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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第三章 陥落
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心強さ

(…覚悟はしていたつもりだったんだがな)


 戦闘開始から、半刻。ルベルナインは満身創痍に成り果てていた。最もそれは彼だけではない。襲撃者の二人もまた、それぞれ立つのもやっとの状態だった。

 だが、彼はその比ではない。残り八本だった首は既に二本、(タナトス)を喰らったわけではない、単に再生が追い付いていないだけ。それだけ、彼は傷つきすぎた。


(それでも尚、現実と言うのは覚悟を越えてくる)

「【影の刃(スキア・トゥ・レピド)】」

(彼らの様に)


 そして、この現状は当然、攻撃と防御の両方で後手に回るということでもある。残り二本の首の内、更に一本が切り取られた今、残った首は当然一本。


「降参だ…最期に、一つ質問をさせてくれ」


 彼は残った首を地面に寝かせ、二人にそう言った。二人は警戒を解かず、臨戦態勢のまま。


「これ以上、私が何か出来ると思うか?」

「…何が知りたい?」

「お前らは、竜を殲滅に来たのか?」


 臨戦態勢は解かなかったものの、発言を促した襲撃者たち。九頭竜の問いに、彼らは首を振った。


「いずれはそうなるかもしれない。だけど、今日の目的は違う。むしろ、その気の奴を止めに来た」

「成程な」

「藪蛇だったんだよ、あんたとやりあうのはもっと後でも良かったのに」


 男が溜め息を吐きながら言うと、女は冷たい視線を九頭竜に向けた。


「…あなたは、母さんの同類だったんでしょう。違いますか?」

「ララには悪いとは思うがな」


 女の指摘に九頭竜は隠すでもなく、のうのうと言ってのける。その意味が理解できずに、首を傾げる男を見て、九頭竜はくつくつと笑ってから言った。


「死にたがりと言う奴だ。生という奴にはもう、とうの昔に飽いているのだよ。戦って死ねるなら、それに越したことはない」

「…自殺に巻き込まれたってことか」


 それを聞いた男は再度、溜め息を吐いた。


「私からも質問があります」

「何だ?」


 女がそう言って、九頭竜の目前に立った。九頭竜は難色を示すこともなく、先を促す。


「今の私が、灼竜に勝てると思いますか」

「無理だろうな。あいつはお前の得手からは外れすぎている。あいつは私たちの中では最も、親父殿に近い。単純な武力では、届くことはない」


 そう言って、彼は首を振った。


「もう行こう、紫龍。これ以上、時間は無駄に出来ない」

「…はい」


 唇を噛み締める女に向かって、男はそう言って、彼女もまたそれに従った。


「…ララは上手くやったな。いずれ奴の願いは叶うだろう」


 九頭竜は彼らの去っていく姿を見ながら、感慨深げに言った。そして、静かに、ゆっくりと目を閉じた。


「父様!」

(本当に最低限ではあるが、未来への種は残せた。後はどれだけ、あの蒙昧どもが気づけるかだが、余り期待は出来んな)


 駆け寄るルドロペイン、ルベルナインはそんな息子の姿にさえ気づかず、竜という種の未来に思いを馳せる。彼の言う蒙昧どもが今正に、脅威に瀕していることも知らずに。


(…悪いな、ララ。あの時までならず、二度もお前に借りを作ってしまって)


 心の中で謝罪をしつつ、彼の命の灯は消え去ろうとしていた。


「俺の息子を、たのんだぞ、レーヴェ」


 そう、最後に言った彼の傍には、一匹の小さな虫が飛んでいた。



「…酷い有様」

「一体、何が?」


 ジョン達と共に竜の住処へと向かっていたダンタリオンとハジメの二人は、目前の光景に息を呑んでいた。小さな竜たちの惨殺死体の山を、彼らは目撃したのだ。


「どうするハジメ、考えなくてもこんなの」

「私たちだけじゃ手に負えなそう、だよね」


 二人の意見は一致し、ひとまずこの場から離れることを二人は決めた。これを引き起こしたのがカインにせよ、そうではないにせよ、ジョンたちと合流することが先決だと、彼らは結論付けた。


「怪しい奴、みーっけ」


 しかし、その決断は遅すぎた。背後から聞こえた声、振り向くとそこには、二本足で立つ人型の竜。それはすぐに、二人に向かって駆けだした。


「飛刃!」

「ちっ!」


 ハジメは冷静に状況を理解し、刀を構え、遠隔斬撃を放った。アギトはすんでの所で回避したが、それ以上にその攻撃に驚きを示す。


「なんだそりゃ!剣が飛んだ?どうなってんだ!」

「そんなんで驚いてたら、もっと驚くことになるけど」


 それでも駆けるのを止めない竜に、ハジメは笑って、警告混じりの軽口を叩く。何故なら、奴の進行先にいるダンタリオンも既に、迎撃態勢に入っているからだ。


「獄炎、葬竜!」


 炎を纏った槍で、ダンタリオンは向かって来たアギトを突き刺した。これは元々、対ジェイド・アルケー用に開発した槍術、あれから数年をかけて更に洗練されたその槍は当然、竜を殺すには十分すぎる程の練度に達した。


「危ねえ、なあ、ちくしょう!」


 故に、この相手に使うには不適格だった。竜にあって、竜にあらず。竜以上に、魔王の使徒であるアギトにとって、それは必殺から外れていた。


「だが、これで、終わりだぁ!」


 両腕でその槍を防いだ彼はそのまま、ダンタリオンに向かって攻撃しようとした。


「―ああ、これで終いだ」


 瞬間だった。凄まじい速度と雷鳴を伴って現れたフアイが、アギトに雷の魔法を放って彼を吹き飛ばした。

 

「それで、何者?」


 吹き飛んだ彼に向かって、ハジメは素早く刀を首元に当てて、問いただす。


「悪いな、遅くなった」

「良いタイミングだったよ、フアイ。おかげで助かった」


 拳をぶつけ合う二人、二人のやり取りを聞いたアギトが目を見開く。


「フアイ…?あんたら、あの人の仲間か」

「あの人?君は、もしかしてカインと」

【見つけた】


 ダンタリオンが最後まで話す前に、上空から、彼らを観測する姿があった。ジーズー、アギトを追ってやってきた彼は、自らの羽を飛ばして彼らに向かって攻撃を放った。

 

「迂遠!」


 すぐさま、ハジメが水を生み出して羽を全て無力化する。


「あれは、貴様の仲間か?」

「違えよ、てか知らねえよ、あんな竜みたことねえ」

【当然、私たち、は、特別】


 困惑するアギトに、ジーズーはそう言ってにやりと笑った。


【竜、と、敵対する、者。それ、に、加担、する、危険因子。全て、滅する】

「…加担した覚えなどないが」

「藪蛇だね」


 尊大で傲慢な物言いのジーズーに呆れたように呟いたフアイは、解放されたアギトに目を向けた。


「背に腹は代えられん。そこのお前、協力しろ」

「お前じゃねえ!」


 呼ばれたアギトは、フアイに向かって叫んだ。しかし、怒りではなく、高揚で。


「竜殺しにして最強の使徒、アギト様だぁ!」


 続けて叫んだアギトは、そのままジーズーに向かって飛び掛かった。

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