26.クロス・レイド・ジョーカーズ!
「お姉様のコトも、ハイセニア王国のコトもちょっとナメてたかな」
三対三の状態――正確には、向こうの控えにもう一機いるけど、戦闘に参加する気はなさそうだ――になって、クシャーエナが大きく息を吐いた。
サクラリッジ・ファルシュが左手を挙げると、殿下や総長と交戦していたピシーたちが大きく後退し、控えの一機の近くへと移動する。
「ここが引き際だとは分かってるんだけど……でも、一矢くらいは、ね?」
クシャーエナの言いたいことを理解して、私はうなずく。
「いいわ。やりましょう。クシャーエナ」
こちらも殿下と総長を制して、クシャーエナのファルシュと向かい合う。
「凶桜ともども、今日は使う気なかったんだけど……」
苦笑するような嬉しそうなクシャーエナの声が聞こえてくる。
「我が黄昏の心にて、宿業を断たんッ!」
ファルシュが剣を掲げると、関節から吹き荒れていた黄昏の炎の全てがその刀身へと移っていく。
「これがファルシュの本当の切り札。桜禍業滅剣」
刀身が燃えるその剣を構えて、厄災の魔女が繰る黄昏の騎士が、私とグロセベアを見据える。
《あの剣、やっば……掠っただけでもヤバいっていうか終わるかも》
「ええ。それはあの剣に渦巻く魔力を見れば分かるわ」
正直、真正面からやりあっても勝てる気がしない。
ぶつかり合うなら、同じような技や、あの剣に触れずに攻撃できる手段が必要だ。
「カグヤ、こっちも似たようなコトは出来ないかしら?」
《……あるぜ》
待ってましたとでも言うように、カグヤがグロセベアの腕を動かす。
《ブーステッド・サークル展開》
その動きに合わせて、スワロー・シェルがグロセベアの正面に集まる。
それから、三つに分かれながら大きく開くと、その内側にグロセベアと同じサイズの巨大な魔術陣が展開した。
《これを潜ればグロセベアちゃんも超絶パワーアップだ! 名付けてオーバードライブモード!》
「そういうのもあるのね」
《問題はね。グロセベアちゃん、そろそろちゃんとメンテしたいくらいやばいってコトなんだけど》
確かに、出会ってからずっと酷使しちゃってる気がする。
封印から解放したあとも、ちゃんとした点検とかせずにずっと使ってるワケだし。
「さらに言うと、オーバードライブしてられるのは時間にして一分程度だし、その一分間はグロセベアだけでなく、マスターへの負担がめっちゃ大きいから注意な!》
「……ええ」
負担の大きいパワーアップ。
それはきっと、クシャーエナも同じなのだろう。
だから、これは、この場におけるお互いに最後の交刃。
グロセベアが最後までがんばってくれると信じて使うしかない。
「お姉様。その魔術陣が、その機体の切り札?」
「ええ、そうよ。これを潜れば、グロセベアが短時間だけ大幅に性能が向上する魔術陣」
「ファルシュの凶桜と同じで、時間制限があるんでしょう?」
「もちろん。それも、そちらよりもっと短いわ」
グロセベアの膝を曲げさせる。
地面を蹴って飛び出しながら魔術陣を潜って、そのままファルシュに肉迫する――その為の構え。
対して、クシャーエナがファルシュに取らせている構えは――私が、サクラリッジ・キャリバーンを使っていた時に、よくしていた剣の構えだ。
それを見ると思ってしまう。
追放されなければ、私が厄災の魔女になっていたのかもしれない――と。
でも、それは詮無きことだ。
今は考えるべきではない。
「いくわよ、カグヤ」
《うん! 一発デカイのカマしていこう!》
グロセベアに地面を蹴らせる。
ブーステッド・サークルを潜り抜ける。
機体が、操縦席が、視界が、カグヤと出会った時の遺跡のような、青く輝く夜の光に包まれていく。
「クシャーエナッ!」
「イェーナお姉様ッ!」
黄昏に燃える剣を携えて、クシャーエナも地面を蹴る。
「さらに歌え盛れ、凶桜ッ!」
妹の叫びに呼応するように、剣が纏っていた炎がより大きく燃え上がる。
まるで大剣の刀身のように燃える剣を背負うように構え、飛び上がったサクラリッジ・ファルシュ。
「灼禍ッ、散桜ッ!」
そして空中から落下の勢いを乗せてそれを振り下ろした。
黄昏の炎が林を撫で、地面ごと木々を灰にし、大地をえぐる。
その僅か一瞬後、そのえぐれた部分から黄昏色の炎が壁のように噴出した。
噴出する炎が、大地を溶かし、硬質化させていく。
その噴出した炎は、すぐに火の粉となりと、まるで花びらのように周囲へと散って消えていった。
その散りゆく光景は、どこか寂しげで悲しく、それでいてやるせない怒りを感じる風情がある。
