介入する第三者
総会から数日が経過した、生徒会もお休みの週の真ん中。もちろん放課後。
あたしは雛菊からのメールに従って、久那市を流れる川の河川敷にいた。
今日のメンバーは、あたし・樋口香澄と、
「あら、本日は奥村さんもご一緒ですのね。安心しましたわ」
嫌味が冴えわたるお嬢様・東原絢芽、
「樋口がこの間、東原に迷惑をかけたと聞いたからな……放っておけないだろう」
フォローしてくれない先輩・奥村悠樹。
以上のメンバーでお送ります。
ちなみに椎葉は、バイトのため欠席らしい。
……あぁ、あたしの肩身が狭いったらありゃしないぜ。
土手から階段で下ったところに広がる河川敷は、散歩やサイクリングコースとして整備されている。時間を問わずに犬の散歩やランニングなど、それぞれの目的に応じて人が往来している。
緩やかな河口付近なので、見通しも抜群。春には菜の花が咲き乱れて夏には大きな花火大会も催される、観光スポットでもあった。今はその隙間だから、観光っぽい人はいないけれど。
草陰に見える空き缶に寂しさを感じつつ、雲の多い空を見上げて、雨が降らないことを祈り、もっと晴れればいいのにと思った。
まだ、雛菊の姿は見当たらない。
「樋口さん、雛菊さんはまだですの?」
「あたしに聞かないでよ。来てないってことはまだでしょ」
みんなが誤解を始めているのだが……あたしは雛菊のマネージャーではありませんから!
憮然とした口調で返答すると、東原さんが無言で冷たい視線を向けた。
そんな様子を呆れ顔で見守るのは、勿論、奥村先輩。
「二人とも、仲悪いな」
隠しても無駄だと思ったのか、ストレートに言い放った。
あたし達は否定しない。いつの間にか視線だって合わせていなかった。
……おかしいなぁ、あたし、こんなに人付き合いが下手くそだったっけ?
出会いが最悪、東原さんの態度が気に入らないというのは勿論あるけれども、綾小路さんの言葉がどうしても引っかかってしまうのだ。
「彼女が昼夜を問わずに、久那市の様々な場所で遊び歩いていたという証言が多数ございますの。一人ではなく殿方とご一緒で、刃物らしきものを持っていたという話までございまして……」
「私はシスターへ説明するよう彼女にお願いしているんですけれど、当の本人が拒み続けているんです。ですから、シスターの間でも彼女を擁護する動きが薄れてきてしまって……」
彼女は、周囲への釈明を拒んでいる。
事情が事情なので嘘をついても構わないのではないかとあたしは思ってしまうけれど、彼女がそれを許さないのは、何か理由があるんだろう。
あたしには……その理由が分からない。
だから、東原さんが本当にあたし達との親密な関係を拒絶している場合、あたしから社交辞令に付き合うのも彼女にとっては迷惑極まりなく、ストレスになってしまうのではないだろうか。
それならば……最初から無理をする必要はない。まだ出会って間もないのだがら、相手の出方を伺いつつ、見極めていけばいいんだ、多分きっと。
少なくとも、あたしはそう思っている。だから、友達ごっこなんてしてあげない。
ただ、
「そういえば東原さん、一つ聞きたいんだけど……」
「何でしょうか。簡潔にお願いいたします」
お互い小学生ではないのだから、会話は成立する。
「東原さんって、雛菊とそっくりの女性と会ったことある?」
「はい?」
あたしの質問に、彼女は間の抜けた声で聞き返した。
「何をおっしゃっているのか分かりませんが……」
「いや、そのまんまの意味なんだけど……この間、先輩と一緒に会ったんだ」
隣にいる奥村先輩が、静かに頷いた。
これだけで、東原さんの中での信憑性がウナギ登りだろう。
あたしが先日のことを説明して、再度彼女に尋ねるが……。
「残念ながら、私はお会いしたことがありません。ですが、それがお二人の白昼夢でないとすれば……何かが動き始めているかもしれませんわね」
東原さんのメガネの奥、瞳がすっと細くなる。
「そのことに関して、雛菊さんご本人は、何かおっしゃっていますの?」
「それが……聞いてみたんだけど、笑顔ではぐらかすの。私のファンでコスプレなんじゃないか、とか、的外れな答えばっかりで……」
どれだけ問いただしても、のらりくらりとはぐらかすので……あたしが諦めたのは先日のことだ。
「雛菊のことだから、必要になれば教えてくれると思いたいけど……」
「――そうでしょうか」
不意に。
東原さんの言葉に今までとは違う冷たさを感じて、あたしは彼女に視線を向けた。
細くなった目の奥にあるのは、冷めきった感情。
風が一瞬強くなり、彼女の長い髪を大きくなびかせる。
確かに彼女はクールだけど、それよりももっと……寂しい冷たさを感じた。
「東原さん?」
不安になって呼び掛ける。先ほどの言葉の真意を聞きたかった。
「樋口さん、申し訳ないですが、私は……雛菊さんのことを、あまり信用していませんの」
「東原さん……」
言葉にされると、言いようのない寂しさがこみ上げる。
運命共同体=仲間、この等式が違うとしても、自分が心を許し始めた人物を否定されるのは、きつい。
ただ……感傷と同時に、疑問もわいてくる。
じゃあ、どうしてこんな戦いに参加しているんだろうか。
あたしのように、なし崩し的に巻き込まれたから?
