番外編 この石に懸けた誓い
私はマロン、何者かになる夢が潰えた只の女子高生のはずの人
私の両親は、昔から本当に仲が良くて、私もそんな家族の輪の中で、ずっと、満たされていた
あの頃は…生きているだけで、幸せに思えた。お父さんやお母さんと一緒にいること、それだけが生きている意味に思えていた
あの日までは……
突然に、なんの前触れもなく、お父さんがいなくなってしまった
何があったかなんてわからない、もう知ろうとも思わない
残されたのは私とお母さんの2人だけ
だけど、あの時私はまだ若かった
まだ、バイトをする事すら出来なかったし…1人で食べていくなんて到底できない子どもだった
だから、お母さんが帰ってくる時間はどんどん遅くなって、私は1人になっていった
それも帰ってくる時も、お父さんがいた時のような笑顔ではなく、魂が乾いたように窶れ切った顔をしているだけだった
どうしてこんな事になったのか、なんでこんな目に遭わなきゃいけないのか
そんな事を考えていられる余裕は、私にはなかった
孤独。私にあったのはただこれだけ
どうしてお父さんは突然いなくなってしまったの?お母さんはいつになったら前のような笑顔を見せてくれるの?いつまでこんな日が続くの?いつになったら終わりがくるの???
考える余裕すらないまま、私は絶望感に蝕まれていった
そんな日の中、当たり前のように朝が来て目を覚ましたら、その目に映ったのは、お父さんのいた家ではなかった
暗くて狭くてなにもない、全く見た事のない空間
けど誰かに、この空間ごと誰かに担がれて、何処かに移動させられているのが感覚でわかった
前にも後ろにも右にも左にも上にも下にも、お母さんの姿はない
けれど突然、誰かに担がれている感じがしなくなって、代わりにこの空間ごと地面に置かれたのを感じた
かと思ったら、突然天井が開いて、眩しくなった
その眼に映ったのは、雲一つない青空、どうやら外にいるようだった
この時私は、異常なほど冷静に辺りを見渡した
辺りには指の爪くらいの石だけで構成された地面と、その先に一面海が広がっていて、私は模様のない木製の棺桶の中に入っているようだった
それがわかった途端、私は無意識にそっと立ち上がって、棺桶から外に出た
みしっと地面に踏み入れると、再度辺りを見渡した
そこには黒いタキシード服とサングラスをした男の人が数人と、神社の神主さんのような格好をした知らないおばさん
そして、お母さんがいた
そのおばさんとお母さんが、何かを話している、内容はよくわからない
「ね、ねぇお母さん…どこ?ここ、もしかして、お父さん…ここにいるの?」
小さく、本気で期待してお母さんに尋ねてみる、けれどお母さんは私の声が聞こえていないかのように私を無視した
「ね…ねぇお母さん…」
「うるさいわね!!!今大事な話しているんだから黙ってなさい!!!」
「ひっ…」
ものすごい剣幕で怒られた
今まで、お母さんに怒られた事は、特にお父さんがいなくなってからは何回かあったけど、こんな風に怒られたのは始めてだった
「では、妙光大明神様へのお貢ぎは、これで間違いないと」
「はい、これで全ての儀式は完了しました。あなたのお子様は、妙光大明神様の元へ誘われるのです」
2人があまりよくわからない話をした後、お母さんが虚な笑みで近寄ってきた
そしてようやく、私と話してくれた
「いい、マロンちゃん、貴方はね、妙光大明神様の捧げ物に選ばれたの、これは誇らしい事なのよ。それじゃあ、今までありがとう、貴方は最後まで私の自慢の娘だったわ、それじゃあね。」
たったそれだけ、それだけを言って、お母さんは他の大人達と一緒に、岸に停泊させられている3つのボートの方へと歩いていった
もちろん、この時の私は、お母さんの行動と言動…その全ての意味がわからなかった
いや、本当は薄々勘付いていたのかもしれない、けど、それを認めたくなかった
「待っ、待ってよお母さんさん!捧げ物ってどういう事!?マロンは、この後何をすればいいの!?」
私はしがみつくように追いかけた、必死に呼び止めた
「!?言葉の通りよ、貴方はここで妙光大明神様の御降臨を待つの、良かったわね」
それが、最後に聞いたお母さんの声だった
その後、お母さんは私を突き放して、知らない大人達と一緒に帰っていった
私を置いて
私は、何処なのかもわからないこの島に取り残された
もう、何もかも考えられなくなって、わけがわからなくなって、ただ私は、目元に涙が込み上げてきた
だけど、泣くことはできなかった、何故だか、泣いてはいけない気がしたから
3時間その場に座ったまま立ち止まって、その後不意に、島の奥の方を目指して歩いた
今ならわかる、たぶんお母さんは、何かの宗教にのめり込んだのだろう
お父さんが消えたショックと、1人私を育てないといけないストレスと苦痛で…
私の…せいなのかな?私のせいで、お母さんはあんな風になっちゃったのかな?
だとすれば、今こうなっているのはある意味では当然の報いなのか…だけど、それを認めたくない自分もこの時から既に存在していた
島の中には、意外にも何人か人がいて、普通に賑わっているようだった
だけど、私はその中に助けを求める事を、どういうわけか拒んだ
この時の私は、何故こんな事になったのかわかっていなくて、けどお母さんに捨てられたという事実だけは、おぼろげながら感じていた
それがただただ恥ずかしくて、そんな姿を人に見られるのも恥ずかしかった
だから、あれだけ大勢いた人達に、私は1人も声をかけられなかった
もうしばらく島を歩いていると、やがて大きな階段にやってきた
その階段を登り切った先に、小さなおやしろが置かれてあった
後でわかった事だが、ここは沼島という島で、このおやしろも、この様に纏わる神を祀っているものらしい
そしてそのおやしろに、一つ、それにはあまり似つかないものが置かれていた
黄色い、ひし形の石…誰かのいたずらで置かれたのだろうか
だけどその石には妙に引かれる何かがあって、私はいつの間にか、引き寄せられるように、その石を手で触れていた
その瞬間その石が、私の体と共に眩しく光だして、黄色いフリル衣装にピンク色の大きめのリボン、そのリボンの中央にクリスタルと、白いスカートと真っ白なグローブ…これらが瞬く間に着装されて、最後に瞳の色が黄色く変化した
それと同時に、もの凄い力が体中から湧いてきた
よく人は、権力を持つと変わるというが、私のもそれに近いのだろう
突然湧き出てきたこの力が自分のものなのだと実感すると、これまで感じていた無力感はいつの間にか消え去った
代わりに、これまでずっと押し殺していたある感情が、抑えきれないほど湧き出てきた
「私がこんな目に遭っているのは、全部勝手にいなくなったお父さんのせいだ―――――」
今でもわからない、どうして、いなくなってしまったのか
浮気?失望?でもそんなのはどうでもいい
私が魔法少女であり続ける理由は、あの日に誓ったあの言葉
「世界のどこかで、今ものうのうと暮らしているお父さん…絶対、見つけ出して………私が、必ずこの手で殺す」
流石に投稿しないとヤバいなと思って更新しました。これからも不定期になると思いますが、それでもよければご覧下さい