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短編No.01-20

No.06 輝ける空翔る瞬間、僕は真実を垣間見る

作者: 藤夜 要

 翔輝は、僕の憧れだ。スポーツ万能でイケメンで、一年の時からハイジャンのレギュラー選手も夢じゃない、なんて噂される程の人気者だ。

 そんな彼と僕は、たまたま隣同士のご近所で、そのお陰でずっと仲良くさせて貰っていた。たまたま、お母さん同士が仲良かったから。だから、もしかしたら本当は、翔輝にとっては、僕の存在というのはうざかったのかも知れない。


 僕は、私立の小学校で虐めに遭って、中学に入るのをきっかけに、この校区の公立中学に通う事に変えたんだ。

 嬉しかった。一からやり直せる事も、だけど、また翔輝と学校に通える、っていう事も。

 懐かしい近所の友達とも、またつるめるかも知れないし。

 私立に行っていた時は、塾三昧の宿題三昧、挙句の果てにはついて行けない事で、クラスで馬鹿にされる様になって。思いっ切りタゲられて、引きこもってた最後の年。

 小学生の間もずっと仲良くしてたのは、隣に住んでる翔輝だけだったんだ。

 よく泊まり合いっこしては勉強を教えたり、僕は翔輝によく泣きついてた。

 そのたんびに、翔輝は自分の事みたいに怒ってくれて、

「ざけんな、クソ野郎! やり方が汚ぇんだよ!」

 って僕の部屋で暴れては、お母さんに一緒に叱られた。

 たった一人の、僕の味方だったんだ。


 その翔輝と、ぎこちなくなったのは今年の夏頃。

 僕は、小学校の虐めがトラウマになって、あんなに期待で胸一杯にして公立に行ったのに、巧く友達と関われなかった。

 いっつも、翔輝の後ろをくっついてばかりいた……。


 ある日、男子達に言われたんだ。

「瞬って、実はゲイなんじゃね?」

 そう言って、笑われた。

「いっつも翔輝の後ばっかりくっついて、その内胸でも出て来るんじゃねーの?」

 って。

 それを聞いてた女子経由で、事の次第を知った翔輝は、めっちゃくちゃ怒って、男子達と取っ組み合いの喧嘩になっちゃったんだ。

 職員室に皆で呼ばれて、その時、翔輝が言ったんだ。

「大体、瞬が言われっぱなしなのが悪ぃんだよっ。自分で言いたい事あるなら言やあいいのに、言わないから俺がこんな目に遭う」

 翔輝がそんなに迷惑に思ってたなんて、僕、思わなかったんだ。


 悲しかったし寂しかったし、正直、裏切り者、とかも思ったけど……。

 でも、それ以来僕は、学校で翔輝を目で追うのを止めた。後を追うのも、止めた。

 やっぱり、それでも、僕にとって翔輝は唯一無二の親友だから。

 これ以上嫌われるのが怖かったんだ。


 それから、僕の視線は、下に戻った。




 瞬は俺のマブダチ。落ち着いてて頭が良くて、物静かな大人っぽさがあって。俺にないもんばっかり持ってやがる。時折憎たらしいと思うくらいだ。なのに憎み切れないのは、あいつが犬っころみたいに俺にだけは弱味を見せてくれるから。

 何か、こんな馬鹿な俺でも、賢いコイツに認められてるみたいで、馬鹿でもいいや、コイツがこうして認めてくれるなら、とか、何だかヘンな話だけど、気が楽になるんだ。

 あいつが私立に行くって言った時の事だけは、すっげぇよく覚えてる。めっちゃくちゃ腹立ったんだ。思わず母さん達がいる目の前で、殴っちまった。

「裏切りもん! 一緒の学校って言ってたじゃんか!」

 あの後、瞬の馬鹿はやっぱり公立に行く、って言い出して、俺は母さんと一緒に隣に謝りに行った。今思うと俺の我侭だ、って、思い出しても恥ずかしい話なんだけど、あの時は、本当に“何で嘘つかれた俺が謝んなきゃなんねーんだ!”ってマジで思ってたんだよな。


 でも、瞬は中学で公立に戻って来た。エスカレーター式の私立小学校だった筈なのに、こっちに戻って来た理由を知ってるのは俺だけだ。

 小学時代の六年間、あいつは毎日泣いていた。しまいにゃ泣き疲れたのか、怖いくらいに無表情になった。あいつが壊れてくのが怖くって。俺、毎晩こっそり二階の屋根伝いに、あいつの部屋で過ごしてた。

「こっち来いよ。やっぱお前の性格じゃあ、競争ばっかの私立は合わねえんだよ」

 そう言った俺の言葉を信じて中学をこっちに変えてくれた時、俺はようやくほっとしたんだ。

 これでもう、あいつの打ち上げられた魚みたいな濁った目を見なくて済む、って。


 その瞬と、こんなになってしまったのは、いつ頃からだったんだろう?


