別れ
よろしくお願い致します。
少年は弓を持ち、弓幹を本弭から末弭へ目を通し、弦に指を掛けて弓をしならせ、弦の張りと傷みを点検する。続いて矢筒の矢を取り出し、鏃と羽根の状態を一本ずつ丁寧に点検していく。
「よし! 大丈夫だ。もう足を引っ張るわけにはいかないからな!」
少年は道具入れのポーチを腰に巻き、革のマントを羽織り、弓矢を担ぐと部屋の扉を開けた。
少年が向かった先はこの町のギルドの支部。ギルドは今や世界に展開する様々な依頼の仲介業者で、そこに所属する請負人達を、誰が言い出したか冒険者と呼んでいる。少年はそのギルドの冒険者であり、今日もギルドの入口前で仲間と待ち合わせていた。
「ごめん、みんな! 待たせちゃっ······シュリア、その人は?」
ギルドの前には既に仲間が待っており、少年がシュリアと呼んだ少女と、仲間の男が二人、それと面識の無い男が一人居た。
「レヤン······」
シュリアは弓矢を担いだ少年、レヤンと顔を合わせると、眉間に皺を寄せ言葉を続けた。
「レヤン、お前には今日この場でパーティーを抜けてもらう」
突然の予期せぬ言葉に、レヤンは意味を理解するのに時間を要した。
「待ってくれ! 今日はちゃんと弓の点検をして来たんだ! この前の様にはならないから!」
食い下がるレヤンに、シュリアの拳は固く握られ、細かく震えていた。
「レヤン、お前は何度言えば分かる? 何度言えば足手纏だと理解出来るんだ? 武器の点検なんて基本中の基本だ。それに前も“ちゃんと点検してる”と言っていたではないか。お前の点検なんて信用出来無い。どうせまた肝心なときに壊れる。絶対にだ」
シュリアに捲し立てられ、レヤンは返す言葉に詰まってしまう。シュリアの言っている事は全く以てその通りで、助けが入らなければレヤンは命を落としていたかも知れない。しかもそれが、このところ何故か立て続けに起こってしまっていた。
ぐうの音も出ないレヤンに、シュリアは更にたたみ掛ける。
「お前が居ては私達は冒険を楽しめない。私はお前の代わりの······代わりでは彼に失礼だな。お前より優秀な弓使いの彼をパーティーに加えて、私達はこの町を離れる事にした。
もうギルドには言ってあるから、後はお前がパーティー脱退の手続きするだけでいい。そのくらいは出来るだろう?」
「な、なんだよそれっ!」
レヤンはシュリアに詰め寄った。レヤンは理解が出来なかった。シュリアの言っている事が理解出来なかった。何故ならば───
「なんで! 僕達が作ったパーティーなのに、なんで僕を無視して僕を追い出すんだよ! そんなのおかしいだろう! それに弓以外でだって皆を手伝ってきたんだぞ!」
レヤンの言葉にシュリアは溜め息をついた。それは最後につっかえていた何かを吐き出す様に、深く深く溜め息をついた。
バチィーン
レヤンは尻もちをつき、ジンジンと熱くなる頬に手を当てる。顔を上げてシュリアを見ると、彼女の右手が大きく振り抜かれていた。
「それよ! 女にひっぱたかれてしりもちをつく······情け無いのよ! お前は弱いのよ! そんなんだから足手纏いなの! ···もう冒険者辞めちゃいなさいよ······!
パーティーだって、幼馴染ってだけで成り行きで作っただけ。それに何? 弓以外!? お前の何処に弓以外に価値が有ったの? 他の事なんて皆出来る事よ!
嫌だわ、ホント嫌だ! 弱い男って情け無い。お前は男の価値も無いのよ!
───良い? 脱退の手続きをして、ついでに冒険者も辞めるのよ。さあ皆、こんな奴置いて私達は行きましょう」
シュリア達は一切振り返らずに歩いて行く。その堂々たる背中が、頬に手を当て無様にへたり込むレヤンに、これが現実である事をまじまじと知らしめる。
「くそぅ······」
レヤン達が作った人集りも、いよいよ飽きが来て疎らに分かれて行く。レヤンもふらふらと立ち上がると、ギルドの建物へ向かって歩いて行った。