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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
終章 ドーナドナ
44/50

 明日、僕たちは人狼たちの集落に集まって、話し合いを始めていた。カインのことについて、彼の使途について。そして、紫龍について。


「…嘘だと言ってくれよ、ジョン」

「残念だけど、本当だよ。紫龍はもう、戦えない」


 皆が最も感心を示した、空気が明確に重くなったのは紫龍のことについてだった。最大戦力の離脱、それが意味していることは単純明快、僕たちが今まで解放してきた人間種の村を維持できなくなるということ。

 ただでさえ、生まれる神の強さは上がり続けている。そんな神々すら相手にならなかった彼女が欠けるということは余りにも痛手だ。

 カインは皆、大なり小なり、彼が自分たちの敵になるのではないかと、予感はしていた。今の彼の強さこそ予感の更に上ではあったが。そしてそれこそが、紫龍の戦闘不能(ギブアップ)に繋がっているのだが。


「それで?奴の抜けた穴はどう埋めるんだ?」

「僕が埋める」


 続けた、デッドの問いに僕は即答した。

 彼女がいなくなったのは、少なからず僕の責任でもある。あの場でカインと戦うことを選んだ僕の決断が、彼女のギリギリの一線を越えさせてしまった。幸い、僕には(スキア)(タナトス)がある。彼女の役割を曲がりなりにもこなせる。


「タクトくんさあ、私言ったよね?」

「無茶をしなきゃならない時もあるだろ」


 ハジメがそう言うのは分かりきっていたから、僕はそう端的に答えた。僕の意思の硬さを分かってもらうために。

 ハジメは尚も何か言いたげだったが、ダンタリオンが止めて彼が言葉を紡いだ。


「僕も反対だ。君が死ぬと分かりきっているのに、承諾なんて出来る訳ないよ、ジョン」

「…だけど、他に誰が」

「なら俺に任せろよ」


 そう言って現れたのはアイゼン、彼は僕らに背を向けて、拳を振るった。そして、その瞬間、爆風が起きた。


「!」


 これは、ミスターの神性?やはり、アイゼンは彼の死骸を。


「死竜の穴には足りねえが、これで少しはマシになったろ」

「アイゼン、お前」

「…ふん、今更責めても変わるまい。今は多少でも穴が埋まったと考えろ」


 デッドは驚愕していたが、フアイがそう言ったことで収まり、議題は次のものに移ろうとしていた。


「それよりカインのことだが、動きはどうなっている?」

「今は小康状態、ってとこだな。竜の住処、っつうか今は墓場の方が近いが、その端の辺りで動きは止まってる」


 フアイの問いにデッドはいつの日か見せてくれた、五大竜の動きを観測するタブレットのような機器を指差して言った。


「…五大竜クラスの大きさだね」

「ああ、今の奴はそのレベルの怪物だと考えていいだろうな。ギリギリ観測できてるベヒモスよりも遥かにデカい」

「いずれにせよ、今の戦力では足りないよね。皆、何か案とかある?」

 

