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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第一章 光を求めて
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こんな世界に告ぐ

「僕を忘れたとでも?嫌、忘れたとしても、管理局のトップが僕を知らないわけがない」

「ああ、だから私も驚愕している。君のような個体がいるのならば、必ず私の耳にも届くはずなのだが」


 話がかみ合わない。忘れている、という訳でもなさそうに見える。記憶の欠損が僅かでもあるなら、その可能性を考えない彼ではないだろう。演技という線も捨てていいだろう。知らないふりをしたって、僕が困惑する程度の話。事ここに至って、そんな心理戦をする意味はない。


「君、所属は?」

「…七天」

「院か。猶更不自然だな。院の九家の情報を、私が見逃すはずもないのだが―」


 そこまで言ってのけた後、彼は何かに気付いたかのように、大きく目を見開いた。


「七天院と言えばあれがあったか、七天院腕による死者蘇生未遂。アーティーン曰く、殆ど真に迫りつつも失敗したあの計画」


 …何を言っている?七天院腕、僕の父親。父さんが死者蘇生を行ったというのは正しい。が、失敗した?そんな訳がない。確かに二度目は失敗に終わったのは確かだが、一度目は成功している。僕がここに立っているのが、その証明だというのに。


 困惑する、僕。ジェイドはそんな僕の表情を見て、大きく笑い始めた。心底、愉快そうに。


「合点がいった。君は、僕とは違う世界からここに流れ着いた訳か」

「何を、言って」


 いるのかなんて、決まりきっている。並行世界、釈迦堂曼荼羅が発見した無限に分かれた、世界の可能性。


「僕がいなかった世界から、来たのか。あなたは」

「私に言わせれば、君が存在し得た世界、だがね」


 ジェイドのその指摘はどこか含みが感じられた。僕が存在する世界の方が少ないのだと。


「…実に興味深い会話だが、刻一刻を争う事態なのでね」


 そう言って、ミスターはジェイドに向かってナイフを投げつけた。

 彼はそのナイフを容易く払いのけるも、追撃のためにミスターは既に駆け出していた。


「知恵のついたゴリラか、面白い個体ではあるが今は不要だな」


 ジェイドは冷淡に吐き捨てながら、右手を掲げた。


創造(クリエイト)―」


 その動きは確かに、攻撃の合図。そして、その文言は恐らく、彼の権能の行使。創造神足る彼の力の、発動の証。


「【偽・純愛剣(プラトニック)】」


 そして、放たれたのは無数の剣。どこぞの誰かの異能を形だけ真似たそれは、本物に比べていたく数が少ないように見えたが、それでもたった一人を殺すには十分すぎる数。

 僕はミスターを影で守ることを考えた。しかし、その考えは一瞬にして不要だと察する。何故なら、彼の右手には恐ろしい程の熱が纏っているのが分かったから。それが、彼の神性だと理解したから。


「【核熱拳(アトミック)】!」


 彼が振るったその拳は、悍ましい勢いと共に、膨大な爆撃を引き起こした。その爆撃は、彼を貫こうとした無数の剣を全て破壊し、ジェイドにまで届くほどの勢いだった。


「残念だが、届かない」


 だが、ジェイドはそれすらも防ぐ。目に見えない防御壁によって、彼の下に攻撃は届かない。


「まだだ!」


 しかし、それでも爆撃によって生じた土煙を越えて、ミスターはジェイドの下へ辿り着く。そこは既に防御壁の内側、ジェイドは迎え撃たざるを得ない。


「近接戦か、そういうのも悪くない」

 

 それでも、彼の余裕は崩せない。全く動じていない様子で淡々と告げ、彼は構えた。


再現(リプレイ)


