竜の潜む山、或いは始まりの終わり Ⅰ
「よく来てくれた。歓迎しよう、皆さん」
それから、三日後。ミスターから連絡を受けた僕たちは、【影の道】を通って、竜峰山の麓で合流していた。
まっすぐ歩いてきても良かったのだが、なにせ場所は大陸の中央部にほど近い。僕もこの直前に知ったのだが、どうやら中央部には竜峰山の他にも、【竜の住処】という数多もの竜が集まる場所が存在しているらしい。余りに直接的なネーミングではあるが、それが故に、恐ろしさも簡単に想像できる。
「…歓迎するには、何もなさすぎる様に見えるがな」
「それは平伏の至りだ。手荒い歓迎ならこれから嫌というほど体感できるから、それで満足してくれよ」
デッドの嫌味はあっさりとやり込められてしまって、彼は眉をひくひくとさせながらも黙することを選択した。
しかし、デッドの言葉にも頷ける点はある。これから長丁場になるというのに、休める場所もない。野宿をしようにも、どうにもこの大陸の中央は薄暗い。鬱蒼な程に生えた木々が、太陽の光を最低限度まで奪い取っている。こう視界が不明瞭だと、やはりどうしても敵襲が心配だ。
「それが、貴様の援軍とやらか。ファルカス」
ふと、ミスターの背後から声が聞こえた。
長髪の男、鬱蒼としたこの場所に実にマッチしている様な、その陰鬱な男は、僕たちを一瞥してから、ミスターに言った。成る程、彼がミスターの親友という。
「安心すると良い、フアイ。見た目はともかく、質は私のお墨付きだ。最も、三人ほど増えているようだが」
見た目はともかく、って。ミスターのフォローなんだか貶してるんだか分からない言葉に苦笑しつつ、僕はこちらを一瞥するフアイと目を合わせた。
視界の交錯は一瞬で、彼はつまらなそうに瞳を閉じた。
「…ふん、さしたる期待はしていない。せめて、私たちの足手まといにならなければそれでいい」
「へぇ、よくそんな口が聞けますね。そういう口はせめて、私より強くなってから言ってくれませんか?」
これまたつまらなそうに言うフアイに対し、苛立った様子の紫龍は笑顔のまま挑発した。
これは、紫龍だけが問題ではないな。フアイという彼の人格についてはまだ判断の余地があるが、協調性の方は存外に低い。円滑とまでは行かずとも、最低限好意的な態度で臨めば良いのに。
「生憎だが、貴様らが何者かも知らんのでな。正当な評価は後に取っておくとしよう」
なんて、思っているとこれだ。上手くやれるのか、もう心配になってきた。
「すまないね。口が悪いというか、あいつは何事にも言葉が足りない」
「いえ、十分足りてますよ。私を怒らせる分には、十分すぎるほど」
「落ち着いて落ち着いて」
ミスターの謝罪を受けて尚、強く拳を握り始めた紫龍をなだめた。
「しかし、紫龍にも一理あるな。あの様子では、戦いで肩を並べるのも心配になるよ」
「これだから神って連中は」
…まずい気がする。紫龍だけじゃない、皆に不満が募っている。これは何も、フアイという神だけの問題じゃない、と僕は思う。少しくらいアクの強い個人はいて当然だ。人狼たちで言えば、ルゥの様に。
だが、彼の存在は許容されている。何故なら、彼自身が強いリーダーシップを兼ね備えていたからだ。戦闘狂の部類でありながら、戦場でも周囲を見渡す広い視野。単純な強さに加えて、この世界では希少な【異常】持ちというカリスマ性。ともすれば蛮勇とも思えるほどに、されど決して愚かではない程度に、勇敢な性質。
そんな、彼のようなリーダーシップを持つ人材は、この中にはいない。ダンタリオンは経験が浅く、デッドにミスターは研究者気質、紫龍にフアイ氏も恐らく気まぐれな質、僕にライドウさんは副官系。重要な椅子に座るべきものは、誰もいなかった。
「ま、そう不安になることでもないさ」
たった一人を除いて。
「俺ら人間と神の考えは違って当然、だけど別に人間同士考え方がまるで同じってわけでもないだろ。その上で、ある程度共通している事もある」
彼はそんな風に、筋道立てながら、皆に向けて話していた。
「竜峰山への登頂、そしてその道中、戦闘での被害を最小限に抑えること。その共通理念がある限り、彼だって不利益をもたらすことはしないさ」
そして、その言葉に、皆は同意する。
理論的な説得、否定しがたい彼の言葉には、誰もが納得せざるを得ない。
「だけどまあ、もうちょっとお互いのことを知っておきたいってのは当然だよな」
そして、更に彼は感情にも訴えかけた。皆の感情に寄り添いつつ、フアイを否定するわけでもない、そんな立ち回りは見事と言わざるを得ない。
「腹割って話そうぜ、神様」
ならそれは、明らかなリーダーの資質。ルゥとは在り方が違うが、それでも確かに指揮官としての素質を、彼は有していた。
あの時、僕らに味方してくれた青年は、ダンタリオン曰く、かつてデンジャラスライオンに反旗を翻し、反乱軍をまとめていたという彼は。
「全く何も知らねえ奴よりかは、あんたも背中を任せる気になれるだろ?」
「…ふん、その程度ならば付き合ってやらなくもないが、な」
カインは、フアイの胸に拳を突き付けながら、そう言った。