 改めてカインの今の力を目の当たりにして、ため息を吐いたハジメが投げやりに聞いた。期待もしていなさそうに。


「…二人、心当たりがある」


 だが、僕はその問いに当てはまる心当たりが二人いた。彼らが、そしてここにいる皆が受け入れてくれるかは分からない。だが、実力は充分だ。


「なら、私たちも出来ることがあるな。そうだろう、ダンタリオン」

「あいつらにも、出てもらうしかねえだろ」


 それから、フアイとデッドが立て続けに言ったのには流石に僕も驚いた。デッドが言ってるのはあの子たちだろうけど、フアイは何のことを言ってるんだろう。


「どうやら皆、それぞれ当てがあるみたいだね」

「なら、決まりだな。各々、その当てに当たってみようじゃねえか」


 デッドのその言葉を契機にして、僕たちは分かれて心当たりの下へ向かっていった。



「おいおいおいおいジョンよぉ、本当にこんな所にいんのか?」

「いるよ。必ず。あいつは、ここにいる」


 大陸南西部、氷結庭園や灼熱落果よりも更に西、僕らでさえも滅多に訪れることのない場所に、僕とルゥはやってきた。


「神が生まれる三つの産道の一つ、【天の母胎(プレグナント)】。ところが最近、そこから生まれるはずの人型の神の出現数が激減している」

「なら、何かしている奴がいると考えるのが妥当って訳か」

「うん。そして、そこにいる奴も、見当がついている」


 それこそが、今日僕たちがここに来た理由。戦力に数えられるだけの実力を有する者の居場所。


「あれみてえだな」

「…教会、嫌、大聖堂、って感じかな」


 ルゥがそう言って指差した大きな建物には見覚えがあった。細かな違いこそ分からないが、不信心者な僕でも分かる程度には、それは余りにも旧世界のそれを模していた。

 僕らは顔を見合わせてから、そこに入ることに決めた。


「中も、それっぽいな」


 中に入ると、長椅子がずらっと並べられていて、奥には何か、像のような物が―。


「ありゃあ、何だ?」


 その、像を指差して、ルゥは首を傾げた。僕は、答えられず、息を呑む。知らないからじゃない。むしろ、知り過ぎているくらいで、だからこそ、それがそこにある意味が恐ろしかった。

 車いすに乗った少女、それが、その像だった。ただ、それだけ。それだけだからこそ、それが何なのかは、すぐに分かってしまった。


「紫城、美月―!」


 この大陸で信仰対象になり得るほぼ唯一の存在、この世界を作り出した創造神(ラ・バース)が人であった頃の名前。

 こんなものを作れるのは、旧世界を知っている人間だけ。そして、それは間違いなく。


「…!」


 その時、どこかからか、激しい剣戟の音が聞こえた。


「奥だ!」

 

 ルゥの声に従って、僕らは聖堂の奥へと向かって行く。外見から分かってはいたが、相当に広い。いくつかの扉を開いた頃、ようやく僕たちは目的の人物と邂逅した。


「…また侵入者か」


 そう言って僕たちを睨みつけたのは、目的の人物にして推定家主、司る者。


「おいおい、奇遇だな、ジョン」


 そして、もう一人は、【魔笛】グランドホルン。恐らく、単純な戦闘力では最上位に位置する神にして、僕の好敵手。


「やあ、ホルン。それと、どうも。あなたとは、久しぶりですね」

「久しぶり…?ああ、思い出した。あの時の、怪物か」


 最初は怪訝そうな表情をしていた司る者だったが、すぐに思い出したようで、そう言って僕を見た。


「それで?何の用だ。生憎、今は侵入者の対処で忙しいんだがね。それとも」


 迷惑気な表情でそう言って、彼は指を鳴らした。


「あんたも敵対がお望みか?」


 瞬間、彼の背後に現れたのは無数の剣。単純な長剣や短剣から、捻じ曲がった物や波打つような物、変わり種で言えばソードブレイカーなんてものまで入り混じった無数の剣を見て、僕は目を閉じた。

 間違いない。彼は。だが、今はそのことを気にしている暇はない。


「いえ、協力を要請しに来ました。あなたの力が、必要なんです」

「おいおい、ヲレを放っておいて浮気かよ」


 今は黙っててくれよホルン。お前にも後で頭を下げるつもりなんだからさ。


「協力?何の話だ」

「魔王、この名に、聞き覚えはありませんか?」

「知っている。竜を半壊させた男の異名だろう?」

「知っているなら話は早い。魔王退治のために、あなたに助力を頼みたい」


 スムーズに話が進んでありがたいことだけど、問題はここからだ。恐らく彼は、魔王になんて、きっと何の興味も抱いていない。


「魔王退治?漫画やゲームのような言い分だな。心惹かれないとは言わないが、丁重にお断りさせてもらおう。俺にとっては、魔王が生きていようが死んでいようが関係ないんでね」


