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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第一章 光を求めて
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プロローグ Ⅱ

「…はぁ!ありがとう、生き返った」


 ダンタリオンから貰った水を呷ると、今まで疼いてたまらなかった渇きが癒された。こんなに水が美味しかったのは生まれて初めてだ。


「良かった。急にふらふらして、心配したよ」

「面目ない」


 ホッとしたように息を吐いた彼の言葉に、僕は笑って返す。思った通り、いい子だ。これなら、安心して共に過ごせる。


 しかし、気になることがある。

 ダンタリオンが持っていた、水が入ったプラスチックの筒、これはどう見てもペットボトルだ。およそ、この世界に存在するものとは思えない。


「これは誰が作ってるものなの?」

「誰が作ってるとかはないと思うよ。そこら辺に落ちてるやつだから」


 そこら辺に落ちてる、だって?冗談としか思えない発言だが、不思議とも思ってないダンタリオンの様子からするに、この世界では然程珍しいものではないのだろう。

 推測するに、僕と同じ様に、滅んだ世界から流れ着いたものか。もしかすると、他にも僕と同じような人間もいるのかもしれないな。


「本当に遠いところから来たんだねえ」


 言ってからおかしな発言かと思ったものの、幸い、ダンタリオンは納得してくれた。そもそもが、現代とは比べ物にならない程に行動範囲が狭いのだろう。そういう地域があると思ってくれたらしい。


「ジョンみたいに、不思議な力を使える人もいたの?」

「…そうだね、僕みたいなのは結構いたよ。従兄弟もそうだし」


 ダンタリオンの疑問をきっかけに、僕は思い出す。かつて世界を滅ぼした彼女と戦って、亡くなった彼らのことを。


(破魔矢、天燐)


 二人の名前を思い出したところで、僕は首を振った。もう、彼らはいない。僕は、この土地で新しい人生を生きていかなくてはならない。


「逆に、神はいなかった。だからダンタリオン、彼らのことを教えてくれない?」

「勿論、お安い御用だよ」


 だから、僕は、この世界で生きていくに当たって、真っ先に聞くべきことを聞いた。恐らく最も警戒すべき外敵、人間の上位に位置するであろう存在について、必要な知識を知りたかった。

 ダンタリオンは任せてとばかりに自らの胸を叩く。強く叩きすぎたようでちょっとむせてた。僕は背中を擦って上げた。


「ありがと。こほん、では神についてだけど―」


 そう前置きしてから、彼は説明を始めた。


「まず、彼らに共通することだけど、【神性】と呼ばれる不思議な力を持っている。ジョンの力に近い感じ、あんな感じの人知を超えた不思議な力を持っているんだ。それも、三者三様、神によって全く違う力を有している」


 成る程、僕たちの世界で言うところの異能みたいなものだ。僕たちの世界でも、特に強力な異能を持つものは神格者と呼ばれたり、実際に崇められる対象となることもある。


「神の殆どは、僕らとは全く違う姿形をしていて、これも三者三様、個体によって全く違う姿をしているんだ。ある時は動物、ある時は無機物、ある時は僕たちとそう変わらない姿、ある時はエネルギーそのものだったり」


 だから、こちらの世界で【神】と呼ばれる存在も、それに近いものだと思ったのだけれど、続きの説明からどうやらそうではないことが伺えた。

 人間とは全く別の種、どころかおよそ生命体とは思えないような者もいる。無機物の方は、多分ゴーレムとかそんな感じのものだと想像はできるけど、エネルギー?一体、どういうことだ?


「その、エネルギーって?」

「例えば、炎の巨人とか。後は、噂だけど、動く雷みたいなのもいるって聞くよ」


 ああ、成る程。その説明で僕は何となく想像することが出来た。むしろ、そういう類の方が分かりやすいかも。光の速度で動く人間を、僕は知っているから。

 僕が考えを消化していると、ダンタリオンは険しい表情をして、続けた。


「そして、そいつらは僕たちの様な弱い種族を支配し、搾取している。僕たちが作った農産物を、僕たちが釣った魚を献上させ、さっきの奴みたいに戦闘の才能があると見定められると、時には使徒の契約を結ばれ、戦力として扱われるのもいる」


