表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/55

我慢できない猛進者

 状況は完全にこう着していた。

 手を出そうにも、返り討ちにあう可能性がほぼ100%だから。

 警察も、あたし達も、どうすればいいのか考えて……誰も結論に至っていなかった。

 そんな状況を楽しむように、首謀者の彼は眼下を見下ろして高い声で笑う。

「どうした雑魚ども! 手も足も出ないってか!!」

 完全に悪役なのだけど、彼は上機嫌で続ける。

「僕達はこの世界を浄化する力を手に入れた、選ばれし勇者なんだ! 僕達の崇高な使命を果たすまで、もう誰にも止められないッ!!」

 こんなことを本気で語っている。

 それを草葉の陰から聞いているあたしは、

「……何言ってるのあの人。自分の頭冷やした方がいいんじゃない?」

 呆れるしかなかった。

 えぇっと……選ばれた勇者なら、こんな物騒なことしないで、穏便に世界を守ってほしいんですけど。

 しかし、今のあたし達が下手に動けないことも、変わらない現実。

 先輩の炎があれば、あんな氷、相手にもならないのに。あたしの風で砕いてもいいけど。

 ジレンマに苛まれるあたしを尻目に、椎葉は周囲をきょろきょろと見回して、

「やっぱり雛ちゃんの気配がない……ねぇ香澄ちゃん、何か聞いてない?」

「へっ?」

 彼の質問に、どう答えればいいのかと考えてしまう。

 雛菊が、双子の姉(だと思われる)の『監督者』に会いに行きました、なんて……。

 でも、ここで言わなかったとしても、いずれは椎葉も知ることだ。それに、非常事態に隠し事は少ない方がいい。

「椎葉、実は……」

 あたしは彼に、今日のあらましを説明した。

 彼も最初は驚いていたが、段々「ふーん」とか「そっか」とか、普段と変わらない相槌をうってくれる。

「で、結局雛ちゃんは行方知れずなんだ」

「そうなのよ。この状況に気がつかないはずがないんだけど……」

 これだけ明らかな異常、久那市の『監督者』である雛菊が気がつかないはずがない。

 きっともうすぐ、普段通りの笑顔でやって来て、のほほんと、「さぁ、ご自由にどうぞ」なんて言葉でけしかけるに決まってる……そう思って、数十分経過している。

 雛菊、どこで何を……。

 焦るあたしの隣で、先輩は別のことで焦っている様子。

「長引くと……危険だな」

「どういうことですか?」

「氷の中に閉じ込められた人だよ。酸素もなければ周囲は冷たい氷だろう? 早く手を打たないと、命に関わるんじゃないか?」

「っ!?」

 言われて気がついた。確かにその通りだ。

 今日がいくら晴天とはいえ、その氷が融ける気配はない。

 頼みの雛菊も――いない。


「おまわりさん!! ママを助けて!!」


 聞こえた涙交じりの悲鳴に、あたしは警察が立ち往生しているところを見やる。

 一人の男の子が、警察官に抱きかかえられているのが見えた。

 小学生だろうか……体格差で大人にはかなわないが、必死に手と足を動かし、訴える。

「お願い! ママを助けて……助けてよぉっ!!」

 恐らく、氷の中にあの子のお母さんがいるんだろう。悲痛な叫びが響く中――中央の彼は、声高く笑う。

「ははっ! 滑稽だな! ママが朽ち果てる様子を目の当たりにすればいいさ!!」


