19 襲撃ですわ!
――次の日。今日は、昨日と違い、アリスに怒られていたので、本気でグレンと訓練をしていた。これには、グレンも喜んだ。二人は、体が動かなくなるまで、訓練をし続けた。
「……もう、体が動きませんの」
訓練が終わったサラは天幕の中で、グッタリとしている。空はすっかり暗くなっていた。
「今日も、動けないのかよ! どんな訓練をしてんだか」
ソフィアは横になっているサラの隣で、夕食を食べている。シーラは、寝ているオオカミを枕にして、眠っていた。
「今日は、お互いに、全力で訓練しましたの……グレン王子も動けないと思いますわ……」
「そうか! まぁ、良い訓練ってのは、終わった後、体が動かないもんな! イアンと訓練相手を交換して欲しいぐらいだ!」
「ダメですの! 私がグレン王子のお相手をしますわ!」
「分かってる、分かってるって!」
サラとソフィアが話していると、急いだ様子で、アリスが天幕の中に入ってくる。
「お嬢様、お客様のようですよ。加えて、数が多いですね」
「え! もしかして、襲撃ですの!?」
「どうやら、そのようですね」
外からは、すでに戦闘が始めっているのか、怒号や剣を打ちつけあう音が聞こえてきた。
「ヤバいですわ! グレン王子は、今、動けませんの! 助けにいかないといけませんわ!」
サラはグレンの危機に、急いで、立ちあがる。体は痛むが、そんなことを言っているヒマはなさそうであった。
「一応、近衛騎士団もいますので、大丈夫だとは思います。それでは、私は、戦えない方の警護にいきますね」
アリスは、剣を持つと、天幕を出ていく。サラは急いで、自分の剣を持つ。
「おい、シーラ! 起きろ! 襲撃だ!」
「……襲撃?」
「そうだ! 行くぞ!」
「……分かった」
ソフィアとシーラも、それぞれ剣と杖を持つ。オオカミもうるさかったのか、起きている。
「それでは、グレン王子の救出に行きますの!」
「分かった!」
「……眠い」
サラは気合いの入った声を上げ、天幕を出ていく。その後ろを、ソフィアとシーラとオオカミが追いかける。三人と一匹が外に出ると、周囲から戦闘の音と怒号が聞こえてくる。また、ほとんどの天幕が燃えているため、熱い空気が周囲に伝わっていた。
「これは、思った数倍はヤバそうだ!」
「ですの!」
「……目が覚めた!」
三人と一匹は急いで、グレンの天幕へ向かう。道中、イアンとロレッタが、戦闘しているところに出くわした。イアンが前衛、ロレッタが後衛で戦闘をしているようである。
「バカイアン! さっさと、敵を倒しなさいよ!」
「分かっている、ロレッタ! だが、数が多すぎる! このままでは、マズいぞ!」
「そんなことは分かっているわよ! グレン王子を助けるために、死ぬ気で頑張りなさい!」
「僕だけではなく、ロレッタも頑張りたまえ!」
「キー! バカイアンのくせに、口答えなんて、許せないですわ!」
イアンとロレッタが言い争っている間にも、全身を黒い服で覆っている者たちが、二人を包囲しようとしていた。イアンとロレッタも必死で戦い、敵を倒してはいるが、数が多すぎるようである。
「おい、サラ、シーラ! イアンとロレッタがヤバい! このまま、突撃をするけど、大丈夫か?」
「大丈夫ですの!」
「……大丈夫」
