21.不安から焦燥へ
《イェーナちゃん。とりあえずそういう嫌な想像はあとあと》
ピシャリとした口調で、カグヤが告げる。
その言葉に、私はハッとして顔を上げた。
「急にどうしたカグヤ?」
ニーギエス殿下が不思議そうに訊ねると、カグヤはニパっと笑うような顔を画面に表示して答える。
《うちのマスターが、ダメな妄想を走らせてそうだったから正気に戻してみた☆》
「ダメな妄想?」
《自分の士気を下げる妄想。一応、ここにいる三人は指揮官でしょ。指揮官メンバーの士気の低下は部隊全体に波及しちゃうとか言うじゃん?》
にひひ――と笑った声を発するけれど、カグヤは敢えて妄想の内容は口にしない。
そんな二人のやりとりを見ていたヴィスコトミー総長が私を見た。
「追放されたとはいえ、祖国は祖国ですかな?」
「……はい。思うコトがないわけではありません。今もなお、守りたいモノだってありますから」
ヴィスコトミー総長が知っているのは私の売られた経緯だけのはずだ。
だというのに、まるで私が何を守りたいのかを理解しているように、静かにうなずいた。
「確かにそれは最悪の想像ですな。だが状況としてはしてしまっても仕方のない想像でもあります。あまり自分を追い詰めないように」
《あれ? ネスおじってマーちゃんについて何も知らないよね? よく分かったね、何を考えたのか》
「別に不思議に思う必要はありませんよ、カグヤ殿。
人が魔獣化しているかもしれない――そんな状況で思うのは、友や家族の無事でしょう?
そして、最悪の想像とは……黒の騎士団の操騎士に友や家族が混ざっているコトだ」
総長のその言葉で、ニーギエス殿下も私が何を考えていたのかに気づいたようだ。
「イェーナ。そのような相手が混ざっていたなら、オレに回してくれ。キミが手を下す必要はない」
「その通りです。行動不能にさえしてくれれば、トドメは我々が。
その際には、友や家族を殺した仇として私を恨んでください」
ニーギエス殿下の言葉を、ヴィスコトミー総長がうなずく。
「…………お気遣いありがとうございます。それでも私は守護騎士です。厄災獣から人々を守る剣ですので」
その気遣いに私は笑みを浮かべて首を横に振る。
思ったよりも自然に笑うことができたと思う。
「……そうか」
「ご無理はなさらないように」
どこか二人は、痛々しいものを見るような顔でうなずいた。
二人とも気を遣ってくれるのは嬉しいのだけれど、少しばかり深刻に考えすぎだと思う。
「こういう時の淡々と戦ってきた守護騎士だからこそ、追放される前は巨鎧兵騎よりも面白味のない女――なんて呼ばれていたんです」
そうだ。私は守護騎士だ。人々を守る剣だ。
シュームライン王国で戦ってきた時のように、巨鎧兵騎のように目的の為だけに戦えばいい。
剣に感情は必要ないのだから、剣に徹すれば――例え相手がクシャーエナだったとしても、問題なく、戦えるはずだから。
翌日――
「黒の騎士団は、ここより西の方からホウェイブ大林帯に入ったようです。街道整備こそされてませんが、木の密度が薄い部分ですね」
「では我々も、ホウェイブ大林帯には入らず、林に沿って進んでその辺りを目指しますか?」
「そうなります」
そんなワケで、私たちはホウェイブ大林帯には踏み入れず、大林帯の北側を沿って西へと向かうことになった。
「あの部隊の動きが遅いからこそ追いついたようなモノだが……」
「そうですね。黄昏の魔力を纏っているというコト以外に特に情報もなく、正体も目的も不明ですからね」
恐らくは、黒の騎士団がホウェイブ大林帯を通り抜けきった辺りか、その直前くらいで遭遇する。
厄災獣に有効な、破浄術。
使わずとも倒すことは可能だ。けれど、利用できるのならば利用したい。
黒の騎士団が本当に、厄災獣化した人間なのだとしたら、厄災獣の特徴の一つである、黄昏光壁を纏っているはず。
厄災獣の纏う黄昏の魔力そのものが鎧のようになって生まれた防壁。
これは巨魔獣が纏うそれと、比べものにならないほど強固。
黄昏光壁の強度を上回る強い魔力や、単純な腕力などでも突破しようと思えばできるけど……。
これのおかげで、有効な攻撃だろうと威力が軽減されたり散らされてしまうのが厄介。
破浄術は、そんな黄昏光壁を一時的に剥がすことのできる守護騎士に伝わる魔術だ。
これがあるだけで、厄災獣戦はかなりラクになるのだけれど……。
かなり特殊な魔術である破浄術は、エタンゲリエやアッシーソルダッドで使おうとすると上手く使えなかった。
サクラリッジ姉妹に関しては、これを適切に巨鎧術化してくれるシステムを有していた。
それを思うと、グロセベアで使えるかどうかが気になってしまう。
「ねぇカグヤ」
《なに~?》
「破浄術っていう特殊な魔術があるのだけれど、グロセベアで巨鎧術化できる?」
《んー……特殊って言われるとわかんないな。どんなんかはやってみないとだ》
「それもそうね。状況によってはぶっつけ本番になりそうだけど……」
《ちゃんマス、思い返してみ?
