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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第三章 陥落
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shiny stellar

「多分、ここら辺だったはずだが」

「…あの建物か?」


 ライドウの葬式の翌日、俺はフアイと共に旅に出ていた。旅とは言ったが、言うほど大したもんでもない。先の機械竜の一戦では二人を死なせた。次代に繋ぐ、などと言っている場合ではないと改めて自覚した。まずは俺たちが自身が、安心して生きられる土壌を作らなければ何も始まらない。


「ああ、そうだ。懐かしい、なんて郷愁を感じる場所じゃねえがな」

「ここがあの」

「ああ、教授(プロフェッサー)の拠点だった場所だ」


 だから俺は、力を得るためにこの場所に戻ってきた。デッド・コードと言う名を得た、研究所の跡地に。

 

「外から見るのは、今日で三度目だがな」

 

 伸びに伸びた雑草を踏みつけながら、俺たちは研究所の扉を開けた。内部から埃が舞って、思わず手で顔を覆った。咳ばらいをしつつ、俺たちは奥へと向かう。


「しかし、何故こんなところにルゥ・ガルーたちは現れた?奴らの集落からは離れているようだが」

「ああ、教授の研究の副産物が集落を襲ってな。改造魔獣だったかな。それであいつらはここを見つけて、教授をぶっ殺した。俺が生きてるのは、ただの幸運…ん?」


 室内を進みながらフアイと会話をしている最中、俺は何か、違和感を覚えた。


「何者かが、入り込んでいるな」


 俺が違和感の言語化に手間取っていると、その答えに気付いたフアイが言った。


「…どうする?」

「行くしかあるまい。私たちが入り込んでいることは既にあちらも気づいているはずだ。戦闘態勢は取っておけよ」


 フアイの忠告に頷いて、俺は拳銃を片手に扉を蹴破った。


「動くな!」


 そこにいた何者かに向けて、拳銃を向けて俺は制止を命じた。


「…騒々しい。何の用だ」


 その男は動揺する様子も無く、ただ鬱陶しがるように眉を顰めた。


「それはこっちの台詞だな。こんなところで、何をしてやがる」

「…?もう、ここの家主は死んでいるんだろう?なら、何をしていようが勝手だと思うが」

「まあ、そうだろうな。だが生憎、ここを拠点にしてたのは俺の上役でな。あの人が死んだ今、俺がここを管理してんだよ」


 不思議そうに首を傾げた男、俺は会話が出来る相手だと判断し、はったりでこの場を切り抜けることに決めた。嘘八百を並べると、幸い、奴は信じた様子だった。


「そうか、なら失礼したな。幸い、私の用も済んだところだ。すぐに出て行くよ」

「その、用ってのは」

「別に何かを拝借した訳じゃない。これだ、悪いが読ませてもらったよ」


 俺はその、投げ渡された書物を開く。


「…おい、あんた、何者だ?」


 その中身を見た俺は、即座に男に聞いた。書物に記されていた内容が、問題だった。


「見せてくれ」


 フアイに言われて、俺はそのまま書物を手渡す。すぐに、フアイも気づく。


「…旧世界に関する研究をしたためた物か、教授と言うのは余程、旧世界に執心していたようだな」

「俺も今初めて知ったよ」


 てっきり、あいつは不老不死以外に興味なんてないと思ってたんだがな。


「それで、あんたは何故これに用があった?言うまで、帰さねえぞ」

「止められるとは思えないが話してあげよう」


 奴は笑いもせずに言って、言葉を続けた。


「彼がどこまで、再誕(ラ・バース)に辿り着けていたのか、興味があった」

「あん…?」

「そして、想像以上だったよ。どうやら、彼は相当な玉だったようだ。彼ならば【不死】として、神格者の八番目を冠することが出来たろうに。紫城美月の次になれたろうに。実に悔やまれる」


 こいつは何を言っている?そう戸惑う心と相反するように、俺は奴の話している言葉の一部が理解できた。神格者、紫城美月、ジョンから聞いた、旧世界の単語。


「てめえ、旧世界の生き残りか!」

「生き残り、というのは誤りだな。俺は、俺の一部でしかない。旧世界の俺を再利用するために生まれた三分の一でしかない。俺は、【司る者】はここで生まれたんだよ」


 やはり、分からない。支離滅裂ではないのに、筋は通っているはずなのに、どうしても、どうやっても、言葉の意味が理解できない。一部?三分の一?何を言っている。ただ、それでも、理解できる部分はある。


