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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
終章 ドーナドナ
46/50

ゆりかごから墓場まで

「…大将、いつまで寝てんだよ」


 そう言って、アギトはカインの背を撫でた。

 動きを止めたカインは、長い、眠りについていた。理由は分からない。神を喰らいすぎた副作用なのか、それとも力を使いすぎた弊害なのか。いずれにせよ、何らかの理由で、彼は動きを止めていた。


「喰らえぇ!」


 だから、そこを突かれた。何処からか、アギト目掛けて槍が放たれた。


「危ねえ!」


 すんでの所で回避したアギト、だがしかし、攻撃はそれで終わりじゃない。

 姿を現す、ジョン・ドゥを筆頭にした、カイン、魔王討伐隊の一行。


「行くよ、バーン」「任せろ、師匠!」

『覇王双刃!』


 ハジメとバーンの、合体攻撃。自らの剣に炎を纏わせ、同時に放った炎は混じりあい、その威力を数倍にも至らせる、大火力の一撃。


「が、あああ!」

 

 槍を回避したばかりだったアギトは、向かい来る炎に反応しきれず直撃し、吹き飛んだ。全身に焼き付く熱に悶え苦しみながら、アギトは必死で立とうとした。


「無駄だ」


 そんな彼の首元に、フアイは剣を突きつけた。


「て、め、根暗、野郎…!」

「私たちは貴様らを殺すために、全力を持って臨んでいる。この戦力相手に貴様が出来ることはない」


 アギトは必死にフアイを睨みつけたが、彼は動揺することもなく、淡々と言った。そして、アギトの首にフアイの剣が、突き刺さっていく。彼の命を奪うために。


「が、ぐあ…」


 苦悶の声を上げるアギト。彼の身体は竜の肉体と使徒化によって、相当に硬く、中々剣が突き刺さらない。それでもじわじわと、剣が肉を貫いていく。それは普通に貫かれるよりもむしろ、苦痛を増していた。


「すま、ねえ、大将―」


 そう、遂に絶命に陥る程に剣が届きかけ、アギトが最期の言葉を遺そうとした、その時だった。


「う、う」


 カインが声を発した。言葉にもならないうめき声が発せられて。


「ううううううう、あああああああああああああ!!!!」


 次にカインが叫んだ時、世界が、真っ二つに裂かれた。

 そう錯覚してしまうほどに、地が割れて、視界に映るものすべてが分断されて、彼らの目の前に大きな壁が出現した。魔王の巨体よりも更に、遥かに巨大な、見上げてようやく頂点が見えるほどに巨大な壁が、彼らの背後に、そしてそれに連なるように、彼らの視界の果て、そして視界の果てのその先まで、彼らは知る由もないが、大陸の反対側まで、大陸の中央部を覆うかのように壁が建っていた。


「え、え?」「一体、何が」「起こったんだ…?」


 そして、一部を除き、魔王討伐隊の面々も消えていた。この場に残った覚醒者の三人を含めた一行は困惑する。

 だから、カインを止められない。絶命寸前のアギトに血を与える、カインを止められない。


「は、はははははは!!!」


 血を飲み込んだアギトは高らかに笑った。先ほどまでの首の傷はすっかり塞がっていて、それに何よりも。


「アギト様、大復活だ」


 先ほどよりも、格段に強くなっていた。それは正に、魔王の使徒と呼ぶに相応しく。

 いつの間にか、魔王は消えていた。ここにはいない、消えた討伐隊の面々と相対するため。そして、自分がいなくとも、任せられる存在がいるため、彼に任せてこの場を去った。


「さあ、あんたらの相手は俺だ。精々、遊んでやるよ」


 【災厄の使徒】アギトはそう言って、爪を立てた。


「…闘争剣(ルナティック)


