第12話 親バカ魔王 決意する
遠目からだが、見間違えるわけもない。あの堂々たる姿、気高き気配。間違いない、あれは——。
胸の高鳴りが止まらない。
(やはり…我が娘、ミラは神か…!)
いや、もはや神すらも凌ぐ。この世で最も愛おしく、誇り高き存在。
あの堂々とした佇まい。鋭い眼差し。周囲の者たちを引き締める気配の強さ。
どれを取っても完璧だ。可憐でいて威厳を纏い、戦場の魔王にして民の守護者。あぁ、やはり我が娘は天上天下唯我独尊──いや、唯一無二の至宝だ。
その姿を見るだけで、胸の奥が熱くなり、叫び出したい衝動に駆られる。だが、グッと堪えた。ここで声をかけてしまうのは、果たして正しいのか。
今、ミラは新たに魔王の座につき、軍の立て直しや都市の復興に尽力している。この激動の時代の中、彼女は確かな覚悟を持って、この国と人々を導こうとしているのだ。
そんな彼女の前に、今さら元魔王であり父親である私が顔を出してどうなる。今さら何を言える。私は勝手にすべてを託し、この国と娘を置いて消えたのだ。
考えてみれば、私は随分と勝手な父親だ。魔王の後継者だからと、自分の責務すらも娘に背負わせ、国も軍もすべて託して姿を消した。そのツケを、今もなおミラは払い続けているのだ。けれど──それでも、あの子は逃げなかった。誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも気高く、この国の先頭に立ち、仲間を導き続けている。
分かっている。娘のことだ。今、面と向かえば、たとえ今のこの姿でも、私の魔力の気配で気づくだろう。幼い頃から私の気配を感じ取るのは得意だった。髪の色が変わろうが、姿が変わろうが、そんなものミラの目をごまかせるはずがない。
だが、私は決めた。これから先、正体は一切明かさず、父親として認識されなくても、ただ一人の部下として、仲間として、この子の背中を守り、陰から支え続けると。父親として隣に立てなくとも、誰よりも近くで、この国と娘の未来を見届けるために。
「おい! そこに誰かいるのか!」
護衛の声が飛んできた。
──マズい。
ちょうど今、涙目になりながら父親の覚悟を決めたばかりなのに、見つかってたまるか!
すぐさま気配遮断の術式を強め、茂みの陰へ身を滑り込ませる。
「気のせいか……?」
護衛の魔族が眉をひそめながら辺りを警戒するが、どうにか気配は悟られずに済んだ。
(あぶなかった……! 娘の晴れ姿に感動してる場合じゃなかったな)
思わず胸を押さえながら小さく息を吐く。いや本当に、決意表明の直後に見つかるなんて、タイミング悪すぎる。昔なら一発で隠れられたのに、ちょっと感傷に浸っただけでこれだ。衰えなのか、ただの親バカなのか。
(……まあ、親バカだな)
自分で自分にツッコミを入れつつ、もう一度だけミラの姿を見つめる。その堂々たる背に宿る威厳と、幼い頃と変わらぬ優しさの気配に、胸が熱くなる。
──そうだ。私はこの子の父親だ。姿を隠していようと、誰よりも強く、この子の幸せを願う父親なのだ。
その思いを胸に、静かに森の奥へと身を隠し、私は再び歩き出した。娘の未来のために。己の贖罪のために。もう一度、この国の礎となるために。




