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神喰いさまの契約花嫁 ―桃色吐息に秘めた恋―  作者: たかつど


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21話 エピローグ 散りゆく花

 愛の炎が燃え上がった瞬間、戦況は劇的に変化した。しかし、四柱の旧き神々も手強い敵だった。グロートの巨大な枝が花蓮を狙い、ザフィーラの嵐が二人を引き離そうとする。


「花蓮から離れろ!」


 焔の怒声が夜空に響いた。愛する人を守ろうとする必死さが、彼の力をさらに増大させる。しかし、それと同時に制御も失われ始めていた。


 焔の全身から立ち上る炎が、桃色から次第に深い紅へ、そして禍々しい黒へと変わっていく。神喰いとしての本能が、愛情を上回って暴走し始めたのだ。


「焔様……」


 花蓮は恐怖を覚えた。焔の瞳が血のように赤く燃え、まるで理性を失ったかのように見える。


「皆殺しだ……」


 焔の声は低く、恐ろしい響きを持っていた。


「貴様らも……人間どもも……すべて喰らい尽くしてやる!」


 黒炎が周囲一帯を包み込み、旧き神々でさえも後退を余儀なくされた。しかし、その炎は敵だけでなく、周辺のすべてを飲み込もうとしていた。


 遠くの町から、人々の悲鳴が聞こえてくる。焔の暴走した力が、無差別に破壊を始めていた。


「やめて……焔様、やめてください!」


 花蓮の叫びも、暴走状態の焔には届かない。神喰いとしての本性が完全に表出し、制御不能に陥っていた。


「これでは……これでは皆が……」


 花蓮の心は絶望に沈んだ。愛する焔が、自分を守るために化け物と化してしまった。


 旧き神々も、この暴走ぶりには驚愕していた。


「これが神喰いの真の力か……」


「このままでは我らも危険だ」


 四柱の神々でさえ、焔の前に劣勢に立たされている。しかし、それは勝利ではなかった。すべてを破壊する暴走でしかない。


 夜空に黒炎が舞い上がり、星すらも覆い隠そうとしていた。


 絶望的な状況の中、花蓮は胸に抱いた桃色吐息の花を見つめた。母の形見であり、愛の象徴でもあるこの花だけが、微かな希望の光を放っている。


「お母様……」


 花蓮は花に向かって祈った。


「どうか、焔様を……焔様をお救いください」


 桃色吐息の花が、まるで答えるかのように温かい光を放った。その光に包まれて、花蓮の心に母の声が響いたような気がした。


『愛を信じなさい、花蓮。本当の愛は、すべてを癒す力を持っているのよ』


 母の言葉を胸に、花蓮は立ち上がった。黒炎が激しく舞う中、彼女は恐れることなく焔に向かって歩いて行く。


「焔様!」


 花蓮の声が、暴風の中に響いた。


「私です! 花蓮です!」


 暴走する焔が振り返る。その瞳には、もう以前の優しさはない。ただ破壊への渇望だけが燃えていた。


「焔様……私はここにいます」


 花蓮は桃色吐息の花を胸に抱きしめ、焔に向かって歩み続けた。


「あなたは私の安らぎ……」


 花蓮が花言葉をつぶやくと、桃色の光が彼女を包み込んだ。その光は焔の黒炎と激しくぶつかり合ったが、消えることはない。


「あなたと一緒なら心が安らぐ……お母様が教えてくれた、この花の花言葉です」


 焔の動きが止まった。暴走の中にも、かすかに理性の光が宿る。


「焔様、私を見てください」


 花蓮が手を差し伸べた。


「私はあなたを愛しています。あなたの優しさを知っています」


 桃色の光がさらに強くなり、焔の黒炎を少しずつ押し戻していく。


「どんなに恐ろしい姿になっても、あなたは私の愛する焔様です」


 ついに焔の瞳に、人間らしい感情が戻ってきた。


「花蓮……」


 かすれた声で、焔が花蓮の名前を呼んだ。


 花蓮の愛に触れて理性を取り戻した焔は、暴走状態から脱した。しかし、力は失われていない。むしろ、愛によって制御された力は、これまで以上に強大だった。


「すまなかった、花蓮」


 焔が花蓮の手を取る。


「我を救ってくれて……ありがとう」


「いえ」花蓮が微笑む。


「私たちは一心同体です」


 二人の手が触れ合うと、桃色吐息の花の光と焔の炎が再び融合した。しかし今度は制御された、美しい炎だった。


「さあ、決着をつけよう」


 焔と花蓮が振り返ると、四柱の旧き神々が待ち構えていた。しかし、彼らの表情には先ほどまでの余裕はない。


「心の力……まさかこれほどとは」


 グロートがつぶやいた。


「我らの憎しみでは、対抗できぬというのか」


「そうです」


 花蓮が前に出た。


「憎しみでは何も生み出せません。でも愛は、すべてを育み、癒すことができます」


「綺麗事を……」


 バールゼンが突進してきたが、焔と花蓮の放つ桃色の炎がそれを包み込んだ。すると驚くべきことが起こった。


 バールゼンの怒りに満ちた表情が、穏やかなものに変わったのだ。


「これは……何と温かい……」


 愛の炎は、敵を破壊するのではなく、心の闇を浄化していた。


「我らが何千年も抱き続けた怒りが……消えていく」


