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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
終章 ドーナドナ
49/51

スーパースタァスペクタクル

「どうだった?デッド」

「どうもこうもねえよ。殆どの奴らが、ジョンのことを忘れちまってる。覚えてんのはここにいる奴だけだ」


 俺、ダンタリオン、ハジメ、ルゥ、紫龍、イヴァン、ストーム、バーン、ケルビス、カミーラ、グランドホルン。それに、確証はねえが、ダンタリオンとライドウの娘も。いずれにせよ、たかが知れてる人数だ。

 良く見知った仲だったはずの人狼の連中や、今まであいつが神から守ってきた村人たちも、何よりフアイたちまで忘れちまってるってのは、異常事態が過ぎる。


「普通に考えれば、付き合いの長さ、とかなのかな」

「にしたって、フアイやアイゼンまで忘れちまってるってのはどういう理屈だ?あいつらだってジョンと長えだろ」

「人生を変えられた奴だろ」

「人生?」


 俺とダンタリオンが考えていると、イヴァンが言った。


「俺ら覚醒者組やケル、カミィ。それにダンタリオンは単純だ。命を救われた。紫龍やグランドホルンは自分と比肩する強さを持つ者に初めて出会った。ルゥ・ガルーのおっさんだって似たようなもんだろ」

「ハジメだってそれ相応に理由がある。デッド、あんたもそうだろ?あの人に出会って、変えられたものがある」


 言われてみれば、そうかもしれん。俺らが、というよりも、フアイとアイゼンの二人は、ジョンと出会ったことが、人生の分岐点にはなりえなかった。だから、その定義については納得できた。だがしかし。


「確かにイヴァンの言ってることは正しいと思うけど」

「結局、なんで影の旦那を忘れちまったのかが、皆目見当がつかねえ」


 そこだ。何が理由でそうなったのか、さっぱり分からん。やったことと言えば、ダンタリオンが英雄の書でジョンを封印して、解放したくらいだ。無論、英雄の書にそんな、個人の記憶を取り除くなんて効果はない。なら、何が。


「…それについては、私が話すよ」


 疲れ切った顔をしたハジメが、手を挙げて言った。


「何故、皆からタクトくんの記憶がなくなったのかは分からない。けれど、その原因らしきものに心当たりがある」

「タクトくんは日本に戻ったと言ったけれど、厳密に言えば、少し違う。タクトくんの一部は、この大陸に残ってしまったんだ」

「そいつは一体なんだ?」


 イヴァンがそう尋ねたものの、実のところ、その正体は何となく察しが付く。あいつにとって、半身とも呼べるその正体は。


「影。彼の異能のみが、この大陸に残ってしまった。恐らく、この大陸のどこかで、彼の影が揺蕩っている」

「…それが、奴の記憶が消えた理由だってことか?」


 俺はそこで、全てに気付いた。ジョンの存在が、あいつの影に書き換えられた。あいつのやってきたことが、影に覆われてしまった。


「デッドさん、どういうこと?」

「ジェイド・アルケー、奴の仕込みだったんだよ。奴は一度、ジョンの影を封じた。ストーム、お前らと出会ったあたりまで封じられてたんだったな。つまり、奴の死と影が解放されるまで、間があったってことだ。そのスパンのせいで、奴はジョンの影を、この大陸で目覚めた物にしちまったんだよ」

「じゃあ、僕にこれを渡したのも…」

「ああ、奴がこうなるように仕組んでたってことだ。だから、まかり間違ってもお前が気にするんじゃねえぞ、ダンタリオン」


 最も、奴がどこまで読んでいたのかは分からん。まさか、カインが魔王なんぞに成り果てるなんてことまで読んでいたとは思えない、機械竜辺りを想定していたのだろうか。

 

「ちょっと待てよ、剣豪。あんたはなんでそれを知っている?ジョン・ドゥの影が、この大陸に残っているなんてことを」

「面倒な話になるよ」


 グランドホルンが率直に問うと、ハジメはそう言って説明を始めた。


「ここと日本の時間の流れは、多分、一定じゃないんだ。今、ここの時間が、あっちでは僕がいた時より過去の時代だったり、あるいは遥か先の未来になっていたりってことが、殆ど不規則に起こってる」