それとも……。
こちらから問いかけるよりも早く、彼女は言葉を続ける。
「私には、戦う理由と因縁があります。皆さんとは違う覚悟を持っていますの。ですから……私は、事態が終息まで、何年かかっても、『雫』と共に戦いますわ」
個人的にはそこから先を知りたいところだけど……今のあたしに、これ以上問い詰める権利はない。
だけど、せめてこれだけ。
「分かった。じゃあ、雛菊のことは信用しなくてもいいから……あたしのことは、少しくらい信用してくれないかな」
賭けのつもりで聞いてみた。正直、玉砕も覚悟している。
そんなあたしを、彼女はただ、真っすぐに見据えて、
「それは……これからの貴女の態度次第ですわね」
くすっと笑う。
その答えに満足したあたしも、思わず笑ってしまった。
「……結論がよく分からないのは俺だけなのか?」
そんなあたし達の様子を、終始呆れた表情で見守る奥村先輩なのでした。
そして、10分後。
「皆様こんにちは。お揃いですね」
どこからともなく、紫色の和服を上品に着こなし、髪の毛を風になびかせながら登場する雛菊。
相変わらず笑顔なので、その表情がお面として張り付いているのではと思ってしまうくらいだ。
気がつけば、周囲に散歩やジョギングの人影もなく、どこか慣れ親しんだいつもの空気感が漂い始めている。
……個人的には全く慣れたくないです、ええ、決して。
「今日の『堕落者』はそろそろ現れると思いますけれど……まあ、皆さんなら大丈夫ですので、普段通りお願いしますね」
「はいはーい」
代表してあたしが返事をしてみた。
他の二人は黙として語らず、ただ、周囲を警戒している。
あたしもその空気に混ざろうとして……。
「――っ!?」
不穏な動きは、空気の震えが違うからすぐに分かる。
他の二人は気が付いていない。
あたしは咄嗟にその原点を探した。
平穏に交じってそれらを掻き乱すもの――それが、今のあたし達の、敵。
周囲をぐるりと見渡すと、草の陰に転がった空き缶が視界に入る。
それが……小刻みに震え、地面から数センチ浮いている姿も!
ダウト!!
「――『颯』!」
名前を呼んでその空き缶へ剣を振り下ろしたが、間一髪、奴の方が先に空中へ大きく飛び上がった。
空振りとなった剣の切っ先が、地面を浅く抉って止まる。
「樋口!?」
「そちらですのね!」
異変に気づいた2人も、それぞれの剣を取り出して身構えた。
構図としては、剣を構える3人と、宙に浮かんだ空き缶が1つ……。
「……じゃない!」
1つじゃない、周囲にゴミとして転がっていた空き缶や空き瓶、ビニール袋やお弁当の容器等が、ふわふわと宙に浮かびあがっていく。
その数……えぇっと、数えられないくらいなんですけど!?