 第三者が、彼らを見ていることにも気付かずに。その第三者は、刀を片手にアギトに襲い掛かった。


「…なんだ、てめえ?」


 彼はその襲撃を右腕で守りながら、その第三者の登場に当惑していた。それは残った討伐隊の面々も同じで、何者かの登場に皆が困惑していた。


「あいつは―」


 ただ一人、バーンだけが目を見開く。彼の表情に徐々に怒りが混じっていって、それが頂点に達した時、彼は叫んだ。


「皆の、仇!」


 覇王焔刃を放ち、男に突撃しようとしたバーン。だが、彼の動きはそこで止まる。


「落ち着けよ、少年」

「てめえ!」


 それは魔笛(ダ・カーポ)、グランドホルンの笛の音による効果。怒りの声を上げ、バーンは彼を睨みつけた。


「あれは君一人で手に負える輩じゃないだろ。君は一人じゃない、そして敵も一人じゃない」


 男に辿り着いた炎の刃が一刀両断された頃、グランドホルンが言って、バーンに背を向けた。

 

「何事も、使いようなのさ」

「お、おお~!?体が勝手に、動く!」


 アギトが、襲撃者を殴りつけて、襲撃者もまたアギトを斬り付ける。グランドホルンの笛の音が、二人を操っているのだ。細かな動きまでは指定できないが、互いにノーガードでの打ち合いをさせることくらいは出来る。敵同士で削りあいを強制させるという算段。

 だがしかし、想定外というものはどこにでもある。そして、弱点という物も。いつの間にか、襲撃者の指先に、一つの金貨が乗っていた。細かな動きまでは指定できない魔笛は、彼の指先の微々たる動きまでは操りきれない。


奮え狂い金貨(ワンナイトヘヴン)


 襲撃者の指から弾かれた一つの金貨、それは途轍もない速度で、予測できない程に何度も何度も反射して、グランドホルンさえ見逃して、凄まじい勢いで彼の笛に届いて、弾き飛ばした。


「まず…!」

「遅えよ、クソったれ」


 アギトの蹴りが直撃し、グランドホルンが吹き飛ぶ。


【カバー任せて!】


 ストームが生み出した風のクッションがグランドホルンを抱えたものの、アギトの蹴りで腹が抉れていた彼は苦悶の表情で、痛みに喘ぐことしかできない。ストームはそれを見て、思わず息を呑む。


「あ?やりすぎちまったか?ちょっとばかり強くなりすぎたな」

 

 アギトはからからと笑った。魔王カインに与えられた、追加の血。それは、まだ神だった頃のカインと契約した、今までのアギトから一線を画する実力を与えたのは、誰の目から見ても明らかだった。臆する、残った討伐隊。


「奏連斬」

「っぶねぇ!」


 だが、一人、戦意を失わずに攻撃に出た者がいた。ハジメ、未だ未熟な覚醒者たちの中で、唯一この場に残った主力メンバー。彼女の鋭い刃は、アギトでさえも危険を感じ、回避に徹した。


「闘争―」

「てめえの相手は、俺だ!」


 その隙に攻撃を仕掛けようとした襲撃者に、バーンが焔を纏った剣で襲い掛かる。

 両者ともに、敵対者の対応に追われた時、イヴァンが槌を手に取った。雷鳴を轟かせんばかりに光り輝く、槌を。


「ぶち込め、ぶち抜け、ぶっ壊せ。その身は硬く、重けれど、その身は自由にして自在なり!」

「ぶっ飛べ!【粉砕の雷槌(ミョルニル)】!」


 そして、詠唱と共にその槌をアギト目掛けて投げつけた。


「ぐあぁ!」


 吹き飛ぶアギト、投げつけられた槌はアギトを吹き飛ばしてすぐに方向転換し、襲撃者目掛けて飛んでいく。


「…!」


 襲撃者の刀が吹き飛び、顎を砕き、地面に叩きつけてからようやく、雷槌はイヴァンの手元に戻った。


「とどめだ、クソ野郎…!」


 叩きつけられた襲撃者に向けてバーンは剣を抜いた。


「次元斬!」


 そして、次元を裂いた。それは本来、ハジメが扱う次元斬とは程遠く、ただ空間に次元の裂け目を作る程度の現象しか起こせなかった。だがしかし、地面に叩きつけられ動けない襲撃者には、それは余りに大きな現象であり、彼は次元の裂け目に飲み込まれて、何処かへと消えた。


