23.厄災の魔女との戦い
戦端が開かれ、周辺で巨鎧兵騎同士のぶつかりあう音が響き始める。
《イーちゃん、動いてッ!》
「…………」
カグヤがそう言うのなら。
グロセベアのガントレットブレード展開。
敵アッシーソルダッド・ピシーの剣による攻撃を受け止める。
《ショックなのは分かるけど、やられちゃったりするのヤだよ!?》
「……わかりました」
《マスター……?》
カグヤがやられてはダメだと言うのなら。
アッシーソルダッド・ピシーとの持つ剣との鍔迫り合いから、反撃に移行。
アッシーソルダッド・ピシーの剣を弾き、ガントレットブレードで斬る。
アッシーソルダッド・ピシーの装甲と、グロセベアのガントレットブレードが擦れ合い火花が散る。
アッシースルダット・ピシーの損傷軽微と判断。
想定を大幅に下回るダメージ。
原因推測。黄昏光壁によるものと判断。
破浄術を用いての追撃を行うべきか。
追撃判断。決定。追撃せず。
カグヤはやられないようにと言っていたから……身を守るのを優先する。
《ニギちゃんッ、ネスおじ! イーちゃんを守ってッ! なんか様子がおかしくて!》
「総長はそのまま戦闘をッ! イェーナのカバーは自分が!」
ニーギエス機が本機のカバーに入る模様。
そのまま、先ほど本機が鍔迫り合いしていた敵アッシーソルダッド・ピシーとの交戦を開始。
また周辺各所でも同様の戦闘開始した模様。
アッシーソルダッド・ピシ一機に対し、友軍複数機が互角。
訂正。友軍やや劣勢。長期戦は不利。
総長の動きからそれを理解している模様。報告は不要と判断。
「その機体、二人乗りなのですか? 珍しいですね」
厄災の魔女が、こちらに興味を持った。
「機体性能の善し悪し関係なく動きがおかしいと思いましたが――お姉様、もしかしてショックのあまり壊れてしまいました? お姉様? 聞こえてます?」
「…………」
厄災の魔女が話しかけてくる。意図不明。
返答は不要と判断。
《イェーナちゃん? 妹ちゃんがお話したいらしいけど?》
「カグヤがそれを望むなら。カグヤが望まないなら不要です」
《……イェーナちゃん? 今のイェーナちゃん、どういう状態?》
「私自身が私の存在を不要と判断しました。けれどカグヤとは契約しています。それを不履行しない範囲でのみ私を残すコトにしました」
《…………ッ!?》
機械であるカグヤから、強い動揺を感知。
「ああ、本当に心を閉ざされてしまわれたのですね。お姉様」
芝居がかった大袈裟な様子で厄災の魔女が悲しみを表現している。
「巨鎧兵騎のような女――そう揶揄されていたお姉様が、本当に自らを巨鎧兵騎の部品に徹するコトにしただなんて、皮肉ですねぇ」
《……そんなのッ、絶対ダメッ!! イェーナちゃん、元に戻ってってば!》
「カグヤのお願いでも拒否します。契約に必要なモノは残してあるから問題ないはずです」
《大アリだからッ!》
カグヤは何をそんなに焦っているのだろうか。
グロセベアの操騎士としての私はこのように残してあるというのに。
「本当は肉体も精神もアラトゥーニの門を潜りたかったのでしょうに……カグヤでしたか? 貴女と契約なんてモノをしてしまったばっかりに、中途半端に自分を残して、お労しい……」
《……おッ前ェ……ッ!》
カグヤが怒りを見せる。
カグヤは何に怒っているのだろう。
「でも安心してくださいね。わたしがカグヤさんをアラトゥーニの門へご案内してあげますので。そうしたらお姉様も安心して門をくぐれるでしょう?