「なんだそりゃ…」


 とは言ってみたものの、そもそもこことニホンとやらが繋がっていること自体が理解の外の話なんだ。更に言えば、世界崩壊からジョンが生き残ったということも。だから、今更だ。そう言って、自分を納得させる。そして、俺はとあることに気付いた。


「お前は最初、ジョンを敵視していたよな。後に、別人、つまりこの世界で生まれたジョンだったってことになったらしいが、実のところそれは」

「…うん。今、日本に戻ったタクトくんの、成れの果てだってことに気付いた」


 クソ、嫌なことばかりに気付く。一体、ジョンは、何になっちまったと言うんだ。


「影無し、彼は最初、そう名乗っていて、私も一度だけ会った。その時は、まだ普通だったんだと思う。だけど、二度目に会った時」

「彼の身体は、死に支配されていた。彼の、(タナトス)に。死をまき散らす、怪物に成り果ててしまっていた」


 ハジメの、その一言を最後に、場に沈黙が流れる。

 当然だ。カインが魔王になっちまって、それをようやく止めたばかりなのに、今度はジョンが怪物になっちまったって?それも、俺たちが手出しも出来ないような場所で。


「…全員でニホンに乗り込むか?」

「さっき言っただろ。こっちとあっちの時間は一定じゃない。丁度良い時間に行ける保障なんて、どこにもない」

「あんたこそ忘れてるんじゃないか?屍体男。ヲレらの殆どは寿命なんてない。ニホンで、奴がおかしくなるまで待てばいいだけだ」


 なんだよ、屍体男って。嫌まあ、ぴったりなネーミングではあるが。

 それに、グランドホルン、こいつの提案も一理ある。流石にダンタリオンやルゥは連れていけねえが、殆どの面子に寿命はないようなもんだ。全員で行かずとも誰かが行って、試す価値はある。


「…試すだけ、試してみようか」


 少しだけ思案してから、ハジメはそう言った。それからすぐに善は急げとばかりに、俺たちは外に出た。ハジメがその案に、何の希望も持っていなかったことにも気付かずに。



 海岸沿い、俺たちはニホンに向かう実験のために、イヴァンの雷の門を通って向かった。

 全員で試すより、まず一人で試してみようと言うことで、俺たちは名乗りを上げたグランドホルンに譲った。


「何故だ…」


「なんで、俺は通れない!?」


 結局のところ、グランドホルンは、ハジメが開けた次元斬による、次元の裂け目を通ることが出来なかった。共に次元の裂け目に向かったハジメだけがその先に向かって、最後に悲し気な笑みを浮かべていた。


「これが、ルールなんだよ。グランドホルン」


 そして、ハジメはすぐに戻ってきた。気のせいか、今までのハジメより少し大人びているように見える彼女は、淡々と彼にそう告げた。


「ルール…?」

「そ。ジェイド・アルケーか、それともラ・バースかは知らないけれど、そのレベルの、神が作り上げたルール。次元斬で向こうに行けるのは、使用者のみ。或いは、元から向こうに存在するはずだった者」


 変わらず、ハジメは淡々と説明した。なんだ?本当にこいつはさっきまでのハジメと同一人物か?


「なんでそんなことがてめえに…」

「試したからだよ。向こうで。茨の鬼さんは今頃、悪態ついてるだろうね」

「…お前、まさか」


 俺が思わずそう口にすると、ハジメは口角だけを上げた歪な笑顔で。


「そうだよ。あっちで半月過ごしてきた」

「時空の歪み、か」

「流石に頭いいね、デッド。話が楽でいいよ。まあ、いつもはこんなに都合よくは行かないけどね」


 皮肉かそれは。俺はこの目で見るまで、なんでお前が意気消沈しているのかも気づかなかったんだぞ。つまり、こいつは端からグランドホルンの案が失敗すると知っていた。その先を見てきたハジメは、最初から、そんな奴は存在していないと知っていたんだ。


