賢しき獣、或るいは造る者 Ⅰ
「何から何まで、ありがとうございます」
「気にしないでくれ。あんたがやってくれたこと、そしてこれからしようとしてることを考えれば、このくらいは当然だ」
翌朝、そのまま朝食を頂いてから、直ぐに旅立つことを伝えた僕らに、青年が食料品や地図を纏めたリュックサックを渡してくれた。
特に、この地図は、何も知らない僕には大きな価値のあるものだ。彼は、それに加えて、神に対抗してる勢力の場所にチェックを付けてくれていた。これで、指針が立てやすくなる。
「…恥ずかしい話ではあるが、この期に及んで反対するものも少なからずいたがね」
「当然といえば、当然でしょう。僕が行ったことは、必ずしも村の全員に利益のあるものではありませんから。気にはしませんよ」
「あんたがそう言うなら、良いんだが」
青年が申し訳無さそうに言った言葉に、僕が微笑むと、納得の行かないように彼は難しい顔を作った。
実のところ、この村から神を排除したのは、僕のエゴでしかない。ダンタリオン以外のこの村の人間の意思など、意にも介していない。正味、どうでもいいのだ。
だけど、そんな僕の傲慢さを消し飛ばしてしまう言葉を、彼は続けた。
「それでも、これだけは覚えていて欲しい。あんたのような助けを待ち望んでる人は、大勢いる。俺たちみたいな神に支配されている人間だけじゃなく、対抗してる奴らだって戦力は多分、足りてない。人間じゃない、エルフとかドワーフ連中も」
彼は僕の肩を握って、熱っぽく語った。その言葉は、余りにも実感が伴っていて、ここが、今いるここが、現実だと思い出してしまう。
…ああ、そうだ。僕の傲慢さなんて、所詮、現実逃避以外の何物でもない。ここが夢の世界だと思いたくて、ここにいる人が皆、NPCか何かだとでも思いたくて出た、ただの逃避。目が覚めて、破魔矢や天燐、光がそこにいてくれると思いたいだけの、苦し紛れ。あの時助けられなかった、彼らがそこにいて欲しいというだけの、渇望。後悔。
「だから、あんたのやってることは、正しくて、感謝されるべきものだと、俺は思うよ」
だから、僕には、そんな風に感謝される資格はないんだ。あの時、家族を見捨てた僕に、感謝する必要なんて無いんだ。
だけど、それでも、この世界で、僕は貴重な戦力だ。貴重な、神と戦える者だ。竜とも戦える自信がある。
僕はこの世界で後悔を精算、は出来ないかもしれないけど、これ以上後悔を作らないことは出来るはずだ。少しでもこんな僕に、彼らが期待してくれると言うなら、必死で、力を尽くしたいと思う。僕が出来ることなら、何でもしたいと思う。
ふと、そこで、そんな好感を抱いた彼の名を、僕は知らないことに気づいた。いつまでも、彼、とだけ呼ぶのも忍びない。今更だが、名前を聞いておこう。
「そう言えば、お名前、聞いてませんでしたね」
「俺か?俺の名は―」
*
「さて、まずはどこへ行こうか」
村を出た、僕とダンタリオンは、まず地図を眺めながら、目的地を定めることに決めた。
とは言え、僕は余りにこの土地を知らなすぎる。この村の学舎で使われていたらしい教科書のような物と新聞めいた物を貰って、少しでも知識を詰めることにした。
まずは新聞を開く。新聞と言っても、マスメディアがいるわけでもないそれは、デンジャラスライオンが個人的に制作したらしい、言わば指名手配書。神に対抗する勢力の名前と、特徴を記していて、その情報は何枚にも及ぶ。
まずは一枚目の紙をまじまじと眺めていると、驚くべき情報が目に入った。
「デッド・コード。【天才】と呼ばれる個体、過去に一体の神を討伐!?」
はっきり言って驚いた。異能もなしに、対等に戦える人材がいるなんて。
「神を討伐してる人は一人じゃないよ。前も言ったでしょ?」
「まさか、このレベルだとは思わなくてさ」
そう言えば、他にも名前が出ていたっけ。が、それにしても驚きだ。どういう手段で倒したんだろう。
疑問に思いながら、ページを捲ると、魔導兵器の制作という文字が目に入った。所謂、魔法ってやつか。魔法は人間には利用できない力だとか聞いたけど、正確には魔法とはまた違う技術なのだろうか。
更にページをめくると、以前ダンタリオンが言っていた名がずらっと並ぶ。
ルゥ・ガルーとその配下、討伐数七体。アイゼン、討伐数三体。アベル・トビー、討伐数三体。ちょっと、多くないか?
