14 魔物観察ですわ!
――サラとソフィアとシーラは、土曜日の朝、レイル冒険者ギルドに来ていた。三人は現在、定期試験も終わり、心置きなくお小遣い稼ぎをできる状態である。
「あ! 来ましたよ! ギルドマスター!」
三人がレイル冒険者ギルドに入るなり、受付の女性が大きな声をあげた。三人が何事かと思っていると、2階から、ハゲている中年のおっさんが急いで階段を降りてきたのである。
「待っていたぞ! 君たち!」
ギルドマスターであるサイモンは、三人の前まで駆け寄って来た。この男が、サラと激戦を繰り広げた人物であり、マークと組んでいたSランク冒険者である。
「何だよ、おっさん?」
「まだ、おっさんじゃない! そんなことより、君たちに頼みたい依頼がある!」
面倒そうにしているソフィアが、腕を頭の後ろで組んでいた。どうやら、急ぎの依頼のようだ。
「まぁ、聞くだけなら、良いよな?」
「そうですわね」
「……私も大丈夫」
三人の意見は一致した。ふぅと息をはいたサイモンは話し出す。
「……実は、ハイルの近くの山で、Sランクの魔物が目撃されたという情報があった。現在、レイル王国中のギルドで調査依頼を出しているのだが、誰も行ってくれなくてな……そこで、君たちにその依頼を頼みたい!」
「あ~、無理だな」
「無理ですわね」
「……無理」
三人は即座に返答した。サイモンが、今にも泣きそうな顔をした。ハイルはアトラス王国の北西部にある都市である。また、サラと因縁のあるジョンソン領の都市の一つでもあった。
「そんなことを言わずに、頼むよ! 君たちしかいないんだ!」
「いや、私たち以外にもSランク冒険者とかいるだろう?」
「Sランク冒険者は、他の依頼を受けていて、動ける者は誰もいない! しかも、王国中のAランクの冒険者にも断られて、最後に残ったのが君たちだ!」
サイモンが腕をブンブン振りながら力説をしている。対して、三人は冷めた目でサイモンの様子を眺めていた。
「そんなこと言われても、無理なものは無理だ! 他を当たってくれ!」
「ですわね」
「……ソフィアと同意見」
三人はサイモンを無視して、依頼を探そうと歩き始める。
「ま、待ってくれ! 調査するだけで、1000万ゴールドを出す! それで、どうだ!?」
「……1000万ゴールド?」
ソフィアは、サイモンのほうに振りかえった。一般的に、Aランクの依頼を達成したとしても、100万ゴールドの報酬が相場である。サラたちは、依頼の報酬を三等分しているため、一人あたり、33万ゴールほどのお金が手に入っていた。
「1000万ゴールドは、見逃せませんわね!」
「……お金がたくさん手に入る」
ソフィアだけでなく、サラとシーラも興味をもったようである。サイモンに三人の視線がそそがれていた。
「確認なんだけど、討伐する必要はなくて、どんな感じか調査するだけでいいんだよな?」
「そのとおりだ!」
「分かった! 依頼を受けてもいいよな、サラ、シーラ?」
ソフィアは確認のために、サラとシーラのほうに顔を向けた。二人は、うなずいている。
「よし! 決まりだ! ギルドマスター、その依頼を受けるよ!」
「ありがとう!」
こうして、三人は、Sランクの魔物を調査するために、ハイルへ向かった。
ハイルは、王都レイルからは馬車で4時間ほどの場所にある。ソフィアとサラとシーラの三人は、馬車にゆられながら、向かっていた。4時間後、何事もなく、ハイルに到着した。すでに、午後になっているようである。
「それじゃ、いったん、ハイル冒険者ギルドに行くか!」
「行きますの!」
「……行こう」
馬車を降りた三人は、情報収集をするために、ハイルにある冒険者ギルドへ向かう。道中、サラはハイルの様子を確認したが、人通りが少ないように感じた。どうやら、Sランクの魔物が近くに現れたということで、ハイルから避難しているようである。
「お! なんか、この紙に描かれている顔、サラに似てないか!?」
冒険者ギルドへ向かって歩いていると、ソフィアが木製の板の目の前で立ち止まった。サラとシーラも立ち止まり、紙に描かれている顔を見ようと近づく。
