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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第三章 陥落
38/50

get wild

「おはよ、タクトくん」

「や」

「ここ空いてるよ」


 ライドウさんの葬式の、明日の朝。僕が少し遅めの朝食を摂ろうと出てきたところ、偶然、ハジメと鉢合わせた。


「それじゃ、お邪魔します」


 遅めと言うこともあって別にどこも空いてるんだが、折角のお誘いに乗って彼女の真向かいに座った。


「…ごめんね、付き合わせて」

「何の話?」


 僕が謝ると、彼女はぽかんとした表情で尋ねた。確かに、唐突過ぎたか。


「僕はあそこで日本に帰るという選択肢もあったのに」

「ああ、それ。別に、気にしなくていいよ」


 僕が言うと、彼女は何でもないように言って、ソーセージを刺した。


「実際、私一人じゃ日本には戻れないし、ここの人たちに情もある。少なくとも、君が納得するまでは付き合うよ。君を殺しかけたっていう、借りもあるしね」

「それこそ、気にしなくていいのに」

「気にしてないよ。君がそう言ってくれるから」


 彼女は首を振ってから、フォークで僕を指差した。


「だから、改めて、約束して。これ以上、無理はしないことを」

「…何の話?」


 僕はとぼけてはみるものの、ハジメが見抜いてしまうということは分かりきっていて、彼女はそれすらも理解してるように大きくため息を吐いた。


「とぼけないで。君が死を使いすぎて、死にかけたのは一度だけじゃない。機械竜の生物兵器を無力化した時、それと不死竜との戦いで、君は二度、死を使いすぎて血を吐いて、機械竜の時には失神している。これ以上、私は看過できない」


 ハジメの忠告に、僕は困った笑みを浮かべるしかなかった。僕だって、使いたくて使ってる訳じゃない。使わざるを得ない状況だから使ってるんだ。特に機械竜の時には、あそこで(タナトス)を起動させなければ、僕たち全員が殺される可能性すらあった。最終的にはハジメの次元斬で消滅することが出来たけど、それまで誰かが抑えなければならなかった。


 そんな僕の言い訳がましい内心を知ってか知らずか、彼女は僕の手を握って続けた。


「君をここで死なせたくないの。面識はそんなに多くなかったけどきっと、君と親交があった人たちとも、私は出会ってる。君の為にも、その人たちの為にも、君には日本に行って、再会して欲しいって、私はずっと思ってるんだから」


 そう言えば、ハジメは光とも会ってるんだったか。なら、他の連中とも会っててもおかしくないか。そう言ってもらえるのは、素直に嬉しい。だけれど。


「約束破ったら、無理にでも帰らせるからね」

「うん、絶対に守るよ」


 嘘。良くもそんな言葉が口を吐いて出た物だと、自分のことながら感心してしまうくらいの、真っ赤な嘘。僕はいざとなれば必ず、この力を振るう。僕がどうなったとしても、使う。所詮、一度、二度、何度も失って然るべきだった命。だから、この命を落とそうとも、僕は。


「に、はははははははははは」


 だから、笑われる。僕の心を見透かしたかのような笑い声に怖気が奔って、その声の出所をすぐに目で追った。その声の主は、小さな少女。ダンタリオンと、ライドウさんの娘の―。


 一目で気づいた。彼女は明らかに変質していた。幼い少女が発したとは思えない、どこぞの道化師のような笑い声を上げて、心中の読めない表情で、そこに立っていた。


「君は―」

「言うに及ばず、されど、帰すに届かず。フェアリーテイル口ずさむ」


 ハジメの言葉を遮って言った彼女の言葉は、全く意味の通らない、ランダムに発したかのような単語の羅列。韻を踏んでいるのは偶然なのか、意図しているのか。僕は続く、彼女の言葉に耳を傾ける。


「あなたたちは終わる。終わって、終わって、終わって、また始まる。ウロボロス的転回、再転式の鐘が鳴ってまた、始まる。エンドレス由来の寓話作家」

「…何となく分かったよ、君の言いたいこと」


 彼女はただ、迂遠に言ってるだけだ。嚙み砕けば、その意味は分からなくもない。

 彼女が言っているのは、僕の過去と未来だ。僕ら、かもしれない。一度バッドエンドを迎えた僕らは恐らく、また何らかしらの形で、恐らく悲劇的に終わり、また新しいルートが始まる。そう言うことだと思う。少なくとも、僕の身はここではまだ終わらない、日本で、また何かしらの物語を始めることになる。

 だけど、それは看過できない。これ以上、悪いことが起きないように僕は立ち回りたい。彼女が見たという未来を変えたい。


「でも違う可能性はないの?未来が分かるなら、今を試行錯誤してみれば変わるでしょ」

「かわるがわる世界、旧式神々の到来、コズミック堕ちて終末エンドだよ」


 成る程、下手に変えようとすればもっと悪くなるかもしれない。神格者、或いは宇宙からの何か、更に言えば別世界の存在。それらがどこからかから現れるかもしれない。そんなところかな。それに、そういうのには一度出会ってる。なら、彼女が変えたがらないのは理解できる。


