8 一か月のち
「紫荻!紫荻ちゃん!返事しなさい!」
家の中、母である義の声が響く。
どんどんと荒々しい足音とともに、政宗の部屋へとやってきた。
「政宗」
軽いノックと、ともに扉が開かれる。
手にフリルがたくさんついたワンピースを手に持って、母は顔を覗かせた。
「紫荻ちゃんここにきていない?」
――来たか。
俺は読んでいた漫画から目を外し、母へと向ける。
に、にこり。笑顔は完璧だ。そのまま、小さく首を振る。
「――来てない」
「…………」
よし!完璧だ!
俺は心の中でガッツポーズをとった。
怪しいところは皆無!これで騙されない人物はいないだろう!
「……で、どこに行ったの?」
「――え!?」
なんて思っていたのに、母は冷たい目で俺を見下ろした。
これは完全に怒っている表情だ。なぜ?完璧だったのに。
そう思いながら、思わずクローゼットの方へと視線を向ける。
あ、しまったと思っても、すでに遅し。
「ああ、そこにいたのね」
母はにこりと笑って、部屋に入り。クローゼットへと歩みを進めるのだ。
「ま、母さん!」
「見つけたわよ!紫荻ちゃん、いい加減に女の子の服を着て頂戴!」
止めても遅かった。
彼女の手はクローゼットの取っ手をつかみ取り、勢いよく開ける。
綺麗に並んだ服をかき分けて。しかし、「あれ?」と表情が変化していくのはすぐの事。
「あら?いない?」
そこには目当ての人物は、どこにもいなかった。
母は首をかしげる。反対に俺は軽く笑い流すだけだ。
「まったく、どこへいちゃったのかしら?」
彼女が部屋を出ていたのは、それから一分ほどの事だった。
ばたん――。扉が閉まって、大きく息をつく。
しばらく待っても母が戻ってくることはない。
ここで、ようやく一息ついて、俺は膨らんだカーテンへと視線を向けた。
「紫荻、いったぞ」
「――」
ばさりと音を立てて、カーテンの裏から紫荻が顔を出す。
相変わらず可愛い顔を膨らませて、俺を見ていた。
「しーっ、です、兄上!母上に聞こえたらどうするのですか!」
唇の前で、小さく柔らかそうな人差し指を立てて。まさに「しー」のポーズ。
ああ、本当にその姿もなんて可愛いのだろう。おもわず、同じポーズをとって彼女に向けていた。
☆
――紫荻が伊達家の養子となり、はや一か月。
俺がこのゲームの世界にきて、一か月でもある。
俺はこの暮らしに慣れてきて、政宗として過ごしている。
そして、義妹となった、紫荻も同じであった。
いや、正確にはようやくやっと慣れてきた。という感じであるが。
最初の頃は、半兵衛のところに帰りたいと喚いていたが、今は殆どたまにしか言わなくなったし。
現代の文化におっかなびっくりしていた様子だが、最近は慣れてきたようで、テレビの時代劇にはまっている。
ただ、言葉遣いだけは古いままなのは気になるが。
両親も、世話係の小十郎も、テレビの影響とみているようだった。
そのほかに、気になる問題点はほとんどない。
「もう、母上にはこまったものです!あんな、あんななんばん物のきものなど!」
――ああ、いや。ありました、ごめんなさい。
俺は小さくため息をついて、紫荻を見る。
肩までの髪を、後ろ手に一つしばり。俺のおさがりの、ズボンと長袖姿の妹がそこにいる。
その姿は、どう見ても男の子だ――。
なんというか。紫荻はあの日から、女でいることをひどく嫌がるようになったのだ。
その結果、時代劇物好きの男の子のふりをする。奇妙な悪癖が出来てしまったのである。
ただ、そんな本人の思惑なんて、母親は知る由もない。
むしろ、ようやくできた女の子。かわいい服をきせたくなるという物。
ということで、最近は女の子らしい服を着せたい母と、着たくない紫荻の攻防戦が日課となっている。
――正直俺だって、ふりふりの姿を見たい。
でも、嫌われたくないので、紫荻の味方でいる。
「母さんは、女の子らしい服を着てほしいんだよ」
といっても、両親のフォローだってしなくては。
俺が優しく助言を言うと、紫荻は眉を顰めた。
「ですが、あれはふりふりしすぎてて、動きにくいです!てきがきたら、どうするのですか」
「あのね。――今の時代そんな物騒な真似する奴いないよ」
わぁ。彼女はまだ、刀を持った侍が飛び込んでくるとでも思っているのか?
