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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第三章 陥落
31/51

Reboot

 それから、三年が過ぎた。日々は疾風のように過ぎて行って、もう、三年も過ぎていたことに今更ながら驚きを禁じ得ない。だから、僕は未だ、ハジメとの約束を、日本に戻るという約束を果たせていない。


 理由はそう、僕がダンタリオンたちとの約束を果たせていないから。それどころか、状況が悪化してしまったから。今まで何があったのか、矢継ぎ早に振り返ろう。詳細に振り返ってしまったらもう、僕は今に耐えきれなくなってしまいそうだから。



「よ、戻ったぜ」

「カイン!」


 僕が竜峰山に戻って、すぐの話。消息を案じていた彼との再会は、存外にもあっさりなものだった。


「…ジョン。驚いたな、戻っていたのか」

「君こそ、無事、だったの」


 僕の姿を見た彼は、心底驚いた様子で言った。だが、それはこちらも同じだ。異能を得たとは聞いていたが、あれには、機械竜にはそれだけでは到底足りないということは体感している。普通なら間違いなく命を落とす、そう思っていたのに、彼は殆ど無傷で戻ってきた。

 僕がそう返すと、彼は僅かに苦笑した。


「頭が冷えたよ。化物染みたこの力があっても、一人じゃ何も出来ないのを思い知らされた」


 拳を強く握るカイン、やはり彼は機械竜と相対している。なら、何かが起きた。僕や近衛司の様に、第二第三の異能を得たか、或いは。


「しかし、良く生きてたなおっさん。あの機械竜とやりあったんだろ?」


 後ろにいたイヴァンが、僕の聞きたかったことを代弁してくれた。カインはそれを聞いて、自嘲染みた笑みを浮かべて言った。


「本当なら死んでただろうな。だが」


 彼は懐に手を伸ばし、何かを取り出した。何だ?真っ黒な、肉?焦げついたその肉を手に、彼は続けた。


「神の肉だ。これを飲み込んで、俺は生き延びて」


 彼は手を開いて肉を落とした。だが、その肉は地に落ちない。空に浮く、黒い球が肉を受け止めたからだ。一つだけじゃない、肉を受け止めたその球以外にも、幾つもの球が彼の周囲に浮いていた。

 これが、彼の異能?嫌違う、ダンタリオンが言っていた、カインの異能は重力操作だと。なら、これはなんだ?答えは一つ。


「神の力を得た」


 神の力、つまるところ、神性。神が持つ、神を神たらしめる権能。事実上、カインは神と同じ存在になった。


「…理屈は理解できるが」「信じがたいものだがね」


 デッドは顔をしかめ、ファルカスは首を振った。二人の反応は理解できる。そもそもが受け入れがたい現象だが、それ以上の問題が一つある。

 最早、神と言う種は、上位存在ではなくなったということだ。


「転がっていた死骸をかき集めてきた。これを皆が食べればもう、神の支配は終わる」


 そう言って、彼が取り出した、幾つもの肉片を見てその想像が間違いではなかったことを知る。

 カインの言う通り、これを皆が食えばどうなるか?神と同等クラス、嫌そのまま神がこちらの戦力に加わる、それどころかそれがスタンダードになる。


 なら、最早、神と言う存在は物の数ではない。何故か?神は人間種に比べて、個体数が圧倒的に少ない。それでも彼らが人間種を支配できていたのは、彼らが大きな力を持っていたのが理由だ。だが、それもルゥ・ガルーを筆頭にした人狼たち、デッド、ハジメ、アイゼン等の卓越した実力者、更にイヴァン、ストーム、バーンたち覚醒者の登場によって、差が縮まりつつある。

 更に、ここに来て、カインの発見だ。もう、二つの対立する種族同士の力関係は逆転するように見えた。だけど、それは。


「…駄目でしょう。それは」


 皆がどう返答するか迷っていた頃、黙していた紫龍が口を開いた。


「あなたが神になったことは否定しません。そうでなくては命は拾えなかったでしょう。しかし、皆を神にする?意味がありません。結局それは、今の神を挿げ替えただけで、人間の世などとは口が裂けても言えないでしょう」