 クラーケスの触手も静かになり、ザフィーラの嵐も穏やかな風に変わっていく。


「そうです」花蓮が優しく言った。


「怒りを手放してください。憎しみを捨ててください」


 最後に残ったグロートも、ついに膝をついた。


「負けた……我らの負けだ」


 しかし、その表情は安らかだった。


「いえ、負けではありません」焔が言った。


「新しい始まりです」


 桃色の炎がすべての旧き神々を包み込み、彼らの心を癒していく。長年の憎しみから解放された四柱の神々は、やがて光となって空に還っていった。


 戦いは終わった。愛による、美しい勝利だった。


 戦いが終わると、夜明けが訪れた。黒く染まっていた空が薄紫に変わり、やがて朝の金色に染まっていく。


 焔と花蓮は、祠の前に座って朝日を眺めていた。二人とも疲れ果てていたが、心は満たされていた。


「見てください、焔様」


 花蓮が庭を指差した。


 そこには信じられない光景が広がっていた。一面に桃色吐息の花が咲き誇っているのだ。昨夜まではほんの数輪しかなかった花が、まるで魔法のように庭を埋め尽くしていた。


「美しい……」


 焔が息を呑んだ。桃色の花びらが朝日を受けて輝き、まるで宝石を散りばめたように美しい。


「愛の力ですね」花蓮が嬉しそうに言った。「愛は、こんなにも美しいものを生み出すのですね」


 焔は花蓮を見つめた。


「貴様がいてくれたからだ」


「私たちがいてくれたから、です」花蓮が訂正する。


「一人では、このような奇跡は起こせませんでした」


 二人は立ち上がり、花の中を歩いた。足音に合わせて花びらが舞い散り、甘い香りが辺りに漂う。


「町の子供たちの病気も治っているでしょう」花蓮が言った。


「ああ」焔が頷く。


「旧き神々の呪いが解けた今、すべてが元に戻るはずだ」


 実際、遠くの町からは人々の喜びの声が聞こえてきていた。子供たちが元気になり、井戸の水も清らかに戻ったのだろう。


「これで本当に……平和になりましたね」


 花蓮の目に涙が浮かんだ。それは喜びの涙だった。


 焔が花蓮を抱きしめた。


「貴様のお陰だ、花蓮。貴様の愛が、すべてを救った」


「私たちの愛です」


 二人は桃色吐息の花に囲まれて、静かに抱き合った。


 長い試練を乗り越えて、ついに真の幸せを掴んだのだ。


 しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。昼頃になって、焔の身体に異変が起き始めた。


「焔様!」


 花蓮が驚いて焔を支えた。焔の身体が、まるで光に溶けるように薄くなり始めていた。


「どうしたのですか?」


 焔は穏やかに微笑んだ。


「契約の終了だ」


「契約の……」


「我と貴様の契約は、旧き神々を倒すことで完了する。それが真の目的だったのだ」


 花蓮は愕然とした。


「そんな……そんなことは聞いていません」


「我も知らなかった」焔が優しく言う。


「だが、今になって分かる。これが運命だったのだ」


 焔の身体が、さらに透けて見えるようになった。


「やです……やです!」


 花蓮が焔にしがみついた。


「行かないでください! 一緒にいると約束してくださったのに!」


「すまない……」


 焔の声も弱くなっていく。


「だが、後悔はしていない。貴様と過ごした時間は、我にとって最高の宝物だった」


「焔様……」


「覚えておいてくれ」焔が最後の力を込めて言った。


「おまえといると安らげる。その言葉は、本当だった」


 焔の手が、花蓮の頬にそっと触れた。しかし、その手はもう温度を感じられない。


「愛している、花蓮」


「私も愛しています! ずっと、永遠に!」


 花蓮の叫びが響く中、焔の姿は光となって空に昇っていった。美しい光の雨となって、桃色吐息の花の上に降り注いでいく。


「焔様……」


 花蓮は一人、花畑に座り込んで空を見上げた。涙が頬を伝って落ちるが、それは悲しみだけの涙ではなかった。


 愛する人への感謝と、永遠の愛を誓う涙でもあった。


 風が吹いて、桃色吐息の花びらが舞い上がった。まるで焔が最後の別れを告げているかのように。


「あなたと一緒なら心が安らぐ……」


 花蓮がつぶやくと、花びらがさらに美しく舞い踊った。


 焔は消えてしまったが、二人の愛は永遠に残る。この花畑が、その証拠だった。


 花蓮は立ち上がり、祠に向かって歩いて行く。新しい人生が始まろうとしていた。焔への愛を胸に、今度は人々の幸せのために生きていこう。


 桃色吐息の花言葉のように、多くの人にとって心安らぐ存在になりたい。それが、焔が残してくれた最後の贈り物への答えだった。


 夕日が花畑を照らし、美しい一日が終わろうとしている。


 神喰いと人間の少女の愛の物語は、こうして幕を閉じた。しかし、その愛は永遠に語り継がれ、人々の心に希望の灯をともし続けるのだった。


 桃色吐息の花が風に揺れて、二人の愛を讃えている。


 ―完―

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