10 山登りですわ!
――次の日。今日の訓練内容は、昨日作った三人一組で、ベオン山脈にある山の頂上に行ってくるというものであった。これは、今日から明日にかけて、夜通し行われる訓練であった。しかも、道中、他の生徒の組を妨害しても良いということであった。
「それじゃ、行くか!」
「はいですの!」
ソフィアとサラはそう言うと、シーラを含めた三人は、ベオン訓練場を出発した。既に、他の生徒達の組も出発しているようであった。そして、歩くこと、1時間。サラ達の道中を阻もうとする者が現れた。
「サラ、ソフィア! 僕がこの登山訓練で1位になるためにも、ここで倒させてもらう!」
イアンが剣を構え、サラ達を待ち構えていた。イアンの組であろう騎士科の一人と魔法科の一人の計二名も、それぞれ剣と杖を構えて立ちはだかっていた。
「へぇ~、最初に私達に挑んで大丈夫なのか? てっきり、最後の方に挑んで来ると思っていたが!」
ソフィアはそう言うと、剣を構えた。サラとシーラも、それぞれ剣と杖を構えた。
「だからこそだ! おそらく、グレン王子達の組よりも、君達の組の方が強いだろう! 実力で劣っている僕達が、君達に勝つ可能性があるのは、体力が万全である今しかない!」
「意外と考えているみたいだな! それじゃ、始めようか!」
ソフィアの声を合図にして、イアンの組とサラの組の三人同士が激突した。イアンの相手はソフィア、サラの相手は騎士科の男子生徒、シーラの相手は魔法科の男子生徒であった。
「お! 意外とやるな!」
「この時のために、1ヶ月前から準備していたのだ! 当然だ!」
レイル学園で行っていた授業の訓練では、ソフィアに、いつも一方的に倒されていたイアンであったが、この時は違った。ソフィアから放たれる重い斬撃を剣で受け流しながら、隙を狙っていた。サラの相手も、こちらの動きを読んでいるのか、サラの攻撃を何とか防御していた。
シーラの相手は、魔法科の生徒にしては珍しく、森の中を駆け回りながら魔法を放っていた。通常、魔法科の生徒は、攻撃をする時は動かないで魔法を使用するため、運動をする必要がなかった。シーラも運動は苦手のようなので、30cmほどの氷の槍をその場から動かずに、放っていた。
だが、相手の魔法科の生徒が動き回っているため、中々、攻撃が思うように当てられていないようであった。また、相手は炎系の魔法を動きながら、放っているようで、それを防御するために氷の壁を魔法でシーラは作りながら、戦っていた。
(これは、時間稼ぎをされていますわね……)
サラは相手の騎士科の生徒と戦いながら、イアン達を観察していた。明らかに、サラと戦っている騎士科の生徒とシーラと戦っている魔法科の生徒は、足止めに徹していた。サラがソフィアやシーラの援護に行こうとすれば、必ず、邪魔をされ、思うように動けなかった。
シーラも状況は、サラと同様であった。そんな中、イアンとソフィアが激戦を繰り広げていた。何とか、イアンの体勢を崩したいソフィアとソフィアの隙を狙うイアンが、剣をぶつけ合っていた。
「ソフィア! 狙いは、貴方ですわ!」
「そうみたいだな! おおかた、私を倒した後、サラとシーラを倒そうという魂胆だろう!」
「さすがに、気づかれたか! だが、もう遅い!」
イアンはそう言いながら、ソフィアの剣を上方に弾くと、体勢が崩れたソフィアの利き腕である右腕を攻撃しようとした。イアンの攻撃が当たれば、間違いなく、ソフィアの利き腕は使えなくなり、負けてしまうだろう。
「ソフィア!」
サラが何とか、ソフィアの援護に回ろうとするが、相手の騎士科の生徒に邪魔をされ、思うように動けなかった。シーラも、目の前の相手を何とかするので、精一杯であった。そして、イアンの剣がソフィアの右腕に迫っていた。
「……はぁ。本気を出すか……」
絶体絶命の状況で、サラはそうつぶやいた。その直後、ソフィアから凄まじいほどの殺気が放たれた。そして、体勢が崩れた状態から、無理矢理、剣を引き戻すと、強引にイアンの剣を弾き返した。