ゲームの世界とは言え、令和だぞ。
「そもそも、母上はまだ、私におんな物をきせたがるクセは治っていないのですね!――全く。昔からひどいものでしたよ」
「昔からって――。」
――おっと。この争いは戦国の世からだったかぁ。
なぜ義姫が悪いようになっているのだろう。
そりゃ、着たくない服を着せるのは良くない。よくないけど。
この愛くるしい可愛さは、今だけのものだもんなぁ。
それもこんなかわいい子なら、そりゃもうかわいい服を着せたい。絶対に似合うのに。
俺の中の政宗もきっと見たいはず。
――俺の中の悪魔がささやく。
ああ、もういっそ義を呼び戻してしまおうか――。
「いつのじだいもおのこの服の方がうごきやすいし、じつようてきです!……ね、兄上もそうおもうでしょ?」
「――!?」
衝撃と電撃が走った。
首をこてんと傾げて、俺を見つめるその可愛さは、なんて言っていいものか。
俺の心を読んだのか?危機感でも感じたのか?ここで翻弄してくるとは。
「仕方がないな。今日は見逃してやる!」
「……ふふっ」
え、計算――?
さすが乙女ゲームの主人公。そして俺の推し。それでも可愛い!
変な男が近寄ってこないか、今から心配だ。
「それより、兄上。じかんはよいのですか?」
「ん?時間?」
「今日はこうえんにて、ゆーぎのやくそくをしているのでしょう?」
紫荻の将来の心配をしていると、そんな言葉を投げかかられる。
部屋にある時計を見上げると、現在13時半を回ろうとしていた。
あ、しまったと思ったのはこの時だ。
今日は近所の公園で、友人と遊ぶ約束をしていたのだ。
まったく、小学生も大変である。
「わるい紫荻。俺はいかなくちゃ」
「はい!」
椅子から立ち上がる。
そんな俺の言葉に紫荻は元気よく返事をした。
なぜか、小さな手で俺の手を取って。
「……」
「――!」
顔を見上げると満面の笑み。
にこにこと可愛いが。これはもしや、と思う。
「兄上のごゆうじん、今日こそみてみたいです!」
「だめに決まってるだろ!」
「兄上のごゆうじんにあいさつするだけです!」
「だめ!!」
「でもいっこくの主!どこにきけんがあるか、わかりませんよ!」
「敵なんていないって!」
やっぽり、ついてくるつもりのようだ。しかも結構強引。
でも、さすがの俺もこれは断るしかない。
だって、流石にいきなり妹を連れて、友達と遊ぶのは気が引けだろう?
ていうか。もしそんなことをすれば、友達にシスコンと見られるに違いない。
元の俺にだって妹はいたし、その気まずさは分かる。
ここは絶対に連れてはいけな――。
「ぜったい、だめですか……?」
衝撃と電撃が走った。(二回目)
首を傾げ、俺の手を頬にくっつけるとか。上目遣いとか!
――幼い子がしていい技じゃないだろう!
なに?魔性?魔性の女?わかってやってる?
元彼女いない歴=年齢の俺をたぶらかそうとしている?
なんか最近は、もしかして性別にコンプレックス抱いている?と思っていたけど、ちゃっかり利用している!!
乙女ゲーム主人公恐るべし。(二回目)
いや。まてまてまて。おれ!
心を落ち着かせろ!
ここで折れて連れて行けば俺はシスコンになってしまう!
断るのだ!心を鬼にして!
「――いいよぉ。一緒に行こうか!」
――俺ぇぇぇ!!!!
妹が可愛いから、嫌われたくないからって甘々すぎるだろう!
これでシスコンは決定だぞ!
「……わーい、兄上だいすきー」
「あ、はい。幸福です」
前言撤回。シスコンでいい。むしろシスコンにならなきゃ兄の名折れだ。
そう、バカな俺は、ニコニコの紫荻の頭をこれでもかと撫でまくるのだった。
「なるほど、これがちょろいか……」
――なんか辛辣なコメントが聞こえた気もするが。きっと気のせいだろう!
こうして、俺は紫荻を極秘に連れて、公園へと向かうのである。
ただ、俺はすぐにこの選択に後悔することとなる。
☆
何の変哲もない公園。
あきれ顔で兄妹を迎えた、3人の政宗の友人たち。
真田幸村(7)石田三成(8)猿飛佐助(8)
――また別の名を、攻略キャラともいう。




