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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
終章 ドーナドナ
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moonshine

「…大丈夫、ですわよね」


 みんなで昼食を食べていると、ぽつりと、カミィがこぼした。


 ジョンさんやハジメ師範たちが、魔王討伐に向かった頃、僕たちはただ待つしかなかった。戦闘経験も殆どない、実力だって全然足りていない僕らは、大人しく竜峰山の上で皆が帰ってくるのを待っていた。


「大丈夫だよ、皆、あんなに強いんだから」

「そう、そうですわよね」


 ルインは楽観的に言って、カミィもほっとしていたみたいだった。

 だけど、僕の意見は違う。


「…」


 思わず、僕は紫龍さんの方を向いた。いつもは笑顔でいてくれる彼女は、あの時、ジョンさんに抱えられて戻ってきた頃からか、ふとするたびに、意気消沈しているみたいだった。


 それがなんでか、僕は知っている。あの人は、魔王になったカインに負けたんだ。

 紫龍さんは強い。それは知っている。師範が素手での実力を伸ばすために、彼女から指導されているところを見たことがある。素手でも怪物みたいに強い師範よりも、更に数段上だった。

 そんなあの人が、心折れるほどの強さの、魔王。僕は、不安だった。あの人たちでも勝てないんじゃないかと思ってしまうほどに。


「ごめん、ちょっとトイレ」

「言わなくていいよ!」


 ルインに叱られながら、僕は食卓を抜け出した。不安を紛らわせたくて。


「…なんだろあれ」


 廊下を歩いていると、床に光輝く、魔石が転がっていた。誰かの忘れ物だろうか。想像しながら、それを拾った。


「う、わあ!」


 拾った瞬間に、魔石が更に爛々と輝き始めた。これは、雷の門?なんで、魔石を拾っただけなのに。

 そこまで考えて、思い出した。これはデッドさんが作ってた、魔法を魔石に閉じ込めるという試作品だ。魔力を宿す石である魔石、その中の魔力を書き換えることで魔法を再現するとか。詳しくは分からないけど、今実際そうなっているんだから納得するしかない。


「う、うわあああ!」


 問題は、今、この瞬間、僕が巻き込まれているということで、雷の門に引き込まれて、僕はどこかへと飛ばされていく。


「…にゃあん」


 最後にそんな、ここでは聞こえるはずのない、あの子の声が聞こえた気がした。



英雄の書(プライド・ヒーロー)封印(バックス)!」


 気絶していたジョンを見て、直ぐ様ダンタリオンは化者を使って、ジョンをその書に封じ込めた。

 これ以上放置するわけにもいかないが、今、ジョンを治療する術はない。だから、悪化させないために封印するほかなかった。

 

「ひとまずはこれで良しとするしかねえだろ。ハジメ、水想禍星の効果に時間制限はないんだろ?」

「うん。止めるには、使用者を崩すしかない」

「この状況じゃ、それは難しいからね…」


 ハジメが言うなら間違いない。なら、今俺らがすべきなのは、一刻も早くカインを倒すことだ。


「…問題は倒す算段がまるでついていないことだがな」


 フアイが、戦闘不能に陥った、ルゥとアイゼンの二人を抱えて言った。俺は一つの魔石を取り出して、雷の門を起動し、二人を集落に帰す。


「多分、次元斬は効く。あれは攻撃じゃないから、そういう現象を起こしてるだけだからね」

「無論、そうする他ないだろう。問題は、奴は一撃だけでは倒せんということだ」

「おまけに次元斬には溜めが必要。俺たち全員で時間を稼ぐにしても限度がある」


 限度いっぱいまで時間が稼げたとて、それで足りるかどうか。


「…僕がとどめを刺す」


 俺たちが悩む中、ダンタリオンは言った。


「何を言っている。貴様の手札では奴は」

「知ってるよ、倒せない。だから、僕がやるのは」


 それから、ダンタリオンは自らの案を説明した。それは、今の俺らにとって、唯一とも思える、光明だった。


「…うん、それならイケるよ」

「どっちにしろ、これしかねえだろうしな」


 俺たちは武器を取る。最後の賭けに出るために。カインを、解放してやるために。


「それでは囮役を務めるとするか、行くぞデッド」

「言われなくても分かってるっての!」


 カインは雷を纏って、俺は拳銃を片手に飛び出した。


「おら!こっちだ!」


 まずは弾丸を三発。これでようやく、多少は意識を向けられる程度。だが、それでいい。


「ああ…?うあああああ!」


 呆けたような表情で俺を目視して、それからようやく敵意が湧き出して叩きつけ、俺はギリギリでそれを回避する。喰らっても回復はするが、多少の時間が必要になる。今、その必要時間は余りに重すぎる。