「よし、これで…!」

「行かせるかよ」


 ハジメが握りこぶしを作った瞬間、アギトはハジメ目掛けて突撃した。討伐隊で最も強い個人、彼女が欠ければ、魔王の討伐はそれ相応に難しくなる。そう、確信して。


「そりゃ、こっちの台詞だ!」


 イヴァンがハジメを庇って、アギトの攻撃を受け止めた。アギトが如何に強くなれど、肉体一つで神聖宝具は破壊出来ない。


「師匠!あんたは、旦那たちの方へ行け!ここは、俺たちが請け負う!」

【よし来た】


 残ったバーンとストームの二人が、ハジメに向けて言った。アギトと同じく、彼らもハジメの存在は魔王討伐に不可欠だと考えていた。


【閉じ込めろ、竜巻結界(プネウマ・スプラギタ)

「開け、雷の門(サンダーゲート)!」


 ストームがアギトを竜巻で閉じ込め、その隙にイヴァンが空間移動の魔法を詠唱し、ハジメの後押しをした。


「…うん!みんな、ここは任せる!」


 ハジメは逡巡したものの、彼らの覚悟に応え、雷の門を通って、ジョンたちの下へ向かった。

 

「舐めやがって…お前らだけで、俺に勝てるとでも?」

「勝てねえかもな」


 竜巻を抜け出して、苛立つように問うアギトとは、対照的にイヴァンは笑った。


「だが、向こうが勝てりゃ、それでいい」


 そう言って、彼らは絶望的な勝負に身を投じた。

 


「…い、おい!起きろ、ジョン」


 そんな焦ったような声音と、肩を揺すられて僕は目を覚ました。


「…デッド?一体、何があったんだ?」

「分からねえ。だが、とんでもねえことが起こったことだけは確かだ」


 デッドに尋ねると、彼はそう言って首を振った。僕も、答えが返ってくることは期待していなかった。なにせ、ここは、さっきまで僕たちがいた場所とは似ても似つかない。恐らく、大陸のどこかに強制的に転移された。そう考えるのが自然だろう。


「ここは、【生命の樹(セフィロト)】の前だな」


 そう言うフアイの視線の先に、僕は目を向けた。

 そこにあったのは大木。巨大なその木は、神を生み出す三つの産道の内の一つ。ミスターが生まれたのもここだったのだとか。


「んなことより、ジョン・ドゥ。さっさと戻ろうぜ。ここにいねえ奴らがあぶねえ」


 アイゼンに言われて、僕はすぐに影の道(スキア・トゥ・オドス)を起動することに決めた。確かに、ストームやイヴァン、バーンたちがいない。なら、早く合流しなくては―。


「う、あ」

「な―」


 だが、それは敵わない。何故なら、僕が生み出した影の道の先から、カインが現れたのだから。


「退いてろ!ジョン・ドゥ!」


 僕が硬直した瞬間、アイゼンが叫んだ。フリーズした頭を必死で回して、僕は陰に潜んだ。彼の、凄まじい威力の神性を思って。


「ぶち抜け、核熱拳(スペース・ニューク)!」


 彼の振るった拳がカインに直撃し、耳がつんざくほどの爆裂音が大きく鳴った。

 彼の神性、【核熱拳(スペース・ニューク)】。拳を振るった瞬間に爆発に似た途轍もない衝撃を引き起こす。一日に使える回数は十回までと決められているが、その分威力は絶大に高く、更に重ね掛けをすることでさらに威力を高める、攻撃特化の神性。恐らく、今のは三回分重ね掛けした物。直撃していれば、恐らく、今のカインですら致命傷になり得るが…。


「ああ、うあああああ!!!」


 カインは言葉にもならない叫びを上げて、彼の近くにあった木々が何本も粉々に砕け散った。そう、カインにはこれがある。遠すぎて近すぎる(イミテーションタスク)、以前、僕の(タナトス)を無効化したこの神性が。

 そしてカウンターが来る。カインの全身から棘が発射された。前見た時よりも数が多い。こっちの人数に合わせて、それ相応の数が掃射されている。


「来んぞ、ダンタリオン!」

「任せて!」

 

 だけど、これは問題ない。ダンタリオンとフアイがこれに対応するための秘策を用意してくれた。ダンタリオンが英雄の書を開き、何かを、神聖宝具を取り出した。一つの、盾を。


