11 定期試験ですわ!
――レイル学園にサラが入学してから、2ヶ月が経過した。その間、平日にアリスと訓練する生活は変わりなかったが、休日に冒険者として活動する際に、シーラも加わるようになっていた。
どうやら、シーラは中等部から冒険者として活動していたようであった。ソフィアも中等部から冒険者として、お小遣い稼ぎをしているため、名前は知らなかったが、シーラの存在自体は知っていたらしい。だが、初めて話したのは、ベオン訓練場で組に誘った時が初めてだったようだ。
特待生は、学費などを免除されているが、自分が欲しい物は、自費で買わなければいけなかった。そのため、お金を適度に稼ぐ必要があり、シーラは冒険者を選んだようであった。他の特待生も、冒険者をやっている者が多いようであった。
そして、シーラは、中々強いようで、冒険者のランクはAランクであった。Aランクは、レイル冒険者ギルドの中でも、10人ほどしかいなかった。そのため、三人がAランクであるサラ達に、Aランクの難しい依頼が殺到していた。
そのほとんどが魔物討伐であり、三人は大体、土曜日の朝にレイル学園を出発し、帰って来るのは日曜日の夜という休日を送っていた。加えて、毎回、魔物が強かったので、サラ達は連携しながら、何とか倒していた。
そのような休日を過ごしているせいか、お金がどんどんと貯まっていった。気がついたら、サラの貯金は、100万ゴールドをこえていた。しかも、休日にお金を使う時間がないので、ほとんど貯金が減ることはなかった。
そのような日々を過ごしていると、定期試験の時期になった。定期試験は1年間に4回行われることになっていた。時期は、6月、10月、12月、3月であり、それぞれの月によって、試験の内容は変更されていた。
6月の定期試験の内容は、筆記試験と実技試験であった。筆記試験は、授業などで習った内容の試験であった。ただ、科目数と問題数が多いため、真面目に勉強しないと落第する可能性がある。6割の点数を取れなければ、落第であった。
実技試験は、トーナメント形式で騎士科の生徒が戦い、その順位が実技試験の点数に反映されるという方式であった。ただし、ランダムという訳ではなく実力を考慮して、トーナメントが組まれていた。そのため、いきなり強い生徒と当たることはなかった。
そんな訳で、サラは定期試験の1週間前には、アリスとの夜の訓練の代わりに、筆記試験の勉強をアリスに見てもらうことになっていた。レイル学園はアトラス王国で最高峰の学園であるため、セバック学園と違い、筆記試験の難易度が雲泥の差であった。そのため、相当、勉強する必要があった。
そして、筆記試験の1週間前となり、サラが自分の部屋で授業の板書を写していたノートを見ていると、アリスが10冊くらいの本を持って、サラの部屋に入って来た。
「……もしかしなくても、その本、全部覚えろということですの?」
「察しが良いですね、お嬢様。その通りです」
アリスの方に顔を向けたサラがげんなりした顔していた。アリスは、その本を、サラの机に置いた。かなり重いのか、本が置かれた瞬間、ドンという音がした。そして、アリスの指導の下、サラの勉強が始まった。
アリスに分からないところを聞きながら、サラが勉強をしていると数時間が経過していた。そんな状況で、ふと、サラは疑問に思ったことを口に出した。
「そういえば、アリスは何でそんなに勉強が出来るんですの?」
「独学で学びました」
「……分かりやすい嘘ですの」
「嘘ではありませんよ。自分一人で本を読んでいるうちに、勉強が出来るようになっていましたね」
「……そうなんですの。ちなみに、どこの学園に通ってましたの?」
「……どこの学園にも通っていませんよ」
「目が泳ぎまくってますの……もう、この話はいいですわ……」
明らかに目が泳いでいるアリスに対して、サラはこれ以上の追及を諦めると、再び勉強をすることに集中をした。だが、夜12時を越えると、サラはウトウトしながら勉強をしていた。
「お嬢様。眠いのですか?」
「いいえ! 眠くありませんの!」
