プロローグ Ⅳ
「やった!やったよ、ジョン!」
歓喜に溢れるダンタリオン。彼を遠目に見る村人たちの、その視線は冷ややかなものだった。
「…なんてことを、してくれたんだ」
その内の一人が、吐き捨てるように言った。俺たちに聞こえるか、ギリギリの声。別に、俺たちに向かって言った訳でもないだろうその言葉は、単に現実を受け入れられないだけの言葉。だが、それでもその声は、村人たちの堰を切るには充分すぎた。
「ふざけるな!」「神の保護抜きで、生きていけるわけ無いだろ!」「俺たちを殺すつもりか!」
「…え、え?」
村人たちがダンタリオンに詰め寄ろうとするのを、俺は【影縫い】で止めた。が、それでも言葉の圧力は凄いものがあり、ダンタリオンは彼らの責める様な言葉を聞いて、困惑を覚えていた。
彼らの態度にも一理ある。元々、神に支配され続けてきた彼らだがそれは、彼らの発言通り、ある程度の保護を受けていたとも取れる。神が管理する養殖場、という名分があったことで、彼らは一定の安全と自由を享受してきた。その神が死んだ今、彼らの安全は保障されるものではなくなってしまったのだ。
まあ、ここまでは想定の内だ。この騒動を鎮める計画もある。さっさと実行して終わらせるとしよう。そう思って僕が前に出ようとした時だった。
一人の青年と、それに続く何人かが前に出て、ダンタリオンを責める村人たちに言った。
「情けねえこと言ってんじゃねえよ!神に対して不満持ってたのはお前らも同じじゃねえか!それなのにいざ神を殺したら、ダンタリオン一人にその責任押し付けるつもりか?」
「そうだそうだ!」「ダンタリオンがやったんだ、俺たちもやるしかねえ!」「俺たちで神と戦うんだ!」
「先も見えん馬鹿共が!」「どうやって神と戦う!?」「蹂躙されるだけだ!」
そんな、僕たちを庇うような発言が飛び出したことで、ダンタリオンが矛先から外れ、村人たちが言い争い始めた。
これは、少し予想外だったな。まさか、庇ってくれる人がいるなんて。案外捨てたもんじゃないかもしれないな。
パチン、と僕は大きく手を叩いた。その場にいる全員が、僕に注目する。向けられる視線の意味には、少しばかり差異がありそうだけど。
「どうも初めまして。僕の名はジョン・ドゥ。ダンタリオンと共に、あの神を殺した者です」
警戒心剥き出しが半分、恐怖で後ずさる者半分、少しだけ畏敬とかの視線ってところかな。敵視ってのが殆どいないのは、大分ありがたいね。
「…最初に聞かせてくれ。あんたは何者だ?人間、っていうのは本当なのか?」
ダンタリオンを庇った青年が、そんな風に俺に聞いた。正確な力量は分からないけれど、体格が良いし強そうな雰囲気がある。もしかすると、この人は使徒候補だったのかな、なんて推察しながら僕は彼の問いに答える。
「人間ですよ、生まれも育ちも、今に至るまで。少しばかり、人知を超えた力は持ってますけどね」
そう言って僕は、僕と同じくらいの背丈の、人型の影を生み出した。ざわめきとともに、僕を見る視線に恐怖の割合が増える。
「ば、化物!」
化物、ね。ダンタリオンを責めていた内の一人が、思わずと言った風に吐き出したその言葉は、彼らの常識からすれば、実に的確な表現だろう。神だけしかこの様な力を持っていない、この世界では。
「…正直、あんたが本当に人間なのか、俺には全然判断がつかない。だけど、それでもダンタリオンを助けてくれたのは分かる。だから、ありがとうございます。俺たちに出来ることがあれば、何でも言ってほしい」
「それなら、遠慮なく」
恐れもあるだろうに、殊勝にも頭を下げ礼を言う彼に、僕は好感を覚えつつも、それをおくびにも出さない様に努める。彼はともかく、批判的な人たちに本心を見せるのは、安心できない。見せるなら、協力的になってからだ。