「遠い、遠い、当てども当てども、傷一つない無窮の盾。その大器を持って、我らに仇なす全ての物に罰を!」

「弾け!【不落の大盾(アイギス)】!」


 ダンタリオンの手に現れた盾、詠唱と共に僕らの周囲に透明な、膜のようなバリアが出現する。そして、棘を全て弾き飛ばした。


「うう、ああああああああ!!!」


 弾き飛ばした棘は全てカインの下へ飛んでいき、全てが直撃した。苦悶か、或いは怒号の声を上げるカイン。


「やべ―」


 その盾を脅威と見たか、カインは拳を振り上げ、ダンタリオンとデッドに向かって振り下ろそうとした。


「任せろ!」

 

 彼らが潰されそうになる直前、ルゥが叫んだ。


「縛り上げて、動かすな!【食えない紐(グレイプニル)】!」


 そう言って、一本の紐を投げた。投げた紐は見る見るうちに増えていき、無数とさえ思える程の数に分かれて、カインの身体をきつく縛った。


「あ、ああ、うあああああああああ!!!」

「クソが、そんな持たねえぞ!」


 身動きを止めたグレイプニルだったが、咆哮を放つカインにルゥが言った。そもそもルゥは紐などと言う些か以上に変則的な武器を扱った経験がない。神聖宝具は特異な効果を持つが、その武器に精通していなければそれ相応に効果は劣化する。だから、それ程の時間は持たないことは、予想していた。


「―ああ、充分だ」


 だから既に、二人は攻撃態勢に入っている。同時に僕は影の道を展開し、二人の攻撃に合わせて至近距離まで近づけさせた。そして今、カインの神性は発動しない。グレイプルは動きのみならず、神性や化者などの発動も封じる。今の彼には防御の手段はない。


核熱拳(スペース・ニューク)!」

大雷光(ドンナー・シュラーク)!」


 二つの超威力の攻撃が、カインに直撃した。核熱拳に至っては、先ほどのものを遥かに凌駕する威力。土煙が舞って、離れているのに吹き飛ばされてしまいそうなほどの威力に思わず、後ずさりながら、状況を見守る。流石に、ただじゃ済まない。そう思ったのに。


「嘘だろ…」


 カインは、全く意に介してなどいなかった。先ほどまでと同じように両の足で立ち、叫びを上げている。これは神性とか、そう言うことじゃない。ただ、けた外れの耐久性。恐らくは、あのヘカトンケイルを喰ったことで身に着けた、特級の体格によるもの。


「ああ、うあああああああ!!!!」

「や、べ…!」


 そして、遂に、彼が自由になった。紐を掴んでいたルゥごと、力任せに吹き飛ばした。ルゥは木にぶつかって気絶して、カインの視線の先に映ったのは先ほど攻撃に参加していた、アイゼンとフアイの二人。


「ああ、うああああああああ!」

「く、そ」


 アイゼンはそのまま地面に叩きつけられて、倒れた。


「…全く、お手上げだな」


 フアイは雷速で回避したものの、明らかにカインの強さに臆していた。

 

 八方塞がりだ。こっちは何一つ有効打を与えられていないのに、それどころか切り札は無力で、二人が戦闘不能に陥った。せめてハジメがいれば―。


「…ごほっ」


 穴が、開いた。胸に穴が開いた、様な気がした。実際に空いた訳じゃない。なのに、血が流れだす。どろどろの、唾液と混じりあった血液が口の中にたまって、意識しなくても零れ落ちて、僕の身体も倒れた。

 

「どうした!?」


 傍にいたフアイが僕を抱きかかえた。揺らぐ僕の視界の先に、カインが僕を指差してるのが見えた。

 …ああ、そうか。これは、ハジメの、水想禍星。初めて会ったあの時、ハジメに使われて、影を強制的に封じられた、あの技。それを、カインが騙し騙し(カメレオリオン)で発動したのか。


「タクトくん!?」


 そんなことを思っていると、ハジメが雷の門を通ってこの場に現れた。ああ、良かった。彼女が来てくれたなら、安心だ。これで、勝ちの目が生まれる。


「…ジョン、さん?」


 安心したのも束の間、何故か、二つ目の雷の門が現れて、その先から、予想もしない人物が現れた。

 あれ、なんで、ケルビスが…?瞳に映ったはずなのに、まるで理解できない光景を最後に、僕は気を失った。

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