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影の英雄譚  作者: 雑魚宮
第一章 光を求めて
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竜の潜む山、或いは始まりの終わり Ⅱ

「契機は実にシンプルだ。腹が立った、それだけだ」


 山道を登りながら、フアイはそう言った。

 幸いにも、山道はそれ程荒れてはおらず、僕たちには会話をする余裕があった。麓の方には、どうやら魔獣の類もそう多くはないらしい。


「貴様らがどう感じているかは知らんがね、竜という輩は実に腹が立つ。わが物顔でこの大陸を闊歩し、意に反するものを悉く薙ぎ払う。そのような傲慢さが、生まれたときからとかく気に食わなんだ」

「…敢えて反論するぜ?そいつは、お前らが言えた義理じゃねえだろ」


 デッドの返答に対し、フアイは小さく笑ってから、意外にも肯定的な反応を見せた。


「ああ、実に正しい意見だ。ファルカスが語らなかったか?私やファルカスは、低俗甚だしい同族共の生き方も嫌っている。故に、ファルカスは貴様ら、人間種に目をつけたのだ。志を共にできる者としてな」


 自嘲するように言ったフアイ、それにデッドは不信感を示すように眉をひそめた。


「…分からねえな、だからと言って俺に目を付けた理由にはならんだろ。お前らがどう思おうが、人が神に協力してやる道理はねえ。呉越同舟なんてものは幻想だってのが、俺に接触したあんたなら分かるだろファルカス。所詮、生物は感情で生きる物なんだよ」


 そう言うデッドに、ミスターは肩をすくめた。デッドの物言いを否定しない彼は暗に、デッドの言葉を肯定しているように見えた。

 あの時は、ミスターとの協力関係を受け入れてくれたデッドだったが、あくまで否定をしなかっただけで、心の底ではどこか不満や不信があったんだろう。


人狼(私たち)も今に至るまで、相当な苦境に立たされたけど、それでも神の助力を得ようと思ったことはなかったな。最もそれは、人に協力しようという奇特な神に出会わなかっただけでもあるが」

「何が言いてえライドウ」

「状況次第ということさ」


 そして場は議論めいてくる。まずは、ライドウが自らの考えを示すと、続いて紫龍が口を開いた。


「私は神だろが人間だろうが構いません。竜は殺す、それだけです」

「気に入った。いずれ、私と共に中央の竜共を殲滅にいかないか?」

「いいですね!賛成!」

「貴様らは何の話をしている…」


 意気投合しつつも、明らかに論点からずれた二人の発言に、フアイはあからさまに呆れた。


「あっははは!」


 そんな彼らを見て、カインはそんな風に愉快そうに笑った。


「これで良いの?なんか、収集つかなくなってる気がするけど」

「むしろ、これが良いんだよ。好き放題言い合えるってのは、ある意味で敵意がないことを証明しているようなもんだからな」


 少々不安になった僕が、それとなくカインに聞くと、彼は笑顔のまま言った。


「本気で信頼できないと思ってる相手には、あんなに言葉を尽くしたりしないさ。むしろ、表面上では好意を装う。言葉にするのは、行動をした後」

「成程ね…」


 彼の言葉には含蓄があった。どうやら、あの村での彼の問題は、あの神だけに留まらなかったのだろうということが、何となく予想出来た。


「だからまあ、あいつらに関しちゃ心配することはない。余程のことがない限り、上手くやれるようになるはずさ」


 だが、そう言ってから、彼は僕に視線を向けた。


「あんたは分からん。あんたが何を不満に思っているのか、あんたが何でそんな力を持っているのか、あんたがどこから来たのか、俺たちは何も知らない」

「…そうだね」


 彼から指摘を受けて、僕はただ小さくうなずいた。

 彼の発言には誤謬がある。正確には、三人は知ってはいる。ダンタリオン、デッド、それに紫龍。紫龍はどこまで知っているか、よく分からないけれど。


 それと同時に思い出す、デッドからは釘を刺されていることを。信頼できる相手以外には話すな、と。


「みんな、聞いてくれる?」


 だから、僕は口を開いた。デッドの言うことは最もだが、信頼を得るためにはこちらも信頼の証を示さなければならない。彼らからの信頼を得るためにも、僕は僕の過去について語り始めた。



