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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
終章 ドーナドナ
43/50

suicide prototype

 【九頭竜】ルベルナインとの一戦の後、僕と紫龍は共にカインを探し始めた。すぐに紫龍が戦いの音に気付いたようで、彼女の後を追うと、逃げ惑う竜と出会った。


「ころ、ころ、殺され―」


 紫龍はその竜の命を瞬時に奪い、彼の足跡を追った。徐々に増えていく竜の死骸に嫌な予感がしつつも、徐々に聞こえてくる享楽に溺れているかのような笑い声に気圧されながらも、先へと進んだ。


「カイン、なの?」 


 ようやく、彼に出会った時、僕は、それが彼だと気づかなかった。何故なら、彼の姿は僕が知っている容姿とは全くかけ離れていたから。

 その巨大な体躯はまるで巨人そのものだったし、二本のはずの腕は背中からも無数に生えていて、目は六つだし、視線は定まらないし、ようやく定まった視線は僕らに向いていて。


「…殺す」


 そんな一言と共に、彼は僕らに襲い掛かった。と、共に、僕の全身に襲う、異様な重み。立っていられなくなりそうなほどのこの重みは。


「過重力―!」


 唯一、だがそれでも彼がカイン本人だと確信できる証拠。歯ぎしりしたくなる気持ちを抑え、僕は紫龍と共に影に飲み込まれた。


「う、あああああああ!!!」


 声にならない叫びを上げながら向かってくる、カインから逃れるために。


「…手遅れ、でしょうね」


 影の道(スキア・トゥ・オドス)でカインの遥か後方に逃げた僕たち、紫龍は拳一つでクレーター程の大きな窪みを作ったカインを見て、そう言い放った。


「単独でこれだけの竜を殺して、あれだけの数の神を喰らって、人並外れた肉体を得て、正気を失って、人間性を零した彼はもう、人間じゃない」

「…魔王、か」


 僕はそんな、思いついただけの一言をぽつりと漏らした。竜も、神も超えた存在。そこから思いついただけの名前。


「魔王ですか、確かに言えてますね」


 紫龍は僕の呟きを拾って、一言、同意した。


「俺?オレおれおれオレ俺俺俺オレ俺おれ俺、はあああああああああ!!!」


 最早、自我さえ壊れてしまったカインの末路を見ながら。


「魔に魅入られて、歪んだ玉座から下りられない、裸の王様。余りにも、哀れですね」

「…クソ」


 ああ、嫌でも思い出す。あの時、あの一年間、僕が消えたあの時、約束を守れなかったから、彼は。

 歯ぎしりする僕の肩に、紫龍は優しく、手を添えた。


「私たちの手で、終わらせましょう。それが、私たちに出来る、唯一のことです」

「…うん、そうしよう」


 今更過ぎる後悔は、後で良い。今は、今できる最善を。


「さあ、行こう」


 僕たちは木から飛び降りて、カインに、魔王に相対する。


「お前、オマエオマエお前お前らオマエラ、敵?テキ、敵、てきぃぃぃ!!!」


 かつての、友のなれの果てを殺すために。



四方八方追尾式(ヴィルニクル・ソーン)!」


 戦闘開始、と同時にカインが放った、無数の棘。恐らく、彼の神性の一つ。僕らと離れてから喰らった神から得た神性。


(…厄介だな)


 彼が放った棘を影に潜むことで回避しながら、僕は毒づく。彼の最初の神性は知っている。騙し騙し(カメレオリオン)、たった一度きりのコピー。恐らく、その発動条件は満たされている。次元斬や(タナトス)は防ぎようがない。どうすれば―


「!」


 右腕に、鋭い痛みが奔った。これはさっきの、棘。僕はすぐさま影を抜け出し、地上に帰還した。


「お早いお戻りで。まだ、棘は消えてませんよ?」

「見てよこれ、隠れる意味なくてさ」


 油断した。そりゃ、この程度の威力の棘が神性になるはずもないか。毒の可能性も踏まえて、棘が刺さった部分を切り剥がし、影を傷口に張り付けた。


「相変わらず便利ですね、それ」

「まあね。それじゃ、もっと役立たせようか」


影の領域(スキア・トゥ・エリア)


 影で、無数の棘を包み込む。棘は影に侵入することは出来ても、出ることは出来ない。攻撃性が強すぎるから、それでいて耐久性はなさすぎる。いつぞやにも使った、反射の餌食だ。


「敵、敵ィ!」


 棘は抑え込めたが、問題はこれだけじゃない。今のカインは推測なんかしなくても明確な脅威だ。武器がなくても、神性や異能を抜きにしても、この巨体の膂力だけで、僕は真っ向から戦えない。


「無空」


 振り下ろされた彼の右腕たちを、紫龍はなんてことも無さそうに簡単に受け止めた。良かった、紫龍の拳はこの領域に至ってもまだ、通用する。


「ジョン!」

「了解!」


 長々と続ける必要はない。一瞬で、一撃で終わらせる。


死の影(スキアトゥタナトス)!」


 使われる前に、こっちが決める。それがきっと、僕らにとっても、カインにとっても最良の選択肢なんだ。そう自分に言い聞かせて、僕は彼目掛けて死を放った。


遠すぎて近すぎる(イミテーションタスク)


 だが、彼は死なない。代わりに、カインの近くにあった木が一本、腐り落ちた。


「これは!」


 対象変化、防御型の神性!(タナトス)の対象を木に移された!


