第5話 親バカ魔王 魔王城へ行く
「だけどさ、そんな格好で戻っても、あんたが魔王だってわかるやつ、何人いるんだかね」
「確かにそうだが、それならそれで構わない」
四天王クラスでなければ、今の姿を見ても私が魔王だとは気付かないだろう。だが、無駄な混乱を招かないためにも、現時点で正体を公にする必要はない。
「分かった。じゃあとりま魔王城まで転移するか?」
「いや、待て」
ナリッサの提案を制止する。
「現状、素性の分からない魔族が魔王城で自由に動き回るのは難しい」
混乱が続いている魔王城に、得体の知れない魔族がいきなり現れれば、間違いなく警戒される。だが、幸運にも今目の前には四天王がいる。
「私を秘書として雇え」
「……は?」
ナリッサが目を見開く。
「お前の部下になれば、四天王のお墨付きということになる。そうすれば、行動にも支障が出にくいだろう」
「魔王様が私の部下、ねぇ……そりゃ傑作だ」
ナリッサは笑いを堪えきれない様子だが、すぐに納得したように頷く。
「でもまあ、それならいちいち突っかかってくる奴もいないし、周りも余計な詮索をしないで済むわけだな」
「そういうことだ。段取りを頼めるか?」
「ご命令とあればなんなりと。じゃ、ちょっくら話つけてくるわ」
そう言うとナリッサは軽く手を振り、
術式発動、「転移」
眩い光が広がったかと思うと、彼女は一瞬でその場から消えた。
「転移」
最上位クラスの魔法で自分のいる空間と目的地の空間を繋げて移動する。転移とは言うが物体そのものを移す魔法ではなく、物体の移動距離を限りなく短くするというイメージに近い。
この魔法は自分のいる場所、繋げる目的地の座標をしっかりイメージしないといけないためいつでもどこでも使える代物ではない。またその性質上、術者1人での複数人移動は困難を極める。
「さて……」
ナリッサが戻るまで、どう時間を潰すべきか考えていると――
「ただいま」
「あまりにも早すぎないか」
「おう、もう済んだぞ」
「本当にもう済んだのか?」
「アレヴに『新しい秘書雇ったから連れてくる』って言っといたからな」
それだけで段取りが済んだと言えるのか……?
(アレヴも大変だな)
アレヴナ・ハルザーデ――通称アレヴ。
ナリッサの秘書であり、領地の内政や人事を一手に担う才女。血気盛んなナリッサのお目付け役としても知られる。
「では、魔王城に向かおう」
「了解。じゃあ行こうか」
ナリッサが再び術式を唱える。
「転移」
光が2人を包み込む。
そう、彼女は先程言ったその困難な魔法を扱える数少ない者だ。伊達に四天王などという肩書きを持っているだけある人物なのである。
森の中での光が弾けるように消える。
――視界が開けたとき、目の前には黒き威容を放つ我が城がそびえ立っていた。
「『カランルク・ズィルヴェ』……ここに来るまで、随分と長かったな」
荘厳さと恐ろしさを兼ね備えた、私の居城――私の帰るべき場所そして…
我が愛する娘の城だ。