「…なら、ジョンは」

「私たちは助けられない。私が消えた先で、彼が助かっていることを祈るしかない」

「…認めねえ」


 決して、前向きではないやり取りの後、グランドホルンが怒り混じりに言った。


「俺は認めねえ。何年、何十年、何百年経とうが俺は、ルールとやらを打ち砕いて、外に出てやるよ」

「おい、どこに行く」

「力を蓄えに、さ。お前らとはそうそう、会うこともないだろう。道は違えど、精々、幸福な生を歩むことを祈ってやるよ」


 そう言って、グランドホルンは何処かへ去っていった。…ああ、なら、俺もそうするさ。


「なあ、皆、俺と一緒にちょっと、デカいことでもやってみねえか?」

「何するつもりだよ、デッドのおっさん」

「国をつくる」


 俺がそう言うと、皆は面食らったように俺を凝視した。


「おいおい、驚くことじゃねえだろ。神の支配は事実上終わったようなもんで、竜は殆どいなくなった。それに、カインのおかげでこのバカでかい壁が生まれた。なら、そろそろ、安心して生きられる共同体を、少しばかりデカくしてやっても良い」


 国ってのがどういうもんなのか、実のところ俺は良く分かってない。だが、ジョンやハジメが言う分には、集落だの村だのが果てしなくデカくなったもんだろうと俺は解釈している。なら、今、建国とやらをするには良い日和りだろ。


「うん、良いと思う。ジョンが目指した世界を、僕たちで作り上げよう」

「俺は構わねえぜ。別に、帰る場所もねえからな」


 殆どはそんな風に、俺の案を肯定してくれた。

 

「…私は」

「止めとく。私は、一人で良い」


 やはり、紫龍とストームは難色を示した。元より、ジョンに懐いていた二人だ。あいつがいなくなったことの傷が癒えるにはまだ、早すぎる。


「まあ、無理強いはしねえ。だが、その気になったらいつでも歓迎するさ」


 俺は二人にそう言って、ハジメに顔を向けた。


「ハジメ、お前はどうする?」

「…そっちは任せるよ。私は少し、疲れた。気が向いたら邪魔するよ」


 そう言って、彼女は何処かへ去っていった。どうやら、あいつが行ったニホンは、あいつが前行った時代より壮絶だったらしい。その表情には確かに、疲れの色が見えていた。



「貴様ら、どこへ行っていた!?」


 竜峰山に戻った俺たちを迎えたのは、そんな焦燥した様子のフアイだった。


「何だよ、何があった?」

「とにかく来い。どうにも、奇妙な奴がいる」


 そう言って、フアイが連れだした外には、文字通り、奇妙な何かがいた。


「なんだあれ…」「下がっとけルイン」


 興味より恐怖が勝っている様子のルインを、アイゼンが庇うように前に立つ。


 それは、黒だった。黒い、何かが、蠢いていた。蠢きながら、徐々に、徐々に、徐々に、人の形を作ろうと、もがいているのが分かった。


「全く、カインの次はこれか」


 フアイが臨戦態勢に入ろうとしたのを、俺は、俺たちは制した。何故なら、俺たちは、それの正体を知っていたから。


「…止めてくれよ」


 それが、ジョン・ドゥの一部だと知っていたから。ジョンが遺した、影だと、俺たちは知っていたから。


「ここは、どこ?」

「僕は、誰?」


 人の姿になった影が、そう言った。ハジメは、これを見ないために去っていったんだろうか、なんて邪推をしながら、俺は呆然としながら、それを眺めていた。



「行くのか」

「ああ、そっちは、お前らに任せるよ」


 それから一週間、荷造りをした俺たちは、大陸の西方に向かうことに決めた。西には人狼たちの集落が既にある。そこを足掛かりにして始めようという話だ。最も、東にもいずれは向かわないと行けないだろうが。例の司る者、奴が何を考えているのかは知らんが、警戒をするに越したことはない。


 フアイやアイゼンは、例の影、スキアーと二人は呼んでいるが、と共に、中央で共同体を作るらしい。目的は主に、ゲヘナ生まれの弱い神の保護。そういうのも、勿論必要だろう。神の支配から脱却したとはいえ、神々はまだまだいる。その中で、徒党を組んで人間と敵対しようとするものは出てくる。ゲヘナ出身の、強力な神性を持つ神が利用されることも、あるかもしれない。それを先んじて防ぐのは、良い選択だろう。