「マルチエンディングはあり得ない。ノスタルジーをこね回すより、新しい風を吹かせて」


 少なくとも、彼女が見ることが出来る未来は一つだけ。きっと、可能性が一番高い未来だけが、彼女の頭に下りてきている。見た物は必ずそうなると仮定して行動すべき、か。


「悪いけど、そうはいかない」


 なんて、納得は出来ない。未来が決まっているなんて、決まっていたなんて、僕だけは、認める訳にはいかない。あの終わりが、変えられなかったなんて、そんなことは。


「…ええ、知っています。知っているからこそ、私が見た未来を成就させる必要があるのです」


 まるで、正気のように言った彼女に面食らいつつ、僕は彼女に問い返そうとした瞬間、彼女は翻って、振り返って一言、言い残した。


「忠告、片割れに気をつけて」


 もう、彼女はさっきのような狂気に蝕まれていて、僕の問いは空を切って。



「…さっきの、頭から信じていい奴?」

「多分ね。少なくとも、あの子はもう、昨日までの無垢な少女じゃない。僕の同類の、化物だ」


 食事を終え、コーヒーブレイク、と言ってもコーヒーはないから、オレンジピールのお茶だけれど、とにかく喫茶に興じつつ、僕らはさっきのあの子について話していた。

 そして、僕の推察は変わらない。むしろ昨日より確信を持って言えた。彼女は本物だ。それも、未来視というかなり人間離れした部類の異能を保持している、文字通りの化け物。


「いずれにせよ、僕らのやることは変わらないさ。僕らにやれることを全力でやるだけだよ」

「そう割り切れれば良いんだけどねえ」


 ぼやくハジメの気持ちも分かる。あの子の言っていることが、未来が見えるっていう保障はどこにもない。精々が、僕の経験則という主観だけ。

 だが、確証を持てたとしたら、それはそれで自分の行動に意味を見出せなくなる。だから、僕に出来るのは、未来を変えてやるという意志を持って行動するだけ。それが、彼女の見た未来に入っていたとしても、動かなければ、僅かな可能性すらなくなってしまうんだから。


「私もご一緒して良いですか?」


 そう、僕たちに声を掛けてきたのは、紫龍。どうやら食事は終えたようだけど、僕らを見かけて声を掛けてくれたらしい。


「紫龍、おはよ」

「ほら、隣座んなよ」


 僕らは彼女を歓迎して、ハジメの隣に座った。


「…単刀直入に行きます」


 座った瞬間、紫龍は言った。昨日の今日だ、彼女が何を話すのかはすぐに理解できた。


「いつ、竜の住処に向かいますか」

「三日後で、どうかな」


 だから、僕はその問いに対する答えを用意してきた。カインは昨晩、ここを発った。ここから竜の墓場まで、徒歩で向かうにはかなり遠い。いくら狂気に蝕まれてるとは言え、道中、都度都度睡眠をとる必要がある。野営の準備なども含めれば、三日後だとしてもカインに先んじて竜の墓場に到着できるはずだ。

 

 こっちの戦力の問題もある。ダンタリオンは休ませなければならないし、防衛に二人は待機させたい。アイゼンはあの子につきっきりだし、デッドとフアイはとある物を求めて、教授の住処へ向かっている。少なくともデッドたちが戻ってくるまでは待たなければ。


「…ありがとうございます」


 紫龍は律儀に頭を下げてから、続けた。


「ですが、懸念があります。あそこには五大竜の一人、【九頭竜】ルベルナインが巣食っています。それだけならまだしも、今現在、巨人(ギガント)の軍勢が侵攻中だと」

「げ、あいつら見境ないんだよね」


 巨人という単語を聞いて、ハジメが露骨に嫌そうな表情を見せた。まあ気持ちはわかる。彼らは百腕(ヘカトンケイル)を首領とする一群、ヘカトンケイルは自身の神性によって巨大化した元人間たちを従えている。そう言う意味で、彼らは人狼によく似ている。そうさせたのが神か化者の違いくらいで。


 問題は、その出自が故に、人間の味方としては数えられないところ。首領の百腕は、自らが巨人にした同族には仲間意識を持っているが、他人種に関しては関心がない。巨人たちも首領には敬意を払うが、他人種を見方とは思っていない。状況によってはこちらと敵対する可能性も捨てきれない。


「…きついな」


 全ての状況に対応するには、頭数が足りなすぎる。改めて、あの二人を失ったことの重さを実感させられる。せめて、あいつが動ければ。


「僕も行くよ」


 そんな僕の心を見透かしたかのような言葉を、誰かが発した。


「ダンタリオン…」

「大丈夫、なんですか」


 ただでさえやつれていた彼の頬は、昨日の出来事で更にやつれているように見えた。


「心配しないで、体の方は元気だよ」

「体の方って、それじゃ」


 ダンタリオンは少しだけ、ぎこちなく笑った。


「正直、何もしてない方がきついからさ。少しでも、皆の力になりたいんだ」

「…あの子の力にはなれないみたいだし、ね」


 儚い、微笑を湛えて言う彼に、僕らはどう反応して良いのかわからなくて、場に沈黙が訪れる。


「うん、頼むよ、ダンタリオン」

「…ありがとう、ジョン」


 だけど、僕は結局、彼の自棄とも思える頼みに応えることにした。色々と理由はあるけれど、実のところ僕は、あの子の人殺しという予言が脳にこびりついていた。

 ダンタリオンに向けて言ったあの予言が何を意味しているのかは分からない。だが、それが、少しだけ先の未来だったら?今のダンタリオンにはそれだけの力がある、途轍もない武装を手にしている。

 勿論、ダンタリオンがそんなことをするとは思えない。だが、精神操作系の神性を持つ神が来たとすれば?可能性を論ずれば、否定は出来ない。だから僕は、そんな最低な理由で、彼を連れて行くことに決めた。


 この先の未来に何があるか、僕は分からない。だから、僕は僕に出来ることを精一杯やるだけ。目の前の選択を、必死にこなすだけ。それが例え、友への猜疑心だとしても。


 だから、ぬかるみにも気づかず、足を前に進めたと勘違いして、泥に落ちていく。

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