 想像通り、彼の返答は色よい、とは到底言えないものだった。だが、彼の求めているものも、ある程度は見当がついている。


「それなら、この大陸は?魔王は五大竜クラスの力を持っていて、尚且つ、理性を失っている。いずれ、彼女に危害が被る可能性があるなら、あなたが出るしかないのでは?」

「…ああ、そうか。あんたは、ここの住民じゃないんだな」


 僕の言葉に、彼はじとりとした瞳を僕に向けて、そう言った。そして、髪をかき上げてから、鼻で笑った。


「墓穴を掘ったな。あんたがかつての俺をどこまで知っているかは知らないが、冥土の土産に教えてやるよ」

「彼女に危険が被る?はっ、願ってもない話だ。なんで俺がここに残ったと思う?憎悪と戦士と分かたれた俺が、何故ここに残ったのか」


 それから、彼は大きく、腹を抱えて笑った。狂ったように笑って、笑って、笑い続けて、終いには眼球と口腔から血を垂らして、彼は言った。


「俺の手で、彼女を殺してやるためさ」


 瞬間、無数の剣が一斉に、俺とルゥの方を向いた。まずい―!


「お別れだ、妄執剣(リフレイン)


 そして、無数の剣が一斉に、僕たちに襲い掛かった。名前こそ違うが、これの存在は知っている。だが、知っていて尚、対処法が限られ過ぎる。単純な数の暴力、単純が故に崩しがたい。


影の道(スキア・トゥ・オドス)―」


 僕はこの場から逃れるために、咄嗟に影の道を起動しようとした。


征服の泥(コンキスタポルシオン)


 が、起動しない。恐らく、彼が取り出したあの、杯のせいだ。あれが何なのか、僕は知らない。だが、その名の一部は知っている。あれは、紫城美月の、征服者(コンキスタ)の名を有している。


「下がってろ、ジョン!」


 影が起動できないことを理解したルゥはすぐに僕の前に出て、大きく口を開け、そして噛み締めた。僕の横を、さっき見た長椅子が通っていく。

 そして、無数の剣をその長椅子が受け止め、僕らの被害は最小限で済んだ。


「成程、そっちも異能持ちだったか。やはり戦力の差は如何ともしがたいな」

「食らいやがれ!」


 司る者は背後からのホルンの攻撃をいなしつつ、ただ冷静に戦況を分析する。それは、こっちの台詞だ。人数でこそ上回ってはいるが、彼の二つの異能はどちらも最上位レベルだ。こっちだって相当の手練れが集まってるというのに、簡単に対応されている。


「分かった。降参しよう。今のは俺が悪かった、だからあんたらも矛を収めてほしい」

「…どういう風の吹き回しだ?」

「言葉のままさ。このまま戦えば勝つにせよ負けるにせよ、互いに要らない損害を被ることになる。その前に、終わらせたい。ただそれだけだよ」


 嘘だ。なら、さっきの敵意は何だ。冥土の土産とまで言った、僕が踏んだ地雷は確かに爆破した。それでも撤退するだけの理由が、僕たちの中にあった?あるいは、僕たちが脅威に値しないと、今の攻防で理解されたか。どちらにせよ、彼の中で僕らは戦うに値しない存在だと認定された。それは確かだ。


「断る、と言ったら?」

「殺す。あんた、幸運だよ。そこの二人が来てなけりゃ、無理をしてでも殺してた」


 挑発するような物言いのホルンに、司る者は何でも無さそうに言った。ホルン相手にそう簡単に言ってのけるか、それが不可能ではないことをホルン自身も感じていたのか、笑いもせずにそれ以上の追及は避けた。


「ああ、そうだ。影の人、最後に言っておくよ」


 僕らがこの場を後にしようとした時、司る者が僕のことを呼んだ。振り返ると、彼は笑っていた。


「魔王なんぞで世界は終わらない。再誕の日(ラ・バース)は必ず来る。だが、それは相当後になってからだ。二度目の終わりは、見ないで済む」


 あんたは安心して、先に逝け。そう言って、彼は奥へと去っていった。それが、本当かどうかは分からない。だが、もし本当だとしたら。


 あの時を思い出して、鳥肌が立った。もし、あれがまた起こったら、破壊されるのはこの世界だけだなんて、そんな楽観的なことは思えない。この大陸の、外。ハジメがいたという日本、世界、地球、そして宇宙がまた、無に帰してしまう。


「…なら、なんであなたは」


 彼女を殺すなんて言ったんだ。まるで、終局を迎えるのが当然だと言うあなたは、なんで彼女を。

 その問いをぶつける相手は、とうにその場にはいなくて、僕もまた、その場所を去った。

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