 その言葉を聞いた瞬間。

 あたしの中で、何かが完全に切れた。


「いい加減にしなさいよ! この大馬鹿野郎!!」

 気がつくとあたしは草むらから飛び出し、大声で彼に向って叫んでいた。

 少し斜面になっている地面を蹴り、彼へ可能な限り近づく。

 全員の視線があたしに集まるのが分かる。彼もまた、突然現れた邪魔ものであるあたしを、つまらなそうな眼で見下ろした。

「何だ、お前。お前も氷づけにしてやろうか?」

「あんたこそ何なのよ! まったく、馬鹿は高い所に登るって本当ね!! それに、自分で勇者なんて言っちゃって恥ずかしくないの? バッカみたい!」

「なん……だと?」

 意図的に挑発してみた。案の定、彼の表情が、怒りに染まる。

 そこへ、

「お姉ちゃん! ママを助けて!!」

 あの男の子があたしに向かって願いを叫んでいた。

 任せて。心の中で返事を返し、

「どうせ、その手が触れるものじゃなきゃ凍らせることなんか出来ないんでしょう!? 虚勢だけでうまくいくと思ったら大間違いなのよ!」

 あたしの声に、彼は口元を醜悪につり上げた。

「手が触れたものしか凍らせることが出来ない? ははっ……だったら自分の身で体験してみろよ! 愚か者!!」

 刹那、彼の両手があたしに向けられ――

「フリーズ・ボンバー!!」

 呪文(?)と共に、10センチほどの氷の粒が無数にに降り注ぐ!!

 突然の攻撃と気温差に周囲では白い靄が立ち込め、あたしはその靄に覆い隠されてしまった。

「お姉ちゃん!!」

 男の子の叫びが響く。

「ははっ! どうだ、僕達に逆らうとこうなるんだぞ!!」

 彼はやぐらの上で腰に手を当て……靄が晴れていくと、その目を血走るまで見開いた。

 恐らく、先輩と椎葉以外の人は皆、驚いたと思う。

 氷づけにされていない、無傷のあたしが、その場に立っていたから。

 右手に――『颯』を携えて、一言。

「ったく……さっさと来なさいよ、雛菊!」


「あっちゃー……香澄ちゃん、遂にやっちゃったか」

 椎葉はそう言いながらも、わくわくした表情で立ち上がる。

「お前も行くのか?」

「おうよ。俺もちょっと正義の味方になりたいし……それに、この現状が既に非日常だろ? そこに竜巻が起こっても炎で氷が溶けても地割れが起こっても、みんな気にしないっしょ」

 そう言って、椎葉は右手に『壇』を握る。

「それに……ああいうタイプの人間、大嫌いなんすよ、俺」

「同感だ」

 先輩も立ち上がって、その手に『焔』を握りしめた。


「おま、お前……どうして……!?」

 腰を抜かしそうな勢いであたしを見下ろす彼を無視して、あたしは『颯』を一度振った。

 張り付いた氷が飛び散り、澄み渡った刀身が戻ってくる。

 躊躇わなかったわけじゃない。現に周囲は完全においてけぼりだ。警察だって、今のあたしを銃刀法違反で補導したりはしない、だろう……多分きっと。

 ただ、許せなかった。

 理由はそれでだけで十分だ。

「全く、肩慣らしにもはらないわ、この程度なの?」

「う、う……うるさいうるさいうるさい!! 僕達は選ばれたんだ、誰にも負けないんだぁっ!!」

 錯乱状態のまま、両手をあたしへ向けて突き出した。

「フリーズ・ボンバー!!」

「踊れ、颯!!」

 狙いが定まっていない攻撃なんて、あたしには通用しない!