雛菊がどこまで『境界』を設定しているのか分からないが、『境界』内全てのゴミが浮かび上がり、不穏な光を放っていた。
勿論、こちらへの敵意を痛いほど感じる。
「汚いんですけど……」
腐ったミカン(らしきもの)にバナナ(っぽいもの)等からは目をそむけつつ、ぼそりと呟く。
臭いがないのがせめてもの救いだ。
浮かび上がったまま、奴らは攻撃の気配を伺っているのか……周囲を無造作に漂い続けている。
いつの間にかあたし達は一ヶ所に集まって、背中を合わせていた。
「これ全部に『堕落者』が入り込んでるって言うの? 途方もないんですけど……」
「……そうでしょうか」
眉をひそめる東原さん。
「それぞれに『堕落者』が入り込んでいれば、私たちを排除するため、早々に攻撃をしかけてきそうなものです」
彼女の意見に先輩も首肯し、
「確かに、何もしかけてこないな」
警戒を続けたまま、目線を動かして敵の動きを確認している。
「操っている存在が別にある、その可能性が高いと思いますわ」
「で、でも……この中からそれを探すの!?」
浮かび上がったゴミの数は、どこを見ても限りない。
「手っ取り早く……俺の力で全部燃やすか? ゴミだし」
「先輩、一人でそんなこと出来るんですか?」
あたしの冷静な突っ込みに、先輩は一瞬黙り込んで、
「……一人じゃこの量は無理だ。手伝ってくれ」
ですよね。
とりあえず目の前の敵を何とかしよう、全員がその方向性で一致した――次の瞬間、
「お待ちください!」
東原さんの厳しい声に、あたしと先輩の動きが止まった。
そして、彼女と同じ方向を見やり……目を、見開く。
河川敷へと下る階段の上、サラリーマン風のスーツ姿の男性が……両肩をだらりと落とし、虚ろな瞳でこちらを見下ろしていたのだ。
その場にいた全員が、その人物にくぎ付けとなったのは言うまでもない。
どうして、この『境界』内に、自分たち以外の人間が入り込んでいるというのか。
「雛菊!」
剣を構えたまま、あたしは彼女の名前を叫んでいた。
周囲に彼女の姿は見当たらない。でも、必ずどこかにいるはずだ。
聞こえないはずがないのに……言葉が返ってこないと、自然と声が大きくなってしまう。
だって、だって、あの人から感じる気配が……。
「どういうこと? あの人は誰なの? 説明しなさいよ!!」
この周囲に漂うゴミと――『堕落者』が発しているものと、同じだから。
でもまさか、『堕落者』は無機物にしか入れないはずだ。『繁栄者』に入れないからこそ、そんな回りくどい手を使うしかないのだから。
これが、あたしの受けた説明だったのに。
「雛菊!!」
刹那、雛罌粟の影がゴミの向こうに揺らいだ。
少し遅れて、声も聞こえてくる。
「落ち付いてください香澄さん、私にも突然の事態で、正直……まだ、分からないんです」
しかし、その口調が全く慌てていないように感じてしまうのは……あたしに余裕がないからだろうか。
「分からないって……じゃあ、あの人は誰? あたし達と同じ『干渉者』なの?」
「違います。違いますけれど……あの方から『堕落者』の気配を感じるんです」
雛菊の言葉が、あたしの直感を裏付けてしまう。
「ちょっ、と……待ってよ、意味が分からない!」
だって、初めて会った時、雛菊は確かにこう言ったのだ。
「彼らは主に、地上にある無機物に入り込み、仮初めの命として実体化します。最終的にはこの世界のものに成り替わろうとしますね。本当は『繁栄者』の体内に入り込んで精神ごと入れ替わりたいのでしょうけれど……彼らはこの世界の物を通さなければ、『繁栄者』に触れることが出来ない。てっとり早く 魂を持たない無機物からこの世界に入り込もうとするのです」
その大前提を目の前で崩されてしまうと、あたしは一体、どうすればいい?
不意に、右肩を掴まれた。隣にいる先輩の手だと気づくまでに、一瞬の猶予。
「樋口、落ち着け」
焦りの色を隠した先輩の声に、強張っていた体から力が抜けていくのを感じた。
閉口してしまったあたしの代わりに、先輩が声を張る。
「雛菊さん、この現状を打破するには、どうすれば?」
東原さんも黙ったまま、雛菊の言葉を待っている様子。
ただ、
「そうですね……どなたでも構いませんので、あの男性を斬っていただけますか?」
雛菊が告げた打開策は、どうしても躊躇してしまう内容だった。
だけど、
「私が参りますわ」
間髪入れずに立候補した東原さんが、剣を振り下ろして腰を低くし、今にも土手を駆け上がろうかという姿勢をとる。
その瞳は、真っすぐに標的を捉えていた。
「斬るって……東原さん、本気!?」
「当たり前でしょう。それが、私の役割ですもの」
「……」
言い返せなくなる。
理由も聞かず、ただ、目的を達成しようとする姿は……批判する隙を与えない凄味があった。
決意が違う。
直感でそう思う。あたしはただ声を張り上げ、震える膝を左手で叩くことしか出来ないのに。
どうして理由を尋ねない?
信用しているから? 違う、彼女は先ほど「雛菊を完全に信用していない」と言い放ったのだから。
じゃあ、どうして?