三人はイアンとロレッタを救出するために、敵に突撃を仕掛ける。サラとソフィアが敵に斬りこみ、後ろからはシーラが魔法でできた氷の槍を何本も飛ばす。オオカミも、敵の一人に嚙みつき、倒しているようである。
「助かった! ロレッタ、このまま、一気に敵を倒すぞ!」
「バカイアンに言われなくても、分かってますわ!」
三人が助けにきてくれたのを確認したイアンは、ロレッタとともに、一気に攻勢に出た。イアンが敵に斬りこんでいる後ろから、ロレッタは魔法でできた炎の槍を何本も飛ばす。本数自体は、シーラよりも少なかったが、それでも、敵を倒すには十分であるようだ。
「たく! なんだよ、こいつら!? まぁまぁ、強いじゃないか!」
「ですわね!」
「……悪くない動き」
三人が倒せないほどではないが、少なくとも、レイル学園の一般的な生徒よりは、敵は強いようである。また、数が多いため、倒しても倒してもキリがない状態であった。
「やっと、片づいたか!」
戦うこと数分間。イアンの目の前には、無数の敵兵の死体が地面に横たわっている。周囲の敵は、全て倒したようであった。
「とにかく、グレン王子がいる天幕まで急ぐぞ!」
「分かりましたの!」
「……分かった」
敵を倒したサラとソフィアとシーラの三人は、グレンの天幕へ向け、走りだす。敵に嚙みつき倒していたオオカミも、三人を追いかける。
「ロレッタ、僕たちも行こう!」
「分かっていますわ!」
イアンとロレッタも、グレンを救出するために、走りだす。
――サラたちは、グレンのいる天幕の近くまで来ていた。すでに近衛騎士団の数人が、グレンの天幕の周囲で、激戦を繰り広げている。その中には、ローラもおり、すさまじい速度で敵を倒していた。
「ヤバいな! 敵が多すぎる! このままだと、グレン王子が倒されてしまう! サラ、ここは私とシーラで敵を抑える! その間に、グレン王子のところに行け!」
「ありがとうですの!」
敵は少なく見積もっても、200人以上はいそうである。また、グレンが狙われているのか、大勢の敵が集中しているため、さすがのグレンでも苦戦しているようであった。サラは、ソフィアとシーラが敵の足止めをしている間に、グレンの下へ向かう。
「グレン王子、大丈夫ですの!?」
立ちはだかる敵を斬り倒しながら、グレンの下になんとかサラはたどりつく。グレンは訓練の疲れが残っているのか、動きが悪い。
「大丈夫と言いたいところだけど、厳しいかな」
グレンは敵の剣を受けている。その間にも、数人の敵が一気にグレンを剣で攻撃しようとした。サラは、それらの敵を横なぎに剣を振り、斬り払った。
「ふぅ、助かったよ、サラ!」
グレンは、笑顔でサラのほうを向いた。だが、グレンが疲れているのは一目で見て分かる状態である。
(グレン王子がキツそうですの! ここは、ワタクシが頑張りますわ!)
グレンを守るために、サラは近づいてくる敵を片っ端から倒し始める。だが、数が多すぎるため、サラは徐々に押されていた。
「このままだと、マズいですの! ソフィア、シーラ! こちらに来れませんの?」
「無理だ! 私とシーラも動けない!」
少し離れた場所で戦っているソフィアとシーラは、敵を抑えるので精一杯のようである。サラが戦いながら、周囲を確認したが、皆、なんとか敵と戦っている状態であった。
(明らかに、グレン王子の動きが悪いですの。それに、この数の敵から、逃げるのは無理ですわ! この状況を打破するために、どうすれば良いか分かりませんの!)
