竜の潜む山、或いは始まりの終わり Ⅲ
「…あのさ、一つ聞いても良いか?」
五体の竜をフアイと紫龍に任せて先へ進んでいた僕たち、ワイバーンたちが空で舞い、グランドドラゴンと呼ばれる、飛行能力を持たない下位の竜が地で蔓延る中を、影を纏いながら進むことで、なんとか切り抜けていった。
竜の姿も少なくなってきたころ、そんな風にカインが声を上げた。
「いいよ、今はそんなに敵もいないしね」
誰に問うでもない言い方だったが、影を扱う僕が答えるのが無難だろうと思い、僕は頷いて先を促した。
「悪いな」
彼は律儀にも頭を下げてから、本題へと進んだ。
「今回、竜峰山に登ったのは、人が魔法を使えるようにするため、だったよな?」
その確認に、今度は僕だけではなく皆が頷く。今現在、神にしか行使できない、魔法。それを神の手から解放するために、僕たちはこの竜峰山の頂上に居を構えているという彼を、倒しに行こうとしている。
「竜峰山にいる、ジェイドだったか?その神を倒すことがなんで、俺たちが魔法を使えるようになることと繋がるんだ?」
「簡単さ、奴こそが魔法を神だけの特権に変えた、張本人なのだから」
「はあ…?」
ミスターの返答を聞いたカインはそんな、気の抜けた声を発した。
「嫌、ちょっと待ってくれ。神ってのはそんなことまで出来るのか?そんなの、まるで」
「創造神の領域、だね」
驚愕の余り言葉を続けられなくなったカインの言葉を、ライドウが受け継いで言った。
魔法を神だけの特権に変えた、つまりそれは、世界の規則を書き換えたということ。普通の神には、そんな事象は起こせない。
何故なら神性というものの殆どは、世界の規則を破る能力だからだ。例えばデンジャラスライオン、魔獣を洗脳し操るもの、フアイは雷を自らの身体に纏わせ速度を向上させるもの。
そして、それは僕が使う異能やルゥが使う異常も同じだ。あくまで僕らが行使できるのは、限定的な規則破りに過ぎない。
だが、そうでない生物がいることを僕は知っている。僕らの世界で【神格者】と呼ばれていた七人の能力者たち。彼らは、その巨大すぎる能力を持って、世界の規則を捻じ曲げていた。
【英雄】神原石丸、彼は一騎当千の個人として数多の幻想生物を屠り、世界へ異能の概念を刻み込んだ。
【無限】釈迦堂曼荼羅、彼女は文字通り無限を操る能力にて、世界に無限の可能性を生み出した。所謂、パラレルワールド、マルチバース、並行世界。
【魔法】リリスター、彼女は迷信に過ぎなかったはずの魔法という概念に意味を与え、そして一部の才能ある者に限り行使を可能とした。彼女の起こしたことは神格者としては非常に限定的なものではあったが、それでも確かに世界は変わった。
【救済】フィフィ、彼女は全ての人間に救いがもたらされる世界を生み出そうとして、事前に食い止められた。彼女が何をしようとしていたのか、詳細は分からないが、僕らの理解が及ばないものと考えて相違ない。
だが、実際の所、ジェイドが引き起こしているのは、それらとも微妙に違う。
神覚者たちが引き起こしたのはあくまで世界の拡張であり、世界を制限することではなかったのだから。
つまり、ジェイドが持っている権能は、それらよりも更に一段階上ということになる。
「…別に、不思議じゃないよ」
僕はカインの驚愕に対して首を振った。僕はジェイドの正体を知っている。彼が何をしていたのか、彼がどういう存在なのか、彼が何故そんなことが出来るのか、その答えを知っている。
「彼は恐らく、僕の世界で、創造神だった存在だから」
だから、僕はそう、端的に答えた。
世界の守護者であり、僕の世界を壊した彼女に最後まで立ち向かった、彼とその仲間たちの姿を思い出しながら。
*
「到着、か」
長い道のりを越えて、ようやく僕たちは頂上へと辿り着いた。デッドは疲労の余り、思わずその場に座り込んでしまった。
「…ようやくだ」
「余り気負わないでよ、デッド。冷静に、ね?」
「当然だ、ジョン。ここで死んだら、意味がねえ」
僕が言うと、皮肉気な笑みを浮かべて、彼は答えた。
先ほど、フアイは次代に受け継ぐ可能性を示唆したが、それもデッド・コード、彼がいてこそ可能な選択肢だ。少なくとも、人間の中では彼は図抜けて、魔力という概念に詳しい。それは彼が作り上げてきた数々の魔石を利用した魔道具という意味でもあるし、彼がそうする選択をした理由である、神の遺した資料を由来とした知識量という意味でもある。
つまるところ、ミスターが彼を見初めたのは、そういうことなのだ。魔力に長じ、魔法の知識を持ち、尚且つそれを利用できる人物、魔法を発展させられる可能性を持った人物。その殆ど唯一といっても良い候補が、デッド、彼だったのだ。
「では、これからは予定通りということでいいかね?」
「うん。まずは僕が影を侵入させる。それから頃合いを見て仕掛ける、これで行こう」
ミスターの最終確認に、僕は頷いた。相手は、強敵などという言葉では足りないほどの難敵。出来得る限り、こちらに有利な状況で臨みたい。
「―その必要はないさ」
「!」
そんな、僕たちの楽観すぎる作戦は、その一声で無に帰した。
小屋の中から、現れた一人の男。古びた、擦り切れ切った帽子を被りながら現れたその男は、率直に言って、くたびれていた。全てを諦めて、現実に疲れ切って、希望など何一つないと信じているかのような、そんなボロボロな男。
「想定より遥かに早いと思ったが、そうか、日本人がいるのか。なら早いはずだな、あの国の人間は時にとんでもない怪物を生み出す。近衛司然り、無実はしゃぎ然り、八司院真然り」
だから、そう語る彼の姿には凄味という物は一切感じられず、ただ哀愁だけが感じられた。何も持っていない、悲惨な男性。彼の正体を知っている僕でさえそう感じるのだ。他の皆は、何の疑いも持たずに、警戒を緩めてしまってもおかしくない。
「あの世界を滅ぼし、この世界を作り出した、【ラ・バース】然り」
だから、次の瞬間発せられた、破滅的な存在感を感じて、願った。皆が、気を抜かないでいてくれたことを。
「かっ、はぁ」
そして、そんな願いが叶うことはない。カインとライドウが、苦し気な声を上げてその場で崩れた。
大丈夫、失神しただけだ。流石に、これだけで人を殺せるほど、彼は常識を外れてはいない。
「だが、不思議だな。私は君を知らない。彼らのような怪物でなくとも、優れた異能を持つ者は僕の耳に届いているはずだが」
…何だって?嫌、そんな訳がない。確かに、何度も何度も出会ったという訳ではないが、彼の言う通り、僕の存在はとうの昔から彼に耳に入っていたはずだ。忘れてしまった?そんなことあり得るのか?創造神足る、生命体が。
「一体、君は何者だ?かつての世界の、同胞よ」
答えは出ないまま、彼は僕の顔を覗き込みながら、そう、尋ねた。