 ある日突然、あいつが一人で登校し出した事から始まったんだ。

 同じクラスだったから、あいつの姿を見つけた時に思い切りど突き倒してやった。

「てっめー、何勝手に黙って先来てんだよっ! 俺が何したってんだよ?! 喧嘩売ってんのか?! あぁん?!」

 いつもと変わらない気楽な気持ちで、きったねえ言葉で言ったんだ。

「すみません、ごめんなさい。今度から、一人で来ます。ごめんなさい……」

 俺は一瞬、耳を疑った。

「何……敬語なんか使ってんだよ、このタコ」

 こっちの事情を知らない奴らが、頼んでもいないのに加勢して来やがった。

「そうだよ、瞬。お前それ、翔輝を馬鹿にしてんじゃねえの?」

「あー、俺、そういうの何て言うか知ってる。“慇懃無礼”っていうんだよ」

 慇懃無礼? 何だそれ?

 でも、あまりいい言葉じゃないらしい。瞬の顔が、一気に赤くなって、下を向いたきり黙ってしまった。……たくもう、面倒臭ぇ……。

「もういいよ。お前らさ、部活の後ゲーセン行かね?」

 いつもなら、瞬が泣き言を俺に吐き出す為に、俺ん家か自分の部屋で待ってるだろうから、って、部活を終えたらダッシュで帰る俺だけど。

 突然他人行儀な事しやがった腹いせに、今日は他の友達と遊ぶ事にした。


 それが、こんなに長引くなんて思いもしなかったから。



 僕は、痩せこけた頬も、貧弱なこの身体も、すぐ卑屈になる心も、嫌いだ。

 翔輝の傍にいたら、少しはいい影響を受けて、彼みたいにもっと明るく快活に、誰とでも屈託無く喋れる面白い奴の端くれくらいにはなれる、と思ったんだ。

 女の子にも、翔輝ほど、まではいかなくてもモテたかった。本当は、勉強ばかりじゃなくて、男子ともプラモの話や女の子の話もしたかった。

 僕にだって、趣味や特技があるんだ。プラモなんか組み立てるだけじゃなくって、自分で研磨かけたりジオラマ作ってみたり、すっごいこだわりがあるんだ。

 勉強以外に取り得が無い、みたいに皆はきっと思ってて、だから僕の周りに人がいるのはテスト間近の時ばかり。

 何か、利用されてるだけ、みたいな感じで、顔ではへらへら笑いながらも、誰か、僕の中身も見てよ、って心の中で叫んでる。

「ねえ、うわべだけじゃない僕の事を見てよ」

 って、皆にホントは叫んでる。

 ――翔輝の事みたいに、僕も見てよ、って。


 翔輝、大切だけど、大嫌いだ……。




 俺は、女子に(ツラ)しか取り得が無いと思われてるこの顔も、年より必ず一つは上に見られるデカイがたいも、頭の悪さも、単純な性格も、嫌いだ。

 瞬の傍にいたら、ちったぁ奴のおこぼれに預かって、少しくらいは賢くなれて、もっとこう、なんてぇの? 大人の男? いや、ちょっと違う気もするけど、もそっと落ち着いた感じとかになって、女子に中身も見て貰える、とか、ただ顔のいいだけの馬鹿、とか言って、勝手に自分から付き合ってとか言っておいて引っ叩かれて振られる、なんて惨めな想いをしなくても済むんじゃないか、とか思ってたんだよ。

 テスト近くなると、俺の周囲は閑散とする。皆、瞬の周りに集まるからだ。

 すげぇフクザツな心境になる。ずっと俺だけの時間だった筈の『テスト勉強』タイムが、ずっと俺だけに教えて来てくれた瞬が、すっげぇ遠く感じちまうから。


 この間、雪乃に振られた。

「友達としてはいい人だけど、軽そうだから、彼女はパス」

 だとさ。恰好悪くて、瞬に話せない。「ふっ」って鼻で笑われそうだから。


 瞬、すっげぇ特別な奴、だけど、一番目障りな奴……。




 なかなか、仲直りが出来ない翔輝と僕。

 もう直ぐ僕らの十三歳の誕生日。翔輝と僕は、十日しか誕生日が違わない。だから、お母さん達は、僕らの乳児検診とかって奴で仲良くなって、それまでは隣近所だって事も知らなかったんだって。