「ケル、カミィ、本当に行っちゃうの?」

「うん。僕らは行くよ」


 ここに残ると決めたルインと、ケルビスとカミーラの二人もまた、別れの言葉を交わしていた。あの子を一人残すことになるのは心残りだが、フアイが見てくれるということなので心配は然程していない。むしろ、俺が心配なのは、俺らについてくる二人の方で。


「僕はもっと、強くならなくちゃ」


 ケルビスは、カインとの一戦でより、強さを求めるようになった。それ自体が悪いことだとは言わんが、悪い方向に向かわなきゃいいんだが。


「きっと、いっぱいのお友達を作って、帰ってきますわ」


 カミーラも、ジョンによく懐いていた。あの子らは俺らでちゃんと見なきゃならないだろう。


「それじゃ、またな」


 それから、雷の門を起動して、俺たちはフアイたちに別れを告げた。



 俺たちは人狼たちと共に、国造りを開始した。あれだけ広い集落を造り上げた人狼たちは、国造りの先駆者みたいなものだ。彼らに先導を頼みつつ、彼らの森の近くにまず広い共同体を作った。噂は風に吹かれて飛んでいき、近くで漁をしていたリザードマンたちや、生き残りのエルフたちに、ヘカトンケイルがいなくなって居場所を失った巨人たち、彼らの下で鍛冶を任されていたオーガたち、所謂人間(ヒューマン)に限らず、多種多様な人間種が集って、共同体はどんどん大きくなっていった。


 そんな中で、俺たちはまた、特別な出会いに恵まれた。


「…なにやってんだ、あんたら」


 とあるリザードマンが、俺たちの下を訪れた。その時、俺たちはオーガたちの手を借りて、壁の付近で大きな防衛施設を建てていた。


「あん?国造りだよ、知ってるか?国って」

「知らん」


 俺はそいつに説明すると、当たり前だがリザードマンは首を振った。


「国ってのはデカい共同体、集落とか村がクソデカくなったようなもんだ」

「聞いてねえよ」


 リザードマンはぶっきらぼうに言ったが、どこか嬉しそうに笑っていた。


「俺はデッド、お前は?」

「ルーガイン」

「ルーガイン、行くところねえなら手伝えよ」


 俺はそう名乗ったリザードマンに言った。


「…いいのか?」

「良いに決まってんだろ、こっちは万年人手不足なんだよ」


 俺はそう言ったが、実のところそうでもない。素人が一人入った程度で、作業効率はそう変わらない。

 だが、それでも俺がそう言ったのは、そもそも出来る限り誰も拒みたくないということと、ルーガインが孤独に悩まされているように見えたからだ。


「何すればいい?」

「とりあえず、あっちの―」

「助けてくれぇ!」


 その時、叫び声が聞こえた。振り向くと、どうやら魔獣の類が現れたようだ。竜や神の脅威が薄れたとはいえ、未だにここは安全とは言えない。すぐに、ダンタリオンを呼ばなくては。


「任せろ!」


 俺が連絡機を手に取った瞬間、ルーガインが途轍もない速度で駆けだした。


「だぁ、らあ!!!!!」


 そして、たったの一撃で、その魔獣を屠った。


 すぐに、歓声が上がった。助けられたオーガの青年はルーガインの手を握って、何度も礼を言っていた。


「やるじゃねえか」

「…え?」


 俺が言うと、彼は困惑しているような表情で首を傾げた。


「嫌、褒められるとは、思わなかったから」

「お前がどんなところで生きてたかは知らんが、ここじゃ強さは誇るべきもんだ。無論、仲間内で揉めない限りはな」

「…ありがとう」


 こうして、ルーガインは俺たちの仲間になった。戦力はいつだって、歓迎だ。


 こいつがダンタリオンとフアイが竜の墓場で出会った、神聖宝具並みの反応を示した奴だったって知ったのは、このすぐ後のことだった。通りで、強いはずだよ。



「…何の用?」


 大陸北東部、ラララカーンの影響で極寒地帯となったその地に、ハジメはいた。そして、彼女を尋ねる。一人の女性の姿も。


「紫龍」

「私はニホンに向かいます。それを母様に伝えに来たら、貴方がいると伺ったので」

「あのデカブツ…」


 紫龍の言葉にハジメはため息を吐いた。それから、紫龍を睨みつけ、言った。

 

