第7.5話 閑話 仕事終わりに
「それでは、今後はこちらの部屋をお使いください」
秘書としての初勤務を終えた私は、アレヴに案内され、魔王城の一室へと通された。ここが私の新しい私室になるのだろう。
部屋の広さはナリッサの執務室のおよそ三分の一ほど。家具も机、ベッド、クローゼットと最低限のものだけが揃っている。装飾も少なく、質素な印象だ。
(まあ、寝る場所さえあれば問題ないか)
初日で疲れも溜まっている。明日に備えて早めに休むとしよう。
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ベッドに横になってしばらくすると、不意に廊下から懐かしい魔力を感じた。
(この魔力……間違いない!)
私は慌てて飛び起き、勢いよく扉を開ける。
月明かりに照らされた廊下の先、うっすらと人影が見えた。
「待ってくれ!」
呼びかけるが、人影は立ち止まらずに歩き続ける。その背を追って、私は廊下を駆け抜けた。
息を切らしながら必死に走る。やがてたどり着いたのは魔王城の大広間。そこで、ようやく人影に追いついた。
「久しぶりだ、我が娘よ!」
私は心からの想いを込めて声をかける。
「しばらく会えなくて、お前のことが本当に心配だった。さあ、その可愛らしい顔を見せてくれ」
そう言いながら、そっと人影の背に手を伸ばした――が。
「まあ、お久しぶりですね、お父様」
――そこにいたのは、私の愛しき娘……ではなかった。
目の前に立っていたのは、筋骨隆々の巨躯。身の丈は私の三倍はあろうかというほどに大きく、場違いなほど窮屈そうなドレスをまとったオークだった。
「お父様、私のことをそんなに心配してくださって……私、とても嬉しいです」
巨体を揺らしながら、オークは一歩、また一歩とこちらに迫ってくる。
「お父様が突然いなくなって、私、とても寂しかったんです。でも、これでまた一緒にいられますね。小さい頃のように、同じ寝室で寝ますか? 私は全然かまいませんよ〜」
……違う。
違う……。
こいつは……
「こいつは私の娘なんかじゃなーーい!!」
私は全速力で来た道を駆け戻る。
「まあ、お父様ったら、そんなに恥ずかしがって……そんなに必死に逃げられたら、傷ついちゃいますよ?」
ズシン、ズシン、と地響きを鳴らしながら、オークが追ってくる。
(くそっ、振り切れない!)
「待ってください、お父様ー!」
「誰が待つか、この野郎!!」
「なら仕方ありませんね。強制的に足を止めてもらいますか」
背後から魔力の放出を感じる。
(まずい!)
「炎弾!」
高熱の炎の球がこちらに向かってくる。
(くっ、回避できない! 直撃する――!!)
「うわああああ!!」
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「はっ!」
私は飛び起きた。
外からは、のどかな鳥の鳴き声が聞こえる。
見慣れた天井。寝台の感触。
……つまり、
「夢か……」
ぐったりとベッドに横たわる。
とんでもない悪夢だった。
「……はあ、早く娘に会いたいな……」
そうして、また新しい一日が始まる。