「ぐ、うう!」


 それだけじゃない。無数の腕を受け止めたはずの紫龍が、徐々に押しつぶされていく。重力操作の異能、すぐに紫龍を―


「!?」


 動けない!?身動き一つ出来ない、こんなのまるで僕の、影縫い?見上げると、カインの腕の一本が、僕の影に向かって伸びていた。


「敵ィ!」

六人いるし(シックスメン)見分けもつかない(・フルカラー)!」


 僕に向かって振り下ろされるはずだった拳を、分身と場所を入れ替えることで回避した。


「紫龍!」


 僕はそのまま、紫龍と共に影の道(スキア・トゥ・オドス)を使って逃げ出した。


 一方、ジーズーと戦うアギトたちは。


「クソ!高いところから攻撃してくんじゃねえよずりいなあ!」

【愚か、愚か、愚か。貴様ら、の、射程範囲内、には、行かない】


 苛立つアギトを見て、ジーズーは笑った。自らの優勢を思って。だが、彼が思っている程、彼の優勢は絶対的な物ではなかった。


(ドンナー)―」


 強い力を感じて、思わずジーズーはその方向を向く。そこにいるのはフアイ、彼の右腕に集まる雷を見て、彼はそれが力の発生源だと理解した。


雷光(シュラーク)!」


 理解した時には既に遅かった。彼の腕から放たれた雷を回避する術は、彼にはなかった。


【…ギギギ、ギィ!】


 だが、それでも彼は倒れない。そもそもが強力である竜の中でも、五大竜に次ぐ力を持つ竜である。いくら大雷光が強力な技であったとしても、一発程度は難なく耐える。


「凍れ凍れ永久に―」


 そして、その程度は彼らも承知の上だ。


「コンフェラシオン!」


 ダンタリオンの魔法がジーズーの羽に直撃する。コンフェラシオンは前方一帯に強力な氷を生み出す魔法、それに触れた物は瞬時に凍てつく。弱点はリーチが短い点ではあるが、大雷光を喰らって高度を低くすることを余儀なくされた彼は、良い的だった。彼は攻撃と回避と状況有利の手段を一気に失ったのだ。


「はい、お終い」


 最後には地に落ちた竜の首を、ハジメがはねた。竜の首がアギトの足元まで転がっていった。


「は、はは、ははははは!とんでもねえなあんたら!普通の竜なんぞとは比べ物になんねえくらい強かったのに、あんなに簡単に殺すかよ!」


 彼らの連携を外から見ていたアギトは、手を叩いて素直に称賛した。ダンタリオンたちは反応に困る。今となって彼らは、アギトが敵なのか味方なのか計りかねていた。


「おい、貴様。カインの使徒とか言ったな?それは本当か?」

「ああ本当だぜ。あんたらこそ、あの人の仲間なんだろ?会いに来たんなら―」


 好意的な反応を返したアギトに向かって、フアイは雷を放った。


「てめえ!何しやがる!」

「聞いただろう、ダンタリオン、ハジメ。奴は竜を使徒にしたのだぞ。正気の沙汰ではない」


 吹き飛ばされながらもすぐに立ち上がったアギト、フアイの行動に驚愕する二人に向かって、フアイは言った。


「それだけじゃない。こいつは竜を殺してきたと抜かしたな?二人で竜を虐殺した、そのような化物を同時に相手にしてなどいられん。まずはこいつを殺す。カインを討つのはそれからだ」