「ていうか、本気で言ってる?私、前に言ったよね?日本には行けないって」

「それは普通にやれば、でしょう?私にはこれがあります」

「…分かってない。力強さなんて、あの壁には何の意味もない」


 ハジメの指摘に、紫龍は首を振った。


「力じゃありませんよ。技術です」

「無空?」

「ええ、これで、壁とやらを無力化します」


 ハジメは少しの間、ぽかんとして、それからくすくすと笑いだした。


「馬鹿な考えって言いたいけど、悪くないんじゃない。実際、私の次元斬もただの技術だし」


 それから、彼女の胸を叩いて言った。


「応援するよ。タクトくんを助けてあげて」

「…ええ、言われずとも」


 去っていく紫龍、彼女が視界から消えた時、ぽつりとハジメは呟いた。


「…紫龍、知っていたよ私はずっと。君が日本にいたことを」


 そして、紫龍はこの大陸から消えた。それから千年以上もの間、歴史から消え去ることとなる。それは

、ハジメにとって何よりの朗報だった。



「それでは、レーヴェルナーノ様。お世話になりました」


 大陸南東部にある、五大竜の一角である【灼竜】、そして【蟲竜】レーヴェルナーノの領域。その彼女の前に立つ、一匹の竜が別れを告げていた。


「本当に行くの?君なら、いてくれても構わないんだけど」

「ええ。ルベルナインの子たちの長兄として、私は強くあらねばなりません。あの二人が野に出てしまったのですから、遅すぎたくらいです」


 彼は、ルドロペインは恭しく、そう言った。蝶のように小さな灼竜は、その慇懃な態度に溜め息を吐きつつも、柔らかく微笑んだ。


「そ、真面目だね。最も、それがどこまで真実かは怪しいけれど」

「…あなたには何もかもお見通しですね」

 

 苦笑しつつ、ルドロペインは言う。


「私は、知りたいのです。何故、二人から、世界から、【影の英雄】の記憶が失われてしまったのか」


 彼は、彼らはジョン・ドゥの記憶を保っていた数少ない生物だった。旧世界を生きていたレーヴェルナーノにとって影の英雄は瞠目に値すべき存在であり、ルドロペインは文字通り、その生き物に焦がれた。恋のように、憧れのように、そして、燃え上がるような嫉妬のように、脳をその存在に埋め尽くされていた。故に、彼らは記憶を保っていた。


「答えなんて、あるようでない物だと思うけどね」


 旧世界を知る、灼竜は言う。異能と、神格者たちを知る彼女は、それが不思議な事象でありながら、不可思議な出来事ではないと知っているから。彼女の、理解の内にあるものだから。


「いいさ。行くと良い。君が満足するまで、力を身につけると良い」

「ありがとうございます。また、必ず、戻ってきます」


 そう言って、ルドロペインは去っていった。


「…ふん、久々の一人と言うのは、思ったより寂しいものだな」


 その姿が消えた後、灼竜はぽつりと呟いた。



 それから、ジョン・ドゥが消えて、僕の親友が消えて、一年の時が過ぎた。


「…あっという間だったな」


 僕は、そう呟いた。彼のことを思って、そして、デッドたちと共に国を興してきた、この一年を思って。

 ただ、がむしゃらに身を投じてきた。それが悪いことだとは思わない。皆が安心して、何かからの支配から脱却して生きていける環境を作ることが出来たことに、達成感もある。満足もしている。だけど、時折、どこか、胸の奥で、どうしようもないくらいに喪失感を覚える。


