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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第三章 陥落
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gilded cage

 思えば、敗北続きの人生だった。



「お前、この村が好きか?」


 俺は、【狡猾な捕食者(デンジャラスライオン)】が統治する多くの村の中の一つで生まれ、育った。

 統治者である神に、そしていつの日かどこかに売られていくかもしれないという悲観的だが現実味のある将来に、恐怖を感じながらも、どこか愛着を抱きつつ、青年になった。


 だから、俺はこの村での日々を終わらせないために、何人かの旧友と共に、デンジャラスライオンに反旗を翻そうとした。

 だが、その目論見は見抜かれていた。俺たちが反乱を決行するはずだった前日、来るはずがなかった奴が村に現れ、俺たちを縛り上げた。


「なら、残念だったな。お前が好く価値は、ここの連中にはない」


 否、見抜かれたという表現は適切じゃなかった。裏切者が、俺たちの中には混じっていた。

 冷たい瞳で言った神の視線は、俺ではなく、既に他の神へと売られたあ仲間たちでもなく、ただ一人縛り上げられることなく、神の横に立っていた男に向けられていた。


「カイン、だったな?お前は殺さない。それだけの価値が、お前にはある。あの皆殺しに借りを作れる程の逸材は少ない」


 裏切者は、卑屈なひきつった笑みを、俺と神の両方に向けていた。俺には一抹の罪悪感と大半の正当化、神には諂いと懐に取り入るための、弱者の笑み。


「だから、こいつを見せしめにする」


 そして、そんな笑みは突如として消え去った。神が、裏切り者の喉を貫いた。

 倒れて、苦悶の余り、体を捻じ曲げるそれを見て、神は笑った。


「汝に命ずる―」


 貫いた首に向けて、奴は自らの握りこぶしから滴る血を落とした。

 俺はただ困惑していた。こいつは一体なにをしている?だが、続く言葉を聞いて、その意味がようやく分かった。


「使徒の契約をここに結ぶ」


 これは、使徒の契約だった。今、こいつは、あの裏切り者を、人でなしにしたのだ。


「どういう意味か、分かるよな」


 ああ、分かる。痛めつけてから使徒にしたのは、意味がある。それは、俺が自分の商品価値を落としても意味がないということ。俺がどれだけ、自らに傷をつけようが、奴らは瞬時に傷を癒してしまう。


「一年後だ。それまで精々、楽しんで生きろ」


 俺は、もう、使徒になる未来を甘受するしかなかった。そう、信じ込んでいた。



 一年後、ダンタリオンが村を抜け出した。その一報を聞いた時、俺は然して驚かなかった。あの一件が起こってからも彼は、一層訓練に励むようになっていたし、その努力も実りその実力は村で一番と言っても過言ではなかった。だから、今、あいつが行動を起こしたのは、驚くことじゃない。


「捕まえて来い。沙汰はそれから決める」


 恐らく、彼が死体となって帰ってくることも、驚くことじゃない。

 デンジャラスライオンが、自らの使徒に、すっかり変わってしまった元同志の裏切者に命じた時、俺はそんな風に考えていた。


「あ…?」

 

 だが、違った。死体になったのは使徒の方で、戻ってきたダンタリオンは、神の心臓を貫いた。

 そして、戻ってきたのは、彼だけじゃなかった。


「…よし」


 小さく握りこぶしを作った彼は、まるで、人間とは思えない様な、力を持っていた。

 ジョン・ドゥ、影の英雄。俺はただ、愕然とする他なかった。


「ふざけるな!」


 老人が、信じられないことを口走った。神を殺した、神の支配から開放してくれた人間に向かって。神を殺した、神以上の生き物に向かって。


「情けねえこと言ってんじゃねえよ!」


 苛立ちの余り、俺は叫んだ。いずれにせよ、もう選択肢はない。デンジャラスライオンは死んだ。これからは自らの力でこの村を守って生きて行かなくちゃならない。他の神と、争わなくてはならない。今更、人間同士で争ってる場合じゃない。


「僕の名はジョン・ドゥ。僕を、この村の新しい守護者にさせてください」

「何、だって?」


 俺たちが言い争っていた頃、彼はそう申し出た。理解しがたいその申し出に、思わず俺は呆けた声を上げた。


「僕の目的は一つ。安心して、人が生きられるようにしたい。それだけです」


 彼がそう言うと、村人は皆、こぞって彼を受け入れた。老人たちも渋々ながらも彼を受け入れた。

 そして、実際、それは正解だった。彼がダンタリオンと旅立ってから、状況は大きく変わった。この村だけにとどまらず、人間種全体にとってさえも。

 