 あたしはその場から一歩踏み出し、『颯』を左から右へ大きく振り上げた。

 『颯』を中心に巻き起こった風が、氷をことごとく粉砕していく。

 周囲に舞い散る氷の粒が、キラキラして綺麗だけど……今は、それをじっくり堪能する時間はない。

 と、

「滾れ、焔!」

 後ろから先輩の声が聞こえた。

 あたしと彼がそちらを見やると……先輩が人の入っている氷を溶かし、中にいる人を丁寧に救出している。

「手伝ってください! 早く!」

 呆気にとられていた警察が、我にかえって動き始めた。

 衰弱状態なのだろうか……一人で立てない人たちを抱え、迅速にその場から離脱していく。

 気がつけば、あのやぐら以外の氷は全て融けて……先輩は氷を気化したんだろう。水たまりさえ残っていない。

 完全に形成が逆転した。想定外の事態に、彼はやぐらの上で顔面が真っ青になっていた。

「おま、お前ら! やめろ! そ、そ、それ以上続けると……そうだ、ここにいる奴らを粉々に砕くぞ!!」

 ここにいる奴らとは、やぐらに取り残されて氷づけになってしまった人のことだろう。

 逆上した彼ならば何をするのか分からないので、あたしは何とかやぐらに潜入する方法はないかと、氷に閉ざされた遊具を見つめていた。

 と、

「よっす香澄ちゃん。やってるねー」

 飄々とした態度の椎葉が隣に並び……そのまま、無防備な状態でやぐらに近づき、

「ちょっと、ムカついたから全力で引きずりおろそうかな」

 その足もとに、『壇』を突き立てる。

 そして、

「唸れ、壇!!」

 椎葉がそう唱えた瞬間――予想通り地面が割れ、やぐらが氷づけのまま、根元から崩壊していく。

 当然、上にいた彼の足元は、一瞬で消失した。

 っておおい! ちょっと乱暴すぎやしませんか椎葉さん!!

「ご心配なく。俺が助けないのは一人だけだよ」

 盛大な音を立てて崩れた氷まみれの木材、それらに挟まれて身動きが取れない首謀者。

 他の人たちは……氷ごと、クッションのように波打った地面に包まれるように守られていた。

 前にあたしも助けてもらった方法だ。

 先輩が素早くその場に駆けつけ、片っぱしから氷を融かしていた。

「ぐ、ぐはっ……!」

 木材に押しつぶされそうな彼が、苦しそうなうめき声を上げる。

 その様子を見おろす、あたしと椎葉。

 至近距離からの攻撃に備えて、『颯』をぐるぐる回して、周囲に風を待機させる。不審な動きがあれば、こちらを守るために。

「お、お前たち……こんなことをして、ただじゃ……すまいからなッ……!」

 心底悔しそうな瞳で睨まれた。減らず口もここまで来れば立派である。

「あんたねぇ、この状況分かってるの? 完全に負けが確定してるじゃない」

「ふっ……ははっ、はははっ!!」

 急に、顔を伏せた彼がその場で笑いだした。

 そして、再びあたしと椎葉を睨みつけ、

「お前らの負けだ! 僕が一人でこれだけのことが出来ると思っているのか!?」

「なっ!?」

 さっきから何となく、彼の「僕達」と複数形が気になっていたけど……仲間がいるってこと!?

