2 ヒャッハーですわ!
――次の日の朝。サラはさっそく、アリスの指導の下、編入試験のための準備を開始していた。
「お嬢様。編入試験は、来年の3月です。そして、今は、8月。時間がないことですし、実技試験のために剣術の訓練をしましょう」
「分かりましたわ!」
ミーンミーンという蝉の鳴き声を聞きながら、サラはアリスに手渡された木製の剣を構えていた。構え方は、先ほど、アリスに教えてもらった。サラがアリスの方を見ると、アリスも木剣を持っていた。
「それでは、とりあえず、素振りを1000回して下さい」
「1000回!? 多くありませんの!?」
「いえ、全然、多くありませんよ。やり方は、剣の構えを教えた時に、一緒に教えているので、その通りやって下さい」
「……分かりましたわ」
渋々、了承をしたサラは、素振りを始めた。フン、フンとサラは、頑張って、素振りをしていた。そんな様子をアリスは眺めていた。そして、数分後、サラの様子に変化があった。
「も、もう、腕が上がりませんの!」
今まで、まともに運動をしたことがなかったサラにとって、鉄製の剣と比べて軽い木剣の素振りといえども、50回が限界であった。プルプルと腕を振るわせながら、サラは木剣を地面に置こうとした。
「お嬢様。まだ、終わっていませんよ?」
「で、でも、腕が上がりませんの! 今日は、これで、終わりにしますの!」
「はぁ……しょうがありませんね」
アリスはため息をつきながら、サラの背後に移動すると、サラの手に木剣を持たせて、握らせると、自分の手で、サラが木剣を放さないように押さえつけた。そして、サラの腕ごと、上下に動かし始めた。
「これならば、素振りが出来ると思います。素振り1000回程度、さっさと終わらせてしまいましょう」
アリスは高速でサラに無理矢理、素振りをさせ始めた。サラの素振りより速く素振りをさせているため、サラの顔が苦痛に歪んだ。
「あああああああああああああ!! 腕が千切れますの!!」
「そう言って、腕が千切れた人間を私は見たことがありません。さぁ、早く終わらせましょう」
「痛いですのおおおおおお!!」
サラの絶叫が、屋敷の裏庭に響きわたっていた。そして、30分後。素振りが終了した。アリスが手を放すと、サラはそのまま、木剣を放して、地面に倒れこんだ。
「う、腕が動きませんの……」
こうして、1日目の朝が終了した。アリスは、倒れこんだサラをゴミを見るような目で見ていた。
(……これは、死にますの)
アリスの視線に気づきながら、サラはそんなことを思っていた。
「腕が痛いですの!」
サラは痛む腕を動かして、何とか、屋敷の入口に停まっていた馬車に乗りこんでいた。セバック学園に向かう際は、自分の屋敷から馬車で向かうのが、学園に通う貴族の常識であった。結局、腕が動かせなかったため、朝食を食べることが出来なかった。
その際、ポールに、『サラ! 大丈夫か!?』と、心配されていたが、『大丈夫ですわ!』とサラは強がっていた。そして、お弁当や教科書が入ったカバンを持って、馬車に何とか乗りこむと、馬車が出発した。
サラの屋敷から、セバック学園は近く、10分程度で到着した。そして、痛む腕を動かしながら、カバンを持って、馬車から降りると、教室へ向かった。教室へ到着する頃には、ある程度、腕が動かせるようになっていたので、何とか、その日の学園での授業では、板書を書き写すことが出来た。
そして、夕方になり、学園の授業が終わると、セバック学園の入口の門に停まっている馬車に乗りこんだ。10分後、サラの屋敷に到着した。サラは急いで、馬車の扉を開けると、自分の部屋へ向かった。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
サラが自分の部屋に入ると、アリスが既に待っていた。その横には、本が山のように積まれていた。
「……その本の山は、どこから、持ってきたのかしら?」
「秘密です。それでは、勉強を始めましょうか。今日は、この本1冊分の内容を覚えて下さい」