「…ふん、くだらん」


 まず初めに口を開いたのは、フアイだった。


「出自なぞに大した意味はない。意味があるのは、貴様の今だ。貴様の力は、奴を殺すための一助となる。それなら問題はなかろう」


 彼は概ね好意的に受け止めてくれたようだ。およそ、彼の言い方は好意的には聞こえなかったけども。


「私も同感だな。元より私たちはそういうものを気にしたことはない。振るうべき力をまっとうに振るっているなら、不満に思うこともない。…今思えば、私たちをこうした先代も同類なんじゃないかという気がするよ」


 ライドウもそれほど気にした様子はなかった。しかし、先代のルゥ=ガルーか。彼女のことは知らないし、既に亡くなっている人物だ。どうしたって推測にしかならないから深追いはしないでおこう。


「私は知ってましたよ!母さんの言っていた通りです!」

「ラララカーンか…やはり、旧き竜共は」


 嬉しそうに手を挙げて言った紫龍、その言葉を聞いて思案するようにミスターは顎に手を当てた。


「…おっと、私も何か反応した方がいいかね?それ程、奇矯な話ではなかったのでね。この世界には明らかに旧世界の異物が混じっている。故に、君のような存在が漂流していても、なんら不思議ではない」


 ミスターはニヤリと笑いながら、彼はそう言った。


「…お前が信頼できると判断したなら、好きにすりゃいいさ」

「拗ねない拗ねない」


 ダンタリオンがデッドを宥めるように彼の頭を撫でて、鬱陶しがるように首を振った。

 デッドには少し悪いことをしたな、とは言え、代替できるようなことではないことも事実だ。後で埋め合わせくらいはすべきだろうが。


「…嫌、正直言って驚いた。驚いた、なんて言葉じゃ到底足りないくらいには」


 最も大きな反応を見せたのは、カインその人だった。彼は自らの衝撃を隠すことなく、オーバーに感じられる程のジェスチャーと共に、驚きを示した。


「まあ、思えば納得は出来るんだけどな。あの影の力、大概の神よりは強力なあの力が、ラ・バース由来だと考えればそうおかしな話でもない」


 彼はそう言って頷いたが、一つ誤りがあったので、僕は首を振って訂正する。


「【影の支配者】はその、ラ・バースとは無関係だよ。元は、異能の研究をしていた、僕の父親が生み出した物だから」

「…そっちの方がおかしくないか?」


 僕もそう思う。だが、きっと、父にとっても予想外だったとも思う。何故なら、影はあくまで僕の枷に過ぎなかったのだから。僕の中の危険因子を納めるための、ただの楔に過ぎなかったのだから。

 それがどういう理屈か、化学反応を起こした末が今の【影の支配者】。影を操る異能になってしまった。そして、何の因果か、僕は生き残り、この世界に流れ着いた。それを幸運と呼べるかは、微妙なところだけど。


「…貴様ら、歓談は結構だが、その辺りで止めておけ」


 ふと、僕らを制するように、フアイが言った。

 それから僕も気づく。上空から、有翼の何かが滑空してくることに。


「敵襲だ」


 そして、それらが、僕ら目掛けて襲いかかってきていることに。

 ワイバーン、だったか。飛行能力に特化した、竜の下位種。一体一体の力はそれほどではないが、集団で動くその習性は航空戦力として、警戒に値する戦力と見なすべきだろう。飛行、つまり地上にいる僕らが手出しできない存在は、それ自体が大きな脅威なんだから。


「フアイ、ここは君がやるべきじゃないか?」

「貴様に言われずともだ、ファルカス」

  

 だが、この世界では必ずしも、飛行はアドバンテージ足り得る物ではないことを、僕はすぐに知ることになる。


「【模倣せし竜の雷(ドラゴニック)】」


 そう、彼が告げた瞬間、彼の両の手のひらから、竜が飛び出した。

 嫌、違う。それはあくまで雷だった。雷で形作った竜が空を舞い、ワイバーンたちに襲いかかったのだ。

 その雷は容易くワイバーンたちを喰らい、一匹残らずその肉体を焼き、塵芥へと化していった。


「…すごい」


 ダンタリオンが、唖然としたように呟いた。

 成る程、これが魔法か。魔法を得手とする者の、魔法か。はっきり言って、ミスターとは格が違う。


「ふん、貴様らがどう感じたかは知らんが、これが神の手から離れ、人間共に広がった場合、中々に面白いこととなるだろうな」

「確かに」


 僕は、彼の言葉に心から同意する。この力は、神性などより余程、神が神足りうる所以だと、僕は思う。そして、この力が人の手にももたらされたなら。


「待てよ、フアイ。確かに、これだけ見ればすごい力だ。だが、あんた程のことが出来る神はそういねえはずだ。人にこの力が渡ったとしても、大多数は絞りカス程度の力しか行使出来なかったら、大した意味はないだろ。ミスターファルカスみてえにな」