「……似てますの?」
紙には、サラのクルクルの巻き髪を、まっすぐにしたような女性が描かれていた。
「……少し、似てる」
シーラもサラに似ていると思ったようであった。
「似てる、似てる! サラ、そっくりだよ! 名前は、ノウナーシだって! なんか、頭が悪そうな名前だな!」
ソフィアは、手をたたきながら、笑っている。対して、サラは半笑いの顔のまま、冷や汗を流していた。1年前に、ジョンソン領の領主であるトーマス・ジョンソンの屋敷の牢に入れられたことを、サラは思いだす。
「とにかく、冒険者ギルドへ行きますの! さぁ、ですの!」
「お、おい! 手を引っぱるなって!」
サラは、さっさとこの場を離れるために、ソフィアの手を引いている。ソフィアも引っぱられながら、歩きだした。そんな二人の後ろを、シーラがついていっていた。
そうこうしているうちに、ハイル冒険者ギルドに到着した。建物の中には誰もいないようである。受付の女性がヒマそうにしているのが、サラには見えた。
「ちょっと、いいかい? 私たち、Sランクの魔物の調査をするために、レイルから来たんだけど、情報を教えてくれないかい?」
受付まで三人が歩いていき、ソフィアが受付の女性に話しかける。その言葉を聞いた瞬間、女性は驚きながら、立ちあがった。
「本当ですか!? すぐにギルドマスターを呼んできますね!」
女性はそのまま、建物の2階に行ってしまう。1分後、受付の女性とともに、ギルドマスターと思われる人物が、急いで、サラたちの下へやってきた。
「君たちが、調査をしてくれるという冒険者かい!? 本当にありがとう!」
サイモンと同年代だと思われる中年の男性が、ソフィアの手を握り、ブンブンと上下に振っている。ソフィアは、その手がウザかったのか、強引に振り払った。
「お礼はいいから、Sランクの魔物の情報を教えてくれ!」
「いや、すまない! 誰も、調査の依頼を受けてくれなかったから、つい、うれしくて、はしゃいでしまったよ! 私の部屋で魔物の情報を話すから、ついてきてくれ!」
三人は、そのままギルドマスターの後ろをついていく。部屋に入ると、三人とギルドマスターは向かいあうように、机をはさんで座った。
「自己紹介が、まだだったね。私はハイル冒険者ギルドのギルドマスターのダンだ。よろしく」
「私は、ソフィア・グレーンだ。よろしく」
「ワタクシは、サラ・ホープですの! よろしくですわ!」
「……シーラ」
三人が自己紹介を終えると、ダンは、すぐにSランクの魔物の情報を話しだした。
ハイルの近くの山に、Sランクの魔物が現れたのは、1ヶ月前であること。
オオカミを巨大化させたような黒い魔物であること。
討伐のために向かったCランクやBランクの冒険者が誰も帰ってこなかったこと。
Aランクの冒険者が十数人で挑んだが、返り討ちにあい、ほとんどが倒されてしまったこと。
Aランクの冒険者でも敵わなかったことから、Sランクの魔物と認定したこと。
三人は、ダンの話を聞きながら、険しい顔をしている。当然であった。サラたちの手に負えるような相手ではなさそうだからだ。
「……生き残ったAランクの冒険者から、なにか聞けたのか?」
ソフィアは、険しい顔をしたまま、ダンに質問した。
「いや、生き残ったといっても、話せないほどの重傷だった。今も、眠り続けたままだ。正直、ハイルまでたどり着いたのが跡奇だと思ったな」
サイモンはそう言った後、黙ってしまった。どうやら、これ以上の情報はないようである。
「分かった。とりあえず、遠くから観察するだけしてみよう」
「頼んだ!」
サイモンの言葉を聞き終わった後、三人は部屋を出た。
――三人はハイルを出発し、Sランクの魔物がいると思われる場所を目指して、山の中を歩いている。
太陽が空に昇り、三人を照らしていた。
「実際、どう思うよ、サラ? 私はヤバい感じしかしないけどな!」
「絶対、ヤバいですの! 本当に遠くから観察しないと、いけませんわ! 間違っても、見つかってはいけませんの!」