サラが考えている間にも、敵は来る。どうやら、疲れているグレン王子を一気に倒そうと考えているのか、これまで以上に攻撃が苛烈になっていた。
「ッ!!」
そのせいか、とうとう、グレンは敵に隙を見せてしまう。もちろん、その隙が見逃されることはない。敵の一人が、剣でグレンの胴体を斬ろうとしている。
「危ないですの!」
サラは目の前の敵を弾き飛ばすと、グレンをかばうように、敵に背中を向ける。サラの行動に驚いたグレンの表情が、サラには見えた。
「くッ!!」
敵の剣は、グレンの代わりに、サラの背中を斬りさく。サラは斬られた瞬間、熱された鉄を押しあてられたかのような熱さを背中に感じた。そして、そのまま、地面に倒れてしまう。
「サラ!」
グレン王子の叫ぶ声が聞こえるが、すぐにサラには聞こえなくなった。背中から大量の血を流しながら、サラは動かなくなる。グレンもなんとかして、サラを助けようとするが、敵に阻まれている。
「このままでは、お嬢様が死んでしまいますね。しょうがありませんか」
サラの目の前には、いつの間にか、アリスがいた。そして、目にも止まらぬ速さで剣を横なぎに振り抜く。その瞬間、ブオンという音とともに、5人ほどの敵が一気に斬り飛ばされる。そして、次々にアリスが敵を倒したため、グレンの周囲の味方は、自由に動けるようになっていた。
「このまま、一気に押し返せ!」
どうやら、ここにいる近衛騎士団の指揮官はローラのようだ。ローラを先頭に近衛騎士団の面々が、一気に敵に突撃をしている。その様子を見ながら、アリスはオオカミの首輪にふれた。その瞬間、オオカミがいきなり大きくなり始め、5mほどの巨大な姿になり、敵に突撃を始める。
「おい! あれ、マーナガルムじゃないか! なんで、こんなところにいるんだ!?」
近衛騎士団とともに、敵を倒しているソフィアが突撃をしているマーナガルムを見て、叫び声を上げていた。いきなりマーナガルムが出現したため、敵味方ともに、大混乱している。そんなことを気にせずに、マーナガルムは敵だけを倒していた。
そのおかげか、明け方には、襲撃していた敵を全滅させることができた。マーナガルムもいつの間にか、いつもどおりの小さなオオカミになっている。
「おい、サラ! 大丈夫か!?」
アリスの手当てを受けたサラが地面に置かれた布の上に寝かされている。そんなサラの顔には、大粒の汗が浮かび、息をするだけでも、辛そうであった。ソフィアは、泣きながら、サラの近くに座っている。
「一応、応急処置をしましたが、このままでは危ないですね。早く、どこかの都市に運びこまなければ、死ぬでしょう」
「なんで、アリスさんはそんなに冷静なんだよ!? サラが死にそうなんだぞ!?」
ソフィアがアリスに叫んでいた。その声を聞いたローラがソフィアの近くに来ると、頭を殴りつける。
「ソフィア! 落ち着きなさい! あなたが騒いでも、状況は変わりません!」
「でも、サラが!」
「ヒマなら、ケガ人の手当てでもしなさい!」
ソフィアはそのまま、ローラに引きずられていく。シーラは心配なのか、サラの近くに座っている。アリスは早く、近くの都市であるダンシュまで、サラを運びたいと思っていたが、馬車が燃えているため、どうしようかと考えていた。
「もしかして、馬車を探しているのか?」
アリスが、周囲をキョロキョロとしていると、グレンがお供の近衛騎士を連れ、現れる。
「そうですね。もしかして、使える馬車がどこかにありますか?」
「ある。僕の乗ってきた馬車を使って欲しい」
「グレン王子! それでは、王子を乗せていく馬車がなくなります! まだ、襲撃があるかもしれないので、この場に留まるのは、危険です!」
当然、グレンのお供の近衛騎士が止めに入った。近衛騎士の考えはもっともだとアリスは思う。
「いや、サラがあの時、僕をかばっていなければ、おそらく、僕は死んでいただろう。そんな命の恩人をむざむざ死なせるのは、忍びない。だから、サラを運ぶために馬車を使ってほしい」
「ですが!」
「くどい!」
あまり怒ることがないグレンが、近衛騎士に怒鳴る。さすがに、それ以上、グレンに対して、近衛騎士がなにかを言うことはなかった。
「それでは、ありがたく、馬車を使わせていただきます」
「分かった」
グレンの返事を聞くと、アリスは急いで、王族専用の馬車がある場所に向かう。そして、馬車を走らせようとしたとき、ローラが近づいてきた。
「アリア姉様、今回はありがとうございました。姉様がいなければ、グレン王子を守れなかったと思います。だから、グレン王子の命の恩人のサラちゃんを助けてあげてください」
「当然よ」
アリスはボソッとつぶやくと、馬車を走らせ始める。ローラはアリスが走らせる馬車が見えなくなるまで、その場を動かなかった。そして、アリスはサラを馬車に乗せると、サラの付き添いをシーラにお願いし、ダンシュに向かって、急いで馬車を走らせる。




