21 終わりですわ!
――グレンの発表によって、会場はざわついていた。
「は?」
サラは素っ頓狂な声を上げた後、魂が抜けたような顔をしている。
「ぶうう!」
「アリア姉様! 汚いです!」
アリスは黙々と食事を食べていたが、グレンの発表を聞いた瞬間、食べたものを目の前のローラに向かって、吹き出した。ローラはもろに顔面に浴びていたので、抗議の声を上げている。
「おい! サラ!」
ソフィアはサラの肩を揺さぶるが、サラは口を開けたまま、反応がなかった。
「しょうがない! サラ、ごめん!」
ソフィアはサラの顔面に平手をした。パチンと良い音がパーティー会場に響いている。
「はっ! ワタクシはなにをしていましたの?」
「グレン王子がサラと結婚するって発表してから、気を失っていたんだ!」
「あ! そうでしたわ! どういうことですの!?」
「それはこっちが聞きたいよ!」
ソフィアはサラに向かって、叫んでいた。シーラも驚いているのか、口を開けたままパクパクしている。アリスはローラを連れて、お手洗いに行ったようであった。そうこうしているうちに、グレンがサラに近づき、話しかける。
「サラ! 驚かせて、すまないね! まぁ、そういうことだから、僕と結婚してくれないかい!」
「…………」
サラはグレンを目の前にして、緊張しているのか、口をパクパクさせている。
「少し、待ってて!」
グレンは壇上に戻ると、口を開く。
「今日は集まってもらって、ありがとう! これをもって、パーティーを終了する!」
グレンの宣言によって、会場が騒ぎになっていた。そして、誰も、出ていこうとはしないようである。それどころか、グレン王子に抗議の声を上げる貴族が多かった。
「それでは、失礼するよ!」
グレンは壇上から降りると、ふたたび、サラに近づいてくる。そして、サラの手を取ると、走りだす。
「サラ! 外へ行こう!」
「あわわわわ!」
サラはグレンに手をつかまれてから、ドキドキしっぱなしである。二人はそのまま、王城のどこかへ走り去った。
――グレンとサラは王城の中庭に来ていた。パーティーに参加していた貴族や冒険者は、どうやら、王城の守備兵によって、帰らされているようである。
「それで、サラ! 僕は、君の返事が聞きたい!」
中庭にあるベンチに二人は座っていた。中庭は静かで、虫の鳴く声しか聞こえない。
「お、お、お!」
サラはなにかを言おうとしているが、緊張しすぎて、言葉になっていなかった。
「アハハ! ちょっと、急すぎた! 確かに、いきなり言われても困るよね!」
グレンは笑いながら、サラのほうを向く。サラは、グレンの顔を直視できず、下を向いていた。
「僕はね、このまま時が過ぎていけば、いずれは、この国の王になると思うんだよね」
グレンは立ち上がると、中庭を歩きだした。
「僕はそんな立場の人間だから、当然、結婚相手を自由に選ぶなんて許されないんだよね。実際、父上も国内の貴族の力関係とか、他国との関係を考えて、母上を選んでいる。だから、当然、僕もそうするべきなのは分かっている」
「…………」
サラはグレンの話を黙って聞いていた。
「まぁ、僕はそれでもいいと思っていたんだよね。あの襲撃が起こる前までは。あのときにサラが僕をかばっていなければ死んでいた。だから、僕の命を助けてくれたサラには恩がある。でも、それだけじゃないんだ」
「…………」
グレンは、黙ったままのサラに近づいてくる。そして、目の前に止まった。
「僕は常にこの国のためにできることを考えている。そのために、剣も死に物狂いで訓練をした。だけど、あのときは僕の力が足りなかった。そのときに思い知ったよ。僕だけの力では、限界があるってね。だから、命をかけて守ってくれたサラに、公私ともに僕を支えてほしいと思うようになったんだ」
サラはそこで、真っ直ぐとグレンの顔を見る。
「……グレン王子のお気持ちは素直にうれしいですわ。でも、本当にワタクシで良いのですか?」
本当はその場で跳び上がるほど、サラは嬉しかった。だが、グレンのことを考えると、自分の力では足りないのではないかと、サラは思った。
「うん。確かに、サラは他の貴族と比べると、貴族としての力はないと思う。だけど、僕のことを命がけで守ってくれる貴族は少ないんじゃないかな? もちろん、近衛騎士団は守ってくれると思うけど、それは主従の関係があるからだ。中には、本当に、僕に忠誠を誓ってくれている人もいるかもしれないけどね」
グレンが言葉を区切り、ベンチに座る。そして、サラのほうを向く。サラもグレンのほうを向いていた。
「だけど、僕を公私ともに支えられるのは、サラだけだと思ったんだ。だから、改めて、言うよ。僕と結婚してほしい」
サラは自分の顔が赤くなるのを自覚する。答えは決まっていたが、口にするのが難しいことであった。だが、決心したサラは、口を開く。
「……グレン王子! いきなり結婚ではなく、お付き合いから始めたいんですの!」
サラは大きな声で叫んだ。これには、グレンも驚いたようであった。
「確かに、いきなり結婚は急すぎたね! うん、分かった! お付き合いから始めよう! それで、お互いの意思が固まったら、改めて、僕に求婚させてほしい!」