「これは手厳しい」


 槍玉に上げられたミスターは、苦笑しつつ両手を挙げた。僕が今まで見てきた神は彼らを含めて四体、決して多くはないサンプル数だが、それでも必ずしも神という種全てが魔法を得手としているわけではないことは、何となく分かる。

 

「やれやれ、これが天才だと言うのだから呆れるな。少しは私怨を捨てて頭を回せ、デッド・コード」

「…んだと?」


 フアイはわざとらしくため息をついた後、デッドを見据え悪態をついた。そんな彼にデッドは疑問符を浮かべる。そして、フアイは挑発するように笑った。


「貴様は、自分が生きている内にこの世界を変えられると思っているのか?」

「…ああ、クソ、そういう意味かよ」


 フアイのその言葉で、合点がいったように、デッドは悔しそうに呟いた。

 同時に僕も言葉の意図を理解する。神や竜という存在は、最早この世界に根付いている。人間と彼らの格差というものは最早、決まりきった序列関係なのだ。一代で変えるというのは、容易ではない。


「ふん、不可能とは言わんがな。だが、それは全てがうまく行った場合か、あるいは相当な予定外が起こった場合だろう。そうでなければ、貴様ら人間が数世代かけて成し遂げる、大事業になって然るべきだ」

「分かってる、それ以上言わなくていい。要は、次代に引き継がせろ、ってことだろ」


 不老の肉体を持っている神や竜に比べ、人の寿命は所詮、百にも満たない短いものだ。戦闘ができる年齢とすればその半分程度かもしれない。なら、この世代でやり遂げるよりもむしろ、次の世代にむけて地盤を固めておく方が、現実的で有効な手段かもしれない。

 技術を円熟させ、その技術を次の世代に託し、才能ある個人を待つ方が、余程。


「おい、聞いたかライドウ。ちゃんと次代に残してくれよ」

「まだ、資質がないと決まった訳でもないだろうに。まあ、その時は安心してくれ。可能な限り私たちが預かるよ」


 人狼は人間よりも寿命は長いらしく、先代のルゥ・ガルーは自称数百年は生きていると標榜していたのだとか。それが真実かはさておくとしても、ライドウは快く頷いた。

 むしろデッドの方が気がかりだ。今の彼にはどこか、自嘲めいた響きを感じる。


「不満か、デッド・コード」

「不満か?決まってんだろ、腹の底から不満さクソったれ」


 フアイの端的な問い、デッドはその問いに苛立ちを隠さずにぶちまけた。


「次の世代だとか、未来だとか、そんなものは俺には関係ない。俺は俺の手で奴らを根絶やしにしなきゃ、意味がねえんだよ…」


 徐々に熱が入っていく、デッドの語り。それに比例して、自らの鼓動が大きくなっていくような感覚がした。それはデッドの言に何か嫌な予感がしているから?それとも、彼の言葉に同意しているからか?それが嬉しいと思っているからか?

 

「なんだ…?」


 否、違う。大きくなっているのは僕の鼓動じゃない。地の揺れる音だ。何かが、こちらに近づいてきている。

 そして、それは恐らく、普通とは呼べない生物だと推測できる。耳の良いライドウさえ、近づいてくる何かの正体に検討がついていない。


 一体、何が。そう、疑問を口にする前に、脅威が僕らに襲いかかってきた。


 襲いかかる、九つの何か。それは一つ一つが僕らの体長よりも大きく、焼け焦がれているかのように、熱かった。そしてそれが、竜の頭だということに気づいたのは、僕らの下へたどり着く、直前だった。


「【雷に(ブリッツェン・)魅いられし者(リーベ・ディヒ)】」


 その襲来を救ったのは雷を纏ったフアイ、雷鳴と共に動いた彼の速度は正に雷速とも思しき程に迅く、竜の頭が届く寸前で僕らを抱えて回避した。

 推測するに、これが彼の神性。【雷神】と命名されるに相応しいその神性は、僕が今まで見てきたどの神よりも神らしく、そんな彼が神のはぐれものというのだから、分からないものだと思う。


