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22.聖女と守護騎士、魔女と黄昏の協力者


「私はハイセニア王国騎士団総長ネスナガン・ヴィスコノミーだ。

 所属不明の部隊の諸君。そちらの所属と目的を名乗りたまえ」


 黒の騎士団は逃げも隠れもせずにいた。

 佇んでいたと表現しても良いくらいの動きだ。


 そして、すでにこちらが黒の騎士団を囲むように動いているので、そう簡単に逃げられるとは思えない。


 そんな中で、漆黒のサクラリッジが軽く手を掲げると、それに応じるように漆黒のアッシーソルダッドが左右にズレた。


 漆黒のサクラリッジが前に出てくる。


「ご丁寧にどうも。ヴィスコノミー卿」


 思わず、息を呑む。

 スピーカーを通じて聞こえてくる声は、知っているものよりも低い声色ながら、聞き間違えるはずのない声だ。


《イェーナちゃん……?》

「うん……妹の、声……」


 カグヤの気遣うような呼び声に、返せたのはそれだけ。


「わたしは――厄災の魔女。黄昏の騎士。そう呼ばれているわ。

 名はクシャーエナ。以前まではキーシップなんて名もあったけれどね。誇りもなければ美徳もない。そんなクズばかりの家の名前なんて、名乗りたくもないのよ。だからそっちでは絶対に呼ばないで欲しいわ」

「……ん? キーシップ? 守護騎士の家系の?」

「ええ。元守護騎士よ、わたし。妹騎士の方」


 ヴィスコノミー総長の問いに、事もなげにうなずく。


 機体越しでは分からないけれど、ヴィスコノミー総長が顔を顰めたように感じる。

 横に居るニーギエス殿下の機体からも、気遣わしげな気配がした。


「守護騎士の機体は、綺麗なピンク色をしていると聞いていたが?」

「正確にはサクラ色ね。そして、それはその通り。この機体のベースがそれだったのは間違いないわ」


 やっぱり、あれはサクラリッジをベースにした機体。

 でも、クシャーエナがなんで……。


「なるほど。であれば、キミの所属はシュームライン王国で良いのだな?」

「まぁ大筋は」

「……妙な言い回しだな」

「表向きの所属がそっちなのは間違いないしね」

「表向き?」

「ええ。でも明かす気はないわよ。

 まぁ表向きは間違いなくシュームラインだから、巨鎧兵騎による越境と、侵攻の意志という扱いで、ウチの王様……ああ、今は無能の殿下の方がいいかな? そっちに抗議してくれる分には構わないから。わたしの独断とはいえ、そこは間違いないし」


 クシャーエナ……何が目的なの?

 まるで、ハイセニアと戦争をしたいみたいじゃない……。


「キミは戦争をしたいのかい?」

「シュームラインには合法的に(ほろ)びてもらいたいだけよ」


 これまで通りのあっさりとした様子で、クシャーエナはそう口にした。


「何の価値もないもの。いまのウチの国。

 国が亡びなくても、王都ぐらいは壊滅して欲しいわね」


 あそこのお店はいつもクッキーが売り切れね――みたいな、世間話の延長のような調子で、クシャーエナはそう告げる。


 その様子に、私は耐えきれなくなって叫んでしまった。


「クシャーエナッ!!」


 漆黒のサクラリッジはこちらを見て、一瞬だけビクりとしたような動きを見せたあと、返事が返ってくる。


「あら? お姉様♪」


 嬉しそうに楽しそうに、仕事を終えたあとの私へと駆け寄ってくる時のような調子で、クシャーエナが反応する。


「クシャーエナ、あなた……一体どうして」

「まだアラトゥーニの門を潜られてなかったのですね」

「……え?」

「ハイセニア王国に買われてしまったのは本当に残念でした。

 ヨーシュミール殿下の思惑通り、ヨーグモッツ魔導国や、非合法のゲス組織などに買われて。アラトゥーニの門を潜るより酷い辱めを受けててくれれば面白かったのですけど」

「……………」


 手が震える。

 声が出ない。

 何も分からない。


 どうして、クシャーエナがそんなことを言うの……?