「轟け、九竜雷光(クーロンレイ)!」


 何度も何度も叩きつけを回避して、避けるのが難しくなった頃、反対側からフアイの魔法が放たれた。俺より遥かに高い出力の攻撃、当然、カインの敵意はフアイに移り、周囲の木々が砕ける。

 俺はすぐさま、次の準備を始める。鞄の中から幾つかの魔石を取りだす。こういう事もあろうかと、事前にある程度の魔法を、この魔石に閉じ込めさせてある。それを銃に詰めて。


「さあ、ぶっ放せ!煉獄火炎弾(ヴォルガニックカノン)!」


 ぶっ放す!焼き尽くす程の熱を持った弾丸が、カインに直撃し、注意が俺に移る。

 俺たちがするのは、これの繰り返しだ。互いに注意を移しあって、どっちかが戦闘不能にならないように、ガス欠にならないように、続ける。ハジメが放つエネルギーに注意が向かないように。


「ああ…?」


 そして、カインは気づく。何か、大きなエネルギーに。すぐに俺はカインと目を見合わせて、行動に移した。


大雷光(ドンナー・シュラーク)!」

大雷光(ドンナーシュラーク)弾丸式(オルタナティブ)!」


 二つの大雷光、俺の方は大分劣化してはいるが、それでも二つの雷は混じりあい、普通の大雷光よりも遥かに高い出力でカインに襲い掛かる。


「ああ、うあああああああああ!!!」


 勿論、これでもダメージは殆どない。ただ煩わしそうに俺たちを睨みつけるだけ。だが、それで構わない。必殺技は成った。頼んだぜ、ハジメ。


「行くよ、次元斬」


 ハジメが刀を振った瞬間、カインがいる空間が歪んだように見え、次の瞬間、空間ごと裂けた。


「ああ、うう、うあああああああああああ!!!!」


 そして、カインの腕が弾け飛んだ。初めて与えられた、ダメージらしいダメージ。拳を握りたいところを抑えつけ、俺はすぐに一つの魔石を取り出し、握りつぶした。


「開け、雷の門(サンダーゲート)!」


 イヴァンの空間移動の魔法、その門をカインの目の前に発動。そして、すぐにその門の中から人が現れた。


英雄の書(プライド・ヒーロー)!」


 ダンタリオンは飛び出しながら、書を手に取り、自らの化者を開放した。


封印(バックス)!」


 そして、封印を開始した。今回ばかりは封印する場所はその書じゃない。これだけ巨大で、尚且つ力の強いカインを封印するには、少しばかり、その書は小さすぎる。だから、ダンタリオンは、生命の樹(セフィロト)に封印しようと試みた。巨大で、それ自体が神を生み出すというすさまじい力を持つ場所。封印するに、これ以上に適した場所はない。


「うう、うう、ああ、あああ、あああああ!」

「く、そ!」


 ダンタリオンはカインを封印するのに、難儀していた。元より、強い相手ほど封印するのに時間がかかることは知っている。だが、それにしてもカインは未だ力を有り余らせている。今にも封印から逃れてしまいそうなほどに。


「助太刀すんぞ!」


 俺はそう言って、カインの下へ走り出そうとした瞬間だった。


「「四方八方追尾式(ヴィルニクル・ソーン)


 カインの全身から棘が放たれた。俺たちはそれぞれ、不死による回復、雷速による回避、迂遠による防御で事なきを得た。


「ダンタリオン!」

「う、わ―」


 だが、ダンタリオンはそうはいかなかった。封印に集中していたあいつは、防御に移行なんてできる訳がなかった。フアイが走り出したものの、最早棘は直前に迫っている。クソ、あと一歩なのに―


「ダンタリオンさん!」


 結果は、予想もしていなかったものだった。ダンタリオンの名を呼んで飛び出した何者かが、あいつを守ったのだ。


「…ケル?」


 それはケルビスだった。何故ここにいるのか分からない。傷だらけになった彼は、息も絶え絶えに一言、言葉を紡いだ。


流動式(ベスト)災厄(ペイン)


 それはケルビスの神性。自らの痛みを、相手にも喰らわせる、自分のダメージを前提にした神性。そして、幼いケルビスは当然、深刻なダメージを負っている。なら、カインに襲い掛かる痛みは。