サラの疑問に対して、アリスは雑に返答すると、椅子に座ったサラに1冊の本を手渡した。
「え? 今日中にですの?」
本の厚さは、ちょっとした辞書くらいあった。どう考えても、一日で覚えられる量ではなかった。
「はい。編入試験までに、ここに置いてある本の内容を全て覚えなければいけませんので、頑張って下さい」
サラはアリスの横に山のように積まれている本を見ながら、げんなりした。あまり勉強をしてこなくても、何とかなっていたサラにとっては苦行であった。だが、グレン王子に近づくために、頑張ろうと心に決めていたサラは、気持ちを奮い立たせた。
「道は険しくても、グレン王子に少しでも近づくため、頑張りますの!」
「はい、頑張って下さい」
こうして、サラは勉強を始めた。途中、夕食とお風呂のために、自分の部屋を出たが、それ以外は、机に向かい、勉強をし続けた。その後ろでは、アリスがサラを監視していた。そして、夜11時になった。
「……全然、終わりませんわ」
サラは、本気で勉強をしたことがなかったので、自分の学習能力がどれほどか知らなかったが、さすがに、本1冊の内容の理解を、1日で行うのは難しかった。分からないところは、アリスに聞いていたが、それでも、本の半分までしか、学習が進まなかった。
「お嬢様。この本も、あと半分です。頑張って下さい」
アリスもサラを励ますが、朝の素振りの疲れもあり、サラの体力は限界であった。無意識に寝そうになっては、頑張って、起きるのを繰り返していた。サラは、もう眠いので、今日は終わりにして、寝ようと思った。
「そうは言っても、眠いですわ……」
サラは椅子から立ち上がると、近くにあるベッドに行こうとした。フラフラと歩きながら、ベッドに向かうサラの目の前にアリスが立ちはだかった。
「それでは、起こして差し上げます」
アリスは、両手の拳を握ると、サラのこめかみに両手の拳を当てた。そして、グリグリとそのまま力を入れて、サラのこめかみを押し始めた。
「ああああああああああ! 痛いですのおおおお! 起きましたわ! 起きましたわ! だから、止めて下さいましいいいい!」
ものの数秒でサラは覚醒した。アリスがサラのこめかみをグリグリと押している間、サラの体は宙に浮いていた。それほどの力でこめかみを押されたサラは、絶叫していた。
「はい、これで、大丈夫です」
10秒ほどで、アリスは、両手の拳をこめかみから放した。ドサッと、サラがそのまま、部屋の床に倒れた。そんなサラをアリスは抱きかかえ、強制的に椅子に座らせた。それから、また、サラの勉強が始まった。
(あのこめかみグリグリは、絶対嫌ですの!)
アリスのこめかみグリグリがトラウマになったサラは、眠らないように、全力で机に向かった。そして、分からないところは、アリスに聞きながら、何とか、朝の4時には終わることが出来た。既に、窓の外は明るくなり始めていた。
「朝の訓練のために、6時には起きていて下さい。それでは、失礼します」
アリスはサラの勉強が終わったのを確認すると、サラの部屋から出ていった。
(……あと、2時間しか眠れませんの。し、死にそうですの……)
サラはそんなことを思いながら、フラフラとベッドに向かうと、そのまま、大の字になって、眠ってしまった。
そして、2時間後。
「うわぁぁぁ!? 何ですの!?」
案の定、6時を過ぎてもスヤスヤとよだれを垂らしながら寝ていたサラは、アリスに首をつかまれると、そのまま、サラの部屋の開けられている窓から中庭へ放り投げられた。
ゴロゴロと寝間着のまま、中庭を転がったサラは、起き上がり、状況を確認すると、目の前にアリスがいた。その手には、木剣が二つ持たれていた。
「お嬢様。もう、6時を過ぎていますよ。さぁ、訓練を始めましょう」
「で、でも、寝間着のままなのだけれど……」
「関係ありません。さぁ、早く始めましょう」
アリスは、未だに状況を分かっていないサラに木剣を持たせた。そして、少し離れると、サラの方に振り向いた。
「今日も素振りをしましょう。回数は、1100回です」