「僕を、この村の新しい守護者にさせてください」
「何、だって?」
僕の言葉に、彼だけでなく、彼の仲間も批判的な人たちも、ダンタリオンさえも、驚愕の声を上げた。
「それは、正直ありがたいが、なんで、そんなことを?」
「簡単ですよ。僕は、あなた方が神と呼ぶ存在に敵愾心を抱いている。この村は、僕が彼らと敵対するための第一歩なんです。彼らが、僕を敵と認めるための。彼らを、滅ぼすための」
半分はでっちあげだ。神に敵愾心を抱いている、っていうのはともかく、後半部分は今思いついたことを適当に並べ上げただけ。だって、殆どノリと勢いだったし。そんなこと正直に言ったら、普通に信用されないだろうし、不快だろうし。
「…それが本当だとして、お前はこの村に常駐するわけにはいかんだろう。どうやって、この村を守る?」
「僕の【影】は万能でしてね。さっきの、あの神程度なら、自動操縦でも充分相手に出来ます。いざとなれば、次元移動で僕が来ますよ」
僕の説明に、聞いた彼は絶句する。その気持ちは分かる。僕だって、僕じゃなければ常識外れだと思う。こんな、万能な異能を持つのは、神格者くらいのものだ。だけど、僕は、特別製だから。人擬きだから。
「僕の目的は一つ。安心して、人が生きられるようにしたい。それだけです」
実のところ、僕は義侠心とかそういう他者由来の感情ではなく、自分のためにそうせざるを得ないという事情もある。はっきり言って、僕はこの未開の大地で上手くやるには文明に依存しているから、一刻も早く住みやすいところにしたい。そのためにも、神とかいう、時代遅れの異物には即刻ご退場願いたいのだ。人間牧場なんてものを作る存在と共存はしたくないしね。
そんな薄っぺらな僕の思想だから、村人の反応もそれぞれだ。少しでも信じようとする視線、訝しむような視線、変わらず恐れるような視線。どっちかって言うと、疑惑の視線の方が多いかな。まあ分かるよ、胡散臭いよね。
「…信じるしか、ないか」
そんな中で、一人の村人がそう言った。批判的だった彼の、諦観めいた言葉に、初めは黙っていた村人たちだったが、徐々にざわめきが生まれていった。
「俺たちは無論、受け入れるぞ!」
ダメ押しの様に、青年が声を上げ、それに同調するように彼の仲間も賛同し、批判的だった人たちもおずおずと認める声を上げ始めた。
「それじゃあ、認めてくれるってことで、いいですか?」
僕の問いに、皆がコクリと頷いた。皆が皆、心から受け入れてくれる訳ではないけど、今はそれでいい。実績を作って、信じてもらえばいいだけの話だ。
さて、認めてもらったのは良いけど、この後どうしようか。直ぐに発ちたいところだけど、正直疲労もあるし、お腹も空いてるんだよな。僕がそう、逡巡していると、青年が声をかけてくれた。
「良かったら今日は泊まって行ってくれ。明日までに日持ちする食料とか用意しておくよ」
「それはありがたい。お言葉に甘えます」
嫌、本当にありがたいよ。本当に。
*
「ジョンは、凄いね」
夕食を終え、寝床についたその時、ダンタリオンがそんな風に口ずさんだ。
「神を殺して、村の皆からも信用を得て、本当に凄い」
そんな、褒め称えるような発言。僕は黙って、彼の言葉の続きを待った。
「だから、僕も頑張るよ。いつか、君と対等になれるように」
彼はそう、前向きな言葉を紡いだ。遥かな実力差を目の当たりにしても、全く折れずに、ただそう言ってくれた。
だから、僕は君のことが好きなんだ。君を助けたいと思ったんだ。
「…うん。待ってるよ、いつまでも」
僕は、そう返して目を閉じた。