 再現?これは、知らない。創造の権能ではない、何か。その言葉から察するに、何かを再現するものらしいが、一体、何を。

 ぞくり、そこで僕は彼が何をするつもりか、遅まきながら気づく。あの構えは、間違いなく。


「外し九連」


 覇王流の拳!人の頂点、破虎老師の武術を人ならざる彼が扱えば、結果は当然。


「…手ごたえのない、分身か」

「生憎、それは知っているんでね」


 影法師、何とか間に合った。これでミスターの攻撃は確実に通る。そして、彼の背後には既に。


「はああああ!」


 影の(スキア・トゥ)(・アカンタ)を宿した槍を持った、ダンタリオン。理想的な挟撃態勢、この攻撃は確実に決まる、僕は確信していた。

 そして、その確信を裏切ることなく、二人の攻撃は直撃した。ダンタリオンの槍はジェイドを貫き、ミスターの拳は彼の脳天を振りぬいた。


「あ、れ?」

「…まさか!」


 しかし、当の二人の反応は芳しくなかった。ダンタリオンは不思議そうに首を傾げ、ミスターは何かに気付いたように驚愕の声を上げた。

 そして、二人は崩れ落ちる。さも、それが当然かの如く。ジェイド・アルケーは君臨したまま。

 

「早速だが、再現(リプレイ)させてもらったよ。君のそれはいたく、便利そうだったからね」


 最も、心逆の息子でも良かったんだが。彼は感情のこもらない笑みを浮かべて、そう付け足した。


「…クソ」


 倒れた二人を回収しつつ、僕は思わず吐き捨てた。

 これだけで仕留められると思っていた訳ではない。だが、傷の一つくらい負わせられるとは。

 

(…考えが甘すぎた)


 目の前の相手がどういう存在なのか、僕は知っているはずなのに。あの時立ち向かって何も出来なかった、【ラ・バース】と同格の存在だというのに。僕はどのか、今までの相手と同じように戦っていた。手癖の戦法で、僕はジェイド・アルケーと向かい合っていた。なんて、怠慢。


「…馬鹿か、僕は」


 なんて、反省してる間も、ない!


「おい、ジョン。こっちはいつでもやれんぞ」


 デッドはやる気充分、この日の為に幾つかの武器を開発している。それがどこまで彼に通用するかは分からないが、少なくとも僕の私見では通じる、そう思っている。


「僕も、まだ、やれるよ!」


 そう言って、ダンタリオンは立ち上がった。どうやら打撃の大部分はミスターに向けて放たれたようで、ダンタリオンの外傷はミスターのそれに比べればそう多くはなかった。だから、頼りにさせてもらう。


「行くよ、二人とも」


 そう言って、再度僕たちは攻撃を仕掛けた。

 

六人いるし(シックスメン)見分けもつかない(フルカラー)


 僕とダンタリオン、デッドの分身と共に。

 

「…厄介だな」


 そう漏らした、ジェイドの呟きを僕は聞き逃さない。やはり、彼の再現にはある程度の制限がある。

 恐らくではあるが、再現では異能という事象を出力することはできない。純愛剣がそうだったように。影法師を再現した、というのは間違いなくブラフ。あれは僕の影法師じゃない。心逆夢の、夢現。それが分からない程、僕の眼は腐ってはいない。


「まあいい、一掃するだけだ。創造(クリエイト)…!」


 そう来ると思っていた、影縫いで彼の動きを止める。多分、止められるのはこれ一回限り。だから、ここに二人の総力をぶつける。


「食らえ!」


 デッドの銃撃、対竜用に更に貫通力を高めたその銃弾が、彼にも通用することを信じて。


「獄炎、葬竜!」


 ダンタリオンの炎の槍、炎の魔力を穂先の一点に集中させ、焼き尽くす様な熱で貫く突きが、彼に致命傷を与えると確信して。


 そして、銃弾はジェイドの右腕を吹き飛ばし、槍の一撃は彼の心臓を貫いた。流れ出る夥しい程の血液、確実に殺せたと言える程の傷。


「流石は人間、だな」


 無論、それは相手が真っ当な生物であれば、だが。

 一向に倒れないジェイドに、ダンタリオンが後ずさった頃、彼は感心したように言った。


「小さき身から這い上がり、遥かな文明を築き上げ、我が写し身を滅ぼした、この世で最も強き生物。この大陸でもきっと、そうなるのだろう」

 