 使徒の契約というのは、神の血を分け与えられることによって、神の能力の一部も分け与えられるものらしい。不老、強力、魔法の三つ、決して人の身では得られぬもの。


「そうなっても、結局は神の奴隷だ。人間の時より、自由はないかもね。何せ、使徒となってしまえば、神の勅命を受ける立場だ。返答はイエスしか許されない。どんな無理難題も、こなさなければ、こう」


 ダンタリオンは、首に親指を押し当てた。


「だから、段々精神はすり減って、人間の時の性格なんて消えてなくなる。さっきのあいつも、昔はいい人だったんだよ」


 彼はそう言って、悲しそうに笑った。その悲しげな表情を更に深めて、彼は続ける。


「そして、いずれは神同士の争いに巻き込まれて、命を落とす。何のための、誰のために生きているのか、分かったものじゃない」


 そんな、悲しさと怒りが複雑に入り混じった声音で言った、彼の言葉に思わず、僕は息を呑む。今のだけじゃない、彼の言葉には、少なくとも日本では一度も感じることがなかった、絶望があった。彼の生の言葉で、ようやく僕は、真の意味で、ここが現実だと思い知らされた気分になる。


「…僕は縁がなくて済んだけど、【牧場】と呼ばれる施設で、その、食べられるためだけに生み、生ませられている人たちもいるんだ。僕たちは、幸福な方なんだ。そして、その事実が何より許せない」


 沸々と、彼の言葉に含まれる怒りの感情が強くなっていくのを感じる。彼はそんな現状に、心の底から反感を抱いているのだろう。

 そんな彼が、自らの村から逃げ出した理由が気になった。こんな風に考える彼が、ただ、神から逃げ出すとは思えない。


「ダンタリオンは、どうして、村を出たの?」

「助けが、欲しかったからかな」


 僕の問いに、少し悩んでから、彼は答えた。


「僕一人だけじゃ、神には勝てない。それどころか、その使徒にさえも。けど、皆で協力すれば勝機はある。あっちだって生きてるんだ、生きてるんだから、殺せるんだ」


 熱っぽく語った彼はそこで、大きなため息を吐いた。


「だけど、村の皆は誰も協力はしてくれなかった。納得はしてる。どう頑張ったところで、必ず犠牲は出るような行いだから」


 納得していると口では言っているが、彼が落胆していることは明らかだった。

 とは言え、村人たちの考えも、決して否定はできないだろう。死ぬかもしれない行為を、恐れずに行う方がおかしいんだ。


「だから僕は、村の外で戦う人たちの下へ行こうと思ったんだ。【天才】デッド・コード、【狂戦士】ルゥ・ガルー、【鉄拳】アイゼン、【符術士】アベル・トビー。神と、対等以上に争ってる人の名前。こんな世の中でも、それだけやれている人たちがいる」


 再度、彼の口調に熱が灯る。早口に言った名前の数々の殆どを聞き取ることは出来なかったが、思った以上に戦うことを選んだ人間がいることに僕は驚く。


「僕も、彼らみたいに、神と戦おうと思ったんだ。この世から、神による支配をなくすために」


 そう言って彼は、僕に笑顔を見せた。

 遠大だな、と僕は思う。彼の願いは、彼の戦う動機は、遠大すぎて、そもそも殆どの人が鼻で笑う類のものだ。外から来た僕がそう思うんだから、ここで生まれ育った人たちにとっては、僕以上に夢物語のように感じるだろう。


「―なら、やってやろう」

「え?」


 それが、どうした。僕は知っている。かつて、世界の終わりに立ち向かった人たちを。彼らは無謀であると知っていながら、不可能であると知っていながら、それを止めようとした。

 結果は、失敗だった。誰も、終わりを止めることなんて出来なかった。

 

 僕は、何も出来ずに、彼らが散っていくのに絶望していた。ようやく僕が立ち上がれた頃、世界は既に終わっていた。

 

 ここでもまた、僕は何もせずにいるつもりか?馬鹿にするな、二度も、僕は同じ後悔をするつもりはない。


「僕たちの手で、神を殲滅してやろう」


 この時、僕は、この世界を救うと決めた。それが、どれだけ遠い道のりでも。

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