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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第三章 陥落
40/50

せつなさ

「―!これが、ロストケアセルフを殺害した!」

「…クソ、やっぱり、このレベルはただじゃ死んでくれないか」 


 ルドロペインには、何が起きているのか理解できなかった。目前で起きた出来事が。一瞬の間に、父の、九頭竜の頭の一つが死に陥ったことを。首から堕ちて、もう二度と動かなくなったことを。


「ハジメ、約束を破っても、怒らないでよ」


 そんな、化物染みた現象を起こして尚、男はそんな風に苦笑して、男の影が立体化して、色づいていって。


「【影の走狗スキア・トゥ・イデオス】」


 もう一人の彼になった。ルドロペインにとっては、全く未知の領域。頭が追い付かず、フリーズする。が、ルベルナインは感心したように頷いて。


「分身か。一人程度の増援は」

「私には何の意味もないぞ」


 即座に対応へと、そして、殲滅へと移行した。

 九頭竜の、八つの頭それぞれの口腔が光輝き出す。それは竜という種族が持つ必殺技、吐息(ブレス)の起動を示すもの。通常一種類しか使えないはずのブレスを、彼は九の頭それぞれが異なる属性のブレスを放つ。

 そして、そのブレスたちは混ぜれば混ぜる程、強くなる。単独でさえ必殺の領域に立つそれらを、二つ混ぜれば、竜を薙ぎ払う。四つ混ぜれば、五大竜でさえ致命傷を受ける。六つ混ぜれば、ロストケアセルフの不死性をも損壊させる。八つ混ぜれば、世界が揺らいだ。九つ混ぜれば、創造神にすら。

 今は最早、九つを混合させることは叶わないが、八つの頭で二種融合を四射連続で放つことを、ルベルナインは選択した。単独の人間に放つには余りに過ぎた攻撃だったが、それだけ彼はこの襲撃者を高く評価し、尚且つ警戒していたのだ。


「な―!」

「【影の刃(スキア・トゥ・レピド)】」


 だが、その警戒が仇になった。ブレスの態勢に入った首の内の二本が、瞬時に容易く落とされたのだ。

 ブレスには放つまで、幾分かの溜めが必要、つまりその間頭の動きは硬直する。弱点とさえ言えない様な極小の隙、その一瞬を襲撃者はついて見せた。


「く!」


 ルベルナインもただ喰らっているわけではない。他の六つの頭を、突撃。流れるような連打に、襲撃者は回避に専念する他ない。

 そして、その間に切り落とされた二本の首を再生。通常の外傷であればこの通り、九頭は瞬時に再生する。不死竜程ではないが、五大竜は皆、この程度の再生力を通常有している。


(…まったく、これだから人間は)


 故に、二度と再生することがない一本の首が、ルベルナインの行動を躊躇させていた。

 あの一撃で二度と復活できなくなった首が、ルベルナインの行動を著しく制限していた。


 五大竜は一体を除けば、正面からのぶつかり合いでは同じ五大竜を除けば無敵を誇る。それはかつての世界でも、この世界でも同じことだ。

 だからこそ、少なくとも形式上は正面から相対している中で、この様に劣勢に置かれている今の状況は、余りに彼の常識から外れていた。


「…!」

 

 だから、見落としてはいけない物を見失う。いつの間にか、襲撃者の分身が何処かへと消えていた。

 

(ペイン…!)


 すぐに彼は一本の首を振り返らせた。自らのアキレス腱が傷ついていないことを祈りながら。


「残念、そっちじゃないよ」


 襲撃者は振り向いた意図を知らずに首を振った。そして、上空を指差した。そこには、空を裂くかのように現れた黒色が。影が、あった。


「任せたよ、紫龍」

「ええ、任せてください」


 そして現れたのはもう一人の襲撃者。女はそのまま落下の勢いで、ルベルナインに拳を叩きつけた。潰れた一つの頭、攻撃は終わらない。


「舐めるな…!」


 胴体に拳の連打を受けつつも、その襲撃者を排除するために、九頭竜はブレスの態勢に。


「影の―」

「させん!」


 その隙を狙おうとした男には、地面に頭を打ち付けて態勢を崩した。


「無空」

「後ろだ!」


 ブレスを受け流す女にも、側面からの突撃で吹き飛ばす。吹き飛ばされた先には、また影があって女はそれに飲み込まれ、男の隣に立った。


「大丈夫?」

「問題ありません。丈夫に出来てますから」

 

 二人の襲撃者のやり取りを聞いて、ルベルナインは何かを思い出したように慄く。


「…貴様、例の、ララの娘だな?」

「ええ」


 隠すでもなく、女はすぐに頷いた。


「なら、その強さも当然か。奴の血を与えられているのだからな」


 九頭竜もまた、納得したように頷いて、薄く笑った。


「しかし、影の英雄にララの娘、か」

  