 それから、あくまで独り言ちるかのように、その人知を超えた生命体は言う。

 そして、吹き飛んだはずの右腕を再生させ、貫かれた胸部の穴を埋める。さも、それが当然の帰結だとでものたまうかのように。


「しかし、拳銃か。このような原始的な世界でこの発想に至るとは。漂流物の影響、或いはそれ程までに飛びぬけた個体か」


 彼の独り言は続く。分析染みた連ねる言葉にはどこか、嬉しさのような好意的な感情がにじみ出ているように感じた。


「戦士の質も悪くない。この地に生きる神程度であれば、相手次第では単独で殺せるレベルだ。最も、管理局には足りんがね」


 そこまで言ってのけると、彼は僕を見据えた。それまでの好意的なものとは違う、どこか敵意を潜ませた瞳。


「そして、七天の。確かに、君は強い。君さえいればあの時の結果が少しでも変わったのではないか、なんて意味のない仮説を立ててしまうほどには」


 郷愁に浸るような、悔恨に苦しむかのような、彼の言葉。それでも尚消えない敵意から生じるものが目前に迫っている事にも気づかず、僕はただ、続く言葉を聞いていた。

 

「だから、君はここで退場してもらうことにした」


 何かが、僕の頬に触れたような感覚、それと同時に僕は大事な何かを失ってしまったかのように、立っていられなくなって、その場に崩れた。


「ジョン!」

「大丈夫か!」

 

 そんな僕に駆け寄ってくる、ダンタリオンとデッド。抱えられてから、ようやく僕は何をされたのかを理解した。あの刀の少女、ハジメの時と同じように、僕の異能が、【影の支配者】を封じられた。


「七天の、君のからくりは知っている。君の影はあくまで副産物だ。君に訪れるはずだった、免れない死を留めている、堰のようなものだ。ならば、その堰を取り除けば、死は流れ出て君の身体を蝕み」


 君の身体は死に至る、そう、彼は結論付けた。

 その通りだ、僕の身体はとうの昔に死んでいる。幼少期に僕は大病を患った。十年、生きられるかどうかと言うほどに、重い病を。

 既に妻、僕の母を亡くしていた父は、僕を救うことに躍起になった。院の九家の一つであり、医療に長じる四聖と協力し、僕の病の治療法を探った。


 結論、僕を治療することはできなかった。四聖は治療法を確立したものの、それには外科手術が伴い、幼い子供には、到底耐えられるものではなかった。

 だから、父は異能に活路を見出した。元より七天の役割は、異能の開発。異能の自然的な発生に頼らない、七天独自の技術。


 幾度かの模擬実験を経て、父は僕に吹き込む異能に影を選んだ。死を覆い隠してしまうほどの、影を。

 そして、その試みは成功した。僕の病は寛解し、普通の人間の様に生きることが出来るようになった。消えていない死を、覆い隠したまま。


 だから、影を消されれば、その死が這い出て僕の身体を蝕み、僕を殺す。その、はずだった。

 だが、僕は死んじゃいない。あの時、ハジメの時とは違い、僕の身体は正常だし、僕の頭は理性を保っている。


「恐らく君たちは、君たちが神と呼ぶ種族やこの地にて蔓延る竜すらも、いずれは食い散らかしてしまうのだろう。それだけの意思が、君たちには宿っている。だが、それは今じゃない」


 僕の生存に気付かないまま、彼はつまらなそうに続けた。

 

 恐らく、彼は勘違いをした。影を封じれば、そのまま僕は死に至ると。

 多分、封じるだけじゃ、足りない。影を操れないだけで、僕と影の繋がりは保たれている。僕は、生きていられる。


 だが、それと同時に懸念は残る。だから、なんだということ。生きているからといって、影を使えない僕はとてもじゃないが、戦力にならない。多少の殴り合いが出来る程度しか能がない僕がいたところで、何の役にも立たない。


(…何だ?)