 ジェイド・アルケー、魔法を神だけの物にした張本人であり、尚且つ竜の生産者。ジョン・ドゥが彼を殺害したことによって魔法は人間種も扱える様になり、人間、それに神にさえ大きな被害を及ぼしていた劣等竜すらも消え去った。

 だが大きな犠牲も払った。彼との戦いでジョン・ドゥは行方不明となった。そして、彼が消えたことで、村を守っていた彼の影も消え失せ、俺の村は機械竜に襲われて、焦土と化した。


 俺は、復讐のために駆け出した。村が滅んだことを契機に、化物に目覚めた俺は全能感に目覚め、どんな奴でも倒せると信じた。ジョン・ドゥの様に、無敵になれたんだと。


 惨敗だった。立ち上がることすら出来ない程の傷を受けて、辛うじて生き残った。俺は散らばった神の肉片を喰らって、人を辞めた。

 いずれ、機械竜を倒すために、俺はなりふり構わず、神を狩り始めた。神を喰らえば喰らうほど、使える能力は増える。何体も、何体も喰らって、俺は、五大竜を、越える。


「八つ当たりなら、他でやってよ」


 完敗だった。五大竜の一角、灼竜レーヴェルナーノ。蝶よりも小さく、されど五大竜に相応しい強さを持つ彼女に、俺は完膚なきまでに敗北した。化物も、神性も、神聖宝具さえも、奴と奴が操る蟲どもには通用せず、俺は逃げ帰った。奴は俺の生死などどうでも良さそうに、冷たい瞳を向けていた。


 そして、帰還した俺は驚愕する。アイゼンとミスター・ファルカスが亡くなったことに。機械竜が、あいつらの手によって討伐されたということに。

 それからのことは、よく覚えていない。負け惜しみを吐いて、その場から逃げ出して、竜の住処へ向かっていた。八つ当たりの為に。



 そして、今もまだ、俺は負けている。


「あれ?もう終わっちゃった?」


 …クソ、嫌な夢を見た。頭が割れるように痛い。実際、割れているのかもしれない。頭部から夥しい血が流れていて、視界が真っ赤だ。


「おーい、もしもーし」

「…うるせえ、起きてるよ」


 俺は槍を支えに立ち上がって、辛うじて負け惜しみを声に出した。

 グングニルは砕け、不意を撃つ短槍(ヘルケニア)は潰され、戦闘用の神性も化物も通用しない。膂力が一番駄目だ。差があり過ぎる。どうやったって、勝ちの目はない。


「何だ、まだ立てるんじゃん。それじゃ、続きしよっか」

「その前に、一つ聞かせろよ」


 俺が立つと、すぐさま剣を向けた奴に、俺はそう言った。ただでさえ満身創痍だ。少しでもいいから、時間が欲しかった。


「いいよ、何?」

「お前ら、一体何なんだ?何で、お前らは封印されてた?誰に、封印されてたんだ?」

「何それ、つまんな。でもいいよ、答えてあげる」


 鼻で笑いながら、それでも奴は特に気にするでもなく、俺の問いに答え始めた。

 

「そもそも、僕とジーズー、ベヒモスの二人は違う。オリジナルは僕一人、後の二人はこの大陸で生み出された偽物。五大竜という試作品たち(プロトタイプ)を経て生み出された新世代(ニュージェネ)。その内の一体が僕って訳。かつての世界を滅ぼした者の、慣れの果てって訳。理解できない?だろうね、じゃあ次ね」

「僕らは封印されてた訳じゃない。ただ、ラ・バースによって、そう言うシステムとして指定されただけ。そう言う意味では君に感謝かな、君が有象無象共を殺してくれたおかげで僕はまた娑婆を歩けるんだから」