それに、お姉様の名誉だけは守ります。守護騎士として尊敬し、その天才にして最強な存在として憧れていたのはウソではありませんもの。
国に不要な騎士だったなんて汚名はちゃんと雪いでおきますので」
明らかに怒りを滲ませていたカグヤが、ふいに訝しげな気配に変わる。
《……妹ちゃんさぁ、何なのアンタ?》
「何がですか?」
カグヤのよく分からない質問に、厄災の魔女は不機嫌に問い返す。
《イェーナちゃんのコト……壊したいの? 殺したいの? 守りたいの?》
「質問の意図がわかりませんね」
《黄昏の意志とやらに魂売ってまで、何を守ろうとしてんのかって聞いてんの》
「…………」
厄災の魔女は沈黙する。
不機嫌さと悲しみと喜びが混在しているような気配を感じる。
「シュームライン王国に対して亡べと思っているのは本当ですよ。
お姉様の名誉は守るし、汚名を雪ぐというのも本当です」
《…………》
カグヤの思考の一部がバックファイアのように流れてくる。
妹ちゃん――バカかよ。
思考の意味は不明。
こちらに向けての思考ではないので、考慮に値しないモノと判断。
「他にもありますが――まぁ、あとのコトはご想像にお任せしますよ。カグヤさん」
サクラリッジ・ファルシュが剣を抜く。
以前サクラリッジ・キャリバーンが使っていたモノと酷似している。
《イェーナちゃん。構えて。妹ちゃんと戦うよ。契約に必要なモノが残っているっていうなら、協力して》
「はい」
対厄災の魔女。
機体も、操騎士も未知数。
訂正。
機体も、操騎士を強敵と認定。
サクラリッジも、クシャーエナも弱くない。むしろ強い。
油断も加減も不要。無駄な感情を徹底排除。
カグヤとの契約状態を容易に破壊する敵であると認定。
《とりあえずだ、厄災の魔女! イェーナちゃんの状態に関しては、お前をぶっ飛ばしてからゆっくりどうにかしてやるから安心しろッ!》
「ええ、ええ。是非ともお願いしますわカグヤさん。そんな状態のお姉様をメインに据えて、わたしをぶっ飛ばせるのなら……ですけれど」
サクラリッジ・ファルシュが剣を振り下ろす。
こちらはグロセベアのガントレットブレードで受け止める。
サクラリッジ・ファルシュが剣による連続攻撃を繰り出してくる。
グロセベアを操ってそれらを躱し、受け止め、凌いでいく。
「お姉様の割には動きが硬すぎですッ!」
「……!?」
隙を突かれてサクラリッジ・ファルシュの剣の柄で強打された。
すぐに態勢を立て直しつつ、追撃を警戒。
どういうワケか追撃がない。
狙いは不明。だが今のうちに確認をする。
「損傷は?」
《問題ナシ! 気にせず動いて!》
「了解」
損傷に問題がないならそれでいい。
サクラリッジ・ファルシュへと構え直す。
《……! イェーナちゃん、右ッ!》
「!」
即座に、右へ意識を向ける。
アッシーソルダッド・ピシーが一機、すぐ近くまで肉迫している。
カグヤも自分も気づかなかったようだ。
不可解な状況ながら、対応をせざるを得ない。
右手のガントレットブレードでアッシーソルダッド・ピシーの剣を受け止める。
「確認。ファイア・マウス・ヴェール。左側のみの展開は可能?」
カグヤの解答を聞いてから、鍔迫り合い中のアッシーソルダッドを弾く。
《イケるイケる! 左腕のみ展開!》
直後――
「お姉様のお相手は、懈怠だけではありませんよ?」
――左側より厄災の魔女が迫る。
想定通り。
左腕に展開したファイア・マウス・ヴェールでサクラリッジ・ファルシュの攻撃を受け流す。
《妹ちゃんの相手は、イェーナちゃんだけじゃないんだぜッ!》
カグヤのその宣言通りに、ニーギエス機が厄災の魔女のサクラリッジ・ファルシュに斬りかかる。
「おっと!」
サクラリッジ・ファルシュはニーギエス機の攻撃を躱すと、後方へと大きく飛び上がる。
空中で、サクラリッジ・ファルシュが、かつてサクラリッジ・リヴォルバーが使用していたモノと同じ、独特の形状の杖を構えた。
その先端に小さな魔術陣が展開。
発射の準備が整っていく。
「マギー・ライフル。来ます」
《ライフルって……ニギちゃんッ、マギー・ボウガンを高威力高速化したの来るよッ!》