 そう言って、彼は二人を睨みつけた。七本の頭を大きく開いて、より威圧感を放つように。


「…最期の相手としては、悪くない」


 まるで、障害となることを演じるかの如く。


「改めて名乗らせてもらおう」

「我が名は、【九頭竜】ルベルナイン」

「五大竜の一人にして、調整の任を与えられし者」

「人間よ、精々、我が屍を越えていけ」


 大層な台詞を並べ、彼らの敵を演じるルベルナイン。それは全て、ルドロペインと、二人の竜のため。だがしかし。


「…あれが、影の、英雄」


 ルドロペインは、ただ魅せられていた。襲撃者に、影の英雄に、自らの父と相対する者に。


「かっこ、いい」


 酷く焦がれて、彼の脳裏に、彼の存在に、焼き付いて、もう引き剝がすことなんて出来ないくらいに。



「だれ、か、たすけ」「逃げろ逃げろ逃げろぉ!」「人間如きに、出来損ない如き、に」


 カインがアギトを使徒にして、一時間後。竜の住処は最早、阿鼻叫喚の様相を呈していた。 

 初めは高を括っていた竜たちはすぐに彼らの異常性に気付くこととなった。重力を操る異能と幾つもの神性で竜たちを翻弄するカイン、そして小柄ながらも竜と変わらない膂力と鋭い爪で次から次へ竜を屠るアギト。


「おせえよ」


 それが、巨人の軍勢よりも脅威に値する戦力だと認めることに、そう時間は掛からなかった。すぐさま、徒党を組んだ竜たちだったが、それが仇となった。


「【重くなって死ね(グラビトン)】」


 広範囲に効果を発揮できるカインの重力で動きを封じられ。


「う、らぁ!」


 アギトの鋭い爪は、身動きの出来ない竜を容易く討ち取った。


「やったな、アギト」

「あんたのお陰だよ、あんたがくれた血のお陰で、俺はこんだけ強くなれた」


 拳をぶつけ合って、互いの健闘を称えあう二人。出会って間もなくはあったが、この共闘で二人は互いに信頼を置くようになっていた。


「こいつらで全員か?」

「嫌、もっといるはずだぜ。いつもは引きこもってる連中も今は巨人との戦線に…って、そこのはもう片付けてきたんだったか」

 

 アギトの言葉にカインは首を振った。


「ヘカトンケイルは孤立してるところを狙ったからな…そっちにいる奴らは見てもいねえ」

「なら、次はそこだな」


 次の目標を決めた二人はそのまま、目的地へ向かおうとした。


「…嫌、その前にここの生き残りがいないか、確認しておこう。俺はこの辺りを見回るから、お前はあっちの方見てきてくれ」

「了解」


 直前、カインはそう言って、この場から離れさせた。


「あれあれ?二人って話じゃなかったっけ?」

【今、あれ、が、逃がした】


 この場に現れようとしていた、怪物共から彼を逃すために。

 強大な翼を持つ竜の足から手を離し、人間のような風貌の、大剣を持った少女が地に落ちて、振動がカインの下にまで届いた。


「欲しけりゃ譲るよ、ジーズー。もっと面白そうな奴、他にもいるし」

【断る。私、飛べる。移動、早い。私、が、向かう、方、効率、が、良い】


 彼らの名は、壊呑竜(ベヒモス)界斬竜(レヴィアタン)怪翼竜(ジーズー)。竜と言う種の総数が一定数を下回った瞬間に起動する、三体の竜。その内の2体、レヴィアタンとジーズーが彼らの前に立ちふさがっていた。


「余所見してんじゃねえよ」


 退屈そうに愚痴を漏らすレヴィアタン、そしてそれに応じるジーズーに対し、カインは即座に攻撃を仕掛けた。

 第一の矢、地面を踏みつけ、無重力空間を展開し、大岩を浮かす。彼の重力を操る異能によるもの。【浮いて沈んで(ディープノースイート)】。その大岩をジーズーに向けて飛ばす。

 第二の矢、彼は手に掴んだ槍を振りかぶり、詠唱を開始した。そして、それこそが、彼の本命。


「止まるな、進め、進んで進んで、走り続けろ。それがお前の存在価値、急所を貫く、必中の槍!」

「脳天貫け!絶死天槍(グングニル)!」


 振りかぶった槍を、レヴィアタン目掛けて投げつけた。

 それは、神聖宝具。ジェイド・アルケーが隠していた、その一つ一つが神性に値する程に強力な武具。彼の死と共に世界に放たれたそれを、カインは単独で入手していた。


 絶死天槍(グングニル)は、その詠唱通り、投擲すれば確実に相手の急所を貫く槍。普通に考えれば、この一撃で片が付く。そのはずだった。


「我が剣は終わり、万物一切を砕く無窮の剣」

「されど、終末に至ることも出来ず、復興の一途を辿ることも出来ず、ただ失うばかり」

「欲望、羨望、願望、希望、野望、全ての望みを絶たれて塵芥と散れ」

「二度と訪れることのない今を、想って消えろ」


 だが、そうはならない。レヴィアタンが口ずさむその詠唱は確かに、神聖宝具の解法の言葉。カインのそれに対する、唯一にして絶対の解。背に持った大剣を手にして、彼女はその名を呼んだ。


「せぇの、振るう灰塵(ティタノマキア)


 その一言と共に、彼女は大剣を振り下ろした。大岩も、天槍さえも、その一振りで砕けて塵と化した。

 彼女は塵になった槍を見て笑い、挑発するようににやつきながら、カインに言った。


「それで?首を差し出す用意は良い?」

「抜かせ!」


 カインは啖呵を切って、立ち向かった。彼らとの間にある差が、大きな物であると知りながらも。

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