「なっ!!」
勝利を確信していたイアンの顔が驚愕に染まった。そのまま、ソフィアは体勢を立て直すと、横なぎに剣を振り抜いた。ブンという重低音とともに、重い斬撃がイアンの胴体を狙い、放れていた。
「ッ!!」
イアンは、明らかに、いつもより速く、重い斬撃を何とか剣で防御しようとした。だが、とっさに、防御の体勢をとったため、不完全な防御となっていた。
「おらあああ!」
ソフィアは、そう叫びながら、イアンの体ごと吹き飛ばした。その威力は凄まじく、イアンの体が放たれた矢のような速度で、空中に浮きながら、吹き飛ばされていた。
「うわああああああ!?」
イアンは、そのまま10mほど吹き飛ばされ、木に激突した。その瞬間、バンという凄まじい音が周囲に響いた。そして、イアンはピクリとも動かなくなった。
「あわわわわ! イアンが死んだかもしれませんの!」
サラは、イアンの状態を確認するために、サラの相手をそっちのけにして、イアンに駆け寄った。あまりにも凄まじい衝撃が周囲に響いていたので、相手二人と、ソフィアとシーラも駆け寄って来た。
「イアン、死なないで下さいまし!」
「……本当に死ぬかと思ったよ」
「良かった! イアンが生きていますの!」
どうやら、イアンは生きているようであった。だが、パッと見ただけで、イアンが重傷を負っているのは明らかであった。
「いや、悪い、悪い! 負けそうだと思ったら、剣を握る手に力が少し入り過ぎたわ!」
「少しじゃありませんの! 全力でしたの! 今回はイアンが生きていたから、良かったようなものでしたの!」
「ごめんって! まぁ、イアンも生きていたし、これで良いだろう!」
「……何が良いのか、さっぱり分かりませんわ」
「……ソフィアは危険」
サラとシーラがジト目でソフィアを見ていた。そして、イアンは重傷であると思われたので、相手の騎士科と魔法科の生徒の二人で、イアンに肩を貸すと、ベオン訓練場に向けて下山していった。サラ達は、それを見届けると、ベオン山脈にある山の頂上を目指して、歩き出した。
――サラ達が登山を始めてから半日が経過した。辺りは、すっかり暗くなっていたので、サラ達は登山を一旦中止し、野宿をすることにした。夜の山を歩くのは、転倒や滑落、道に迷う危険性があったためである。
ここまでの道中、生徒の組同士が戦っている光景を、何回か見かけたが、その生徒達にバレないようにサラ達は通り抜けていた。戦闘に時間がかかり、なおかつ、疲労が蓄積するからである。現状、普段からアリスに無茶苦茶な訓練をさせられているサラは、まだまだ、体力的には余裕であった。
ソフィアも多少、疲れているが、まだまだ動けるといった状態であった。問題は、シーラであった。
「……眠い」
シーラはそう言いながら、コクリコクリと頭を上下させていた。普段、あまり運動をしないシーラにとって、山道を登るという行為は、サラとソフィアが想像するよりも、疲れるようであった。今にも、シーラは眠りに落ちそうになっていた。
「シーラ、眠っても大丈夫ですの! あとは、私とソフィアで夜の見張りをしますの!」
「そうだな! だから、寝ても良いぞ!」
「……分かった」
シーラはそう言うと、すぐに眠ってしまった。焚火のパチパチと燃える音だけが、サラとソフィアには聞こえていた。また、時々、動物の吠える音が、夜の暗い森に響いていた。
「……たまには、こういうのも良いな。風情があって」
「そうですの? ワタクシは早く帰りたいですわ」
サラは、アリスとの山での訓練で数えきれないほど死にかけているので、山に良い印象がなかった。サラの言葉を最後に、会話が途切れた。無言の二人の間には、焚火が燃えていた。そして、数分後、ソフィアが口を開いた。
「……そういえば、アリスさんって、いつからサラの専属メイドなんだ?」
「2年前ぐらいからですわね。気がついたら、ワタクシの専属メイドになっていましたの」