アリスに話しかけられた瞬間にサラは覚醒した。サラの脳裏には、アリスがサラにこめかみグリグリを行っている情景が浮かんでいた。あれだけは嫌だと思っていたサラは、再び勉強をし始めた。ただ、やはり、眠いものは眠いので、勉強を始めて数分でサラの瞼が勝手に落ちようとしていた。
「お嬢様?」
「起きてますの! 起きてますの!」
サラはアリスの声が聞こえた瞬間に、そう答えた。そして、再び勉強を始めた。だが、数分後、とうとうサラは下を向きながら、いびきをかいていた。
「……はぁ」
アリスはサラの様子を確認するとため息をついた。そして、音もなくサラの背後に移動すると、両手の拳をサラの左右のこめかみに当てた。だが、サラはスヤスヤと眠っていた。
「お嬢様。起きて下さい」
アリスはそう言うと、両手の拳でサラのこめかみをグリグリと押し始めた。その威力は凄まじく、サラが座っていた状態から上半身だけ浮いている状態になっていた。
「ああああああああ! 痛いですのおおおおお! 止めて下さいですのおおおお!」
「お嬢様、起きましたか?」
「起きました! 起きました! だから、止めて下さいましいいいいい!」
サラの絶叫が女子寮に響いていた。1分後、サラはこめかみグリグリから解放され、座ったまま机に突っ伏していた。
「おい! サラ、どうした!?」
隣の部屋であるソフィアが、急いでサラの部屋に駆けこんできた。そして、ソフィアが見たのは、座ったまま机に突っ伏しているサラとそれをゴミを見るような目で見ているアリスの姿であった。
「…………」
状況を一瞬で理解したソフィアは、黙ったまま、自分の部屋に戻っていった。
――定期試験の筆記試験が終了した。サラは時々、アリスにこめかみグリグリをされることはあったが、何とか筆記試験を突破した。手応えは悪くなく、落第をすることはなさそうだとサラは思っていた。そして、筆記試験の次の日から、魔法科の実技試験が闘技場で行われていた。
騎士科は、魔法科が実技試験をやっている間、自由時間となっていた。そのため、ほとんどの騎士科の生徒は、自主訓練をしていた。もちろん、サラもソフィアと一緒に剣の訓練をしていた。そして、魔法科の実技試験の最終日となった。
「サラ! もう訓練も飽きたし、息抜きに魔法科の実技試験を見に行かないか? 今日は、決勝戦をやるみたいだぞ!」
「確かに、気分転換に良いかもしれませんの! それでは、闘技場に行きましょうですわ!」
魔法科の実技試験も、騎士科と同様にトーナメント形式であった。訓練をすることに飽きていたサラとソフィアは闘技場に向かった。闘技場には、当然だが、騎士科の生徒はほとんどいなかった。代わりに、実技試験を終えた1年5組と6組の生徒が観客席に集まっていた。
魔法科は、1年5組と6組の二クラスしかなかったため、魔法科の生徒はほとんど観客席にいるという状況であった。
「お! 決勝戦が始まりそうだぞ!」
サラとソフィアが闘技場の椅子に座っていると、闘技場の中央の試合会場に、決勝戦を行う魔法科の生徒が入って来た。
「あ! シーラですの! やっぱり、シーラは魔法科でも強いんですわね! あと、一人は……誰ですの?」
シーラの相手は、赤い髪を伸ばしている優雅な感じの女性であった。
「サラ! この前の登山訓練でグレン王子の組にいただろう! 1年5組のロレッタ・スミスだ!」
「……? なんか、スミスって聞いたことありますの」
「……はぁ。本当にサラは貴族だよな? スミス家はアトラス王国の4大貴族の一つだ! そして、ロレッタ・スミスは、グレン王子の結婚相手の候補の中で最も有力と言われているな! ちなみに、イアンのクロフォード家も4大貴族の一つだぞ」
「何ですとですわ! それでは、ワタクシの最大のライバルではありませんの! イアンが4大貴族とかどうでも良いですの! それより、ワタクシはロレッタの観察をしますわ!」
「……はぁ。まぁ、サラがそもそも、グレン王子の結婚相手の候補に入っているかどうかは置いといて、ロレッタの実力は本物だぞ! 実際に1年6組の学級委員長はロレッタだ! だから、魔法科の生徒の中でも相当強いということだな!」