アタシちゃんたちの付き合いは短いけど、二度のバトルはどっちもぶっつけ本番だったぜい?》
言われて、私は目を瞬く。
「なるほど。確かにその通りね」
そうなると、破浄術に関してはなりゆきに任せるしかないか。
《とりあえず、黄昏光壁に関してみんなに共有しておかね?》
カグヤの言葉に少し驚いてしまった。
ずっと一人で戦って来ていたから、みんなとの情報共有という感覚が、自分には希薄のようだ。
「そうね」
私はカグヤの言葉にうなずくと、総長と殿下へ声を掛けた。
情報の共有を無事に終え、またしばらく部隊が進んでいくと――
「そろそろですな」
「ああ」
総長と殿下がうなずきあっている。
そんな二人へと私が視線を向けると、ヴィスコトミー総長が解説をしてくれた。
「まだ現場まで距離はありますが、ここからはボクシール化している機体もすべて解放し、搭乗した上で進みます」
「遭遇してからボクシール化を解除するのも難しいからね」
それはそうだ。
私が二人にうなずくと、三人で馬車に降りる。
ニーギエス殿下の機体は、以前にも何度か見た純白に金色のラインが入った豪華な装飾のエタンゲリエだ。
腰元には、専用武器だろう機体と同じような彩色の鞘に納まったロングソードを帯びている。
細かいパーツも通常のエタンゲリエと異なっていることから、かなり改修されている機体なのだろう。
確か、馬車の中の雑談の時に、エタンゲリエのハイカスタムだと呼んでいた。
魔導技術後進国とはいえ、それでも殿下用に、見た目以上に実用性を高める方向で予算を潤沢に使ってカスタムしてもらったそうだ。
あの剣――トランシャンという銘らしい――も同様にハイセニアの技術の粋を集めて作った業物らしい。
なんともお金の掛かった機体だ。
ヨーシュミール殿下のように、高級品だから壊したくないとか言い出さなければいいのだけれど……。
あの人とニーギエス殿下は違うと分かってても、ついそんなことを考えてしまう。
ヴィスコトミー総長の機体もエタンゲリエだ。
ハイセニアの国色とも言える白いカラーリングのエタンゲリエに、黒を基調とし赤いラインの入った鎧のような装甲を着込んでいる。
シュネーマンが台頭してきてからはあまり見なくなった、エタンゲリエの重装型というスタイル。
見た目の通り堅牢な装甲に守られる上に、装甲が緩衝材となって通常よりもパワフルな動きを可能とする。
腰の後ろには互い違いにハチェットらしきモノが鞘に納まって二つ。
あれが、総長専用重装型エタンゲリエの専用装備といったところか。
「操騎士は巨鎧兵騎に全員搭乗したな?」
総長機が周囲を見回しながら、告げる。
「馬車などの同道組と、事前に決めていた同道組の護衛を担当する巨鎧兵騎隊はここで待機だ。
残りは予定していた場所より大林帯に入る。
それと、待機組含めて、相手を一般的な巨鎧兵騎部隊だと思わないように!
目視で判断できるレベルで奇妙な魔力を纏った者たちだ。シュームライン王国が抱えている問題――厄災獣の中でも特殊な個体が、人間や巨鎧兵騎に取り憑いて生まれた異形の可能性があると、イェーナ殿が分析している」
実際に寄生とは違うけれど、厄災獣がどういう存在で、どうして人が異形化するかなどのメカニズムの詳細を語っても理解はされないだう――という判断で、わかりやすく寄生という説明にしたそうだ。
「見つけても変に手は出さず、私や殿下、イェーナ殿に必ず声を掛けろ。
やむを得ず交戦する場合は、周囲にいる仲間を呼んで当たれ。可能な限り一人だけで戦闘するような状態にはならないように」
もちろん、大林帯の中を調べるにも、二人組や三人組で動く話にはなっているのだけれど。
それでも、何らかの形で単独遭遇の可能性がゼロではないから、このように告げている。
私の場合、ほぼ単独でずっとやってきたから、こういう風に周知したり、指示を飛ばしたりという経験がない――それどころか、見たことすら余りないので、ちょっと新鮮だ。
それに、今回は私も人と組んで動くことになっている。
「よし。イェーナ、行こうか」
「はい」
お相手はニーギエス殿下だ。
誰かと一緒に作戦にあたるというのは新鮮な経験ではあるのだけれど……。
《だいじょうぶ、イーちゃん? 集団行動、ちゃんと出来る?》
「う、うん……。がんばります……」
カグヤの懸念の通り、上手く出来るか分からないのがちょっと不安だったりする。
なにはともあれ、私たちは動き出す。
少し進むと大林帯の木の密度が薄くなる辺り――という説明の通り、確かに薄い場所があり、そこから私たちは林の中へと入っていく。
確かに木の密度は薄い場所だけれど、他と比べると背が高い木が多い場所だ。
巨鎧兵騎の膝下くらいの高さの木ならそこまででもないけれど、腰より高い木は行動の妨げになりやすい。
それに、アッシーソルダッドは、こちらの主力であるエタンゲリエより一回り小さい。
中腰になられると、漆黒の塗装もあいまって、視認しづらくなりそうな懸念がある。
だけど、その懸念は、本当に懸念だった。
なぜならば――
「総長ッ!」
「ああッ、こちらでも確認しているッ!」
――黒の騎士団には、隠れるという発想がないようだったからだ。
艶のない漆黒一色のアッシーソルダッドが七機。
それに囲まれた中央にいるのは、女性型シルエットの細身の機体。
私の記憶とは細部に違いはあれど、それでも私が見紛うことなんてありえない。
「カグヤ……」
《イーちゃん?》
「イェーナ? どうした?」
「中央の機体。あれは間違いない……」
不安が的中してしまっている。
「あれは、間違いなくサクラリッジ……です」
サクラリッジ・リヴォルバーをベースに、キャリバーの装備や意匠が追加されたようなあの機体は――漆黒に染まれど、間違いなくサクラリッジだった。