 紫龍の発言は正しい、と僕は思う。彼女の言に付け加えるなら、神になった人が普通になるなら、結局神にならない、なれない人はその下に位置づけられる。意図的であろうと、なかろうと。最終的に行きつく場所は、今の状況の再生産にしかならない。


「…確かにな。紫龍の言う通りだ」


 そして、それをカイン自身も理解したようで、彼は悩む間もなく頷いた。


「なら、この肉片は、俺が飲み込んでみよう。神性を複数持つことが出来れば―」

「止めておけ」


 そう言うカインを、フアイが止めた。


「神喰いはそれ以上勧めん。一つで、今のままで満足しろ」

「…何故だ?」


 涼しい顔で言うフアイを、カインは訝しむように見つめた。


「単純な話だ。神でさえ、その身には一つの力しか持っていない。一つを得るならば大丈夫だろう。神と同じになるだけなのだから」


 それでも、多少ながら人格に影響は出ると思うがね。続けたフアイの言葉に、僕は思い当たる節があった。


「だが、それ以上ともなれば話は別だ。その時貴様は、神ですらない、違う何かへ変わることとなる。はっきり言って、想像すらできん、魔王にな」


 異能に振り回される人間は、何人も知っている。人の世から外れた力に振り回され、自らの道さえ見失う人たちを。神格者たちを。フアイの言はそんな彼らを彷彿とさせた。

 だから、僕はフアイに賛同する。だがしかし、カインが納得しきっていないのは、彼の表情から見て取れた。彼は明らかに焦燥していた。恐らくは、リーサルサイドと相対して、その実力差を実感したためだろう。その気持ちは、きっと、皆理解している。だけど、フアイの指摘を聞いた後では、彼の選択を認める訳にもいかなかった。


 パン、重くなり始めた空気の中、音が鳴った。ダンタリオンが手を叩いて、注目を集めた。


「話はそこまでにして、ご飯にしよ?カイン、疲れてるでしょ。ごはん食べて、ゆっくり休みなよ」

「…ああ、そうするよ」


 ダンタリオンの誘いに、カインはそう言って、力なくではあったが、微笑んだ。それで僕は安心した。カインはそこまで復讐に囚われているわけではない。ちゃんと、冷静だ。僕以外もそう思っていたようで、眉をひそめていた紫龍は安堵し、フアイすら頬を頬が緩んだ。


「…魔王?構わない。いざとなれば、何にだってなるさ」


 だから、彼が最後に呟いた言葉の内容は、僕たちには届かなかった。


「奴らを滅ぼせるなら」


 僕は気づかない。誰も気づかない。変質はもう、この時点で起こっていたということに。



「よう、ジョン。元気そうで何よりだな」

「君こそ。生きてて良かったよ」


 それから一週間後くらいの話。僕はルゥと共に、周囲の偵察に向かっていた。最も、その頃には彼が【皆殺し】を討伐したことが広まっていたらしく、表立って彼らを襲おうとする神はいなかったし、ジェイド氏が亡くなったことで劣等竜は生まれなくなり、殆ど危険と言う危険はなかった。真っ当な竜たちは、中央の竜の住処から出ることは稀だったというし、本当に形式的な偵察だった。ルゥにとっては退屈だったと思うけど、この世界においてそんな平穏は非常に稀な物だった。

 だから、そんな平穏は直ぐに消え失せてしまう。


「…何だありゃ」


 偵察中、何かを目撃したルゥの声が一際、低くなる。それにつられて、僕は彼の視線を追った。


【legion,legion】【legi,on】【legion】

 

