出会い
あれから数日後、レヤンの姿は森の中にあった。首には冒険者証が下がり、まだ冒険者は辞めていない様だ。ただし周りに仲間の姿は無く、一人で活動をしていた。
「もう少し採れるかな?」
今レヤンが受けているのは町の商人からの“山菜採り”の依頼で、特に指定は無く、採ってきたもの次第で報酬も変わる。レヤンは抱えた籠にまだ入りそうだと、もう少し粘る事にした。
少し森の奥へ踏み入ったレヤンは、揉むとひんやり冷たい汁が出て、疲労した場所に当てるとスゥゥと気持ち良い薬草を見付けた。シュリアと冒険者を始めた頃に、まだ山歩きに慣れない脚に塗って疲労を和らげていたものだ。
「懐かしいな。シュリ······」
レヤンはポロッと溢れた言葉を咄嗟に飲み込み、頭を振ってソイツを振り払い、薬草を少し潰して額と鼻の先にちょんと付ける。悩んだ時にこうすると、頭がクリアになって気持ちがスッキリするのだ。
レヤンが鼻で大きく息を吸い清涼感を感じたその時、少し遠いが確かに女性の悲鳴が耳に届いた。
『───ァァァ───!』
「ん? 悲鳴·····か?」
レヤンは山菜の入った籠を降ろして弓を持つと、フっと短く息を吐いて自らを奮い立たせ、声のした方へ駆け出した。
木々の隙間からレヤンの目に映ったのは、後退る少女と4匹の狼だった。その狼の内1匹は大きく、後の3匹はまだ小さい。恐らくは親が狩りを教えているところなのだろう。
そしてその標的にされた少女は、何とも心許無い短剣を仔狼に向けて威嚇している様だった。
(ウインドボール······)
レヤンはそおっとウインドボールの魔法を放ち、木の陰に身を隠して矢を番えた。ウインドボールの魔法は、大気中にも存在し、生き物の体内にも存在する魔法の元となる魔力の塊だ。風の球と言うだけあって、ただ単に魔力を球状に固めただけのそれは、威力は低いが無色透明の不可視の遠距離攻撃に使える便利な魔法だ。
レヤンが狙ったのは狼達を越えた先の木で、狙い通りウインドボールが命中し、突然の物音に狼達と少女の注意がそっちへ向くと、透かさずレヤンは左腕を木の幹で支え、確実に狙いを付けて矢を放った。
「ギャッ───」
親狼は後頭部から矢で射抜かれ、短い断末魔を上げて倒れた。親狼が突然倒れて動かなくなると、仔狼達は少女から離れて親の元へ駆けて行く。
それを以て場の制圧と判断したレヤンは、少女に声を掛けた。
「大丈夫かですか? 怪我は有りませんか?」
木陰から現れたレヤンに驚き、仔狼達は距離をとって唸り声を上げ、少女の方は安堵の声を上げる。
「助かりました! ありがとうございます! 怪我は······大丈夫です! ちょっと擦り剝いただけです!」
少女は身体の状態を確認し、すくっと立ち上がると、スカートの汚れを払う。少女の装備はワンピースに短剣を提げるベルトを巻いただけの舐めたものだが、装備を揃えるカネの無い新人なんてそんなもので、当然装備相応の依頼しか受ける事は出来ない筈だった。
「君は······狼退治の依頼を受けたのかい?」
「い、いいえ! 薬草です!」
「そうか···運が悪かったね。もう片方の親が来るかも知れないから、一先ずここを離れよう」
そう言いレヤンは少女の手を引き、その場から離れる。二人が十分に離れると仔狼達は親の元へ駆け寄り頬を擦り寄せた。
レヤンと助けられた少女アネリーゼは森を歩いている。アネリーゼの籠は何処にあるか分からないので、レヤンの籠の中の薬草を、彼女の分として納める事になった。
「ありがとうございますレヤンさん!」
「気にしなくて良いよ。余計に採っていただけだから。それよりアネリーゼはソロなのか?」
「は、はい! まだ始めたばかりです! 天啓の儀では“剣士”と言われました!」