「でもまぁ、お姉様がいるなら少し予定を変更します。

 明かす気の無かった、本当の所属をお話ししましょう」


 楽しそうに、嬉しそうに。

 いつもの世間話を振ってくる時のように。

 クシャーエナは、私の知ってる声より低めの声色で語る。


「ちょっと煽っただけで本当にお姉様を追放し売り飛ばした、お姉様の元婚約者。

 恥知らずにも追放してすぐに、わたしに求婚してきて、今は私の婚約者。

 常に愚かな選択ばかりの暗愚(あんぐ)殿下は――我らキーシップの誇りと尊厳、守るべきモノを踏みにじってしまいましたわ」


 守るべきモノ?

 キーシップの誇りと尊厳……?


「『この世ならざる異形』。ハイセニア王国の皆様はあまり聞き馴染みがないかもしれませんが、その存在の封印を守るコト。それこそが守護騎士の本当の使命。お役目。そして矜持。国防よりも優先される我ら守護騎士の本懐」

「……それをヨーシュミール殿下が踏みにじった、と?」

「その通りですわ、ヴィスコノミー卿。

 それを封印している祠が存在しているからこそ、封印では押さえ切れてなかった黄昏の魔力が漏れ出し、その影響で魔獣(ベード)巨魔獣(ジガンベ)厄災獣(デザストル)へと変質する。それがシュームライン王国の事情でした」


 ……待って。

 もしかしなくても、ヨーシュミール殿下は……。


「ならば、そんなモノが無ければ厄災獣は出現しなくなる。カビの生えた祠なんてもの壊してしまえば後腐れがないだろう――と、あの殿下はそうおっしゃっていましたわね」


 ヴィスコトミー総長も、ニーギエス殿下も、ハイセニアの騎士の皆さんもさすがに絶句してしまっている。


「ああ、これに関してはわたしも何の後押しもしてませんので。

 いずれは誘惑でもして殿下を操やつり、やってもらうつもりではいたんですけど……わたしの計画半ばで、あの人は予定もなしにいきなり壊してしまって。

 計画を前倒しにせざるをえずに、わたしもだいぶ困ってしまいまったんですよ。誰かに操られたとか(そその)されたとかじゃなくて、天然でやらかしたんです、あの王子」


 ――ああ、どうしよう。

 クシャーエナの悪女のような振る舞いは否定したいけど、ヨーシュミール殿下ならやりかねないという説得力がありすぎる。


「『この世ならざる異形』――本来の名は『黄昏の意志、ヨモツレギオン』。

 封印は解かれてしまいましたが、彼らは簡単に復活するコトはできません。だいぶ弱ってしまっているので。

 まぁそれでも、封印が解けたのは間違いありません。もとより、密かにコンタクトを取っていたわたしが、大手を振って名乗れるようになった点には感謝しますけど」


 ……密かに、コンタクトを取っていた?


「改めて名乗りましょう。

 妹こそが唯一の味方だと思い込まされて、わたしを信じ切っていたお姉様も良く聞いてくださいね? 事実を知って絶望に壊れてくれると嬉しいわ」


 優しい声。いつも励ましてくれて、私に憧れて、がんばっていたクシャーエナの声が、私に届く。その内容は、私の知っているクシャーエナの言葉とは真逆なのだけれど。


 そして、クシャーエナは告げる。

 勇ましく、堂々と、誇り高く胸を張るような、清々しい声で名乗りを上げる。


「我は黄昏の騎士。

 守護騎士でありながら災厄の化身である『この世ならざる異形、ヨモツレギオン』の手を取った破滅の魔女」


 この世ならざる異形、ヨモツレギオン。

 クシャーエナはその手を取っていた……。


 その事実に、記憶の中にあるクシャーエナの姿にヒビが入っていく。


「陛下の病は我が呪い。殿下の乱心の……一部は我が誘惑。民は我が妄言と共に発する魔力に狂わされた」


 病床の陛下も、殿下の振る舞いも、酷い村八分のような状態も、全部……クシャーエナが……?