「…あの人を討つ?何抜かしてやがんだ、根暗野郎。そんなことはさせねえ」


 互いに互いを睨みつけ、一触即発の気配。互いが互いに関心を抱く最中、ハジメは駆けだした。


「てめえ!」

「させないよ!」

「ダンタリオンナイス!」


 彼女を止めようとしたアギトを止める、ダンタリオンの槍。その隙に、ハジメはカインの下へと向かおうとした、瞬間だった。


「が、あああああああ!!!」


 形容しがたい叫び声が聞こえて、思わずハジメは後退り、他の三人もまた、その叫び声の正体を確認するため、動きを止めた。

 現れたのは、全身が焼けただれているかのようにとろけた肌をした、無数の腕を持つ巨人。彼は、痛みに喘ぐかのように、地団駄を踏み、木々を砕き、声を震わせていた。


「…大将?一体、なにがあった?」


 それを見て当惑した様子のアギト、彼の言葉を聞いてダンタリオンたちもまた、困惑を隠せなかった。


「…あれが、カイン?」

「信じられんが、信じる他ないだろう」


 その姿を信じられない思いで見つめるダンタリオン、驚愕しつつも既に戦闘態勢に入ったフアイ。


「あぎ、と?だん、たりおん?おれは、俺は、俺は、あ、ああああああ!!!」


 アギトと、ダンタリオンたちを見た彼は、一瞬だけ焼けただれた肌が元に戻って、すぐにまた焼けただれて、彼らに背を向けて何処かへと駆けて行った。


「待てよ、大将!」


 それをすぐさま、アギトは追いかけ、ダンタリオンたちはただ見送るしかなかった。


「…悪い、夢を見てるみたいだ」


 そんな、凡庸な一言と共に。



「ごめん!誰か、手を貸して!」

「影の旦那!何があった!?」


 カインから逃げた僕たちは、竜峰山に向かっていた。僕が叫ぶと、すぐにバーンが向かってきてくれた。


「紫龍がやられた、すぐに回復しないと」

「嘘だろ。分かった、俺はデッドを呼んでくる。ルイン!手伝ってくれ!」

「うん!」


 バーンがルインを呼んで、僕はルインと二人で紫龍を抱えて、ベッドへと横たわらせた。焦るばかりの僕を、紫龍はくすくすと笑った。


「大丈夫、ですよ。そんなに焦らなくても」

「そんな訳ないだろ!」


 口ではそう言ってるが、そんな訳がない。両足があらぬ方向にねじ曲がっている。僕には治すすべはない。というか、誰に治せるのか見当もつかない。神の肉片を食べさせるか、使徒化の契約くらいじゃなきゃ―


「だから、大丈夫なんです」


 冷汗を流す僕を、彼女はそう言って安心させようとした。

 そんな、安心なんて出来る状況じゃ。そう、僕が言おうとした瞬間、彼女の足がまっすぐ伸びているのを目にした。

 今の一瞬で、何が起こった?混乱する僕に、彼女は肩をさすりながら説明した。


「私が幼い頃、記憶だって曖昧なくらい、幼い頃です。私は母に連れられて、【氷結庭園】、凍竜ラララカーンが棲む、山奥へと向かっていました。なんで、そんな所に行ったのかは覚えていません。でもきっと、神の支配する村から、逃げてきたんだと思います」

「山を登るのは、大変でした。寒さによって肌はあかぎれて、片耳が落ちて、肺は凍って、息をするだけで痛みが奔りました」

「それでも、何とか私たちは、ラララカーンの下に辿り着けました。彼女は私たちを哀れに思い、血を一滴飲ませました」

「私はすっかり回復して、全身に力が溢れました。今私がこんなに強くなったのは、多分、その血の影響です。この、再生力も。そう言う意味じゃ、私も彼の同類なんですよ」


 竜の血を浴びて不死になったっていう歴史もある。それが経口摂取に変わっただけ、と考えれば、今の現象にも納得できる。僕は彼女の話の続きを待った。


「でも、母は死にました。凍竜の血を、母の身体は受け付けなかったんです」

「母を亡くした私を、凍竜は、母様は育ててくれました。母様は昔生きていた場所のことを、時折話してくれました。あなたがいた日本のこと、五大竜のこと、父親のこと、あの人が、世界を滅ぼした時のことを」

「母様は、ずっと後悔していました。世界を滅ぼした時のことを。母様はずっと求めていました。贖罪を。自らの死を、ずっと望んでいたんです」

「私が竜殺しを志していたのは、そのためです。私は、あの人を殺してあげるために、全ての竜を殺すつもりでした」


 そう言って、彼女は泣きそうな表情で続けた。


「だけど、現実は厳しいですね。ロストケアセルフは貴方の力抜きでは絶対に殺せませんでしたし、首が一本落ちたルベルナインの攻撃を捌くのにも二人でやっとでした。リーサルサイドに至っては、あれだけの数で当たっても二人を死なせる始末」

「その上、魔王、カイン。五大竜どころか、竜ですらない、神になった人間にすら、私は敵わなかった」

「というか、今までが運が良すぎただけだったんでしょうね。殴り合いが成立する相手とだけ戦っていただけ」


 遂に、彼女の瞳から涙がこぼれて、震える声で最後の一言を告げた。


「…ごめんなさい。私はもう、戦えません」


 遅まきながら、本当に遅まきながら、僕はようやく気付いた。ずっと、彼女は限界だったんだ。

 特に、この三年間は、ただでさえ多くの出来事が起きて、ただでさえ強い敵が多くなった。五大竜を筆頭に、前よりもずっと強くなった神々を相手取って、もうどこに行けばこの戦いが落ち着くのかも分からないのに、自分の力不足だけは実感していく日々。

 薄氷の上で、ギリギリ保っていた正気が、魔王と言う新たな脅威で、偶然割れてしまった。それだけ、それだけと言うには余りに致命的な出来事。彼女が欠けた僕たちは、カインを止めることが出来るのか?


「…大丈夫、君には今まで充分助けてもらった」

 

 なんて、心にもない励ましの言葉。きっと、彼女も信じられない様な、薄っぺらな前向きさ。


「これからは、僕たちが何とかする番だよ」


 でも、つらつらと出てくる詭弁。彼女がこれ以上苦しまないように、皆の戦いを終わらせるために。


「カインは、僕らで始末をつける」


 そう、啖呵を切って、僕は未だ竜の住処にいるはずのダンタリオンたちの下へ向かった。

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