 だから、蓮華もまた、顔をあげてこう言う。その表情に……揺るぎない自信を取り戻して。

「分かった、ならば……わしもこれからは、容赦なく事に当たらせてもらう。せいぜい頑張って食い止めることだな」

 互いに相容れないことを確認しあったあたし達に、これ以上の会話は必要ない。

 彼女がベッドから降りる。

 床に下駄の音が響き、長い髪の毛が大きく揺れた。

 そのままグラウンドに面した窓まで振り向かずに歩き、開いている窓の枠に手をかける。

 すぐに出ていくのかと思ったが……ふと、姿勢はそのままに先輩の方へ顔だけを向けて、

「……邪魔したな。わしも病人をいたぶる趣味はない。回復したお主を叩き潰すのが楽しみじゃ」

 先輩は何も言わず、ただ、蓮華を睨んでいた。

 彼女もまた、先輩からの言葉を期待していたわけでもなく……そのまま窓枠を飛び越え、外へと消えていく。

 二人して、蓮華の『境界』が消えるまでは気を張っていたけれど、数分後、周囲に学校の喧騒が戻ってきたことに気がつき、あたしは思わずその場に座り込んでしまった。

「な……何よいきなり……びっくりした……」

 情けなくて申し訳ない! でも、そりゃーもうびっくりしていましたとも!!

 改めて相対した蓮華には、雛菊とは全く違う雰囲気がある。

 雛菊はどちらかと言えば後方支援だけど、蓮華は好戦的というか……自信に溢れていて、他人を動かして問題を解決するタイプだと思った……あれ、それは雛菊も同じなのかも?