 その事実に、想い出にヒビが入り、砕けて、ボロボロと崩れていく。


「邪魔であった姉は、我が策略によって追放され、守護の姉妹と称された鎧は、『黄昏の意志 ヨモツレギオン』完全復活の邪魔になる故に一つは破壊され、一つは厄災の魔女と共に黄昏の鎧へと堕ちた」


 ああ……。

 ああああ……。


 つまり、私が守ってきたものは、戦ってきたものは、耐えてきたものは……。


 想い出の中の優しいクシャーエナが、硝子細工のように砕けていく。

 想い出の中の愛らしいクシャーエナが、蝋人形のように溶けていく。


 記憶の中にいるクシャーエナの全てが砕け、溶け、壊れ、あるいは偽装品というラベルが貼り付けられていく。


「我が名は厄災の魔女クシャーエナ。

 我が鎧、黄昏に穢れたサクラリッジの新たな名はファルシュ!

 黄昏の協力者サクラリッジ・ファルシュ!」


 カグヤやニーギエス殿下と出会ったことで、少しずつ取り戻してきていたモノが、涙と一緒に零れていく。


 私が信じていたものの根幹は全て偽物だった。


 涙と一緒に、感情も意志も心も流れ堕ちていく。

 生きる意味も、生きてきた意味も、拠り所にしていた何かも、ゆっくりとけれども確実に瓦解していく。


 ……私の人生は、守護騎士として生きてきた半生は……。

 妹がいたからがんばれた……その思い出も記憶も、全部、全部……。


 無意味。無価値。空虚。虚無。

 私の意志も、心も、人生も、存在も、全て、全て……。


 ああ――でも、カグヤと契約はしてたな……。

 そこだけは、残しておいても、いいか……。


 あとはもう、どうでもいい。

 私という存在は、不要だったんだって、分かったから……。


 結局、戦い続ける意味なんてなかった……。

 もっと前に、諦めてしまっていればラクだったかもしれないのに……。


 橋の上で、バンデットリザードに。

 あるいは……橋から落ちたときに。


 そのまま、アラトゥーニの門をくぐれていれば、一番良かった……。


 まぁそれも、もはや、どうでも、いいや……。

 こんな戦場のど真ん中とも言える場所にいるのに、何か疲れちゃったな……。


 身体か、心から、気持ちから、色んなモノからチカラが抜けていく。


 私の全ては無意味で、私の全てが無価値で――不要品だったんだ……。

 ならば、この世界に必要のない不要品は、このまま眠って、しまいましょう……。


「そして、わたしを囲う魔女の守護者たちは、夜闇の騎士(ドンケルリッター)

 わたしに忠誠を誓った、肉を持たぬ意志だけの存在」

「肉を持たぬどういう意味だ?」


 誰かの問いに、厄災の魔女が答える。


「そのままの意味よ。肉体がアラトゥーニの門を潜ろうとも、心や意志がそこに残ることがある。幽霊、精神体、思念体――呼び方は色々あるけれど、ようはそれ。

 この漆黒の機体――アッシーソルダッド・ピシーに乗っているのは皆それなの。だから、生身では出来ない無茶なコトもさせられる」

「君は、忠誠を誓ったモノたちを殺して夜闇の騎士に変えたのか?」

「ご想像にお任せするわ」


 厄災の魔女は楽しそう。


「ふふ、お姉様の機体から覇気が感じられなくなっちゃったわね。

 見慣れない機体だけど、ハイセニア王国の新型だったかな? まぁ操騎士(ライダー)が腑抜けてしまえば、新型だろうと旧型だろうと、ただのガラクタだけど」


 厄災の魔女は嬉しそう。

 でもちょっと悲しそう。それは気のせい?


「ハイセニア王国としては、情報収集は終わりで良いかしら?」


 厄災の魔女がそう言った。


「大人しくするつもりはあるか?」


 総長がそう言った。


「あると思いまして?」


 厄災の魔女が笑う。


 サクラリッジ・ファルシュの右手を掲げる。


「総員警戒ッ!」


 ヴィスコノミーが声を上げる。


「さぁ夜闇の騎士(ドンケルリッター)たち。

 生者を喰らう堕ちたる本能に身を任せ、そこの憐れなお姉様と、その取りまきたちを――」


 サクラリッジ・ファルシュが手を振り下ろす。


「――一切合切ッ、噛み砕きなさいッ!」


 そうして、戦いが始まった。


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