 それから、毎年我が家では、合同誕生日会をして来たんだ。

「今年はどうする? 瞬も翔ちゃんも中学にあがった事だし、もうお誕生日会なんて恥ずかしいかな?」

 お母さんがそう聞いて来た時、僕がどうしようかな、って答えに迷ってる内に、お母さんが勝手に決めちゃった。

「な~によぉ~。迷うくらいなら、ホントはしてもいい、って事なんでしょ? 翔ちゃんのお母さんと打ち合わせしとくわね」

 そうねぇ、今年は十三回目だから、翔ちゃん家でする番ね、と、お母さんは上機嫌で翔輝の家へと出掛けていった。


「ちぇ、勝手に決めちゃって」

 誰に言うでもなく呟きながら、本当はラッキーとか思ってる僕。

 お母さんにかこつけて、「しょうがないから来てやった」って顔してやろう。話せばきっと、解ってくれる。だって翔輝は唯一無二の親友だもの。


 ベッドに、仰向けにぼふっ、と寝転んでみる。

 起き上がって、もう一度。今度は部屋の端からちょっぴり助走をつけて、ハイジャンみたいに飛び込んでみる。


 ドゴ……っ!


「……ってぇ~……」

 ベッドが、ずれた。

「……翔輝が見てる景色って、どんなんだろう」

 あいつの背面跳びが好きだった。ぎこちなくなってから、部活の練習風景を見てないけれど。

 だって翔輝ってば、せっかく素直に僕が誉めてんのに、

「勝手に黙って見てんじゃねーよっ!」

 って怒るから、こっそりしか見れなかったんだもん。

 益々翔輝に憧れた。

 絵の様に綺麗だったんだ。真っ青な空に、赤いユニフォームが空を跳ぶ。見事な流線型をかたどる翔輝のしなやかな身体が美しかった。

 僕も、あんな風に空を飛ぶ様に、真っ青な空に溶けてみたかった。


「あ。そうだ。誕生日プレゼント、決ーめたっ!」

 僕は貯金箱の中身を机に空けて、ひーふーみー、と数えてみた。

「三千円……。スポーツタオルくらい、買えるかな」

 赤いユニフォームに映えるかな、空色の大き目のスポーツタオル。


 僕は三千円を財布に入れて、携帯片手に駆け出した。




 なかなか、仲直りが出来ない瞬と俺。

 もう直ぐ俺らの十三歳の誕生日。どうせ今年はもう中学だし、合同誕生日会なんてしないだろう。

「翔ちゃ~ん、瞬ママだけど、お母さん、いる~?」

 まるで家族の様に、家らは勝手に互いの家に上がり込む。自分の親の事は「母さん」と呼ぶ癖に、未だについ瞬のおふくろの事を「瞬ママ」と呼んでしまうのは、瞬ママが自分をそう言う所為だ。何か……クソ恥ずかしい……。

 居留守を使っていたら、勝手に二階へ上がって来て、ドアをノックし始めた。

「翔ちゃん、いるんでしょ? お誕生日、今年はどうする? 瞬は乗り気だよ」

 最近、こっちに来ないね、喧嘩でもした? と言う瞬ママに、気付いてたんだ、なんて思ったら、何だか急に甘えたくなった。

 ドアを開けて中に入ってもらい、何故か瞬に避けられている、という話をした。

「そっかぁ。あの子ったら、小学校で虐めに遭ってからすぐ悪い方に考えちゃうのよね。無理して私立に行かせた瞬ママが悪かったんだけど……翔ちゃんにまで心配掛けちゃって、ごめんね」

