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神喰いさまの契約花嫁 ―桃色吐息に秘めた恋―  作者: たかつど


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14/21

14話 触れ合う心

 前夜の告白から一夜明け、祠の周りには穏やかな朝の光が差し込んでいた。花蓮は焔の隣で眠りから覚め、昨夜の出来事が夢ではなかったことを確認した。


 焔の寝顔は、これまで見たことがないほど安らかだった。長年の苦悩から解放されたかのように、穏やかな表情を浮かべている。


「おはようございます、焔様」


 花蓮が小さく声をかけると、焔はゆっくりと目を開いた。その瞳には、もう以前のような冷たさはない。


「おはよう……花蓮」


 焔の声は驚くほど優しかった。「様」を付けずに名前を呼ばれて、花蓮の心は温かくなる。


「よく眠れたか?」


「はい。焔様がそばにいてくださったお陰で、とても安らかに眠れました」


 花蓮の答えに、焔の口元に微かな笑みが浮かんだ。


「我もだ。久方ぶりに、悪夢を見ることなく眠ることができた」


 焔が立ち上がり、花蓮に手を差し伸べる。その手を取って立ち上がった花蓮は、焔の手の温かさに胸が躍った。


「今日は何をしようか?」


 焔の問いかけに、花蓮は驚いた。いつもなら自分が焔の世話を申し出るのに、今日は焔の方から尋ねてくれている。


「何でも焔様のお好きなことを」


「それなら……貴様と話していたい」


 焔の言葉に、花蓮の頬がほんのりと染まった。


「私も、焔様ともっとお話ししたいです」


 二人は祠の前に腰を下ろし、並んで座った。昨日までとは全く違う、親密な雰囲気が二人を包んでいる。


「花蓮」


 焔が改まって声をかけた。


「何でしょうか?」


「我は……愛を表現するということがわからない」


 焔の正直な告白に、花蓮は微笑んだ。


「昨夜、貴様への想いを伝えたが、どうすれば貴様を幸せにできるのかがわからないのだ」


「焔様……」


「教えてくれ。我に何ができる?」


 焔の真摯な問いかけに、花蓮の胸は愛おしさで満たされた。


「そのお気持ちだけで、もう十分幸せです」


「それだけでは足りない」焔が首を振る。「貴様は我のために多くのことをしてくれた。我も何か……」


「では」花蓮が遠慮がちに言った。「時々、お名前で呼んでいただけませんでしょうか」


「名前で?」


「はい。焔様が私の名前を呼んでくださる時、とても嬉しいのです」


 焔は少し戸惑ったような表情を見せたが、すぐに頷いた。


「花蓮」


「はい」


「花蓮」


「はい、焔様」


「……花蓮」


 三度目に名前を呼ばれた時、花蓮の目に涙が浮かんだ。


「どうした? 何か辛いことでも……」


「いえ、嬉しいのです」花蓮が涙を拭いながら微笑む。「こんなに優しく名前を呼んでもらえて」


 焔は困惑した。人間の感情は複雑で、時として理解し難い。しかし、花蓮の涙が喜びの涙だということはわかった。


「貴様は不思議な小娘だ」


 焔が苦笑する。その表情も、以前とは全く違って優しいものだった。


「私も、焔様のことがよくわからないことがあります」花蓮が笑って答える。


「でも、それでいいのです。少しずつ、お互いを知っていけば」


 焔は頷いた。急ぐ必要はない。時間をかけて、ゆっくりと愛を育んでいけばよいのだ。


 午後、二人は庭の桃色吐息の花を見に行った。花は満開で、美しい花びらが風に舞い散っている。


「美しい花だ」


 焔がつぶやいた。以前なら花など興味も示さなかったのに、今では素直に美しさを認めている。


「お母様が愛した花です」


 花蓮が花に手を伸ばす。


「この花を見ていると、お母様を思い出します」


「母上に会ってみたかった」


 焔の言葉に、花蓮は振り返った。


「お母様に?」


「ああ。貴様をこれほど素晴らしい女性に育ててくれた方だ。きっと美しい心の持ち主だったのだろう」


 花蓮の目に、再び涙が浮かんだ。


「お母様もきっと、焔様を気に入ってくださったでしょう」


「そうだろうか?」


「間違いありません」 


 花蓮が確信を込めて言う。