「なんか、増えてますのおお!!」
サラはそう叫ぶと、素振りを開始した。だが、50回、素振りをすると、腕が上がらなくなってしまった。そのため、昨日と同様に、アリスが強制的にサラに素振りをさせた。今日もサラの絶叫が、中庭に響いていた。
――アリスの指導の下、サラが編入試験のための準備を始めて5日が経過した。その間、何とか、サラは、アリスの指導についていっていた。生活も変わり、寝る時間がほとんどなかったため、学園の授業中に寝ることが多くなっていた。
そのことを心配した学園の教師が、サラの両親に報告したようで、両親がアリスにサラの様子を確認していた。それに対して、アリスは、『問題ありません』と答えていたようだ。両親はそれを疑いながらも、専属メイドがそう言うのなら、良いかと納得していたらしい。
我が両親ながら、もう少し、心配しても良いのではとサラはその話をアリスから聞いたときに思ったが、勉強中であったので、すぐに忘れて、本の内容に集中していた。
そんなこんなで、なんとかサラは休日を迎えた。だが、当たり前のようにアリスの指導は続いていた。土曜日である今日は、何やら、お金を稼ぎにいくということであり、朝から、アリスが動かしている馬車に乗せられていた。
その前に、汚い服に着替えさせられ、サラのチャームポイントの左右の巻き髪はアリスに真っ直ぐにさせられていた。必要だとアリスが言うので、しょうがなく、サラはアリスになされるがままになっていた。
また、この1週間で、疲れが限界に達していたので、サラは馬車の中で爆睡していた。そうして、アリスが馬車を動かすこと、3時間。いきなり、馬車が停まった。そして、その反動で、サラは起きた。
「お嬢様。到着しました。ここからは、歩いていくので、馬車から降りて下さい」
「……ふぁぁあ。分かりましたの」
馬車の扉を開けたアリスは、寝ぼけているサラを見ていた。その言葉を聞いたサラは、あくびをしながら、馬車を降りた。サラが周りを確認すると、そこは、どうやら、どこかの山のようであった。
「それでは、とりあえず、私について来て下さい」
「……本当にこんなところで、お金なんて稼げますの?」
サラは文句を言いながら、アリスの後ろをついていった。そして、歩くこと、30分。何やら、洞窟のような場所に近づいていた。
「あ。そういえば、お嬢様。ここからは、お嬢様を偽名で呼びたいと思います」
「……偽名ですの?」
「はい。お嬢様が、貴族であると分かるとマズいので。お嬢様のことは、ノウナーシと呼びますので、お嬢様も、そう名乗って下さい」
「……何か、バカにされている気がしますが、分かりましたわ」
そんなことを話している間に、洞窟へ到着した。そして、アリスとサラが洞窟へ入ると、そこには、数人の男がいた。
(絶対、ヤバいですの!)
サラは彼らを一目見ると、逃げ出したくなった。なぜなら、どう見ても、ヒャッハーと叫んでいそうな山賊にしか見えなかったためである。サラの目の前で、男の一人は短剣を舐めていた。サラの生存本能が警告音を発していた。
そして、アリスは、山賊の頭目と思われる男に話しかけた。
「おお! 姉御、久しぶりじゃねぇか!」
「お前ら、元気にしてたか!?」
「おう、元気にしてたぜ! それで、今日はどうしたんだい?」
「いや、この娘をお前らと一緒に連れていって欲しくてよ!」
「その嬢ちゃんかい? 本当に戦えるのか?」
「大丈夫、大丈夫! 私が保証するからさ!」
「姉御がそこまで言うなら、しょうがねぇな! 俺はボブって言うんだ! お嬢ちゃんの名前は?」
「……ノウナーシですの」
「おお! ノウナーシって言うのか! それじゃ、よろしく!」
サラは流されるまま、ぎこちない笑顔で、山賊の頭目と思われるボブと握手をした。他の面々も、サラを歓迎しているようであった。正直、逃げ出したかったが、ここがどこかも分からないので、諦めた。
(お金を稼ぐために、絶対、ヤバいことをさせられるに決まっていますわ!)
サラはボブと握手しながら、そんなことを思っていた。