「君が救えていないじゃないか」


 僕たちは救われたのに、何より、ジョン・ドゥが救われていない。ニホンに戻ることが出来ても彼にはまだ、大きな問題が残っている。

 結局、彼には助けられてばかりだった。何も返せないまま、別れて、僕たちは彼の行く末を見守ることすら出来ない。


 ライドウを失っても、娘から殺人者と呼ばれても、それでも世界の為に動いてきたはずなのに、何も果たせていない自分に、嫌気が差して、ただ空虚さだけが僕を支配していく。


 思えば思うほど、苦しくなる。泣きたくなるほどに。

 そんな苦しさは積み重なって、膨れ上がって、臨界点を越えて、僕は。


「あ、あ、あ、ああああああああ!」


 化者に、堕ちていく。


 禁断(アカシックレコード)、アクセス開始。



 人狼たちの集落が、焼かれていた。視界を覆いつくす程の焔に、建物が、そして、人々が焼かれていた。

 誰が、一体誰が、こんな酷いことを。僕はそう思いながら、自らの手元を見た。


「ああ、なんだ」


 焼いたのは、僕か。僕の手に握られた、炎を纏う槍を見て、遅まきながら気づいた。

 …なんで、こんなことに、なったのか。詳しいことは覚えていない、覚えていないはずなのに、僕は全てを知っている。これだけじゃない、僕がこれからするであろう、未来の事象が全て僕の頭に入っている。なんで、何が、僕に一体何が起こってるのか、分からない。


「ようやく、目覚めたかよ、ダンタリオン」

「…ルゥ?」


 混乱する僕に、そう呼びかけたのは、ルゥ・ガルーだった。腹部から血を流した彼は、立ち上がることも出来ない程に多量の血を流した彼を見て、僕はその傷は自分が付けたものだと気づく。


「なんて、ことを。僕は、僕は!」

「おい、今更焦んな。落ち着け」


 泣き喚く僕を、ルゥは笑いながら宥める。そんな場合じゃないはずなのに。


「お前がぶつぶつ呟いてたので、大体のことは分かった。化者に操られる、そういうことは、ままあるもんだ。先代も、そういう奴だったんだ」


 だから、俺とライドウがこの手で仕留めた。そう言って、彼は近づいた僕の肩を掴んで、続けた。


「ダンタリオン、悩むんじゃねえ。お前が正しいと思った道を、最後まで突き進め」

「突き進んで、いつか、あいつを救え」


 そう言い残して、ルゥは逝った。僕は彼の遺骸を少しの間だけ抱いて、横たわらせた。

 彼の言葉で、覚悟が決まった。僕が見た、この先の未来を全て、飲み込むことにした。

 人狼は滅びた訳じゃない。半分以上の人狼はデッドに協力するか、フアイたちの方で大市の設立に向かっている。だから、必要な犠牲だったんだ。この先、人狼たちの気が緩むことになってしまって強さを保てなくなって、いつか大きな被害を被る未来を消すために、これは必要な犠牲だったんだ。


 そう言い聞かせながら、僕がこの場から離れようとした時、ただ一人の生者に出会った。

 僕と同じ景色を見ている、たった一人の人物。


「お父さん」


 僕は彼女の名を呼ぼうとして、止めた。もう、彼女は僕の娘じゃない。この娘は、三代目ルゥ・ガルーとなるんだ。その覚悟をしている彼女に、昔の名を呼んで邪魔をしたくない。


「ごめんなさい」

「…謝ることはないよ」


 そう、謝ることなんてない。この子が言っていたことは正しかった。結局、僕は人狼を殺すことになったし、結局、僕はこの化者に目覚めた。初めからそう、決まっていたんだ。そう思わなきゃ、割り切れない。


「この道が一番マシだった、そうだろ?」


 僕が言うと、控えめに彼女は笑った。


「さようなら、お父さん」

「…うん、さようなら」


 きっと、その呼び方はこれが最後。噛み締めるように含めて、僕は雷の門が開いた先を見た。


「何、やってんだぁ!ダンタリオン!」


 きっと、君が来てくれると信じていた。

 デッドは僕が見た未来の殆どで、僕と共に来てくれた。だから、僕はその未来を実現したくなかった。何故なら、君は、無二の親友だから。君には表の道を歩んでほしいから、真っ当にこの世界を進歩させてほしいから。栄光を受けてほしいから。


「君らには、分からないさ。デッド」


 だから、僕は彼を切り捨てる。そうでなくちゃ、彼は僕に味方してしまう。彼に背を向けて、僕はこの場を後にした。


「さようなら、もう一人の親友。今まで、ありがとう」


 僕は彼に聞こえないように、小さく呟いた。頼むから、君は僕の傍に来ないでくれ。僕と共に、邪道に堕ちようとしないでくれ。

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