「お母様は、私を愛してくれる方なら誰でも歓迎してくださったから」


 風が強く吹いて、たくさんの花びらが舞い散った。桃色の花びらが二人の周りを舞い踊り、まるで祝福の雨のようだった。


「まるで母上が祝福してくれているみたいだ」


 花蓮が手を伸ばして花びらを受け止める。その姿を見つめる焔の瞳には、深い愛情が宿っていた。


「花蓮」


「はい」


「我と契約したことを、後悔していないか?」


 突然の問いに、花蓮は首を振った。


「後悔など、一度もしたことがありません」


「人間社会から孤立し、友人も失った。それでも?」


「それでもです」花蓮がはっきりと答える。


「焔様と出会えたのですから」


 焔の胸が熱くなった。この小さな人間の女は、どこまでも自分を愛してくれる。


「我も同じだ」焔が言った。


「貴様と出会えて……生まれて初めて、生きていてよかったと思えた」


 二人は見つめ合った。舞い散る花びらが、二人の愛を祝福しているかのようだった。


 夕刻、二人は祠の前で並んで座っていた。西日が二人を照らし、幻想的な光景を作り出している。


「焔様」


「何だ?」


「私、最初は焔様を恐ろしい神様だと思っていました」


 花蓮が恥ずかしそうに告白した。


「当然だ。我は神喰いだからな」


「でも、今では……」


 花蓮の頬が赤く染まる。


「今では?」


「焔様が、世界で一番素敵な方だと思っています」


 花蓮の告白に、焔は動揺した。


「世界で一番……そんな大げさな」


「大げさではありません」


 花蓮が真剣な表情で続ける。


「焔様は強くて、優しくて、美しくて……私には勿体ないくらい素敵な方です」


 焔は言葉を失った。このような賛美を受けたことなど、生まれて初めてだった。


「我は……恐ろしい神だぞ?」


「私には、とても優しい神様です」


 花蓮の純粋な言葉に、焔の心は大きく揺れた。


「花蓮……我は貴様に恋をしているのかもしれない」


 焔の告白に、花蓮は息を呑んだ。


「恋……」


「ああ。貴様のことばかり考え、貴様の笑顔を見ていたいと思う。これが恋というものなのだろう?」


 花蓮の心は喜びで弾けそうだった。


「私もです」


「何?」


「私も、焔様に恋をしています」


 二人は見つめ合った。恋という感情を、初めて口にした瞬間だった。


「不思議だな」焔がつぶやく。


「神である我が、人間に恋をするとは」


「でも、素敵なことです」花蓮が微笑む。


「恋は、種族を超えるのですね」


 焔も微笑んだ。数百年ぶりの、心からの笑顔だった。


 夜が深まり、星空が二人を見下ろしていた。今夜は特別に美しい夜空で、無数の星が輝いている。


「綺麗ですね」


 花蓮が空を見上げながら言った。


「ああ」


 焔も同じように空を見上げる。しかし、彼の視線は時折花蓮に向けられていた。


「焔様」


「何だ?」


「これからも、ずっと一緒にいてください」


 花蓮の願いに、焔は即座に答えた。


「当然だ。我は貴様を離さない」


「私も、焔様のそばを離れません」


 二人は手を取り合った。神と人間、本来なら相容れないはずの存在が、愛によって結ばれている。


「契約などもう関係ない」焔が言った。


「我は貴様を愛している。それだけだ」


「私もです。焔様を愛しています」


 星空の下で交わされた愛の誓いは、どんな契約よりも強い絆となった。


「花蓮」


「はい」


「我の妻になってくれ。今度は契約ではなく、愛のために」


 焔のプロポーズに、花蓮の目に涙が浮かんだ。


「喜んで」


 二人は抱き合った。温かい体温が伝わり合い、二つの心が完全に一つになった瞬間だった。


 桃色吐息の花びらが風に舞い、二人の愛を祝福している。母の霊も、きっと天国から二人を見守っているだろう。


 恐怖から始まった契約は、真実の愛へと昇華した。神喰いと人間の少女の、奇跡のような愛の物語が、新たな段階を迎えたのだった。


 月が二人を優しく照らし、永遠の愛を誓う夜となった。これまでの苦悩も孤独も、すべてはこの瞬間のためにあったのかもしれない。


 愛に満たされた二人の前には、希望に満ちた未来が広がっていた。

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