「ていうか、父さんも死んでんだよね?じゃあ、また眠る必要はないわけだ。この世界も、壊しちゃおっか?おい、無視してんじゃねえよこっち向けよ」


 今更凄んだって、もう遅えんだよ、クソ竜が。


「―消えちまえ」


 溜めに溜めた一撃、次元斬をレヴィアタンに向かって、俺は放った。

 そう、これはあのハジメの必殺剣。どうあがいたって、俺には使えるはずもない、奇跡の剣。だが、それは真っ当に行けばの話だ。


 俺の神性、騙し騙し(カメレオリオン)。自分の手の内を相手が知らない場合に限り、一度だけ誰かの技術を、誰かの魔法を、再現することが出来る。たった一度きり、だが、限界はない。俺が知っている限りの最強の技を、俺は徒手を振るうことで生み出した。


「…何のつもり?」


 だが、レヴィアタンは何のダメージも受けず、ただ手刀で空を切った俺に困惑していた。

 そして、俺も困惑していた。何で、何も起こらない?俺は確かに、次元斬を放ったはず。一体、何が。


「―!?」


 次の瞬間、それは確かに放たれていたのだと理解した。ただ、レヴィアタンに命中していなかっただけで。それは文字通り、次元を裂いていた。レヴィアタンが立っているすぐ横の風景に、不自然な白色が侵食していた。その白色はどんどん大きくなっていき、遂に。


「う、ああああ!」


 レヴィアタンを飲み込んだ。


「クソ、なんだこれ!ティタノマキ―」

 

 すぐに異変に気付いた彼女は自らの神性宝具を使って、自らを飲み込む白色を破壊しようとした。が、彼女自身よりも先に、その大剣を白色は飲み込んだ。


「クソ、クソ!なんだよ、これ!なんだ、よ?」


 暴れても何の意味もない。白色はどんどん、どんどん、彼女を飲み込んでいき、顔面まで飲み込んだ時、彼女は何かに気付いたように暴れるのをやめた。


「あは、ラッキ」


 そして、彼女は嬉しそうに言って、完全に飲み込まれて、白色は消えて、風景が戻っていった。


「…は、はは。何とか、勝ったか」


 それを見て、俺はその場で崩れ落ちた。正直、勝てるとは思わなかった。最後、奴が何に気付いたのかは分からないが、まあ俺にはもう関係のない話だ。異次元の先で何があろうと、知ったことじゃない。

 アギトは大丈夫だろうか。あいつと同じくらいの強さならかなり厳しい相手だが、奴の言い分じゃあいつ以外はあくまで偽物、奴ほどの力はない、のかもしれない。それなら、何とかなる、と信じたいが。


 何はともあれ、まずは傷を治さなくては。こういう事もあろうかと、ヘカトンケイルの肉を取ってある。これを食って、傷を癒すか。


 肉片を口にした瞬間、俺の傷は癒えて、それから徐々に全身が軋み始めた。

 全身が急速に成長していく。数秒が過ぎる頃には既に俺の身体は、先日殺したヘカトンケイルと同じ程の体躯になっていた。


 嬉しい誤算だ。緊急時の回復程度の認識で奴の肉片を持ってきたのだが、まさか、こんな副作用があったなんて。この体があれば五大竜とも真正面から戦える。リーサルサイドをこの手で殺すことが出来る。

 それだけじゃない。デンジャラスライオンなんか子供扱いできるし、そんなことよりアギトに加勢しに行かなくちゃな。ジョン達に一度謝りに行こう、だって俺はあいつらが憎い。生き残りの巨人だって、ベヒモスってのはどこにいるんだ?


「られりるれろ?」


 ん?違和感が喉元を通り過ぎて消化された意味なんてないことを考えるのは時間の芍薬になりて戦士たちの埋葬を済ませた僕らは、思考がまとまらないすごい勢いで考えていることがせせこましい情報の高揚視線を向けた先には見覚えのある二人が。


「カイン、なの?」


 ジョン・ドゥ?紫龍?何でそんな目で俺を見る見るな見るな見るな見るな見るな、そんな神を見るような目で竜を見るような目で怪物を見るような目で俺を、俺を俺を俺を俺を俺を見るな。


「…殺す」


 殺す殺す殺す殺す殺す、こいつらは敵だ敵を見るような目で俺を見る奴らは全員敵だ。こいつらはここで殺す。だってそれが俺らの悲願なんだからそれが当然それが目標、それが俺たちの夢だ。それなのになんで、こんなに、悲しくて、苦しくて、頭が雑音で埋め尽くされているんだろう。分からない分からない分からない、分からないまま、俺は夢の中で浮遊しながら、攻撃を放った。

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