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 Cランク昇格祝に、レヤンとアネリーゼはご馳走を食べていた。

「おめでとうアネリーゼ。今日は僕の奢りだから、遠慮無くもっと沢山食べてくれ」

「ありがとうございます! 美味しいです! 嬉しいです!」

 アネリーゼの手元には山積みのナーンが置かれ、味の違うスープに浸したり、味を付けた肉を挟んでみたり、果物のペーストを塗ってみたりして、1枚、2枚······と、幸せそうな笑顔で次々と数を減らしていく。


「アネリーゼ、君は本当に勇気があるね」

「レヤンさんが背中を守ってくれるから、安心して戦えるんです」



『レヤン! お前が前に出るのは勇気では無いぞ! それは無謀だ!』



(───シュリア······)

 レヤンはシュリアの幻影を見た。レヤンも思っていた───アネリーゼのそれは分不相応な無謀であると。

(······シュリア、お前は···そうだったのか?)

 レヤンはシュリアの幻影(忠告)に耳を貸した。


 レヤンは理解した。シュリアの態度を理解した。シュリアは自分を危険から遠避けようとしていた。始めは優しく諭すように言っていたのが、次第に辛く当たるようになっていった。

 そしてそれは言葉に留まらず、行動にも起こされていた。毎日の点検の際に、弦に刃物で付けた様な傷を見落とすはずが無い。矢の羽根がボロボロになっているのを見落とすはずが無い。きっとそれはシュリアがやった事だ。自分に落ち度を作り、冒険者を辞退させようと、きっとそんな事を考えてやった事だ、と。

(ちゃんと話してくれよ───。ああ、そうか。僕がシュリアに向き合わなかったんだ。シュリアに認められようと、シュリアの言う事に対抗する様になって······)


 レヤンはシュリアを理解した。そして、

「レヤンさん······? レヤンさん! ぼうっとして、どうしたんですか?」

 レヤンは悩んだ。きっとアネリーゼも優しく言ったところで聞き入れない。きつく言っても反発されるだけだ。

 シュリアは結果的に失敗した。追い出して目が届かなくなってしまえば、後は本人の好き勝手に出来てしまう。


「アネリーゼ······僕は───」

 それならばレヤンはどうするか。冒険者を辞めろと言っても聞かないだろう。下手に罵倒してパーティーを離脱されては元も子もない───そもそもそれはレヤンの心情としても無しだ。

「───アネリーゼ、はっきり言って君は弱い。それでいて僕も弱い······。

 このまま二人で冒険者を続けたいけど、それだと君を危険な目に合わせてしまうかも知れない。僕だけでは君を守りきれないかも知れない。

 だから、このまま冒険者を続けるのなら、僕達はパーティーメンバーを増やすべきだと思ってる」

 “お前は弱い”、それはシュリアに言われてレヤンが傷付いた言葉だ。しかし相手を侮辱する意図が無く、戯れの中での大した意味の無い誂いでも無く、大切に思っている相手に本気で伝えるその一言に、レヤンは心を締め付けられる思いを感じた。


「レヤンさんは弱くないです! 私が弱くて足を···引っ張って······やっぱり私じゃ駄目ですか? もっと私頑張りますから! 私じゃ駄目ですか!」

 レヤンも分かっていた。アネリーゼがこんな事で納得してくれる訳がないと、

「アネリーゼ、僕は───、僕は君の事が大切だから、だから危険な目に合わせたくないんだ! もし君が取り返しのつかない怪我をしてしまったら、そんな事になったら、僕は───、僕はそんな事にしたく無いんだ!」

 レヤンはアネリーゼに思いの丈をぶつけた。まるで纏まっていない、自分で言っていて恥ずかしくなる様な、そんな裸の心をぶつけた。


「レヤンさん······嬉しいです───レヤンさんがやっと、やっと本気で私の事を見てくれた様で! 私、嬉しいです!」

 余裕の無かったアネリーゼの表情は、まるで花が綻ぶ様に笑顔を作り、レヤンはその満開の花の様な笑顔に見惚れ、周りの客は二人を肴に、ニヤニヤ顔で酒宴を進めた。

 食事を終えて外に出た二人は今日の別れを惜しみ、寄り道をしてから、レヤンはアネリーゼを彼女の自宅へ送って行った。



 翌日。レヤンとアネリーゼは、ギルドにメンバー募集の申請を出した。それにより、ギルドがソロ冒険者へ伺いを立て、上手くマッチングすればレヤン達のところへ話が来る。それと並行して、レヤン達も自分達の小遣いを稼ぎながら、自分の足でメンバーを探す事にした。


「フッ───私の相棒の魔獣は私しか背に乗せないし、荷も引かない高貴な奴さ」

「(レヤンさん、偏屈って言うんじゃないでしょうか?)」

「(力仕事を期待したんだけどな······。きっとそれが原因でパーティーが組めないんだろう)」


「私は魔法使いニャー。ソロだと大変なのニャ」

「(レヤンさん、もう二十代も後半で『ニャ』とか言ってますよ)」

「痛いな······。きっとそれが原因でパーティーが続かないんだろう」


 レヤン達はソロらしき人物に声をかけてみたり、ギルドから紹介してもらったりしたが、その誰もが一癖も二癖も有る曲者だった。

 そもそもソロで冒険者をやっているのは、他に馴染めない頑固者か、他が馴染めない奇人変人の類だ。しかし、それは裏を返せば“ソロでもやっていける実力者”と言う事になる。