「ふん、例のカルトの創設者か」


 そうだ、こいつの名前だけは知っている。俺たちが接触した集落の内の幾つかで、その名前を聞いた。ラ・バース信仰を更に深掘りした、神話を書にして配り渡っていると言う人の名。その、聖書とやらの影響で義務だったはずの信仰にハマる人間が少なからず出ていると。狂信とも言うべき熱狂ぶりには、さして興味のない人間からは遠巻きにされているという。


 それに、ジョンからも聞いたな。ケルとカミィと一緒に捕まってたって。だからてっきり俺は単なる神だと思っていたんだが、成る程、どうにも思っていた以上に癖のある輩だ。


「カルトというのは不敬だな。別に構わないが、彼女は俺のこともお前のことも見てなんていないからな」


 笑っているのか、或いは泣いているのか、歪み切った表情で奴はそう言って、すぐに表情を消し、右手を掲げた。その手には、割れた杯が握られていた。

 

「【征服の泥(コンキスタポルシオン)】」


 ぶくぶくと、泡を立てながら、杯に泥が満たされて行って、こぼれて、地に落ちて、泥が司る者をつつんだ時、俺はようやくその正体に気付いた。


「化者…!」

「さようなら、二度と会うことがないことを祈っているよ」


 そう言い残して、泥が消えていくと同時に、司る者も消えた。


「…どうにも、この大陸には想像よりも多くの異邦人がいるようだな」

「全員、ジョンみてえな奴ならいいんだがな」


 だが、そんなことはない。例の始祖竜と言い、ジョンが接敵したという正体不明な何かと言い、奴らの多くは強大な力を持っていて、この世界で力を振るう。だからきっと、奴らのような異邦人は、次の敵になる。


 俺は危機感を抱きつつ、ふと息を吐く。そんなことはとっくに知っていることだ。だから俺はここに来た。神にも、竜にも、異邦人にも真似できない力を得るために。


「ここで奴と出会ったのは、もしかしたら必然だったのかもな」


 俺は笑って、残っている資料をかき集める。司る者、奴の言うことの殆どは理解しがたいことだったが、一つだけ、実りのあることを言っていた。


 彼ならば【不死】として、神格者の八番目を冠することが出来たろうに。


 この一文は、俺がする決断に間違いがないと、確信できる一助になった。


「よし、それじゃ悪いが手伝ってくれフアイ」


 幸いなことに下準備は済んでいる。教授に施された改造、実験、試薬、そのどれもが彼が目指す不死に対する下準備になっていた。だから、後やるべきことは一つだけ。


 埃をかぶっていた機械を二人で持ち上げて、中央に運ぶ。そして、ジェイドの遺したPCを立ち上げ、機械と接続した。


「…よし」


 本当に動くか心配だったが、どうやら杞憂で済んだようだ。俺は接続器を頭にかぶり、機械の上に横たわる。


「本当に、良いんだな?」

「ああ、やってくれ」


 ダンタリオンからの問いに、俺は迷わず頷いた。


 教授の死に際、奴は、俺の身体には既に不死足り得るほどの改造を施したと言っていた。だが、俺はこの通り不死なんかじゃない。

 何故?不死というソフトがインストールされていないから。


 だから、これはそれだけの作業だ。外部から、不死と言う概念を俺の中に送り込む作業。


「が、あああああああああ!」


 だから、これは途轍もない苦痛を伴う。それだけの情報量を、脳に焼き付けるのだから。

 頭が痛い、痛すぎて全身に波及する痛みでゲロをぶちまけてしまいそうで言うことを聞かない全身がのたうち回って俺は何度も何度も地面に向かって拳を叩きつけて治まらない痛みに喘ぐ。