 お誕生日の日は無礼講にしてあげる、夜更かししていいから、一杯お互いにお腹ん中のもの、吐き出しちゃいなさい。

 瞬ママはそう言って部屋を出ようとした時、窓の外を見て「あ」と言った。

「瞬ー、こらーっ! 出掛ける時は行き先を言いなさいって言ってるでしょー!!」

 釣られて俺も、窓に近づく。

 あ……あの野郎、明らかに「まずい」って顔して逃げて行きやがった。

「瞬ママ、俺も瞬と出かけて来る!」

 ドアを飛び出し、慌てて部屋に戻って、いつも小遣いを放り込んである財布を握る。

 ついでだ、あいつに選んで貰って、週末までまだ二日あるけど、プレゼントを買ってやろう。

 どうせまたきっと、プラモを欲しがるに違いない。


 俺は、なけなしの小遣いを握って、瞬の後を追って駆け出した。




 サイアク。翔輝が僕を追って来る。

 僕はどうにか奴をまいて、スポーツ用品店に飛び込んだ。あるかなあ、あいつの好きな、miznoの、真っ青なスポーツタオル。

 おじさんが倉庫から探し出して来てくれた。

「最後の一個だったよ。いやぁ、よかった、よかった」

 おじさんがそう言って、普通に袋に入れようとしたから。

「あ、おじさん。ちょっと待って。手紙入れて、プレゼント用にしたいんだ」

 そうかい、と言って、おじさんは親切に、娘さんらしいお姉さんを呼んでくれた。

「ごめんなさい。急に決めて出て来ちゃったから、何にも持って来てないんですけど、文房具屋でメッセージカードを買って来るまで待ってもらっていいですか?」

 そう頼むと、親切なお姉さんは、お友達がmizuno好きなら、と言って、タグを何やらパソコンでいじくって、プリントアウトをしたオリジナルメッセージカードを作ってくれた。

「あ、ありがとう……」

 何だかとっても照れ臭かったけど、すごく凝ってて、自分の力じゃないのが情けないけど、でも、これなら翔輝に「ごめんね」の気持ちが伝わるかな、とか思って、嬉しかった。


『誕生日、乙! 瞬』


 という愛想のないカードを一緒に包んでもらった。


 店を出た途端、思いっ切り翔輝と出くわしてしまった。

「てめ……っ、こんなトコに逃げ込んでやがったかっ! コノヤロー!」

 そう叫びながら翔輝が車道に飛び出して来た。

「あ……っ! 危ないっ! 翔輝!!」


 キキ――ッッッ!


「どっ」という鈍い音が、青空に響き渡った。

 僕の買ったスポーツタオルが、真っ青な空に舞った――僕と一緒に。




 夢にまで見た、青空を翔る。

 不思議な事に、痛いとか苦しいとか言うのがなくて。


 真っ青なスクリーンに、僕の自叙伝の様な映像が流れた。


 覚えてないや、そんな事。

 二歳の誕生日に椅子から後ろにひっくり返って大泣きしたしたんだろう、天井がスローモーションで展開される風景。赤ちゃんの泣き声。

 小さな翔輝と川遊びにこっそり出掛けて、一緒に流されて大騒ぎになったってお母さんが言ってた、これは、あの話の時の映像だ……。


 これは、今のクラスのみんなの顔……。

 あれ? 皆、こんなに笑い掛けてくれてたっけ?