「……私もそう思う」
三人は山道を歩きながら、そんなことを話しあっている。しばらくすると、鼻をつく匂いがした。三人は、匂いがする方向に向かって、森の中を歩き出す。数分後、木が生えていない広い場所に到着した。
「……ここで、戦いがあったみたいだな」
ソフィアは、周囲を確認している。サラとシーラも、辺りを見わたすと、剣や矢などが落ちている。落ちている剣は、折れているものが多かった。通常、剣が折れることは、ほとんどないので、これだけで考えられないほどの力をもっている魔物であるということが分かった。
「……おかしいですの」
「どうした、サラ?」
あることに気づいたサラが声をあげる。散らばって、周囲を確認していたソフィアとシーラが近づいてきた。
「……一人の死体もありませんの。しかも、骨も鎧ありませんわ」
「確かにな。おそらく、魔物の腹の中だろう」
「……丸ごと食べられた」
魔物はほとんど肉食であるため、人間を襲って、食べるということは考えられる。だが、骨と鎧すら残っていないということは、着けていた鎧ごと、食べられてしまったようであった。三人は、とりあえず、ここまでに分かった情報を報告するために、ハイルへ向けて歩き出す。
歩きだした瞬間、三人は殺気を感じた。それも、人間のものではない、魔物特有のものであるようだ。
「……おい。ヤバそうな感じじゃないか?」
「……そうですわね」
「……ヤバい」
三人は、剣と杖を構えた。まだ、魔物の姿は見えないが、どこから攻撃をされてもいいように、三人は周囲を警戒している。
「来るぞ!」
ソフィアが叫ぶと同時に、5mはあろうかという黒い塊が、三人に突撃をしてきた。1秒もしないうち、魔物が目の前に迫ってくる。三人は、なんとか避けると、魔物の方向に体を向けた。情報どおり、オオカミを巨大化させたような、黒い魔物であった。
「おいおい! なんだよ、あの速度は!? 速すぎるだろう!!」
ソフィアが剣を構えながら叫んでいる。サラとシーラも同じことを思っていた。黒い魔物は、少し離れた場所で、三人の様子をうかがっていた。
「逃げられますの!?」
「……無理!」
「とりあえず、戦いながら、ハイルに戻るぞ!」
ソフィアの言葉にサラとシーラはうなずくと、ハイルに向けて走り始める。当然、黒い魔物が見逃してくれるワケがなく、三人の後ろを追いかけ始めた。
「ッ!!」
三人の中で、一番後ろを走っていたサラが、黒い魔物の足での攻撃を振りかえりながら、剣で防いだ。横なぎに振るわれた魔物の足での攻撃を、なんとかサラは防いだが、そのまま、ふきとばされてしまった。
「シーラ! 私が足止めをするから、魔法で攻撃してくれ!」
「……分かった!」
サラがふきとばされたのを確認したソフィアが、魔物の胴体に向かって攻撃をする。だが、ガキンという音とともに、剣が弾かれた。後ろのほうでシーラは、杖を構え、狙いをつけている。
「硬すぎるだろう!」
叫んでいるソフィアの声が、山に響いていた。また、ふきとばされたサラは、体中から血を流しながら、魔物に向かって走ってきている。
「……氷の棺桶」
魔法の準備ができたシーラがつぶやくと、黒い魔物の周囲に、巨大な氷の壁が現れた。ソフィアが氷の壁の外側に逃げると、すぐに魔物を閉じ込めるように氷の壁が動きだす。黒い魔物は、いきなり現れた氷の壁に驚いているのか、動きが止まっている。
「やりましたの?」
追いついたサラの目の前では、黒い魔物が氷の壁に閉じ込められていた。だが、黒い魔物が足でひっかき、氷の壁を破壊しようとしている様子も確認できる。
「ソフィア、シーラ! 逃げるぞ!」
「分かりましたわ!」
「……分かった!」
氷の壁が長くはもたないと考えたソフィアは、逃げ出した。後ろをサラとシーラが追いかけている。しばらくすると、遠くのほうから黒い魔物の吠える声が聞こえ、三人の後ろから木々が倒れる音が近づいてきていた。三人は、黒い魔物と戦いながらハイルを目指し、なんとか逃げようとしているようである。




