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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第三章 陥落
32/50

Freedom

 僕たちが戻って、一ヶ月。

 僕たちはフアイとファルカスから、魔法の扱いについて学んでいた。


「…ねえこれ何も出ないんだけど、本当に合ってる?」

「ふむ、ダンタリオンやデッドは問題なく扱えたんだがね。旧世界とはそも、魔法のルール自体が違って君にはそのルールが適用されているのか。何、魔法は一つではない。色々試していこう」


 この一年である程度の魔法を習得したらしい皆とは違い、一から学ぶ僕はかなり難航していた。本当に基礎の基礎から躓いてる。


「おいてめえ、ストーム!殺す気か!」「しょうがないじゃん!コントロール出来ないんだから!」


 そして、意外なことに覚醒者組も。ストームの竜巻をスレスレで躱したバーンが彼女に詰め寄っていた。いつもストームと喧嘩してるイヴァンはその余波を喰らって吹き飛ばされていた。酷いありさまだ。


「…問題点は分かったな。貴様らはどいつもこいつも、自らの魔力を制御できていない」


 彼らの指導を担当していたフアイが、溜め息を吐いて言った。いち早く、魔法の力を扱っていた彼らだったが、実のところ、彼らが使っていたのは魔力の放出に留まり、技術の伴う魔法は殆ど扱えていなかったらしい。

 

「俺たちは、何をすりゃいい?何をすれば、技術が伴う?」

「ひたすら、基礎訓練。それしかあるまい。初級から、完璧にこなせるようになるまでやれ。幸いにも、貴様らの魔力は、その属性に限って言えば無限大だ。休まずにやれば、他者の何倍も早くこなせるようになるだろう」


 実のところ、フアイの指導は間違いだらけで、覚醒者は皆、魔法の初歩すら満足にこなせるようになるまで、相当な時間がかかった。

 彼らは、それぞれ覚醒部位というのを持っている。体の一部を覚醒した属性に変換出来るのだ。イヴァンは両足で雷の速度で駆け、ストームは呼吸器で吐息を竜巻にし、バーンの両掌からは無限の炎が出た。

 彼らはその覚醒部位以上、或いは以下の規模の魔法を使おうとすればするほど、魔法の制御を困難とした。だが、合わせた規模の魔法なら難なく、嫌最大限に活かすことが出来た。

 初めから、彼らにはそう指導すべきだった、そう言えれば簡単だ。少なくとも、フアイは彼の出来る最高の指導をしていたし、覚醒者たちの適性に最初に気付いたのも彼だった。彼らが、規格外過ぎたのだ。


「フアイ、こっちも見てくれないか」

「何だ、ファルカス」


 話を戻そう。ファルカスがフアイを呼んで、僕が魔法を放つことが出来ない理由を聞いた。聞かれたフアイは、僕の体に触れ、触診の様に色んな箇所に触れた。何度も触れた後で、彼は手を放して言った。


「…単純なことだ。ジョン・ドゥ、貴様の魔力は少なすぎる。正確に言えば、使用できる魔力量が、だがな」


 聞いた僕は、落胆する。折角、魔法が使えると思ったのに、なんて子供染みた理由で。それから、疑問符が浮かんだ。使用できる魔力量が、とはどういうことだろう。


「貴様には確かに、相当な量の魔力がある。だがしかし、それらは固定化されて動かん。魔法に裂くための魔力が存在しないのだよ」

「ごめん、まだ分かってないんだけど」

「推測するに、化者、異能だったか?その制御のために魔力が裂かれているのだろうよ」


 そこまで言われて納得した。そう言えば、ルゥを始めとした人狼たちも魔法を使えなかったとか言っていたっけ。人狼の身体能力の高さというのは、魔力を犠牲にした進化だったのか。


「だが、悲観することじゃない。貴様は魔法がなくとも、重要な戦力だからな」

「…慰めどーも」


 フアイの下手な慰めを聞いて苦笑しつつ、僕はその場を後にした。魔法、本当に使いたかったから、結構へこんでる。


「ジョンさん、だいじょうぶ?」


 僕が木陰で落ち込んでいると、心配そうにケルビスが聞いてきた。

 