 そこで僕はあることに気付く。僕の中に、動かせる何かがあるということに。影を操る感覚があったところに、別の何かが生じていることに。

 …ああ、成る程。これか、納得だ。そりゃ、そうだよね。影を封じられた僕に動かせるのは、これくらいしかない。

 まったく、ありがたい話だ。これがあるなら、勝機はある。


「君たちはそのゴリラに、そこの二人。それと下で模倣品と戦っている子らを連れて帰るといい」

「ジョンを、どうするつもり?」


 倒れたままの僕を尻目に、二人に下山を促すジェイド。

 そんな時僕は、上手く立てないでいた。今まで影を操っていた感覚が全く変わってしまったのに慣れなくて、上手く身体を動かせない。


「無論、始末する。それがこの世界にとっても、彼にとっても、マシな結末だ」


 相変わらず、つまらなそうに告げる、ジェイド。そんな彼に向けてダンタリオンは、槍を向けた。 


「…ふざけるなよ、支配者気取り」


 そしてそのまま、その槍の穂先から炎を生み出し、そのままジェイドに放った。


「意味のない足掻きだ。君が幾ら私に敵意を向けても、私に通じることはない」

「だから、なんだ。この世界にとって?あんたがこの世界の何を知っている。神に踏みにじられ、竜に蹴散らされ、辛うじて生き残っている僕たちの何を知っている。彼にとって?お前がジョンの何を知っている。僕の村を支配から救ってくれて、僕たちと共に戦ってくれた、彼の何を知っている!」


 淡々と炎を振り払うジェイドに、ダンタリオンは啖呵を切った。


「それに、何より、恩人を、仲間を、親友を置いて逃げる訳ないだろ!」


 それは、正に、彼が戦士として独り立ちしていることを如実に示していた。


「その通りだな、ダンタリオン」


 そして、ダンタリオンの言葉に応えるように、デッドも自らの拳銃をジェイドに向けた。


「そして、解決法は単純だ。このクソ野郎をぶち殺せば済む。ジョンは救えて、魔法は解禁されて、万々歳だ」


 本当に、二人とも馬鹿だよ。僕の話を聞いていたのか?さっきの回復力をちゃんと見てた?聞いてれば、見ていれば、それが普通に勝てる生き物じゃないことが分かるだろうに。

 だから、僕はもう立ち上がるしかない。僕には、仲間がいる。今も目の前で戦っている仲間がいる。なら、僕だけ倒れているわけにはいかない。立ち向かわないわけにはいかない。


 精神論?そうかもね。だけど、それだけで僕には十分だった。元より異能と言うのは、精神性が大きくかかわってくる代物。逆境に耐え抜く心、どん底から抜け出したいという意志、人間に生まれる異能って言うのはそう言う、強い何かから生まれる。

 人工的に異能を宿した僕とは別種のもの、だけど、ようやくそれが、僕にも生まれようとしている。そんな、予感がした。


「…まさか、まだ立てるとはな」


 ゆっくりと立ち上がった僕に、驚愕の視線を向けた、ジェイド。彼の視線を受けながら、僕は僕の内側に生じる変化に集中していた。

 影を操っていた部分に生じた、新しい何か。それを僕は優しく握る。それが、僕の新しい異能になることを信じて。予感を、実感へと変えるために。


「退けよ、日本人。君の助太刀は、この地に住む人間たちには不要だ」

「…お互い様でしょう、それは。ここは、あなたが管理すべき場所じゃない」


 僕は苦笑しながら、苛立った彼にそう返す。

 そうだ、僕たちは部外者に過ぎない。あの終わった世界で、無様に生き延びただけの、邪魔者に過ぎない。


「だから、二人でいなくなりましょうよ。それが、最も、自然な帰結なんですから」


 そう言って僕は、異能を起動させるための行程へと移行した。


 これを使った僕が、生きていられるのかは分からない。それだけ、この新しい異能には危険が伴う。それでも、僕にはもう選択肢はない。ただ身を委ねるように、手で胸を抉り、心臓を掴む。命の証を担保にして、僕は彼の名を呼んだ。


終わりだ―(スキア・トゥ)


死の影(タナトス)


 僕の中にずっといた、彼の名を。死の、名前を。

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