 あ、雪乃さんが落とした消しゴムを拾ってくれた。そんな親切にしてもらった事、僕は全然忘れてた……。

 僕がずっと気になってた「ゲイ」事件。すっかり忘れてた、のかな……。何か後ろで言ってる気はしてたけど。

 あの男子達を叱り飛ばしてくれてたのも、雪乃さん達だったんだ……。

 あの時、皆、僕に「悪ぃ」って言ってたのか……。


「何だ……僕って、嫌われてたんじゃあ……なかったんだ……」


 あ、声が、出た。

「馬鹿っ! 何言ってやがる、この野郎! 何庇ってんだよ、ボケ!!」

 いつの間にか、真っ青な空も、ふわりと軽かった身体も現実に戻り、僕は途端に痛くて苦しくて寒くって。ごぼ、と何かを吐き出した。――血、だ……。


 そうか。僕は、咄嗟に翔輝を庇って、反対側から飛び出しちゃったみたいだ。あはは、やっぱ僕は、翔輝の言う通り、馬鹿だなぁ。

「何笑ってんだよ、しっかりしろよ、おい!」

 翔輝が、泣いてる。初めて見た。こんなにボロボロと泣いてる顔。翔輝のこんな、不細工な顔。

 僕、翔輝にも嫌われてなかったんだ……。

 連絡を受けたお母さんが、翔輝を押しのける。蒼ざめた顔して、お母さんが翔輝に怒鳴りつけた。

「翔ちゃん! どういう事?!」

 お母さんのこんな怖い顔も初めて見た。何か、やばい……。

「何、瞬、言える? 言ってごらん?」

 よかった、お母さん、僕が服の袖を引っ張った事に気付いてくれた。

「しょう……き、かんけ……ない。ごめ……飛び出し……」

「判った、判ったから、翔ちゃんじゃなくて、瞬が飛び出しちゃったのね。もう喋んないで!」

 お母さんは、到着した救急隊の人にのけられた。

 何か……すっごく、寒い……疲れちゃった……。


 ちょっとだけ、眠ろう。やっと仲直り出来たんだから、週末までには、せめてこの痛いのだけは何とかならないかなぁ~。

目を閉じると、またあの“ふわり”とした感覚が蘇った。

 たんかに乗せられ運ばれてる所為かな。

 気持ちいい……それに、さっきまであんなに寒かったのに、今は何だかとっても、何でだろう、温かい……。


 僕は、温かな感触と、太陽がキラキラ輝く、真っ青な空を翔る感触の気持ちよさに、つい眠ってしまった。




 瞬の馬鹿野郎。まだ、十二歳のままの癖に。

 相変わらず俺より大人ぶった事してくれやがって。


 友人代表の弔辞に、俺みたいなスポーツ馬鹿が選ばれた。こんな時、どんな事を話せばいいか、なんて、俺には全然わかんねぇ。

 唯一相談出来る奴は、俺を庇って天に昇って逝っちまった。

 雪乃が、弔辞の文を考えるのを手伝ってくれた。名前の通りの真っ白な肌が、真っ赤になった目と同じ真っ赤な頬になっている。それが、雪乃の好きだった奴を教えてた。


「瞬君は、僕の幼馴染で、赤ん坊の時から一緒に遊んでいました。瞬君はとてもいい人で……」

 俺は、そんな型どおりの文を読むのを、最後まで出来るほど賢くなんか、なかった。

 沈黙の涙に、辺りにもすすり泣きが漏れて来る。

「……瞬の馬鹿野郎。まだ十二歳のまんまの癖に……っ。一緒に誕生日会、やるっつったのに、何で葬式にしちまうんだよ、馬鹿野郎っ!」

 ごめん、瞬。もっと早く謝ればよかった。

 俺は母さんに肩を抱かれ、それ以上弔辞を続けられなくてマイクから離されてしまった。


『最後に、喪主のご尊父様より挨拶です』

 という司会の声に促されて、瞬パパが、腫れた眼をしてマイクの前に立った。


「ご列席の皆様、本日は息子、瞬の葬儀にご参列いただき、誠に有難うございました」

 難しい言葉の挨拶の後、瞬パパは中学の生徒達が固まっている方に向かって姿勢とマイクを傾けた。


「皆さんに、瞬の最期の言葉を伝えたいと思います。どうか、聞いてやって下さい」

 一度涙を拭い、瞬パパは、俺の親友の最期の言葉を伝えてくれた。

「小学校で虐めに遭い、何かと後ろ向きな事ばかり考えていた愚息ですが、最期に彼が遺した言葉は、“僕って、嫌われてたんじゃあなかったんだ”でした。最期の瞬間、皆さんが瞬の友達として寄り添ってくれたお陰で、虐めの経験を過去のものに出来ました。瞬は、笑って逝く事が、出来ました。……瞬を、温かく迎えてくれた、地域のお友達、並びにその保護者の皆様に、心から、心から御礼申し上げます。息子の心を救っていただき、……本当に有難うございました。……ただただ、もっともっと……御慈愛賜る時間のなかった事だけが、……悔やまれます」

 その後は、瞬パパも言葉が続かなかった。誰も、言葉が続かなかった。

 ただ、瞬の遺影だけが、最高の笑顔で輝いていた。




 瞬はいつも言っていた。

「いいなぁ、翔輝は、飛行機に乗って空を翔けているみたいだ」

 って。


 二年になって、陸上のハイジャンの選手に選ばれた俺は、俺なりの精一杯で、とりあえず県大会で優勝した。

 お守りは、あいつが十三歳の誕生日にくれたmizunoの青いスポーツタオル。跳ぶ直前まで首に巻き、あいつと一緒に空を跳ぶ。

 あいつが夢にまで見た、空を翔ける。

 あいつが一番好きなプラモは、F15イーグルだった。

 そいつを手にしてくるりと回転させてはしゃぐあいつを思い浮かべながら、奴の標した弧を描くイメージで俺は、跳ぶ。

「おぉ……絶景……」

 跳ぶ瞬間、刹那の時間に青空を見れたのは初めてだった。

 瞬が見せてくれたんだろう。


 優勝トロフィーを、瞬の写真の前に飾った。その隣には、俺の作った不細工なF15イーグル。

「お前のお陰で取れたぜ。へへ」


 写真の瞬も、笑った様に見えた。

 ずっと罪の意識を感じていたけど、ほんの少しだけ、瞬に償えた気がした。


 気持ちよかった。キラキラと太陽の輝く青空を翔けた瞬間。

 お前は、どうだった? 瞬。

「俺の身体が続く限り、お前に青空を翔け続けさせてやるよ」

 俺は、写真に向かってそう誓った。

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