 普段のほわほわした雛菊を見慣れているので、あんなに目をぎらつかせた彼女に違和感を感じてしまう。

 まぁ、そりゃあ……同じなのは外見だけなのだから、当たり前だけど。

 先輩もまた、ぷつりと糸が切れたようにベッドへ倒れこみ、

「……命拾いしたんだろうな、多分」

 敵対する相手との唐突な邂逅が何事もなく終了したことで、余計に熱が上がりそうな気配だ。

 座りこんでばかりもいられない。あたしはベッドの縁に手をついて立ち上がると、ひとまず、自分で倒したパーテーションを元の位置に戻した。

 そして、先輩の顔の近くに椅子を持ってきて、そこに腰を下ろす。

「奥村先輩、大丈夫でしたか?」

 見下ろす位置から尋ねると、先輩は首を縦に振って、

「俺は大丈夫だ……樋口こそ大丈夫か?」

「あたしは大丈夫です……緊張しましたけど」

 苦笑いを浮かべると、つられた先輩の頬も緩んだ。

 開け放たれている窓から、グラウンドの声と風が入り込んでくる。

 オカン先生が戻ってくる気配もなく、保健室にはあたしと先輩だけ。

 だからこそ、つい、

「奥村先輩……蓮華の言ってること、本気ですよね?」

 先ほどの蓮華の言動についての話になってしまう。

 あたしの言葉に、先輩は呼吸を整えながら、

「多分、な。俺達に嘘をついてまで味方に引き込もうとするようには思えない。俺達がいなくても、『暦』を持っている向こうが有利なのは変わらない」

「ですよねー……」

 目的を達成するためには、『暦』って剣を使って時間を好き勝手に操ればいいんだ。

 向こう側に『暦』がある以上、いつでもその力を発動させればいいだけのこと。あたし達はきっと、時間が戻っていることさえも気が付けないだろうから。

 それをしないってことは、何か条件でもあるのか、足りないものがあるのか……。

 蓮華もそこまでは話をしてはくれなかったけれど、雛菊にこの話をすれば、何か思い当たることがあるかもしれない。

 帰宅したら雛菊の首根っこを捕まえよう、そう決意しつつ、

「これから、絢芽や椎葉にも同じ話をするでしょうか」

「すると思うぞ。あの二人がどんな返事をするのか、正直俺には分からないけどな」

「分からない? どうしてですか?」

 あたしは最初から、絢芽や椎葉も一言で断るものだと思っていた。

 絢芽は正義感が強いし、椎葉も蓮華のやり方には納得しないだろう、そんな……根拠のない自信。

 だから、先輩が「分からない」と呟いた瞬間、ものすごく不安になってしまう。

 そんなあたしの表情を見上げた先輩は、「そんな顔をするな。俺だって信じたい」と、申し訳なさそうな表情で、

「ただ……今の自分のままで過去に戻れる、そんな夢みたいな話が現実だとすれば、それにすがりつきたくなることがあるかもしれないだろう?」

 それは、果たして誰のことなのか。

 先輩はそれ以上語らず、あたしから視線をそらして目を閉じた。


「そうですか……蓮華が、そんなことを……」

 帰宅後すぐ、リビングで夕方のニュースを見ていた雛菊に今日のことを話すと、雛菊はソファにもたれかかって天井を仰ぐ。

 あたしは鞄を床におき、雛菊の隣りに腰をおろした。

 先輩は保健室で少し休んだ後、仕事終わりのお父さんに迎えに来てもらうよう連絡をしたとのこと。

 オカン先生も戻ってきたので、あたしはそこまでを先生に伝達してから、保健室を後にした。

 そして……今、雛菊に事のあらましを説明したところだった。

 どうやら雛菊は蓮華の動きを察知できなかった様子で、聞くたびに顔を伏せて、ただ頷くのみ。

 そして……全て話し終えた今、雛菊は天井を見上げたまま、少し考えるように目を閉じて、

「時間を戻す……確かにそれは、『暦』があれば可能でしょう。でも……ええ、それ一本では効力の及ぶ範囲が狭いのです」

「範囲が狭い?」

 あたしの質問に、彼女は目を開けてこちらに体を向ける。

「基本的に、剣というのはその刃が届く距離が限られています。時間を操ることができるのは、基本的に『暦』の刃が届いて斬れる範囲になってしまうのです」

「要するに、世界の時間を戻そうと思ったら……世界中のすべてのものを斬り続ける必要があるってこと?」

「ええ。それは、途方もないことです」

 それなら容易に想像できる。いくら『暦』で一度に複数の『繁栄者』を斬ったところで、世界中にあと何億人いるのかを考えれば……蓮華の理想を体現するのは途方もないことだ。

「ただ……それらを拡散させるものがあれば、話は別です」

「拡散?」

「そうです。皆さんが持っている剣は、その力を広範囲に広げることが出来ます。香澄さんの風が分かりやすいですね。実際に『颯』が届かないところまで、風の力で攻撃をすることが出来ますから……蓮華はおそらく、皆さんの剣を手に入れて、『暦』の力を世界中へ広げることが目的かと思います」

「ちょっと待って。蓮華でも『颯』を使うことが出来るの?」

「『颯』はもともと『監督者』が『干渉者』を助けるために作り上げたものです。少し無理をする必要はあるはずですが……逆を言えば、少し無理をすれば使えます。もっとも、私はそんな無理をするつもりもありませんけれどね」

 雛菊は苦笑いで頭を振った。まるで、自分と蓮華は違うと言い聞かせるように。

「ですので、今度は特に、不用意に『颯』から手を離さないでください。私の『境界』内であればそのようなことは許しませんが……蓮華の『境界』内で戦う場合、『颯』が香澄さんの手を離れても消えることなく、この世界にとどまってしまう可能性があります」

「どういうこと?」

 過去に一度、自分の不注意で『颯』を消してしまったことがあるあたしなので……今の言葉には疑問が残る。

 そんなあたしに、雛菊は『境界』の特性から生じる理由を説明してくれた。

「私たち『監督者』の『境界』は、それを設定した『監督者』が絶対なんです。ですので、私の場合は部外者の干渉を許さず、『堕落者』がその外に逃げ出すことも許しません。それらを破る場合は設定した『監督者』に手傷を負わせて、『境界』に歪みを発生させることが必要になってきますけれど……設定した『監督者』は安全な『境界』内にいることがほとんどですので、外側から強引に歪みを発生させて侵入するのは至難の業ですね。私も先日、蓮華の『境界』に閉じ込められた時は……自分の腕を犠牲にするしかありませんでしたから」

 久那スポでの一件で、雛菊の到着が遅かったことと、彼女が腕を負傷していたことを思い出す。

 それは……蓮華の『境界』に閉じ込められて、脱出に時間がかかってしまったからだったのか。

「蓮華には恐らく、確実に『暦』の力を拡散させるために、皆さんの剣が必要になるでしょう。皆さんから剣を奪うために、その『境界』内だけの独自ルールを設定して、皆さんに戦いを挑むことが考えられます。ですので……今後、私以外の『境界』で戦うときは、くれぐれも注意してくださいね。特に香澄さん」

「何となく分かった、けど……特にって言葉が余計よ!」

「あら、以前に手が滑って『颯』が消えたよーなことがあったと思いましたので……私の記憶違いでしょうか?」

 ほほほ、と、涼しそうな顔で笑顔を作る雛菊。当然言い返せないあたし。

 だけど、これだけはきちんと伝えておこう。大切なことだから。

「雛菊」

「はい、何でしょうか?」

 改まったあたしに、雛菊は目を丸くした。

 あたしは背筋を伸ばして、言葉を続けた。

「今の話……あたしだとみんなに上手く伝える自信がないから、雛菊から他の3人にも伝えてくれない?」

「それは構いませんけれど……香澄さん、ご自分でそう言って悲しくなりませんか?」

「ほっといて!!」

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