18 山で訓練ですわ!
――サラたちは海からグレーン家の屋敷へ戻ることができた。その後、3日ほど過ごし、今日は、それぞれの実家へ帰る日である。グレーン家の入口の門の前は、太陽が照りつけ、暑い。
「それじゃ、また、遊びに来いよ!」
「分かりましたの!」
「……分かった!」
ソフィアが見送る中、サラとシーラはそれぞれの馬車に乗りこむ。シーラは、グレーン家の使用人に実家がある場所まで送ってもらえるようだ。アリスが、なにやらソフィアの両親とローラと話していたようだが、サラが馬車に乗りこむと、戻ってきた。
「それでは、出発しますよ」
アリスは馬車を走らせ始める。続いて、シーラが乗っている馬車も出発したようであった。馬車を走らせる音が、グレーン家から遠ざかっていく。
――サラがホープ家に帰ってきてから、5日が経過した。その間、サラはアリスとよく分からないオオカミとともに、訓練する以外にやることがなかった。現在、サラはヒマを持て余している状況である。
「ああ~、今日もヒマですの」
サラは、自分の部屋のベッドの上でゴロゴロとしている。だが、季節は夏。暑かったため、屋敷の中で一番涼しい日陰の部屋へ移動した。その部屋のソファーで、また、サラはゴロゴロし始める。
「お嬢様。そんなにおヒマのようでしたら、ここは一つ、山に訓練をしに行ってはいかがでしょうか?」
いつの間にか、アリスがサラの近くに来ていた。アリスの姿を確認したサラは、ゴロゴロするのを止め、ソファーに座り直す。
「暑いから、イヤですの」
「そんなことをおっしゃらずに。私が良い訓練をする場所を知っていますので」
「面倒ですの」
「はぁ……せっかく、グレン王子が、そこにいるというのに。しょうがありませんね」
「!!」
アリスがボソッとつぶやいた言葉を、サラは聞き逃さなかった。
「グレン王子がいますの!?」
「はい」
アリスの返答を聞き、サラの行動は決まる。4日後、サラの屋敷に、ヒマだったソフィアとシーラが集合すると、ホープ家を出発した。太陽はまだ、昇り始めていないようだ。
半日後、サラたちは、アトラス王国北西部にある山であるダンシュ山に到着した。サラたちが、馬車を降りると、少し離れた場所に天幕が数個、設営されているのが見える。
「おい! ここって、もしかして、王族がよく訓練するのに使う場所じゃないのか!?」
馬車から降りたソフィアが叫んでいた。対して、シーラはさきほどまで寝ていたので、眠そうである。
「そうなんですの?」
「絶対、そうだ! 前に一回、来たことがあるから、間違えるワケがない!」
「……もしかして、私たち来ちゃいけませんでしたの?」
「……多分な」
パーティーと同じく、王族に招待されていれば問題ないが、招待されていないのに、来ることは考えられなかった。そのため、サラとソフィアはシーラを連れて急いで、馬車に戻ろうとする。
「大丈夫ですよ。グレン王子の訓練のお相手を務める者として、許可をとってありますので」
アリスはメイド服の懐から、一枚の書状を取りだした。サラとソフィアが確認すると、Sランク冒険者として、グレン王子のお相手をするのを許可することが書いてある。書状の最後には、王族の証である鳥の形をした押印がしてあった。
「……これ、本物ですわ。どうやって、手に入れましたの!?」
一通り読み終えた、サラがアリスに問いただす。基本的に、王族になにかを頼める者というのは、高位の貴族などに限られていた。到底、ただのメイドであるアリスに手に入るものではない。
「まぁ、それは別にいいではありませんか。さぁ、お嬢様、行きましょう」
アリスは懐に書状をしまうと、歩きだす。
「待ってくださいまし!」
サラはアリスにおいていかれないように、歩きだす。ソフィアとシーラも、サラの後ろをついていく。数分後、天幕が設営されている場所の周囲を警戒していた警備兵に、書状を見せ、通ることを許可されたサラたちは、無事にグレンの近くまで来ることができた。
「グレン王子、訓練のお相手をお連れしました」
警備兵はサラたちを案内すると、元の場所に戻っていく。サラたちの目の前には、グレンとイアンとロレッタがいた。イアンとロレッタは、アトラス王国の中でも有数の力を持つ4大貴族であるため、グレンの訓練のお供をしているようである。
「おお! 訓練の相手をしてくれるSランク冒険者って、サラたちだったのか!?」
いきなり現れたサラたちにグレンは驚いていた。イアンとロレッタも、Sランク冒険者として来るのが、サラたちだと思っていなかったようで、顔を見合わせている。
「そ、そ、そうですの! お、お、お相手をさせていただきますの!」
グレンを前に、緊張しているサラはしどろもどろになっていた。
「というか、Sランク冒険者だったんだね! それじゃ、訓練の相手、よろしく!」
サラたちが、Sランク冒険者だと知っているのは、冒険者をやっている特待生か、マークくらいしかいない。そのため、グレンとイアンとロレッタは、サラたちがSランク冒険者だと、今、知ったようであった。
「わ、わ、分かりましたの!」
こうして、サラたちは、グレンたちと訓練を始める。サラの相手は、グレンであった。また、イアンの相手はソフィア、ロレッタの相手はシーラのようである。
(きましたの! きましたの! チャンスがきましたの!!)