 抱えられ助けられた僕は、直ぐにその竜に視線を向けた。巨大な胴体に九つの頭を携えたその竜は、一目見ただけで怖気が奔るほどに恐ろしく、悍ましい姿で威圧する。だが、どこか不自然というか不思議な点があった。


「…ルベルナインか?嫌、あれ程の威圧感はない。それどころか―」

「竜にしては弱すぎる、ね」


 ミスターが思案するかのように顎に手を載せ、不審げにつぶやいた。

 僕はそのルベルナインという存在は知らないが、後半部分には同意する。何故なら、この竜の存在感は以前、僕が出会った劣等竜(ディメンター)と比べてさえ、淡い。まるで、竜という原液を希釈したかのように薄く、虚ろだ。


「最も、今の一撃を見る限り、脅威度は然程変わらないんだろうけど」

「ふん、それは旧き竜を甘く捉えているだけだ。目前のこれは、あれらとは比べ物にならん程、弱小だろうよ」


 僕のため息混じりのぼやきを、フアイが即座に訂正する。それはそれは、気分が重たくなるような情報をありがとう。なんて、皮肉も出ない。なにせ、その旧き竜とやらも、いずれ僕らが相対する相手なのだから。


「どっちでも構いませんよ。竜は殲滅するだけです」


 そして、手を鳴らしながら前に出たのは紫龍。やはり、頼もしい。彼女ならば、あの攻撃も容易くとは言わないが、十分受け流せる算段があるのだろう。


「…おい、ちょっと待て」


 と、僕が安心できたのはそこまでだった。デッドの呟きを聞いて、僕も気づく。九つの頭の竜の背後から、更に複数の竜が現れたのだ。

 冷気を帯びる巨体の竜、それに比べれば僅かに小さい焼け焦げるような熱を発する竜、不定形の何にでもなれそうな竜の形をした粘体、最早生命体かさえ曖昧な竜型の機械。


「旧き竜全ての再現という訳か!」


 フアイの叫びで僕は驚愕した。え、あんなのなの?全然竜っぽくないの混じってない?スタンダードなの二匹くらいだよ?


「は、馬鹿にしてくれる」


 僕がどう受け止めていいのか困っていると、紫龍がそんな風に嘲り混じりに吐き捨てた。


「母さんが、そのような矮小な生き物だとでも?」


 …成る程、当然と言えば当然だが、オリジナルに比べれば比べるまでもなく、存在感以外もそれ相応に弱体化しているという訳か。

 

「おい、貴様らは先に行け」


 対応策を考えるより前に、フアイが僕らに向けて言った。


「馬鹿言ってんじゃねえ、幾ら弱くなってるとは言え―」

「馬鹿は貴様の方だ。むしろ私は、私単独の方が有利だからな」


 デッドが言い終える前に、言ったフアイで僕は彼の意図を察する。先ほどの彼の雷速、あれがあれば殆どの攻撃は回避できる。むしろ、彼の速度に追いつけない僕らは足手まといだ。


「ちょっと、私も残りますからね!」

「…ふん、貴様は好きにしろ。どうせ、私の助力など必要としていまい」


 顔を膨らませながら言った紫龍に、お手上げと言わんばかりに彼は受け入れた。


「ジョン!上の大物はあなたたちに任せます、期待してますから」

「うん、任された」


 薄く微笑んだ彼女に応えるために僕は頷いて、四人と共に先へと進んでいった。



 竜峰山、頂上。小さな小屋の中で、一人、潜むものがいた。


「…侵入者か、珍しい」


 その男はコーヒーを啜りながら、特に心動かされた様子もなく呟いた。彼は銀紙に包まれたチョコレートを齧りながら、机の上にあるPCを起動させる。


「ああ、そうか。今日は、その日、か」


 彼はそこで初めて、乾いた笑みを浮かべた。訥々とした、慣れていないような笑い方で、腹のよぎれる程に長く、彼は笑っていた。


「ようやく、肩の荷が下りる」


 笑い終えた彼は、PCの隣の写真立てを片手に、感慨深そうに、そして安心したように、或いは泣きそうに、言った。

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