 あたしと椎葉に緊張が走った。その反応を待っていたといわんばかりに、彼が高らかに告げる。

「さあ、我が同胞よ! 愚かな奴らに正義の鉄槌を!!」


 その場にいた全員が身構えた。

 しかし……周囲は果てしなく静まり返ったまま。

 爆発も、新たな氷も、竜巻も、地割れも……何も起こらない。


「へ?」

 はったりかと思って再び彼を見下ろすと、当の本人が一番動揺していた。

「な、なぜだッ! 答えろ! 答えてくれ『サンダーバード』!!」

「『サンダーバード』?」

 コードネームだろうか。しかし……彼がそう呼びかける見えない共犯者は、物音さえ立てない。

「どういうことだ! 話が違うじゃないか!」

 しまいにはそんなことを言い出した。相変わらず、ろくに身動きもとれないままだけど。

「答えてくれぇぇっ!」


「あら、ひょっとしてこちらの殿方をお呼びでしょうか?」


 不意に聞こえた涼しい声に、あたしと椎葉、彼は、あたし達が飛び出してきた茂みの方を見つめる。

 少し高い位置に、人影が二つ。

「全く、こんなに汚い所を通るなんて思いませんでしたわ……」

 東原さんは髪の毛についた木の葉を気にしながら、不満そうな表情で呟く。

 右手には『雫』、左手には……洋服の襟だろうか。彼女の後ろで引きずられているであろう人の頭も見えるし。

 そして、

「お待たせしました……さあ、ここからは全て私が責任を持ちますので、ご自由にどうぞ」

 息を切らせた雛菊が、何とか笑顔を作って続く。

 その言葉が、リミッター解除の合図になった。


 ようやく感じる違和感に、安心してしまう自分がいる。

 雛菊が設定した『境界』によって、気がつけば……あたし達と今回の首謀者以外の『繁栄者』は、完全にこの空間から排除されていた。

 周囲から声が消えたことに気がついたのだろうか。あたしの足元でもがく彼が、目を丸くする。

「な、何が起こっているんだ……?」

「知らない方がいいと思うよ。まぁ、あんたが負けるってことに変わりはないから」

 あたしの言葉に、返事はない。

 と、そこへ……涼しげな表情の東原さんが、斜面を下ってこちらに近づいてきた。

 若草色のワンピースに、白いロングカーディガン、足元はミュール。完全にお嬢様の休日スタイルである。

 そして……彼女は男性を一人、襟首を掴んでずるずると引きずっていた。

 気絶しているのか、彼は項垂れた状態で何も言わないけれど……可哀そうに。

 東原さんが無造作に左手を離すと、支えを失った彼の体が地面に倒れる。

「『サンダーバード』!!」

 抜け出せない首謀者の彼が、その姿を確認して悲痛な声を上げた。

「あら、そのようなお名前ですのね。滑稽ですわ」

「お、お前……どうして……!?」

「しょうがないじゃありませんの。この方がいきなり襲いかかってきたんですのよ。私としても穏便に済ませたかったのですけれど、この方の両手から、妙に電気が放出されていましたので、つい……」

 つい、彼の両手を氷づけにしたんですかそうですか。

 隙間から、氷に覆われた何かが見えたけれど……多分、手を封じたんだろう。

 どこまでもクールな東原さんは、少しだけ目もとに笑みを浮かべて、こう締めくくる。

「何か知っているかと思いまして、ここまでお連れしたんですわよ。感謝していただきたいですわね」

「誰が感謝するかぁっ!」

 もはや叫ぶだけになってしまった彼はひとまず放っておいて、あたしは東原さんと……その隣にいる雛菊に近づき、気がついた。

 雛菊の右腕から、おびただしい血が流れているのだ。

 よく見れば着物も細かく破れている。まるで今まで、何かと戦っていたみたいに――

 一言文句を言おうと思っていたあたしの気持ちが、一気にしぼんでいく。

 そんなあたしを、彼女は相変わらずの笑顔で出迎え、

「遅くなって申し訳ありません。ちょっと、手こずってしまいました」

「手こずったって……怪我! 雛菊、早く自分に治療を……!」

「大丈夫ですよ。私に『繁栄者』と同じ死はありません。それに……自分への治癒術は意味をなさないんです」

「でも……!」

 声を上げるあたしを、彼女は笑顔で制して、

「大丈夫、傷口は縛ってますので、少し休めば元通りです」

「……」

 雛菊がそう言うのだから、今はそれを信じるしかない。

 それに……今、あたしが最優先でやるべきことは、雛菊を心配することじゃない。

 隣にいる東原さんが、得意そうな笑顔でこう言った。

「えっと、この『サンダーバード』さんの力は、既に無効化しておきました。どなたか、そこで吠えている方に引導を渡していただけませんか?」


「よーし、じゃあ、今日は俺がやっちゃおうかな!」

 『壇』と一緒に右腕を突き上げた椎葉が、ニヤニヤした表情で彼を見下ろす。

「く、来るな……!」

「無理でしょ、それ」

 椎葉が一歩近づき、彼の顔面へ向けて、大きく剣を振り上げた。

「来るな……来るな、来るなぁっ!!」

 錯乱した彼が両手を椎葉に向けて突き出し、無我夢中で氷を発射する!!

 刹那、何か重たい物同士がぶつかったような、くぐもった音が響き……周囲を再び、白い靄が包んだ。

「踊れ、颯!」

 こちらに振りかかる冷たい靄を、風で吹き飛ばすあたし。

 だけど、椎葉は……。

「椎葉!?」

 最至近距離からの攻撃だ、その場にいた全員が思わず息をのむ。

 きっと、攻撃した本人もほくそ笑んだに違いない。


 ただ、


「――残念でした。まだまだ甘いよ」


 椎葉の声が響く、そして――


 靄が晴れた時、首謀者の彼は完全に項垂れていて。

 その場で平然と立っている椎葉が、こちらを向いてピースサインをしていた。


「椎葉、大丈夫?」

 軽い足取りでこちらへやってきた彼に、思わず駆け寄ってしまった。

 だって、さっき……一体何が起こったの?