 何か、そう呼ぶしかない、何か、小さな生命体がそこにいた。恐らく、神。僕らの膝程しかない大きさの何かが、集合体恐怖症ならきっと怖気だつような、黒い何かがわらわらと蠢いていた。


「何だか知らねえが、さっさとご退場いただくか」

 

 ルゥはそう言って、何かに向かって槍を突き刺した。


「…!」

「何があったの」


 だが、彼は刺したと思った槍をその場で落とし、素早く下がった。僕はただならない雰囲気を感じて、端的に尋ねる。


「見て見な、俺の槍を」


 ルゥはそう言って、指差した。そして、何かの方へ眼を向けた僕は思わず息を呑む。

 侵食されていた。ルゥの槍に、何かが入り込んでいって、槍を自らの色で染め上げていた。そして、侵食されきった頃、槍であったはずの物から、何かが生まれた。


「…やるよ」

「ああ、頼む」


 こんな奴を生かしておいたらとんでもないことになる。そう感じた僕は指でフレームを作って言った。こいつらをここで始末する、そのために。


死の(スキア・トゥ)(・タナトス)


 フレームで何か全てを覆って、僕は死を放った。

 幸い、影の力が戻ってきても死の力が消えることはなかった。それどころか、影が戻ってきたことで、死の使い方をある程度理解できた。指先で示すだけじゃなく、こんな風に死の着弾点をイメージしてあげれば、広範囲に死を飛ばせる。


「ふう、これで終わり、かな」


 視界からすっかり消え失せた蠢く者たち、僕はほっと、息を吐いた。もしかしたら、死が通じない相手かと思ったけど、杞憂で良かった。


「お前がいなかったら不味かったな。助かったぜ、相棒」

「そんな風に呼んだことないでしょ」


 ルゥに肩を叩かれ、僕は笑いながら、彼と共に帰路についた。

 だから、その存在が単なる前振りだったと、僕たちはまだ知らない。


【legi,on】


 【無窮の群体】レギオン、奴を筆頭にした、凶悪な神々が生まれていく、単なる前兆でしかなかったことを。



 一方、氷結庭園。


「大丈夫か、ペイン」

「は、はい。大丈夫、です」


 大陸で最も困難であり、最も危険であり、最も寒いその場所で歩く、二人の竜がいた。

 一体は、まだ小さな、子供の竜。紫色の体色のそれは、凍える吹雪を必死で耐えながら、もう一体の竜の負担にならないように、強がりながら言った。


「なら良いが、決して無理はするな。ここは、奴は、私とて相対すれば生きて帰れん」


 もう一体は、九本の頭を持つ、巨大な竜。蛇の様な長い首で、子供の竜を気にしつつ、歩みを進める。

 

「いるか、ララ!」


 足を止めた九頭竜が、声を上げた。吹雪で先も見えない中叫んだ彼に、子供の竜は首を傾げる。何故、こんなところで。


「…あら、久しぶりね」


 思わず子供の竜は後退った。謎の声が聞こえたからだ。何もないと思っていた先から、女性の声が帰ってきたからだ。

 そして、気づく。九頭竜よりも巨大な白色の竜が、目の前にいたことに。気づいた子供は震えながら、息を呑んだ。寒さからではない、この白色の竜が途轍もない存在だと気づいたからだ。九頭竜と同じく、普通の竜すらも超えた存在だということに気付いたからだ。


「ナイン」

「このようなところにいれば、それは久しくなるだろうよ」


 【九頭竜】ルベルナインに向けて、【凍竜】ラララカーンは微笑む。それを受けたルベルナインもまた、親愛を感じさせる、優しげな声で応えた。


「…また、人間が増えたようだな」

 

 彼女の背後に目をやったルベルナインは言う。彼女の遥か後方に建つ民家の数が、以前より増えていたのだ。一人、窺うように戸から顔を出した少女を見て、ラララカーンは微笑んだ。


