なればかつて君のいた世界の話
「ところで、先に改めて聞いておきたいんだが」
「何?」
ミスター・ファルカスと別れた僕たちは、急ぎ足で人狼たちの集落があるという、【大森林】へと向かっていた。そんな中、デッドは僕に向かって尋ねた。
「お前は、何者だ?ジョン・ドゥ」
「…」
嫌になるほど、単刀直入に。
別に、ひた隠しにしているわけじゃないから良いんだけれど。それでも、何となく言い淀んでしまうのは、先程のミスターの反応を見てれば、分かる。僕の身に起こった、そしてかつての世界に起こった出来事を信じられる訳がない。僕だって、唐突にそんなことを言われたら、まず元ネタの確認をして、本気で言ってるなら病院を勧める。
「まさか、【創生神】に名を連ねるような存在じゃねえだろうな」
しかし、話は僕の予想とは違う方向へと転がっていった。
「ごめん、創世神って何?」
「何もクソも文字通り、この世界を作った神のことだが」
「デッド、ジョンはまだこっちの事情に詳しくないんだよ。神のことも、使徒のことも、全然知らなかったくらいなんだから」
僕の返答に困惑した様子だったデッド、それに助け舟を出したジョンだったが、それが助け舟になっているかは甚だしく微妙だった。デッドの表情が更に怪訝そうな表情になっている。
「…あながち、神話の時代の存在ってのも、間違ってはねえのか?てか、その様子だと」
「神話も、知らないです」
「だよな。俺も触りしか知らん。ダンタリオン、お前はどのくらいだ?」
「諳んじられる、ってほどじゃないけど、噛み砕いて良いならイケるよ。ええと」
そんな風に前置きしてから、彼は話し始めた。その、神話とやらを。
「昔々、この大陸が生まれる前の話。世界は、今よりもっと広く、もっと進歩していて、もっと狂っていました」
「世界には多くの人間が繁栄しており、文明を築いていました」
「けれど、その繁栄は人間だけの力で成し遂げた訳ではありません。後押ししていた存在こそ、神です。神がいたからこそ、人間たちは人間の敵である竜や魔獣たちから守られていたのです」
成る程、確かに、今ダンタリオンが語ってくれている神話は、僕がいた世界と符合するものがある。バーナム効果とも言えなくもないが、少なくとも僕の身体はこの世界にあるんだ。少なくとも、どこかで繋がっているのは間違いない。それに、最終的な判断は最後まで聞いても遅くはない。
「そして、神には強力な仲間たちがいました。人の身でありながら、神に等しい力を得た者たち。彼らと協力して、神はより良い世界を作ろうと腐心しました」
「しかし、突如としてそれを阻むものが現れます。神に等しい力を得た人間の一人が、世界を滅ぼそうとしたのです」
「神は何とか、世界の滅びを食い止めることが出来ました。しかし、滅びの危機はまたすぐにやってきました。【破壊神】が世界を破壊し始めました」
「一度目の危機とは比べ物にならないほどの力に、神とその仲間たちは敗北しました。そして、そのまま、世界は滅びを迎えました」
「【破壊神】は滅びを迎えた世界と共に消えるはずでしたが、彼女の力は余りにも強すぎました。彼女は世界が消えて尚、存在を保ち続けました。そのまま彼女は無の中で、無限の時を過ごしました」
「ある時、転機が訪れます。彼女の目前に、何かがありました。無ではない、何か。それは、他の世界の残滓です。滅びを迎えた幾億もの世界の欠片が、空に浮かんでいたのです」
「【破壊神】は無心でそれらをつなぎ合わせ始めました。滅んだ世界たちを継ぎ接ぎ、新たな世界を生んだのです」
「それが、この世界の始まり。【破壊神】にして【創世神】、ラ・バースの生誕」
そこで、ようやくダンタリオンは言葉を切り、一息ついた。
無言のまま聞いていた僕は、ただ理解する。この世界が、僕が元いた世界と地続きであることを。
「良く覚えてんな」
「うん。デンジャラスライオンはラ・バース信仰を奨励してたからね、何度も聞かされたから嫌でも覚えるよ」
予感はしていた。僕や僕の世界にあったものが存在していること、あの時滅んだはずのものがここにあるということ。更に言えば、今こうやって言葉が通じているということ。それはつまり、どこかで2つの世界は繋がっている。そして、少なくとも僕がいた世界でそれが出来るのは、世界を再び作り直すなんてことが出来る人物は、彼女しかいない。
「それで、どうなんだジョン。お前は創生神様の同類か?」
「同類なんて、逆立ちしても言えないけれど、そうだね、関係はある。僕がいたのは、その滅びた世界とやらだよ」
冗談めかして言ったデッドに、僕は肯定の意思を示した。それを聞いたデッドは、分かりやすく獣面を作り、言った。
「…おいおい、こっちは冗談のつもりだったんだが」
「でも、納得はできるよ」
頭を抱えて言ったデッドに対して、ダンタリオンはただ、頷いた。
「ジョンが誰にも知られていない理由も、ここのことを殆ど何も知らない訳も、人並み外れた力を持ってることも、全部が納得に値する根拠になると思う」
「ま、否定する理由もねえか…」
訥々と信じる理由を挙げたダンタリオン。デッドは、小さくため息を吐いてから、納得した様子を見せた。
「おいジョン、このこと他に誰かに話したか?」
「いいや、誰にも。信じてもらえるとも思ってないし、信じられても厄介だろうし」
「正解だ。言うだけならまだいいが、お前には人並み外れた、影の力がある。加えて、神と敵対する意思があるときたら、特にラ・バース信者の奴らからは相当良くない目で見られるぜ」
彼曰く、この世に存在する神は、ラ・バースが遣わせたものだから、彼らには絶対服従でいなければならないと考える信者もいるのだとか。それが事実だろうが、そうでなかろうが、言いふらさないほうが良いだろうな、と思いながら、僕が今のところ唯一関わりを持った、ダンタリオンがいた村のことを思い出す。
「…ダンタリオン、もしかして僕やばいことしてた?」
デンジャラスライオンが信仰を奨励していたということは、もしかすると僕に敵意を持っている人間もそれなりにいたのかもしれない。
「大丈夫、うちの村はそんなに熱心じゃないから」
「それなら、良いんだけど」
ダンタリオンはそう言ったが、人の心の内は読みようがない。熱心な信者が、今も刃を尖らせているという可能性はある。留意はしておくとしよう。
「何はともあれ、だ。心の底から信頼できると思った奴以外には、このことは話さないほうが良い。無論、人狼たちにも黙っとけ。いいな?」
「いいなも何も、元から話すつもりないけど」
「お前、今べらべら喋っちまったじゃねえか。絶対何かの弾みで口開くだろ」
「それはだって、二人共信頼してるからね」
二人共、まだ短い付き合いだが、真っ直ぐな人柄も、確固たる意志を持っていることは分かっている。この二人を信頼できないと言うなら、僕は一生、信頼できる人物を得られずに死ぬだろう。
僕は本心で言ったつもりだったが、何に腹を立てたのか、デッドが顔を真っ赤にして僕の首根っこを掴んで言った。
「お前絶対いつか刺されるからな」
「何の話…?」
本当に何の話なのか分からなくて怖いです。ダンタリオンはそんな俺達を見てにこにこ笑ってた。それはそれで怖いです。
「それは置いといても、警戒しとくに越したことはねえ。なにせ、ルゥ・ガルーって奴は」
何事もなかったかのように手を放して話し始めたデッドは、僕を指差して告げた。
「お前の同類だからな、ジョン・ドゥ」