だけど、そんな風情で誤魔化されてはいけない危険な技だった。
舞い散る花びらのような火の粉すらも、触れれば巨鎧兵騎の装甲表面を焦がすくらいの熱量はあるようだ。
炎上させてはいないものの、木々や大地に触れた時に、軽く焦がしてから消えていく。
あの技が直撃していたら、こちらのオーバードライブモードなんて意味もなく、木々や大地と共に、グロセベアごと私たちは溶けた飴細工のようになっていたことだろう。
灼禍散桜。まさに必殺剣だ。
サクラリッジ・ファルシュの切り札である桜禍業滅剣を用いて繰り出すに、相応しい威力。
けれど――
「お姉様ぁ……」
――もともとグロセベアはスピードがある。
オーバードライブ中なら、もっと加速できるはずだと信じて良かった。
飛び上がりつつ振り下ろされた炎剣。
それが地面を撫で上げるより一瞬速く、私はサクラリッジの足下を強引に潜り抜けたのだ。
「さすがに巨鎧兵騎でスライディングは読めないって……」
灼禍散桜ほどじゃないけれど、これでがっつりと地面をえぐってしまったし、カグヤが悲鳴をあげるくらいには足やお尻の周りに土や木や石がこびりついてしまったけれど――
でも、そうして、ファルシュの背後を取ることができた。
サクラリッジは、クシャーエナは、剣を振った――しかも、ただ振ったのではなく、切り札とも言える大技を振った直後だ。
そこは明確な隙を晒している瞬間。
「カグヤ!」
《妹ちゃんを殺さずにボコボコっしょ! 分かってるって!》
呼びかけを正しく理解したカグヤを信じて、私はグロセベアで回し蹴りを放つ。
強化されたグロセベアのキックによって、ファルシュは大きく吹き飛んでいく。
「……ぁああ……ッ!?」
クシャーエナの悲鳴が聞こえてくる。でもそれは気にせずに、私は吹き飛ぶファルシュを追いかける。
カグヤが私の魔力を吸い上げ、オーバードライブによって出力の上がったマギ・ブースターから噴出される。
加速。
蹴り飛ばしたサクラリッジよりも素早く駆けて、それに追いつき、追い抜き、待ち構える。
目の前にファルシュが来たら、今度は真上に吹き飛ばすよう蹴り上げた。
当然、それも追いかける。
《想定してなかったキックの連発ッ! 持ちこたえてくれよグロセベアちゃん!》
「え? そんな負担掛けてる?」
気持ちが高揚しているからか、オーバードライブの負担も感じなければ、グロセベアが悲鳴を上げているのも気づいてなかった。
でも今更止まる気もないので、カグヤとグロセベアには悪いのだけど、最後まで付き合ってもらう。
打ち上げたファルシュに追いつき――いや追い越して、今度は地面に叩き付けるよう蹴り落とす。
「あぐ……ッ!? ッ、もう……お姉様……! それッ、巨鎧兵騎でする、動きじゃないって……ッ!」
何やらクシャーエナの愚痴が聞こえた気がした。
その直後、重量のある巨鎧兵騎が勢いよく地面に落ち、ズズンという音と振動が響き、土煙が舞う。
「スパイラル・ブラスト」
落下したサクラリッジに向けて、らせん状の魔力衝撃波を放つ。
倒すことが目的ではなく、起き上がることを阻害する為の、広範囲攻撃。
そして、グロセベアはサクラリッジに向かって落下していく。
そのさなかで、私はカグヤに訊ねる。
「カグヤ! オーバードライブ用の魔力を剣に回せる?」
《桜禍業滅剣をパクれって? やってやらぁ!!》
カグヤがそう叫ぶや否や、清らかな夜の輝きの全てが右手のガントレットブレードに集約されていく。
本当にできるんだ。
やっぱりカグヤとグロセベアはすごいな。
《出来たけど、ぶっちゃけグロセベアちゃんもマスターも限界だからねッ! これでキメてよッ!》
「もちろん。これでキメられなかったら、カッコ悪いものね」
以前の私なら格好なんて気にしなかったと思う。
けれど、今の私は機械のように仕事をするだけの存在じゃない。
クシャーエナの憧れのお姉様で。
カグヤの乗り手である契約者で。
ハイセニア王国の教導員だ。
カッコ悪いところを見せて、その信頼を、立場を、裏切るワケにはいかないから。
「だから、これで――……ッ!!」
私の操るグロセベアが、右手のガントレットブレードに込められた魔力を解放しながら、クシャーエナの乗るサクラリッジ・ファルシュへむけて剣を振るう。
意図はしていなかったけれど、その軌跡の煌めきは三日月のよう。
「……あーあ、やっぱお姉様はすごいな……」
そんな声が聞こえた気がする。
清らかな夜の光を放つ三日月の斬光は、操縦席を避けながら、大地に横たわるその巨鎧を両断した。




