END3
レヤンは弓使いだ。自分の得物なら、自分の身体の様にその形状を把握している。
レヤンはアネリーゼと目が合った。アネリーゼは覚悟を決めた目をレヤンに向け、レヤンは今、彼女の眉間に矢を射ろうとして───いた。
「アネリーゼ───ごめん······ッッ!!」
レヤンは首に刃を当てられているのもお構い無しに、振り向き様にゴブリンの目に末筈を突き入れた。
「ギャアアアッ!!?」
眼球を抉られたゴブリンのリーダーは叫び、短剣なんぞ手放し、潰された右目を押えて痛みに悶える。そこへ向けられたのは、ギチギチに弦を引き絞った矢の先端だった。
「ギィ───!」
視界がブレたレヤンが放った矢は、背中からゴブリンの胸を貫通し、ゴブリンはさらなる痛みに声も無く苦しむ。
絶好の追撃のチャンスであるが、レヤンはゴブリンに攻撃を仕掛けない。レヤンには他にやる事がある。
レヤンは手元に落ちていた短剣を掴むと、朦朧とする意識の中、アネリーゼに向けて投げつけた。
「───ッ!!」
レヤンは何かを叫んだが、しかしそれはヒュウヒュウと息が漏れただけで声にはならなかった。
アネリーゼを囲むゴブリン達は、武器を取り上げて裸に剥いた獲物相手に慢心していた。後は引き摺って帰るだけだと武器を収め、直ぐに反撃に転じられる状態では無かった。
レヤンの投げた短剣は、アネリーゼから狙いを外している。それはアネリーゼを楽にする為に投げられたのか、ゴブリンを仕留める為に投げられたのか、レヤンの言葉が紡がれなかった為に真相は不明だが、アネリーゼの正面には邪魔者は居らず、短剣の軌跡は余裕で追う事が出来た。
アネリーゼは剣士だ。例え彼女の才能が平均値以下でも、剣を扱う事に関しては優れている部類に入る。暴投気味に投げられた剣にちょっと触り、その軌道をずらす事も可能だ。
アネリーゼは脚を蹴り上げ、縦回転して飛んで来る短剣の柄に爪先を掠めさせる。アネリーゼにより回転数と軌道を調整された短剣は、彼女の髪を掴むゴブリンの眉間にサクッと刺さった。
アネリーゼの髪を放して倒れて行くゴブリン、その眉間に刺さった短剣をアネリーゼの手が追う。髪を掴むゴブリンはもう一体居るが、痛かろうが、髪が抜けようが、そんな事は千載一遇の好機の前には小事。
ゴブリンの眉間から短剣を引き抜いたアネリーゼは、髪を掴むゴブリンの胸を突き、喉を裂く。
「レヤンさん! 直ぐにそっちに行きますから!」
開放され自由になったアネリーゼは、短剣片手に残り四体のゴブリンと対峙した。
ゴブリン達は仲間を二体失ったところで、ようやく武装した。統率された行動が強みのゴブリンの集団であったが、統率者が機能不全に陥った弊害で、個の判断が遅れた様だ。
棍棒を持った奴が二体、棍棒と短剣を持った奴が一体、それとアネリーゼから奪った剣を持った奴の計4体。アネリーゼは隊列の端に居る棍棒と短剣を持った奴を狙う。剣で容易に両断出来ない重い棍棒を片手で持ち、もう片方には大して使えもしないであろう短剣を持った愚かな奴。そしてそいつは、リーダーから教わった手筈通りに、アネリーゼの剣を封じに掛かった。
アネリーゼもバカでは無い。棍棒に剣をとられるなんて失態は二度も起こさない。アネリーゼは力の足り無い腕で鈍重に振られる棍棒を躱し、ゴブリンの短剣の間合いに入る事無く、ガラ空きになった喉に短剣を投擲した。
ゴブリンを更に一体仕留めたアネリーゼだが、今は丸腰。最も近くの敵はアネリーゼの剣を持ったゴブリン、そして他の二体も既に動き出し、あまり余裕は無い。武器はゴブリンが落とした短剣と棍棒、そして喉に刺さったままの短剣。
アネリーゼは棍棒を掴むとゴブリンが振った剣を受け止め、苦汁を飲まされた事をやり返す。
「グゲェ!?」
「返して!」
ゴブリンは棍棒から剣を外そうと引っ張り、アネリーゼはゴブリンが握る剣の板状の鍔を掴む。アネリーゼは鍔で剣を操作し、棍棒で押し込み、ゴブリンの頭に刃をめり込ませた。
頭が割れ、倒れて行くゴブリンから自分の剣を奪い返し、残りの2体を迎え討つ。
「ウインドカッター!」
アネリーゼは不可視の刃を一体のゴブリンに放って足止めし、もう一体ゴブリンの棍棒を剣の腹で受け、勢いを殺さず顔面に切っ先を抉り込む。
ゴブリンが剣からズルっと抜け落ち、アネリーゼは次の敵に向かう。不可視の刃に腕を切り裂かれ、棍棒を落として慌てふためく最後のゴブリンは、容易く首を刎ねられた。
「レヤンさん!」
取り巻きのゴブリンを全て倒したアネリーゼは、レヤンの下へ駆け寄ろうとするが、ゴブリンのリーダーは地面に横たわるレヤンの首に、レヤンの矢を突き付けていた。
アネリーゼは唇を噛み締め、足を止めてレヤンを見る。
「······レヤン···さん···?」
レヤンは動かない。足も、腕も、指先も、口も動かなければ胸すら動かない。そして何より、目が動かない。何処を見ているのかわからない。もう何処も見ていないのかも知れない。
「うわああああ───っ!」
アネリーゼは叫んだ。アネリーゼは駆けた。アネリーゼは剣を振り上げた。
「ギ、ギギィヤァァァァッ!」
ゴブリンは叫んだ。ゴブリンは命乞いをした。ゴブリンは両腕で頭を守った。
アネリーゼの剣はゴブリンの腕を両断し、脳天から胸までをバッサリと割った。
アネリーゼはレヤンの顔を撫で、瞼を閉じる。
「レヤンさん······レヤンさん···、貴方の勇気のお陰で私は助かりました。······ぅうっ、レヤンさん!」
アネリーゼの頬を伝い、大粒の涙がボロボロとレヤンの顔を濡らしていく。
「レヤンさん、今助けを呼びますから───」
アネリーゼが救難信号の赤色の煙の魔法を上げようとした時、森の中からパキッと枝を踏み折る音が聞こえてきた。
アネリーゼは自分の剣を握り様子を窺う。
「───ッ! ふ、ふふっ! あははっ!」
アネリーゼは笑う。森の奥から現れのは20体くらいのゴブリンの群れだった。
「ははは······レヤンさん、一緒に町に帰りましょう···だから、勇気を下さい!」
アネリーゼは落ちていたレヤンの短剣を拾う。
「私達は帰るんだ! 死にたい奴からかかって来いよぉおおお!」
アネリーゼは救難信号の魔法を打ち上げると、自分の剣とレヤンの短剣を高々と振りかざし、ゴブリンの群れを迎え討つ───
ーEND3 絶望に屈しないー
命を賭して抗ったレヤンの不屈の勇気は、アネリーゼに引き継がれました。アネリーゼはレヤンと一緒に町に帰る事が出来るのか? 戦えアネリーゼ! 負けるなアネリーゼ!
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