彼女はどうして、平然とした表情で剣を構えていられるんだろう。
……理由なんか、必要ない?
きっと、必要ないんだ。
目の前に敵がいれば斬る、それが自分の役割だと納得しているから。
あたしと彼女では、戦うための決意が違うんだ。
一歩踏み出した東原さんのなびく髪を見つめながら、息をのむことしか出来ない。
だけど、あたしだからこそ、
「雛菊、一つ聞いていい?」
これだけは確認しておきたくて、あたしは両手で『颯』を握りしめた。
「東原さんがあの人を斬って、あの人が死ぬようなことはある?」
大義名分があっても、人殺しは許せないから。
あたしの言葉に、雛菊はいつもの調子で言葉を返す。
「ご心配なく香澄さん。それを防ぐのが、私の役割です」
刹那、全員の口元に笑みが浮かぶ。
見えなかったけど、東原さんも、きっと――
「東原、俺達が道を作るから、一気に決めていいぞ」
先輩も『焔』を構え、もう一度周囲を見渡す。
なぜか……浮かび上がった空き缶達に変化はなく、不気味に漂い続けていた。
今のままだとこのまま彼女一人で突破しても問題なさそうだけど、こちらが動いた瞬間に襲いかかってくる可能性も否定できない。
ここから土手の上、目標までは20メートルくらいだろうか。もちろん緩やかながら勾配があるので、全力疾走だけでも一苦労だ。その上障害物がうようよ漂っているのだから、さすがの東原さんでも一人で突破するのは難しいのではないか。
だけど、本人は至極涼しげな声で言う。
「かしこまりました。勿論、私の邪魔はしないでくださいませ」
そんな言葉に、あたしもようやく本調子を取り戻し、
「邪魔なんてしないわよ、感謝させてみせるからね!」
両手で握っていた『颯』から、左手を外した。
右手だけで大丈夫、むしろ、片手の方が振りやすいと思ったから。
「樋口、俺が周りを牽制するから、君は東原の道を作ってくれ」
「道ですね。とにかくやってみます!」
打ち合わせは数秒で事足りる。これ以上長引いても結論は同じだから。
あたしは改めて、無表情にこちらを見ている彼を見つめた。
自分の意思が欠落した表情に、『繁栄者』としての威厳はない。
どうして彼があんなことになったのか、今のあたしには分からないけれど、ただ、このまま放っておけないことが今のあたしの戦う理由。
道を作る。東原さんが少しでも楽になるように。
それが、今のあたしに出来る最大のこと。
先輩が息を吸う音が聞こえた。
開始へのカウントダウン。あたしも全神経を集中させる。
よし……3、2、1――!
「滾れ、焔!!」
「踊れ、颯!!」
あたしと先輩の声が、同じタイミングで河原に響いた。
刹那、先輩の剣から発生した炎が、あたし達の周囲にいた空き缶やゴミを燃やして。
あたしの剣から発生した竜巻が、男性の方へ向かって土手を駆け上がっていき、道筋にある障害物を木っ端微塵に打ち砕いていく。
間髪入れずに走りだした東原さんは、竜巻が作った道を一気に駆け上り――剣を、振り上げた。
周囲に邪魔はない。
驚くほど反撃がない中で、彼女は悠々と言葉を紡ぐ。
「散れ、雫」
見上げたあたしが目にしたのは、上空に飛び散る水飛沫と……その中央に佇む東原さんの後ろ姿。
そこに立っていた男性は力なく地面に倒れている。
そして……男性が倒れた瞬間、宙に漂っていた残りの空き缶等が、全て地面に落ちた。
「東原さん!」
下から彼女の名前を呼ぶと、髪を濡らした彼女がこちらを向く。
艶っぽい立ち姿にドキっとしてしまったのはここだけの話だ。
「だ……大丈夫?」
「ご心配なく。こちらの方も無事ですわ」
「よかったぁ……」
安心したあたしは、思わずその場にしゃがみ込む。
今はただ、全員が無事だったことに喜びたい。
今回の戦いが全く不可解なものだったことには、少しだけ、目をつぶりたかった。
静寂が戻ってきた河原で、あたし達を見つめる別の影がある。
結い上げた髪の毛が、一度、風に大きくなびく。
彼女の手元には、銀色に輝く日本刀。
「……なるほどな。『繁栄者』への『帰化』はこうすればいいというわけか」
彼女は満足気に笑みを浮かべると、手元の剣を空へ放り投げ……その場から歩きだした。
「今回の器は成熟され過ぎていたな。実験結果も芳しくないし……やはり、もっと幼い連中に的を絞った方がよさそうだな」