サラは、グレンと訓練をすることになり、舞い上がっていた。サラの顔もだらしがなくなっている。
「それじゃ、いくよ!」
サラが剣を持ったことを確認すると、グレンは斬りかかった。サラはというと、剣を持ちながら、体をクネクネさせている。当然、グレンの剣を避けることができなかった。
「ぶべらッ!」
サラの胴体に剣が当たり、そのままふき飛ばさていく。一応、刃引きしている訓練用の剣のため、サラの胴体が斬られることはなかった。だが、鉄製の剣のため、当たり前だが、攻撃の威力は強い。そのため、サラは、くの字に折れ曲がりながら、飛んでいった。
そんなこんなで、一日の訓練が終了する。正直、サラはグレンの訓練相手にはならず、一方的にボコボコにされている有様であった。
「うぅ、痛いですの……」
サラはアリスが設営してくれた天幕の中で、横たわっている。本当ならば、グレンと一緒に夕食を食べる予定であったが、ボコボコにされ過ぎて、動けずにいた。
「まぁ、ちゃんと戦わなかった、サラが悪い! この前の実技試験で、グレン王子はサラに負けてから、リベンジに燃えているって話をイアンから訓練中に聞いたぞ!」
サラの隣に座っているソフィアは、天幕の中で夕食を食べている。シーラは夕食を食べ終わったのか、アリスが連れてきていたオオカミを撫でていた。オオカミは気持ちよさそうにしている。
「そうですの……道理で、容赦がありませんでしたわ……」
サラは痛む体を起こすと、夕食を食べ始めた。アリスは、馬車を引いてきた馬に、餌を与えにいったようである。三人が天幕の中で、今日の訓練での話をしていると、突如、天幕の入口の垂れ幕が開く。
「こんばんは。この天幕にソフィアがいると聞いたのだけど……」
「ローラ姉様! なぜ、ここに!?」
天幕に入ってきた人物の正体は、ローラであった。グレーン家の屋敷のときとは違い、今回は鎧をつけている。まったく、ローラの鎧姿は似合っていないと、サラは思った。
「グレン王子の護衛のためよ」
「そうなのか!」
「少し、お話をしても良いかしら?」
「おう!」
空いている場所に、ローラが座ると、四人は今日の訓練での話などをして、盛り上がる。しばらくして、馬の世話を終えたアリスが、天幕に戻って来た。ローラがいるため、アリスは少し不機嫌になっているようである。
「あ! アリスさんが帰ってきたみたいね! ちょうど、お願いがあったの!」
「なんですか?」
ローラは立ち上がると、アリスに近づいた。アリスは迷惑そうな顔をしている。
「私と訓練していただけません?」
「イヤですが」
もう、不機嫌だと一発で分かるような声でアリスは言った。
「おう、それは良い! 私も、アリスさんの剣を見てみたいな!」
ソフィアも興味を持ったのか、声を上げていた。サラは驚いた顔をしながら、ローラを止めようと口を開く。ほぼ毎日、サラはアリスにボコボコにされており、その実力をよく知っていたためである。
「ローラさん、正気ですの!? アリスと訓練をしたら、ボロボロになって、グレン王子の護衛ができなくなりますわ! だから、止めておいたほうがいいですの!」
サラは、座りながら、大きな声を出した。ローラはサラのほうを向くと、ニッコリとした顔をする。
「サラちゃん、大丈夫よ! こう見えても、私、強いんだから!」
ローラは右腕を折り曲げ、力こぶを作る仕草をしていた。それを見た、ソフィアも同調する。
「そうだぞ、サラ! この前の海賊を倒したときに、ローラ姉様の強さは分かっているハズ! だから、アリスさんがいくら強くても、大丈夫だ!」
ソフィアが、サラの肩をバンバンと叩いている。痛いので、正直、止めて欲しいとサラは思う。
「はぁ……しょうがありませんね。少しだけですよ?」
ローラが諦めなさそうだと思ったのか、アリスはローラと訓練をすることにした。
「やった! それでは、外に行きましょう!」
ローラはアリスとともに、天幕の外に出ていく。
「私たちも、行こう!」
ソフィアは、ウキウキした声で言った。そして、サラはソフィアに背負われて、天幕を出ていく。その後ろを、シーラとオオカミがついていった。
――サラたちが、ローラとアリスに追いつくと、すでに二人は訓練の準備を整えていた。そして、三人と一匹が見守る中、訓練が始まる。
「それでは、さっさと終わらせたいので、いつでもどうぞ」
「それでは、遠慮なく!」
ローラは目にも止まらぬ速さで、アリスに斬りかかった。
「相変わらず、ローラ姉様の踏みこみは見えないな!」
「速いですの!」
「……見えない」
「我より、速いではないか!」
なんかオオカミがしゃべった気がするが、三人はそれを無視して、観戦を続ける。ガンガンガンと目にも止まらぬ速さで、ローラとアリスは剣を打ちつけあっていた。
「ローラ姉様とまともに戦えるなんて、アリスさんはすごいな!」
「逆に、ローラさんがアリスとまともに戦えるほうが驚きですの!」
ソフィアとサラは、驚きの声を上げていた。すでに、三人と一匹には、ローラとアリスの姿が速過ぎて、見えなくなっていた。さきほどから、ガンガンガンと剣を打ちつけあう音しか聞こえない。だが、数分後、勝負がついた。
「はぁ、はぁ、はぁ……強いですね、やっぱり! 良い訓練になりました!」
ローラは剣を弾き飛ばされ、顔を上げながら、よつんばいになり、地面に手をついている。目の前には、アリスが剣を持って、立っていた。ローラとは対照的に、疲れているようには見えない。
「そうですか。それでは、失礼します」
アリスは剣を持ったまま、天幕に戻っていく。
「ローラ姉様が負けるところなんて、アリア姉様以外で初めて見たよ!」
ソフィアは、地面に手をついているローラに肩を貸すと、歩き始める。サラは、オオカミの背中に乗せられ、シーラとともに、天幕へ戻っていく。