 そんな実力者をパーティーに加えられれば、一気に安心感が増すところではあるのだが、今一つ最後の一声を掛ける勇気が出なかった。



 それからずるずると二人で危険度の低い依頼をこなし、この日も山菜採り程度で無難に済ませようと、二人は並んでのんびりと掲示板を眺めていた。

 すると扉が力無く開き、ギルド内に満ちたげらげらと他愛無い談笑の声が、ざわざわと心配する様な声に変わり、受付嬢達も何やら慌てだした。

「───レヤンさん!」

 その様子を窺ったアネリーゼは、少し慄いた声でレヤンを呼んだ。

「───ッ! シュリア!?」

 レヤンは驚いた。そこに居たのはシュリアだったからだ。

「レヤン!? お前、冒険者を辞───」

「そんな事はどうでも良い! その怪我はどうしたんだ!?」

 シュリアもレヤンの姿を見付けた事に驚いたが、その声はレヤンの心配の声が掻き消した。

 シュリアはボロボロのマントを纏い、装備も服も傷みが激しい。左の腰に提げた剣の鍔で捲れたマントの奥には、そこに有るべき筈の腕が無かった。

 レヤンの視線はマントの奥を覗いており、それに気付いたシュリアは、右手でマントを手繰り寄せる。

「───仲間と一緒に失った。······済まないレヤン···思い出したくないんだ」


 シュリアの絶望の表情に引かれ、場の空気が重苦しくなり、誰も言葉一つ発せないでいたその時。扉が勢い良く開け放たれ、屋内の事等知る由も無い男は叫ぶ。

「緊急事態だ! 赤が上がったぞ!」

 さっき迄の空気は何だったのか、冒険者も職員も、一斉に外の様子を確認する。

 森の中の二本だけ飛び抜けて高い木が有る辺りから、一本の赤い煙の柱が立ち昇っていた。それは想定外の強敵に遭遇した際に、周りに自分達の危機を報せる魔法の煙だ。


「あれは何の依頼だ!」

 真っ先に声を上げたのはシュリアだった。受付嬢は慌てて進行中の依頼の木札を確認し、内容を読み上げる。

「北の森の『番の巨木』の辺りで、ゴブリンの討伐の依頼が出ています! 受けたのは···二人組のパーティーです!」

 冒険者達はざわついた。ゴブリン程度で赤が上がるのは考え辛く、もっと森の奥に居る様な強力な魔物が、餌を探してふらっと出て来たのではないかと想定したからだ。


 誰も動こうとしない状況に、痺れを切らしたシュリアの足が一歩動く。そして次の一歩が出されようとした時、レヤンの言葉がその足を止めた。

「シュリア! 僕が行く!」

 シュリアはその言葉に唇を噛み締め、レヤンの方を振り向き言葉を解き放つ。

「お前一人が行って何になるんだ! 危険だからここで待っ───」

 シュリアの言葉が止まる。それはレヤンの隣に一人の女が並んで立っていたからだ。

「レヤンさんは一人じゃありません! それに待っているべきは貴女です! 貴女は強かったのかも知れません···ですが、貴女は死にに行きたいんですか? 今貴女がやろうとしている事は、ただの無謀です! 私達が···レヤンさんと私が行きます!」 

 アネリーゼの心を見透かしたかの様な一喝に、シュリアは怯んだ。そしてアネリーゼの言葉は、燻っていた他の冒険者の心を焚き付ける事になった。


「私の相棒は私以外を背に乗せないが、鼻が利くし、ゴブリン程度など物の数ではない」

 レヤン達が声を掛けていた魔獣使いの女が名乗りを上げた。彼女の相棒のガルーダは、猛禽類の様な嘴と、鋭く丈夫な爪を備えた前脚を持つ大型の犬型魔獣だ。その戦力はこの一帯での上位に入り、ガルーダが居れば、やたら硬い奴以外はだいたいなんとかなる。

 ただし、魔獣使い自体の戦闘能力は低く、先に魔獣使いの方がやられてしまうと、魔獣と意思疎通のできる者が居なくなり、連携どころでは無くなってしまう。


「ニャー! ガルーダの嘴と爪が効かない様な奴は、私の大魔法で木っ端微塵に爆砕させるニャ!」

 ギルドからレヤン達に紹介された魔法使いの女も声を上げた。大魔法は魔法使いの最終奥義であり、その威力は岩石を砕き、当たれば勝ちの人類の最大火力だ。その反面一発で魔力をほぼ使い切りる事から、細かい魔法を使い過ぎて大魔法に回す魔力が無くなったりと、使い所は難しい。

 魔法使いの通常戦闘能力自体も低く、もし魔法を使えなくなった魔法使いが帰りの道中で野生のガルーダと対峙したならば、一瞬で額に嘴が刺さる事だろう。


「ありがとうございます! お二人の事は私とレヤンさんがお守りします!」

 レヤンの矢とアネリーゼの剣、則ち人類が産み出した鋼の硬度はガルーダの嘴と爪を凌ぐ。その武器と魔法を以て、援護や牽制と臨機応変に立ち回り、魔法使いの切り札を温存させ、時には繊細に弱点を突く。それは魔獣使いや魔法使いには出来ない戦い方だ。


「シュリア───心配してくれてありがとう。戻ったら、今度はちゃんと向き合って話をしよう」

 レヤン達はギルドを飛び出し、森へ駆けて行く。

「······レヤン、大きくなったな」

 レヤンの背中を見送るシュリアの目から、大粒の涙が溢れ、頬を伝うのだった。




ーEND4 もし、その勇気があったのならー


 嫌われる勇気で強く当たったシュリア、嫌われても良い勇気で向き合ったレヤン。レヤンは新たな冒険の第一歩を踏み出した。

作品を投稿する勇気


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