「はい、それで、お願いしますわ!」
こうして、サラとグレンは付き合うことになった。サラが想像していた形とは、まったく違う形であったが、サラの願いが叶った瞬間でもあった。
――サラとグレンが付き合うことになってから、2年半以上が経過した。その間、サラとグレンが付き合うのを阻止しようと、様々な貴族が躍起になっていた。また、グレンの父親であり、アトラス王国の国王であるジョージ・アトラスは、グレンがサラのことを諦めるように、他国の姫君や自国の有力な貴族との縁談を進めようとしたが、グレンの猛反対にあったため、うまくいかなかった。
冒険者としての活動は、サラ、ソフィア、シーラの三人に加え、グレンも加わり、四人で依頼をこなしていた。そして、3年生になるころには、火山の頂上に住み、悪さをしていたドラゴンを四人で討伐し、王国中で有名になっていた。
また、グレンとサラの命を狙って、襲撃されることは数えきれないほどあったが、二人は協力して、撃退していた。そして、3年生が終わるころには、グレンがジョージをなんとか説得して、サラとの結婚を認めさせていた。
こうして、結婚をすることになったサラとグレンは、レイル学園の卒業式の翌日に結婚式を王城で挙げることになった。
「それにしても、本当に結婚するなんてな! 最初、グレン王子とサラが付き合うことになったって聞いたときは、心臓が口から出るかと思ったわ!」
「……私も驚いた!」
ソフィアとシーラは、今、グレンとサラの結婚式の会場に来ていた。グレンの結婚式とあって、国内の貴族や冒険者、国外の要人などが会場にはいるようである。
「私もお嬢様がグレン王子と付き合うことになったと聞いたときは、久しぶりに驚きましたね」
「いつも無表情なアリア姉様でも、驚くことがあるのね?」
「ローラ、私をまるで冷酷な女だと思っていませんか? 心外です」
結局、アリスの素性は、サラ、ソフィア、ローラには隠しとおすことができず、3年生になるころには、バレている状態になった。アリアはどうやら、剣を振るう以外に、自分とはまったく関わりのない場所で、名前を隠して、どこまでやれるかというのを試していたようだ。
「それにしても、サラはすごいよ! 王城で一目ぼれしてから、頑張って、本当にグレン王子と結婚しちまうなんてな! 私は最初、無理だと思ったぞ!」
「お嬢様は、レイル学園に入った後も頑張っていましたからね。まぁ、その手助けをしたのは、私ですけどね」
「いや、サラちゃんは、本当にすごいわ! アリア姉様って加減をしらないから、ついていくのは、相当、大変だったでしょうね!」
「確かに、アリア姉様は、毎日、サラをボコボコにしてたからな! よくサラが耐えられたと思うよ!」
「……私にとっては、普通の訓練だったんですけどね」
アリアはまさか、自分がそのように妹たちに思われていたとは思わず、少し落ちこんでいるようである。
「あれが、普通の訓練だったら、近衛騎士団の訓練なんて、お遊びよ!」
「それは、近衛騎士団の訓練が緩すぎなのでは?」
「違います! アリア姉様の普通の基準がおかしいだけです!」
「……そうですか」
ガクリとアリアが肩を落としていると、ソフィアが慰めようとした。
「大丈夫だ、アリア姉様! アリア姉様は、一般的な人間よりも、肉体と精神の強さがかけ離れているだけだから! 普通の基準が違うのは、しょうがない!」
「……まったく、慰められている気がしないのは、なぜでしょう?」
ソフィアの言葉を聞いたアリアはそう言うと、はぁとため息をついた。
「……そろそろ、来るかも!」
三姉妹の会話を聞いていたシーラが、結婚式の会場の入口を指差す。すると、入口の扉が開かれ、正装をしたグレンとウエディングドレスを着たサラが、入場してくる。そして、結婚式の司会の進行によって、結婚式が始まった。
サラとグレンの結婚式は、多くの人が見守る中、盛大に行われた。そして、結婚式も終わり、参加者が退場した後、二人はいつもの服装に着替え、王城の中庭に向かう。
「いや、なんだかんだあったけど、無事に結婚式を挙げられて良かったよ!」
中庭のベンチにグレンは座る。その隣に、サラが座った。
「一時はどうなるかと思いましたわ!」
「本当だね! まぁ、今日は結婚式があって、忙しかったから、少し中庭で休もうよ!」
「分かりましたわ!」
二人はしばしの間、中庭で休むことにした。結婚式の会場とは違い、中庭は静かであった。
こうして、サラとグレンは、無事に結婚することができた。この二人は、それまでのアトラス王国には見られないような夫婦だと、後世に伝わっていた。また、二人で成し遂げた偉業も、後世には伝わっている。特に、アトラス王国の隣国が攻めこんできた際に、二人がお互いに支え合い、なんとかアトラス王国を守りきったことは、広く知れ渡っている話であった。
そんな二人の生きた姿は、多くの人々の心に残るようなものであった。
最後まで読んで下さった方、ありがとうございました!
次回以降も、機会があれば私の作品を読んでいただけると嬉しいです!
本当にありがとうございました!




