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神喰いさまの契約花嫁 ―桃色吐息に秘めた恋―  作者: たかつど


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11話 孤独の共鳴

 数日後の朝、花蓮が町で買い物をしていると、村の役人が声をかけてきた。


「松下のお嬢さん……いえ、神様の奥方様」


 男は恐縮そうに頭を下げた。


「明日は春の祭礼でございます。村の皆で神様にもお参りしていただこうと……もしよろしければ、ご参加いただけませんでしょうか」


 花蓮は戸惑った。町の祭りに参加するのは久しぶりのことになる。


「私などが参加しても……」


「とんでもございません」男は慌てて言った。


「神様の奥方様にご参加いただければ、村にとって大変な栄誉です」


 周囲の人々も期待の目で花蓮を見つめている。しかし、その視線には親しみよりも畏敬の念が込められていた。


「わかりました。参加させていただきます」


 花蓮は微笑んで答えた。久しぶりに人々との交流ができるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた。


 しかし、内心では不安もあった。果たして本当に歓迎されるのだろうか。それとも、神の花嫁としての義務的な招待に過ぎないのだろうか。


「ありがとうございます。明日の午後、神社でお待ちしております」


 役人は深々と頭を下げて去っていく。その後ろ姿を見送りながら、花蓮は複雑な気持ちを抱いていた。


 翌日の午後、花蓮は町の神社を訪れた。春の祭礼は村にとって重要な行事で、多くの人々が集まっていた。


「あ、神様の奥方様がいらした」


「本当にいらしてくださったのね」


 人々がざわめき始める。しかし、花蓮が近づくと皆が道を開け、遠巻きに見守るだけだった。


「花蓮さん、お久しぶりです」


 村長が丁重に挨拶してきたが、その態度はよそよそしい。以前なら気軽に話しかけてくれた人も、今では敬語でしか話さない。


 祭りの準備は進んでいるが、花蓮だけが輪の外にいるような感覚だった。人々は彼女を特別扱いしているが、それは親しみからではなく、恐れと敬意からだった。


「お嬢様、こちらでお休みください」


 特別に用意された席に案内されたが、そこは他の参加者から離れた場所だった。まるで隔離されているかのように感じられる。


 花蓮は笑顔を保とうとしたが、胸の奥に寂しさが広がっていた。神の花嫁になることで得たものもあるが、失ったものも多かった。


 祭りの音楽が響く中、花蓮は一人静かに座っていた。賑やかな声が聞こえるが、それは遠い世界の出来事のようだった。


「皆さん、楽しそうですね」


 花蓮は近くにいた女性に声をかけてみた。しかし、女性は慌てたように振り返る。


「あ、は、はい……神様の奥方様」


「私も花蓮です。以前と変わりませんので、気軽にお話しください」


 花蓮は親しみやすく微笑んだが、女性の表情は固いままだった。


「そ、そんな……恐れ多いことです」


 結局、女性は早々にその場を離れてしまう。他の人々も同様で、花蓮が話しかけようとすると皆が距離を置いてしまう。


 子供たちも、以前なら無邪気に駆け寄ってきたのに、今では親に手を引かれて遠ざけられている。


「あの人が神喰い様の……」


「怖いわねえ」


「でも綺麗になったみたい」


 ひそひそ話が聞こえてくる。褒め言葉もあるが、それすら距離感を示すものだった。


 花蓮は祭りの輪から完全に外れていることを実感した。神の花嫁という立場が、人間社会での居場所を奪ってしまったのだ。


「お母様……」


 花蓮は心の中で母に呼びかけた。こんな時、母ならどうしただろうか。きっと温かい言葉で慰めてくれたに違いない。


 祭りが始まると、花蓮は懐かしい顔を見つけた。幼馴染みの美佐子と千鶴が、他の女性たちと一緒にいる。


「美佐子さん、千鶴さん」


 花蓮が手を振ると、二人は気まずそうな表情を見せた。


「あ……花蓮」


 美佐子が小さく手を振り返したが、その動作はぎこちない。


「お久しぶりです。お元気でしたか?」


 花蓮が近づこうとすると、千鶴が一歩後ずさった。


「え、ええ……元気よ」


「祭り、楽しいですね。昔みたいに一緒に……」


「あ、あの……花蓮」


 美佐子が困ったような表情で口を開いた。


「私たち、ちょっと忙しくて……」


 明らかに嘘だった。二人は花蓮を避けようとしている。


「そうですか……」


 花蓮の声が小さくなった。親友だった二人からも距離を置かれている現実が、胸に重くのしかかる。


「ごめんなさい、花蓮」


 千鶴が申し訳なさそうに言った。


「でも……私たち、あなたといるとなんだか……」


 言葉は最後まで続かなかった。しかし、その意味は痛いほど伝わってきた。


「わかりました」


 花蓮は微笑もうとした。


「お忙しいでしょうから」


 二人は安堵の表情を見せて、足早にその場を去っていく。花蓮は一人取り残され、祭りの喧騒の中で深い孤独を感じていた。


 祭りが終わり、人々が家路につく中、花蓮も静かに祠へ向かった。楽しいはずの祭りは、彼女にとって辛い経験となった。


「結局、私は誰からも必要とされていないのでしょうか」


 花蓮は歩きながらつぶやいた。涙が頬を伝い落ちるが、拭おうとはしない。


 神の花嫁になることで父を救うことはできた。しかし、その代償として人間としての居場所を失ってしまった。


「焔様だけが……」


 花蓮の心に、焔の姿が浮かんだ。冷たく恐ろしい神だが、少なくとも彼は花蓮を拒絶しない。むしろ最近は、優しさを見せてくれることもある。


「私にとって、本当に大切なのは焔様なのかもしれません」


 祠が見えてきた頃、花蓮は涙を拭いて歩みを速めた。焔が待っている。それだけで、心が少し軽くなる。


 月が昇り始め、祠の周囲を照らしている。花蓮の影が長く伸びて、彼女の孤独を象徴するかのようだった。


「ただいま戻りました、焔様」


 祠に着くと、花蓮はいつものように挨拶した。その声には、一日の疲れと悲しみが込められていた。


 しかし、祠の奥から返事はない。焔はまだ現れていないようだった。


 花蓮は祠の前に座り込み、空を見上げた。星が輝き始め、夜の静寂が辺りを包んでいる。


 人間社会では孤独でも、ここでは焔がいる。それが今の花蓮にとって、唯一の慰めだった。


「焔様……」


 花蓮が小さく名前を呼ぶと、祠の奥から気配を感じた。焔が、そっと彼女を見守っているのかもしれない。


 その温かい視線を感じながら、花蓮は少しずつ心の平安を取り戻していった。人間社会での孤独も、焔と共にいれば耐えられる。そんな気持ちが、静かに芽生えていた。

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