「クソ!デッド、止めるぞ!」


 そんな俺の様子を見て、機械を停止しようとしたフアイの腕を、俺は掴んだ。


「だい、じょうぶだ。止めんじゃ、ねえ」


 好きだよ、ジョン。お前のことが、お前の煌めく程の存在感が。

 好きだよ、ダンタリオン。お前のことが、お前の友情と約束に向けた覚悟が。


 だから、俺はお前らに恥じない自分になりたい。お前らの隣に立てるだけの、俺に。


 ライドウとファルカスを失って、あいつらがどれだけ悲しんだのか、悲しんでいるのか、俺は知っている。

 俺だって悲しい。だが、悲しむ資格なんてない。ジョンの力のお陰で俺らは今ここに立てているのに、ダンタリオンは臆せず力を得たというのに、俺は何の役にも立てない。だから、二人は死んだ。俺がもう少しましだったら、何度もした後悔。これ以上、するつもりはない。


「…あともどりは、しない」


 悲しみの雨を乗り越え、この大陸を、楽園へと至らせるために、そんなことを思いながら、俺は意識を失った。



「…目が覚めたか」


 俺が目を覚ますと、光り輝く星空が目前に広がっていた。どう考えても、教授の家じゃない。


「あんなところで一晩を過ごすのはごめんだったのでな」

「おはよう!デッド!」

「おはようじゃねえ、が俺にとってはおはようか」


 ルインの耳が痛くなるほどの大声で目が覚めた俺は起き上がって、何となしに腕を回してみる。


「フアイ、成功したと思うか?」

「…ふん、成功したさ。ルイン顔を伏せていろ」

「?うん」


 ルインが言う通りに顔を下に向けた瞬間、フアイが俺の右腕を断ち切った。


「が―!」


 気が遠くなりそうな痛みに襲われながら、俺は思わず左手で傷口を抑える。根本から斬られたことに俺は困惑して慌てふためいていると、左手に変な感触を感じた。もにょりと、柔らかな何か。


「…は、確かにこりゃ成功だな」


 大量の冷や汗をかきながら、俺は力なく笑った。斬られたはずの右腕が、今まさに生え変わろうとしていたのだ。俺が感じたのはその回復途中の肉塊。飲み込まれる前に左腕を離すと、瞬きをする間に骨が生え始め、もう二回瞬きをする頃にはすっかり元の腕に戻っていた。


「ふん、痛みはあるようだがな」

「ああ、クソ見てえに痛えよ。気失いてえのに失えねえのが頭に来る」


 治まらない冷汗を拭いながら、俺は震える右腕をフアイに見せる。とんでもない力だが、慣れるのには時間が要りそうだ。

 そんな俺を見て、フアイはふと溜め息を吐いて言った。


「…はっきり言うが、今となっては手を貸したことを後悔しているよ、デッド。お前は明らかに、人から外れた。カインと同じように、な」

「元からだろ」

「茶化すな」


 無口なこいつが、今日は良くしゃべる。それだけ、俺が心配させてるってことだが。


「安心しろよ。俺はカインの様にはならんさ」

「何故、そう言いきれる?」

「こいつは、不死ってもんは、化者に近い」


 俺はそう言って、手のひらを広げ目の前につき出した。魔力の放出の構え、だが、俺の手のひらからは何の現象も起きることはなかった。だから、フアイは大きく目を見開く。


「デッド貴様、魔力が」

「ああ、空っぽだ。俺はもう魔法は使えねえ」


 結局、フアイやファルカスから学んだことは無駄になっちまった。だが別に俺は落ち込んじゃいねえ。


「そんな顔すんなよ。元々、俺の得手は製作だ。鉱山で魔石も簡単に手に入るようになって、昔より上等なもんが造れるようになった今、魔法に拘っちゃいねえんだ」

「…だが、お前は、お前自身の手で、神を」

 

 なんだよ、それのことか。そんなことまで覚えてるなんて、本当にいつの間にか、ちゃんと、仲間になってたんだな。


「馬鹿野郎、それについてはあきらめちゃいないさ」


 それは別に、俺一人で成し遂げることじゃない。ジョンやダンタリオン、ルゥや他の皆、それにこいつもいるしな。

 ライドウとファルカスを失った俺らは、それでも前に進まなきゃならない。二人を失ったことを背負いながら、進み続ける。だが、それも、皆で背負って行けば良い。


「俺は、俺らは、一人じゃないからな」


 拳を差し出すと、フアイは拳をぶつけてくれた。こういうのも、偶には悪くねえ。

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