「大丈夫だよ。ありがとう、ケル」


 僕は彼の頭を撫でて言った。一応は、彼の保護者だ。彼が頼れる人でもありたいしね。


「ケルの方こそ、どう?ここは、安心できる?」

「…うん」

「そっか、それなら良かったよ」


 少し、気恥ずかしそうに、はにかんだケルビスに、僕は微笑み返す。本心からの言葉だと分って、ここの底から安心した。


「ケル!」

「あ、おにいさま。ごきげんよう」


 例の、卵から孵ったというルインとカミーラの二人が来たのに合わせて、僕は手を振ってその場を離れた。あの子は、きっと大丈夫だ。隣にいてくれる子たちがいるから。いつか、離れる時が来ても、僕は安心して、別れることが出来る。

 

 最も、そんな蒙昧な希望は、次の瞬間には潰えてしまうのだけれど。



 それから、半年の間。僕たちは殆ど休みもなく、各所を駆け回ることになった。何故か?


「はっはぁ!そんなんじゃ、ヲレは止められないなぁ!」


 今まで出会った神々なんて比べ物にならない程の強さを持つ、真の神々が、現れ始めたからだ。

 今しがた神に吹き飛ばされた仲間を、僕は影のクッションで助けた。仲間は直ぐに立ち上がるも、

頭に血が上っているようで、冷静さを欠いていた。


「クソ野郎…」

「アイゼン、駄目だ!突出したら―」

「うるせえ!」


 知り合ったばかりの彼は、僕の言うことなんて、聞いちゃくれない。信頼関係が、全く足りない。

 

「それの言うことは聞いた方が良いぞ、青年」


 だから、神は笑う。嗤う。哂う。


「君より遥か格上の、【影の英雄】の言うことはなぁ!」


 自らの相手にならないことを確信して。

 

 神が吹く、大きな笛の音。これが奴の神性。笛を吹くことで、音波の刃を放ち、魔獣を操り、敵の行動を妨害し、味方を鼓舞し、自らの傷を癒す、万能型の神性。


「舐めんなァ!」


 神が生み出した音の刃を、アイゼンは意にも介さず突撃していった。音の刃が彼にぶつかろうとした瞬間、彼の拳が光り輝く。それが彼の異能、鉄拳(アイアンフィスト)。振るえば地を震わす一撃、掲げれば全てを受け止める鉄壁。グランドホルン程ではないにしろ、攻防一体の異能。音の刃から身を守った彼は、そのまま、光り輝く拳をグランドホルンに振り抜こうとした。


「か、っはぁ…!」

「弱すぎる」


 だが、それでもグランドホルンには届かない。この神は単純な能力が高い。アイゼンも今まで何人もの神を屠ってきた実力者だというのに、少なくとも正面からの殴り合いでは彼を歯牙にも欠けない。アイゼンは、生粋のインファイターだというのに。


「さ、止めだ―」

「させないよ」


 僕はすぐさま、アイゼンを影で包んで僕の傍まで呼び寄せた。小規模な影の道、そのままアイゼンの状態を横目で戦闘継続は不可能だと判断して、人狼の集落へと送った。


「かっはははははは!」


 それを見たグランドホルンは、心の底から愉快そうに大きな声で笑った。


「いいね。流石は影の英雄だ。ヲレが戦うに値する、数少ない存在」

「…悪いけど、その噂、殆ど眉唾だよ」

「噂?ああ、確かに噂を耳にしたから君に期待していた。期待以上だった」


 そう言って、彼はまた笑った。今度は静かに、表情だけの、されど、狂気が滲み過ぎて、血涙を流しながらの笑みを。


「俺がこの世に生まれて一ヶ月、どいつもこいつも弱者ばかりだった。人間も神も、竜さえも!世界に失望したよ、下しかいない世界なんて涙が落ちるだけで意味がない。かと言って五大竜は僕でさえ遠すぎる。上も高すぎればただの風景だ」

「だが、君は、対等だ。俺と同等の強さの君なら、戦いになる。争いになる。美しい音が、奏でられる。だから、さあ、影の英雄、嫌ジョン・ドゥ!俺と君とで、俺らだけの協奏曲(コンツェルト)を奏でよう!」


 意味が分からない。最初の方はまだ、分かる。だけど、最後の方は自己完結が過ぎて、何も頭に入ってこない。


「なら、来なよ。御託はもう十分だ。教えてあげるから、どっちが上か」

「…はは!やっぱり最高だな、君!」


 仰々しい、僕の虚勢を見て、彼は笑った。見破っているのか、或いは気づかず楽しんでいるのか、それとも見破った上で。判断はつかなかったが、どうでもいい。力で、分からせる。それだけ。