霧散した剣の行方を追うこともない。利用した『繁栄者』へ目もくれない。
独白が風に消え、彼女もまた――見えなくなった。
土手の上で倒れている、例の男性に事情を聞いたのだけど……自分がどうしてここにいるのか、何をしていたのか、思いだせないという。
どこかで聞いたことがある内容に、あたしと先輩は無意識のうちに互いの視線を合わせていた。
とりあえず外傷もない様子だったので、そのまま別れたのだが……あたし達は土手の上で顔に疑問符を浮かべることしか出来ない。
そこへ、
「皆様、お疲れ様でした」
雛菊が自然に合流してきた。
その表情は相変わらず笑顔……でもなく、少しだけ、沈痛な面持ち。
「雛菊、今回のことはどういうこと?」
代表してあたしが切り込んだ。
「私なりに簡単に調べてみたのですけれど、どうやら……分かりやすく言えば、『繁栄者』に『堕落者』がとり憑いていた様子です」
「だから、それだとあんたの言葉が崩れるでしょ? 『繁栄者』に『堕落者』は入り込まない、だから今まで跳び箱とか銅像が襲いかかってきたんだから」
「それは……原因をこれから調査しなければ分かりません。ただ、『繁栄者』に憑いた『堕落者』は、先ほどのように剣の力で消滅させることができました。必ず原因を突き止めますので、今後も同じ事態が発生した場合は、同様に処置をしていただけますか?」
「……」
すっきりしない。
でも、これ以上雛菊を問い詰めても、堂々めぐりになってしまうような気もする。
と、
「よろしいでしょうか、雛菊さん」
今まで沈黙していた東原さんが口を開いた。
「約束をお願いしたいですわ」
「約束、ですか?」
「ええ。改めての原因追求と情報開示です。貴女の知らないことが起こっているのだとすれば、それは『監督者』としていかがなものかと思いますわ。それに……」
ここで一度息をつき、彼女は少しだけ、遠くを見つめた。
「いくら必要とはいえ、同じ人間を斬ることには躊躇してしまいます。ですから……出来るだけ同じ思いをしなくても済むように、早期の事態収束を望みたいところですもの」
その言葉に、雛菊は一度だけ深く頷く。
今まで隠れていた彼女の本音が……ほんの少しだけ、見えたような気がした。
そして、本日は解散……なのだけど。
「雛菊、ゴミ袋出して。久那市指定のやつ」
唐突な申し出に、ジト目を向ける雛菊。
「何ですかいきなり。私はドラ○もんじゃないんですけどね……」
どうしてそのキャラクターを知っているのが疑問だが……渋々、着物の裾から無色のゴミ袋を取り出した。
っていうか……出せるんだ、やっぱり。
バサッとその場で空気を入れて、物を入れやすくする。
「あ、雛菊、軍手とかある?」
「ありますよ。持ってけ泥棒♪」
失礼な言葉と共に、同じ場所から軍手まで取り出した雛菊。
あたしはそれを両手に装備して、土手を半分ほど下った。
そして……周囲の草に紛れたゴミを拾い、袋の中へ。分別を考えずに、ひとまずホイホイ入れていく。
さっきの光景――無数に浮かぶゴミが、ショックだったから。
湿っているもの、腐っているもの、色んなものが落ちていた。
これは、あたし達『繁栄者』がやってしまったこと。
だから少しだけ、罪滅ぼしをさせてほしい。
そんなあたしの姿を、3人は土手の上から眺めていた。
「樋口さん、汚いですわよ」
東原さんが腕を組んで嘆息。
そんな彼女を、先輩が「こら」と苦笑で見つめ、
「そう言うなよ。さて……雛菊、俺と東原にもゴミ袋と軍手をくれないか? 俺には燃えるごみで、東原には缶と瓶用で頼む」
「了解でーす」
既に準備をしていた雛菊が、先輩と東原さんへ一式を手渡した。
東原さんは自分の手にあるものをしげしげと見つめ、
「って……奥村さん、私もですか!?」
「当然だろう。あ、東原にはペットボトル用の袋も頼む」
「了解でーす」
「ゴミがいっぱいになったら、一ヶ所に集めて俺の力で燃やしてもいいか?」
「はいどーぞ。『境界』はお申しつけください」
「助かる」
そう言って、先輩も土手を下っていく。
一人、2種類のゴミ袋を持って取り残された東原さんは、
「そんな、勝手に……ああもうっ!」
渋々、でもどこか楽しそうな表情で、あたし達の後を追った。