「ぐぬぬ! やりますの! でも、ワタクシも4組の学級委員長ですわ! その点では、負けていませんわ! ところで、5組の学級委員長はシーラでしたわよね? それでは、この戦いは、学級委員長同士の戦いですわ! ここで、シーラが勝てば、ロレッタよりもシーラの方が学級委員長としての格は上になるはず! ということは、シーラと仲が良い学級委員長であるワタクシも、シーラと同じぐらいということになって、相対的にロレッタよりも上になりますわ!」
「何を言ってるか良く分からないけど……とりあえず、シーラを応援しようぜ!」
「はいですの!」
サラの謎理論を理解することが出来なかったソフィアは、シーラに向かって応援を始めた。サラも鬼気迫る表情でシーラを応援し始めていた。そして、シーラとロレッタの試合が始まった。だが、試合が始まったばかりだというのに、決着はすぐについた。
「……氷の棺桶」
試合開始とともに、サラはそうつぶやいた。すると、ロレッタの四方向に高さ3m、幅10mほどの氷の壁が地中からせり出てきた。そして、その氷の壁は逃げ道を塞ぐように、ロレッタの周囲に近づいていた。
逃げられないと判断したロレッタは、何とか炎系の魔法を氷の壁に当てて、破壊しようとしていた。だが、氷の壁は1mほどの厚みがあり、ロレッタの魔法では、少しずつしか削れていなかった。そうこうしているうちに、氷の壁が四方向で結合し、蓋をするように壁の上の氷が広がっていた。
数秒後、ロレッタは完全に氷の壁の中に閉じ込められていた。ロレッタが何かを叫びながら、魔法を放ち続けていたが、氷の壁が邪魔をして、何を言っているか分からなかった。そして、時間が経つにつれて、ロレッタの動きが鈍くなっていった。
どうやら、氷の壁の中は、相当寒いようで、ロレッタの服や杖が凍りついていた。これ以上は危険だと判断した審判がシーラに魔法の解除を命じ、シーラの勝利が確定した。あまりにも、一方的な戦いであったため、サラは応援するのを忘れ、呆気にとられていた。
「……あの魔法はヤバいだろう」
静まりかえった観客席でソフィアがボソッとつぶやいていた。サラも同感であった。
「……ソフィアだったら、どうやって対処しますの?」
「……とりあえず、魔法が発動する前に倒すのが一番良いと思うな。ただ、あの魔法が発動した後に対処するには、何とかして氷の壁を砕いて逃げるしかないと思う」
「……ワタクシもソフィアと一緒の考えですわ。というか、シーラって、魔法師の中でも相当、強いんじゃありませんの?」
その答えは、ソフィアではなく、サラの後ろにいつの間にか立っていたメイド姿の女性からもたらされた。
「そうですね。冒険者でいうと、Sランクに届くかどうかというぐらいの実力は、ありそうだと見受けられます」
サラは背中に悪寒を感じると、すぐに後ろを振り向いた。そこには、無表情のアリスが立っていた。
「……アリス、なぜ、ここにいますの?」
「どこかの訓練をサボっているお嬢様を連れ戻すためです。訓練をサボるということは、もちろん、実技試験で優勝する自信があると私は判断しますが、間違っていませんよね、お嬢様?」
アリスの言葉の圧に、サラはダラダラと額から汗を流し始めていた。その顔は、なぜか、半笑いであった。
「も、もちろんですの!」
「それでは、実技試験で優勝出来なかった場合は、Sランク相当の魔物の討伐に向かってもらいます」
「絶対、無理ですの! 死にますの!」
Aランクの魔物でさえ、サラとソフィアとシーラの三人がかりでやっと倒せているのに、Sランクの魔物を倒せる訳がなかった。
「別に実技試験で優勝すれば良いだけではありませんか? 何も難しくないですよ。それでは、仕事がありますので、失礼します」
「ちょ、待って下さいまし!」
次の瞬間には、アリスの姿が消えていた。サラは魂が抜けた顔で呆けていた。
「なんか、ごめんな」
隣にいたソフィアが慰めてくれたが、その声はサラに届いていなかった。