天啓の儀とは、16歳の成人を迎えた男女を対象に、ギルドが無償で行っている職業診断の占いの様なものだ。
それは鑑定士と呼ばれるギルドの職員によって行われ、「冒険者を増やす為」「胡散臭い」等と言われながらも、「裁縫職人」「料理人」「農家」と、冒険者以外の分野でも適職は伝えては貰えるので、悪態をつかれながらも、しっかりと受け入れられている。
その天啓の儀にて、レヤンが助けた少女アネリーゼは剣士で、レヤンは弓使いだと言われていた。
アネリーゼは、レヤンの適職が見た目通りの弓使いだった事を聞くと、レヤンの手を握って跳ねるほどに喜んだ。
「レヤンさんもお一人ですよね!? 私···ちょっと決心が遅れちゃいまして、幼馴染のパーティーに入れてもらえなかったんです······。だからレヤンさん! 私とパーティーを組んでくれませんか? 私とレヤンさんで、剣士と弓使い! 最高の組み合わせですよ!」
『私の剣とレヤンの弓なら、どんな魔物が相手でも負けはしないぞ!』
その時レヤンの脳裏に、シュリアの言葉が想起された。
「───っ! 幼馴染となんてパーティーは組まない方がいい······」
「······え?」
レヤンの口から放たれた怒気を孕んだ言葉に気圧され、アネリーゼはレヤンの手を放し一歩退いた。アネリーゼの反応に、そこまで脅す気は無かったレヤンは頭を掻いて愛想笑いを返す。
このままアネリーゼをソロで活動させるのも危なっかしい事から、レヤンはアネリーゼに応えた。
「驚かしてごめん。パーティーは組もう。僕も前衛が欲しかったから、助かるよ」
「本当ですか!? わあ、嬉しいです! 宜しくお願いします······あ」
レヤンの答えにパアっと明るい顔を作ったアネリーゼだったが、何か重要な事を思い出した様で、直ぐに表情を暗くした。
「レヤンさんは······ランクは何ですか? わ、私は······E······です」
冒険者にはA,B,C,D,Eの5段階のランクがあり、レヤン達にとってはギルドが使う未知の文字ではあるが、EからAの昇順にランク付けされている。
アネリーゼのEランクで受けられる依頼は、近場での採取や町の手伝いくらいで、Dになると獣退治、Cにはゴブリン退治を達成する事で昇格し、依頼の受注に条件は無くなる。それ以上はもう個人の趣味で、Bは国内を、Aはギルド加盟国を自由に行き来する事が出来る様になる制度だ。
「僕は一応Bランクだよ」
「じゃあ無しです! 今の話は無しです!」
冒険者は個人の評価と別に、パーティーとしても評価される。その評価基準は“パーティーの最低ランクに合わせる”となっており、二人がパーティーを組んだ場合はアネリーゼに基準が取られ、パーティーとしてはEランクになってしまう。
「構わないよ。僕はシュリ······僕は気にしないから」
レヤンは「シュリアに言われてBランクの試験を受けただけ」と、そう言いかけて言葉を飲んだ。アネリーゼはレヤンのその様子に女の感がビビッと働き、再びレヤンの手を握って言う。
「では今の話は無しは無しで! 宜しくお願いしますレヤンさん! 私、直ぐに追いつきますので!」
『レヤン、私は勇者だからな。得意な分野は勇敢な事だけらしい! だけど弓の腕だって、直ぐに追い抜いてやるぞ?』
『幼馴染ってだけで成り行きで作っただけ。それに何? 弓以外!? お前の何処に弓以外に価値が有ったの?』
結局シュリアは弓の腕前でレヤンを追い抜く事は無かったが、シュリアはレヤンを置いて何処かへ行ってしまった。
レヤンはアネリーゼの言葉にシュリアの言葉を重ねて不安を覚えたが、再びそうなろうとも二度目となれば覚悟が出来ている。
「改めて宜しく、アネリーゼ」
二人はギルドへ戻り依頼の精算を済ませると、正式にパーティーの登録を済ませた。