「あの子たち、エルフって言うらしいわ。人間とは、少し違うみたい。言われなきゃ、分からないけれどね」


 楽しそうに言う凍竜に溜め息を吐きながら、九頭竜は首を振った。


「お前の趣味に口を出すつもりはない。ここに来たのは報告の為だ」

「報告?お父様が死んだのは聞いたけれど」

「そうじゃない。死んだのは我々、五大竜だ」


 ルベルナインのその一言に、笑みを浮かべていたラララカーンの目が鋭くなる。そして、九頭竜の次の言葉を注視した。


「ロストケアセルフ、奴が生命活動を停止した」

「…本当に?冗談?」

「冗談を言うためにわざわざ来やしないさ」


 信じがたいその名に、ラララカーンは思わず顔をゆがめたが、ルベルナインは至って真面目な表情で言う。


「親父殿が最後に作った五大竜、奴に与えられたのは異様なまでの生命力。いくら肉を削られようが、瞬時に再生し、歩みを止めることはない。代わりに知性はない。在り方は逆だが、我々からすれば、リーサルサイドとさして変わらん」

「…知ってるわよ?」

「良いから聞け。俺が言いたいのは、だから誰が奴をやったのかも分からないということ。そして、その下手人は俺らにも通じる牙を備えているということだ」

「なるほど、ね」


 ルベルナインの言葉に、ラララカーンはニヤッと笑った。


「でも、残念。私多分、その子のこと、知ってるわ」

「例の、貴様の娘の知己か?親父殿を殺した」


 ルベルナインは一人の女性を思い浮かべて言う。紫龍、ラララカーンが最初に拾った人間。それから彼女は人間を匿うようになっていった。


(愛着、代替、贖罪、どれでも構わん。俺も、とやかく言えんからな)


 彼女の動機に思いを馳せつつも、彼は特にそれについて聞くことはなかった。そして、会話は続く。


「ええ。そして、私たちと同じ」

「神格者か?」

「いえ、同じとは言ったけど、私たちとも微妙に違うわ。その子は世界崩壊を引き起こしたわけじゃなく、生き残っただけなのよ」

「…それはそれで、ふざけた存在だとは思うがな」


 そこまで聞いたルベルナインは鼻を鳴らした。


「ところで、その、かわいい坊やは?」

「ああ、ペイン、名乗っておけ」


 それまでルベルナインの後方にいた子供の竜は、おずおずと前に出た。


「ルドロ、ペインです。初めまして」

「初めまして、ラララカーンよ。ナインの、姉、みたいなものかしら?」

「抜かせ」


 ラララカーンの返答に、ルベルナインは笑う。

 

「それで、なんでこの子を連れてきたの?」


 尋ねるラララカーン、そんな彼女に、ルベルナインは頭を下げて言った。


「俺にもしものことがあればこいつを頼む」

「…」


 そんな、単純ではあるが実感の伴った言葉に、ラララカーンも、ルドロペインも押し黙った。二人とも、ある程度は予想がついていたからだ。


「レーヴェは?」

「冗談はよせ。奴は他者に興味なぞないだろう」


 そんなやり取りは、彼女が一拍置くためのクッションでしかないと、互いにわかっているから一笑に付して、終わる。そして、ルベルナインはまた頭を下げた。


「すまんな。この期に及んで」

「良いわよ。五大竜、というか、あなたとレーヴェは数少ない家族なんだから」

「…助かる」


 悩んだ様子ではあったが、頼みを受け入れたラララカーンに、ルベルナインは一言、礼を言った。


「それで、話は終わり?終わりなら、休んでいくと良いわ」

「嫌、まだ一つ残っている。ロストケアセルフの件だ」

「ロストケアセルフ?さっき聞いたわよ」

「話には続きがある。奴の遺骸の話だ」

「…どういうこと?」


 今一芯に届かないルベルナインの言葉に、ラララカーンは首を傾げた。


「奴は死後、体を蝕まれ、乗っ取られたんだ」

「レギオンと鳴く、神にな」

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