「へっちゃらだよ、この程度。心配し過ぎだって」

 ヘラヘラ笑う椎葉からは、彼がどうやってあの攻撃を防いだのか、全く推測できない。

 と、

「あの壁はお見事でしたわ」

 すっかり『雫』を片づけた東原さんが、腕組みをして椎葉を見ていた。

「ありがとー。それにしても、絢芽ちゃんの私服は何度見ても可愛いね」

「ありがとうございます」

 何やら話がずれはじめているが……壁? 何の事?

 まだ分からないあたしに、椎葉もまた、『壇』を空高くに放り投げながら、

「まぁ、何か来ると思って準備はしてたんだけどさ……あの攻撃と同時に、地面を隆起させて壁を作ったんだよ。で、俺はその壁をぶち破ってあいつにとどめを刺したってわけ。いやー、間に合ってよかった」

「そ、そんなことやってたの!?」

「おう。気がつかなかった?」

「……全然」

 素直に首を振るあたし。横で東原さんの嘆息が聞こえるけど……しょ、しょうがないじゃない! あんな一瞬でそんなに色々やられたって分かんないよ!

 あたしが無言でふてくされていると、

「全員大丈夫か?」

 先輩が合流した。

 髪の毛に氷の粒をつけたまま、先輩は全員の無事を確認して、

「氷の中に閉じ込められた人は全員助けた。衰弱している人も多かったが……」

「ご心配なく。それを何とかするのが私の役目です」

 不意に、雛菊が会話に割り込んでくる。全員の視線が彼女に集まった。

 先輩と椎葉も彼女の存在には気が付いてたが、普段とは違いすぎる彼女の姿に、言葉を選んでいる様子だ。

 既に腕からの出血は止まっているが、着物で右腕の部分が赤黒く染まっている。

 だけど、彼女は笑顔のままで言葉を続けた。

「本日のことは……そうですね、日常に支障がない程度に操作しておきます。皆さんを五体満足で日常へお戻ししますので、ご安心ください」

 五体満足ではない雛菊に言われても、今日はあまり説得力がない。

 雛菊も観念しているのだろう。微笑みの中に寂しさを混じらせつつ、

「そうですね……皆さんにお話したいことがあります。その前に、今回の騒動を完全に終わらせますので……目を閉じていただけますか?」

 そして、彼女は『修復』を開始して……『境界』を、解除した。


 それから数十分後、久那スポのアスレチックには、普段の休日と変わらない賑やかな声で溢れていた。

 母親と一緒に高いところへ登る男の子、友達と一緒に滑り台を滑る女の子……。

 誰もが、幸せな休日を過ごしている。


「失敗しちゃったかぁ……使えなかったなー」

 アスレチックを見渡せる、小高い位置にある東屋にて。

 その中にあるベンチに座っている彼女は、アスレチックの方を見下ろし、つまらなそうな口調で呟いた。

「意志の弱い雑魚ばっかり。妄想と現実が一緒になってるタイプはダメってことだねー……うん、覚えたよ」

 ゆるく吹き上げる風に髪をなびかせ、一人、こくこくと頷く。

 その場所には、彼女一人しかいない。

「それにしても、香澄ちゃんって本当に突っ走っちゃうんだなー。変わったんだね、昔とは」

 何かを思い出しながら楽しそうに呟く彼女へ、近づく人影が一人。

「終わったのか」

 そのまま彼女の隣に立つ。

「うん、終わっちゃった。途中までは綺麗なアイスショーだったんだけどねー、残念」

 その人物は、左腕に服の上から血のついた包帯を巻いていた。

 傷に気付いた彼女が、口元に笑みを浮かべる。

「あらら、やられちゃったんだ。久しぶりの再会なのに、物騒だねぇ」

「しょうがないさ、わしと雛菊はそういう関係じゃ」

「ふーん、そっか……」

 彼女は、笑みを絶やさない。

 しばし、無言で二人は眼下を見下ろし……彼女がぴょんっと立ち上がる。

「さて、帰ろっと……抜け出したのバレたら、怒られちゃうもんね」

「そうか」

「ん。じゃあお願い、蓮華」

 

 蓮華。

 そう呼ばれた彼女は、差し出された彼女の手を取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