「ふ~ん。いやさ、アリスさんって、私はあんまり戦う姿を見たことがないけど、かなり強いみたいじゃない。だったら、有名になっていても、おかしくないと思うんだよね」
「……確かに、そうですわね。しかも、強いだけじゃなく、ワタクシに、レイル学園の編入試験の勉強を教えられるくらい、頭も良いんですの」
「……そうなのか。本当にいったい何者なんだろうな? そんな完璧超人みたいな人は、姉上くらいしか知らないな」
「……姉上ですの?」
「……サラは知らないか。結構、有名なんだけどな。まぁ、姉上って言っても、一番上の姉上なんだけど。アリア・グレーンって名前、知らない?」
「……分かりませんの」
「そうか。まぁ、有名って言っても、主に軍関係者にしか、知られていないからな。知らなくて、当然か。姉上はさ、レイル学園を歴代最高得得点で卒業したんだ。しかも、最年少で王国最強の部隊である近衛騎士団の団長になったっていう、正真正銘の天才なんだよ」
「……何ですの、その完璧超人は? そんな人がいるなんて、信じられませんわ」
「まぁ、私がサラの立場だったら、同じことを言うと思うな。ただ、私は小さい頃から、姉上を見ているから、その天才ぶりは、嫌と言うほど分かっている」
「そうなんですのね。今も、近衛騎士団の団長を務めていますの?」
「いや、3年前にいきなり軍を辞めて、今は行方不明だな」
「軍を辞めて、行方不明!? なせですの!?」
「理由は分からない。ただ、今も、どこにいるのかまったく見当がつかないな」
「そうなんですのね」
サラとソフィアはそのような会話をしていた。そして、交代交代で、夜の見張り番をすることにしたサラとソフィアは、協力しながら、夜を過ごしていた。
――夜が明け、日が差し始めた。日が昇り始めたので、シーラを起こすと、サラ達は歩き出した。シーラは、昨日、ずっと寝ていたため体力が回復しているようであった。そして、三人は、順調に歩みを進めていた。
歩き出してから、数時間。とうとう、山頂の近くまで、サラ達は到着した。遠くの方に、マークが立っているのがサラ達からは見えた。だが、サラ達の目の前に、ある一つの組が立ちはだかった。
「やぁ、サラ! 君達を倒して、僕の組が一番を取らせてもらうよ!」
それは、グレン王子の組であった。グレン王子を確認した瞬間、サラはグレン王子のことで頭がいっぱいになった。
「ぐ、グレン王子ですの! カッコいいですの!」
「……はいはい。シーラ、戦闘準備!」
「……分かった」
頬に手を添えてクネクネしているサラは放っておいて、ソフィアとシーラはそれぞれ剣と杖を構えた。グレンの組の三人も戦闘準備を完了し、いつでも攻撃出来る体勢をとっていた。
「それでは、いくよ!」
グレンのかけ声を合図にして、グレンの組の三人が攻撃を開始した。相変わらず、サラは頬を染めながら、クネクネしていた。そんなサラを見逃す訳がなく、グレンの組の三人はサラに向かって、走って来ていた。
「ああ、もう!」
ソフィアは、何とかグレンだけでも引き離そうと、攻撃を開始した。対して、グレンはソフィアを無視出来ないと考え、迎え撃った。ガギンと剣同士を打ちつけ合う音が、鳴り響いていた。シーラは、グレンの組の残りの二人を足止めしようと、魔法を放っていた。
「氷壁」
シーラが魔法を唱えると、サラの目の前に、3mを超す氷の壁が地面の下からせり出すように現れた。だが、魔法科の生徒を足止めすることが出来たが、騎士科の生徒はそれを避けると、サラに攻撃をしていた。
「……あ!」
シーラは驚きの声を上げた。それと、同時にクネクネしていたサラの腹部に騎士科の生徒の蹴りが迫っていた。
「グレン王子、かっこ、ゴフ!」
何か言っていたサラの腹部に、騎士科の生徒の蹴りが突き刺さっていた。どうやら、無防備の相手に剣で攻撃するのは、さすがにないと思ったようであった。
結局、2対3では、勝ち目がないと判断したソフィアが、すぐに降伏をした。そして、登山訓練の結果は、グレン王子の組が1位、サラの組が2位であった。