 僕は影を全開にして、グランドホルンはそれを向かいうつ構え。激突はすぐそこだった。


【ひれ伏したまえ】


 はずなのに。

 唐突な、第三者からの横やり。まるで、僕の影の道、つまり、瞬間移動してきたかのように、鋼鉄の身体を持った巨大な何かが、グランドホルンの頭部に拳を叩きつけた。


「…何だよ、お前」


 グランドホルンも只者じゃない。不意を打った一撃にも自らの身体のみで耐えて、逆に反撃を喰らわせた。


【ふむ、この世界の生物、存外にも強靭だな。だがしかし、野蛮すぎる。文化水準は下の下、どころか社会自体が殆ど存在しないとは】


 最も、鋼鉄、機械のような体を持った何かも、大した傷はないようで、特に気にした風でもなく言った。というか、そもそも、あれは本体じゃ、ないのか?


「…パワードスーツ?嫌、ロボット?」

【ほう?理解できるのかね?推測するに、成る程、私の同類か。驚く程ではあるまい、君や私の様なサンプルは幾らでもあったろうに】


 僕の呟きを拾って、奴は言った。口振りからして、どうやらこの世界じゃない、どこから来たもの。それでいて、僕やジェイド氏とも違う。一体、奴はなんだ?


【まあいいさ。しばらくは眠りにつくとしよう。そうすれば多少はマシになるだろう。それに、遊び相手がいないと、どうにも物足りないからね】


 そう言って、奴は僕たちに背を向けた。


【邪魔をしたね、現地人。君たちと遊ぶのも楽しそうだが、それは、もっと熟れてからで良い。それでは、良い世界を】

「おいおいヲレの楽しみを邪魔しておいて無事に帰れるなんて思わないでほしいんだがな」


 先ほどの不意打ちに鬱憤がたまっていたのか、グランドホルンはそう言って、僕から奴に矛先を移した。そして僕も、グランドホルンより先に奴にご退場頂きたいと思っていた。何故なら、奴は何をしでかすか想像が出来ない。中身は勿論、その外殻で何が出来るのか、僕たちには一端すら見えていない。ここで倒せなくても、少しでもその手札を覗き見たいと、僕は思った。


「同感だね。こんな奴は、ここで消えて貰わなくちゃ」

【!】


 だから僕は、奴の腕を切り落とした。影の刃(スキア・トゥ・レピド)、新たに作り上げた、攻撃専用の影。二つの影で挟んで、切り裂く。単純だがそれ故に強い。最も、二つの影を同時に当てるというのは中々に骨だから、使いどころは難しい技だけど。

 奴は少しだけ驚いた様子だったけど、すぐに感心したように笑った。


【ほう、単なる遠隔斬撃じゃないな。この装甲は、その程度では破壊出来ない】

【だが悪いな。時間切れだ】


 それは感心したように頷いてから、そんな風に冷たく囁いた。鋼鉄の中から飛び出す、球状の何か。それは空に浮いたまま、僕らに語り掛けた。


【今更だが、名乗らせてもらおう。私の名は、インテリジェンス。ふざけた名前だろう?何、笑ってくれて構わないよ。なにせ―】

【君らと僕の道が混じりあうことはないのだから】


 そう言って、球状はそのまま地中へと潜り込んでいったからだ。止める間もなく、それは凄まじい速度で僕たちの前から姿を消した。


【ごきげんよう、現地人。それと、異邦人。良い未来を築いてくれることを期待しているよ】


 最後にそんな、別れの言葉を残して。

 そして、球体が消えたのを確認してから、グランドホルンが笛を吹いた。象のような魔獣を呼んだ彼は、その背中に飛び乗った。


「帰るの?僕は続けても良かったんだけど?」

「君は良いかもしれんが、ヲレは良いダメージを受けたんでね。楽しみはとっておくさ」


 そう言って、彼はからからと笑った。どうにも、僕は彼のことがそれ程嫌いじゃないらしい。敵であることは前提だが、それでも、その戦闘狂とも言うべき気質が、誰かに重なって。


「願わくばまたどこかで、良い共演(セッション)を奏でよう」


 相変わらず、言っていることは良く分からなかったけど。

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