「…神って、何人くらいいるの?」
「神を生み出してる所があるんだよ。だから、正確な数は分からない」
成る程、殆ど際限はない訳だ。だが、現存してる、特に悪質なのを排除することは出来る。まずはそれを目指そう。
「とりあえず、ここから一番近いのは、デッド・コードかな」
ダンタリオンが地図の南西部を指差す。現在地から見ると、少し南下したあたりだ。それ程、長い距離ではない。とは言え、馴染みのない土地で、知らない顔を探すなんて、連絡手段があったとて中々に難航するのは想像に難くない。頼りの綱のダンタリオンもそこまでの土地勘はないはずだ。簡単に見つかれば良いのだが。
少々の杞憂はありながらも、意を決して僕たちは目的地目指して歩き始めた。
*
大陸南西部のとある地点、人狼と名乗る狂戦士共が潜む、大森林にほど近いそこには、小さな一軒家がポツンと建っていた。
その隣には、その家屋には不釣り合いなほどに大きな小屋が付随しており、その中には数多くの作業道具や資材と、二人の男がいた。
「いい加減、素直に首肯して欲しいのだがね。私は別に、君を殺したいわけじゃないのだから」
一人の男が、もう一人の男に向けて、呆れたように言葉を投げかける。
その男の姿は、端的に言ってゴリラであった。身長2メートルを超す背丈の、その大猿は、その風貌に似合わないような、理知的な態度で男に向けて語り続ける。
「…は、誰が協力するものかよ。てめえら、糞ったれな神共に協力してやる理由は、俺にはない。奪った貴様らの助けになど、誰がなるものか」
もう片方の、若い男は、作業の手を止めずに、その大猿に向けて断固拒否の答えを叩きつける。
繊細そうな、細身の男は、その容姿に似合わない作業服姿で、片手に持った槌を赤みがかった石に向けて叩きつける。
その男の発言の何かが彼の地雷を踏んだのか、大猿は怒りのままに、力任せに近くの机を叩いた。
「私を他の能無し共と一緒くたにするな。竜を恐れ、人類種を弄ぶしか能のない無能共と」
机一つを砕いた彼は、忌々しそうに吐き捨てた。それが済んだ頃、彼は我に返ったように恥じるように顔を伏せ、こほんと彼は誤魔化すように咳払いをした。
「失礼、まあ、そういう訳でね。私は人類種と敵対したいわけじゃない。むしろ、協力したいんだよ。心の底からね」
謝罪の言葉を述べた後、彼は語り始めた。
「…この世に生まれ落ちた神は、どいつもこいつも理性のない獣だらけだ。その癖、竜から逃れようともがく、臆病者と来ている。はっきり言って、私が奴らの同類などと呼ばれるのには、些か以上の抵抗があるのだよ」
「獣はてめえの方だろ」
「それは否定しないがね。あくまで外見上に限ってだが」
若い男の茶々も軽く流しつつ、彼は笑みを見せた。と同時に、彼は笑みを消して、自らの懐からナイフを抜いた。
「それで、貴方は」
そして、そのままナイフを投げつけた。若い男に向けて、ではない。自らの背後、小屋の外にある影に向けて、ナイフを投げつけたのだ。
ぎょっとした若い男、それは大猿の唐突な奇行めいた行動に、ではない。その影の中から、一人の少年が現れたからだ。
「何者かね?」
「驚いた。まさか、影に潜んだ僕を見つけるなんて」
「何、ただの経験則さ。君のような粘つく存在感を、前に体感したことがある」
彼らのやり取りに、思わず男は頭を抱える。何が起きたのか理解が出来ない。
(なんだこいつは、新手の神か?)
新たな来訪者に、男はその程度の推察しか持てない。自らの知識にない、その存在に、男は十分な考察に至れない。
「…いずれにせよ、僕の存在を見抜いたことに変わりはない。その眼力に、敬意を払いましょう」
男が困惑している間にも、会話は続いていく。少年はそう言ってから、名乗りを上げた。
「僕はジョン・ドゥ。神を殺して、人を救う者です」
そんな彼の名乗りを聞いて、余計に男は困惑する。人を、救う?神では、ないのか?なら、影から現れたのは何だ?彼はそこでようやく答えに至る。人とは違う能力を持つ人の存在を、思い出したのだ。
(まさか、ルゥ・ガルーの、同族か!?)
「…面白い、どうやら飛び抜けた個体の一人のようだね」
男が答えに至った頃、大猿も同じ様に答えに至ったようで、満足そうに何度も頷いた。
「それで?私を殺すかい?」
「それは今から、見極めますよ」
「なら来たまえ、少年。君の願いは、戦わずして見極められるものではあるまい」
そんな、剣呑なやり取りの後、互いに戦闘態勢に入る、二人の戦士たち。
本格的な戦闘に移行する直前、殺気を収め、大猿は自らの名を名乗った。
「おっと、名乗るのが遅れたね。私の名は、ミスター・【ゴリラ】・ファルカス。神を殺して、才能を掬う者だよ」