「……ッ!」
圧縮した魔力を、超高速で撃ち出すサクラリッジ・リヴォルバー専用武器。
カグヤの言う通り、一般的に使用されているマギー・ボウガンと比べると、威力も速度も段違いの武器。
通常であれば脅威。
しかし、ファイア・マウス・ヴェールの対魔力コーティングであれば――
「ファイエルッ!」
サクラリッジ・ファルシュが弾鉄を引く。
綺麗なサクラ色の魔力に、黄昏色の混ざったマーブル模様の魔力圧縮砲が放たれる。
グロセベアをニーギエス機の前に出して、左腕のファイア・マウス・ヴェールを大きく広げて受け止める。
「何ッ、その対魔力……ッ!?」
驚く厄災の魔女に向けて、グロセベアを走らせる。
《ニギちゃんッ、懈怠とかいうアッシーをよろしく!》
「了解だッ!」
ニーギエス機が懈怠と呼ばれたアッシーソルダッド・ピシーに向かっていく。
懈怠は、見えているのに存在感が薄い。センサー類の反応も悪い。
何らかの認識阻害機能を有していると思われる為、早急の対処が必要な相手である。
ニーギエス機が押さえてくれるのであれば、憂いが減る。
グロセベアを繰り、地を駆ける。
走るの木々が邪魔だが気にしてはいられない。
サクラリッジ・ファルシュが着地。
こちらからはまだ距離がある。
着地直後のサクラリッジ・ファルシュの横合いから、両手に盾を装備した白いシュネーマンが、その盾を正面に構えて突進していく。
だが、シュネーマンは突然動きを止めて、膝をつく。
名前通りの雪だるまのようになって動かなくなってしまった。
あまりにも不可解。
無警戒に近づくのは危険と判断。
「カグヤ」
《分析中!》
こちらも一度足を止める。
漆黒のサクラリッジが何かした様子もないのに、どうしてシュネーマンが動きを止めたのか。それを確認しなければ。
そう思っていると、厄災の魔女が倒れたシュネーマンの近くにいたアッシーソルダッドに礼を告げている。
「ありがとう、站饕。でも、自分でどうにかできたわ」
そこから推測するに――
「七機のアッシーソルダッド・ピシーは七大悪欲になぞらえた何らかの機能を有している」
《みたいだね。懈怠は気配が希薄でセンサー類に引っかかりづらい。
站饕は、何らかの手段で巨鎧兵騎を動かす魔力をごっそり奪っていく感じ》
七大悪欲ってようするに、七つの大罪ってやつだよなー……とカグヤは何やら言っている。カグヤの故郷では呼称が違うのだろう。
「正解。分かったところでどうにかなるとは思えないけど」
厄災の魔女が周囲を示す。
半分近くの友軍が、壊れたり動きを止めたりしている。恐らくは戦闘続行不能状態。
「こちらはまだ全機が動けてるのよ?」
「いや、一機は動かなくなったぞ」
厄災の魔女の言葉を遮って、ニーギエス殿下の言葉が割って入ってきた。
その直後、懈怠が吹き飛んできて、漆黒のサクラリッジの足下に転がった。
その四肢がひしゃげていることから、かなりのチカラで攻撃を受けたのだろう。
「気配が希薄で、センサー類の反応も悪い。目の前にいるのに印象が薄くて遣りづらい手合いではあったが――まぁ、それだけだ。操騎士の腕前はそれなりでしかなかったからな」
「それなり、ね……この操騎士も結構な腕前だったと思うのだけれど」
地面に転がって動かない懈怠を見て、厄災の魔女のサクラリッジは嘆息するかのような雰囲気を見せた。
「本物の厄災獣ほどでなくとも、黄昏光壁があったはず。お姉様の魔術もなしに、どうやってあの障壁を突破されたので?」
「なに、単純な話だ。強力な物理と魔力を用いれば突破できると聞いていたからな。我が愛剣に乗るだけ魔力を乗せて全力でぶっ叩いた」
「力技で突破できる方でしたか。だとしたら懈怠との相性は最悪だったのでしょうね」
やれやれ――とでもいうような口調から一転、純粋な好奇心が乗ったような口調で、厄災の魔女が訊ねる。
「豪華な装飾の専用機に乗っている、大層腕の良いお方。名前を伺っても?」
「ああ。名乗ってやろう。俺は、ハイセニア王国第二王子――ニーギエスだ」
愛剣トランシャンを肩に担ぐ純白金装飾のエタンゲリエの中から、ニーギエス殿下は堂々とそう名乗った。