「ああ、あああ、うあ、うあ、うああああああ!!!!!」


 途轍もないものになる。そして、これは攻撃じゃない。ハジメの言葉を借りれば、現象みたいなもんだ。痛みを与えているだけなんだ。それは木々には押し付けられない。


「う、おおおおおおお!!!」


 だが、それでも弱っているのは確かだ。ダンタリオンの封印が徐々に押していっている。カインの力が弱まっているんだ。


「ああ、あ…」


 カインが生命の樹に取り込まれていく。そして、最後に、封印される直前になって、彼は昔みたいな、ただの人間の顔に戻った。


「…ごめん、な」


 最後に動いた彼の唇は、そんな風に謝っているように見えた。


「終わっ、た、のか?」


 一瞬の沈黙の後、フアイがそう言った。それで、ようやく実感がわいてきて、俺は小さくガッツポーズを作った。


「ケル!大丈夫!?」


 それから、ダンタリオンの声でようやく正気に戻って、俺もケルビスの治療に向かった。


「ありがとう、もう大丈夫、です」


 幸い、いくつか回復魔法のストックがあったので、ケルビスの傷はすぐに癒えた。


「それで、なんでケルがここに?」

「えと、その、廊下に魔石が落ちてて、それから急に雷の門が出てきて」

「…デッド?」

「いやいやそんな雑に扱ってねえよ!」


 ハジメにじとりとした視線を向けられて、俺は必死に否定した。ちゃんと、地下室で管理してあんだよ。


「まあまあ、それは今はいいんじゃない?ケルがいなきゃ、僕危なかったし」

「そりゃそうだけどよ」


 何か、引っかかる。なんか、仕組まれたみてえな。


「それよりそろそろジョンを開放したらどうだ。もう、影は戻ったのだろう?」

「うん、流石にもう効果は切れてると思うよ」


 まあ、今はそっちのが先決か。ダンタリオンがまた英雄の書を取り出した。


「それじゃあ行くよ。解放(フリーダム)!」



「思ってたより、やるじゃねえかお前ら。驚いたぜ」


 アギトはそう言って、覚醒者の三人を称えた。心の底からの、賞賛を与えた。


「だから、もう休め」

「誰が、倒れるかよ…!」


 傷だらけの、ようやっと立っている、三人の覚醒者に向けて。

 戦いは、アギトの圧勝だった。三人の覚醒者がどれだけ飛びぬけた出力を持っていると言えど、アギトはその身に三人以上の力を有している。未熟な三人は、彼に完膚なきまでに完敗した。


「あんたらは殺したくないんだがな」


 それでも彼らが両の足で立てていたのは一重に、アギトが加減していたからだ。殺さない程度に勝利する。それだけ、両者には差があった。

 気乗りしない風な態度で、彼が前に出ようとした瞬間、彼の動きが止まった。彼の意志ではない、その静止に戸惑いながらも、彼は理解した。


「…ああ、そうか。大将の負けか」


 そう言うと、彼の身体は徐々にこの場から消えていった。カインから血を与えられすぎたアギトは最早、カインと一心同体になっていた。カインの封印に合わせて、彼もまた生命の樹に封印されようとしていた。


「あばよ、覚醒者共。楽しかったぜ」


 そう言って消え去ったアギトを見て、気力だけで立っていた三人は一斉に気を失った。



「…?おい、何も起きてなくねえか?」

「あれ?おかしいな、確かに解放したはずなんだけど…」


 何だ?何があった?俺たちの間に、少なからず焦りが生じる。それなのになぜかフアイだけが不思議そうな表情で俺たちを見ていた。


「?貴様ら、何をそんなに慌てている?」

「は?嫌、だからジョンが出てこねえって話してんだろ」


 なんでそんなことを説明する必要があるんだ。俺が言うと、フアイはもっと不可思議な表情で言った。


「…?何の話だ?」

「え?え?」


 その返答を聞いて、ケルビスが困惑した様子で何度も視線を動かした。俺だって、ダンタリオンだってそうだ。フアイが何を言っているのか、さっぱりわからない。


「…あ、ああ、ああああ!」


 そう、ハジメが叫んだ。俺たちが視線を向けると、彼女は青白い表情で、口を両手で抑えて、今にも泣きそうな表情だった。


「…ハジメ、何か、気づいたの?」

「ごめん、ごめん、ごめんごめん、ごめんなさい…私が、気づかなきゃ、ならなかったのに」

 

 何度も、何度も謝るハジメに俺たちはただならないものを感じながら、俺は彼女に尋ねた。


「おい、ハジメ。落ち着け。何があった?ジョンに、何が起こったんだ?」


 俺が聞くと、ハジメは大きく深呼吸してから、おずおずと答えた。


「今、タクトくんは日本にいる。英雄の書から解放されたことで」

「…あ!そうか、英雄の書は元の場所に戻すから」


 そうか、あいつは日本に帰れたのか。


「それなら、そんなに焦らなくていいんじゃない?日本に帰れたなら、それが一番だよ」

「お別れは言いたかったけど」


 何となく、安心したような雰囲気になる俺たち。そうじゃないと、さっきのハジメの反応で知っているはずなのに。


「違う、違う、違うの」


 ハジメは何度も首を振って、俺たちの愚かな間違いを指摘する。しないでほしいのに。


「タクトくんは、タクトくんは」

「向こうで、死にかけているの」

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